第58話 バカな男たちのぺったん祭り! それぞれのおっぱい ―後片付け編―
そして食事を終えお茶を一杯頂き、
それぞれが帰路に着くこととなった。
櫻井と玉藻が玄関で靴を履いて別れの挨拶を交わす。
「美咲ちゃん、本当に肉じゃが
「いえ、先輩。大したものを出せなくてすみません……!」
櫻井の賛辞に照れながら返す美咲。
――いつの間にかサイコな匂いが消えてる。いつも通りの可愛い後輩に戻ってる。
櫻井もその姿にほっと一安心する。
――これで一安心だな。それにしても何が原因で堕天が終わったんだ?
その原因が自分にあるとは露知らず。
「お兄ちゃん、もう外は暗いから玉藻ちゃんを家まで送っててあげなよ。何かあると危ないし」
「うん、わかった。じゃあ、玉藻行くぞ」
「は~い」
妹に言われ強は素直に従い靴を履いて、三人は外に出る。
「じゃあな、強!」
「おう、櫻井」
「櫻井くん、バイバイ~」
涼宮家の玄関の前で別れ、
暗い道を玉藻と強は二人っきりで横並びに歩き出す。
「強ちゃん、ちゃんと反省してる?」
歩きながら玉藻が下から覗き込むようにして質問をしたことに
「してる」
ぶっきらぼうに返す強。
「本当に反省してるの?」
「してまーす」
再度の質問に少しにやけて返す、強。
「強ちゃんは、どうしてそんなにおっぱいが好きなの?」
「何、いってんだよ!?」
玉藻の突拍子もない質問に顔を赤くして焦る、強。
家が近いためにもう玉藻の家のデカい門構えの前まで着いた。
そして、門の前で立ち止まり二人は会話を続けた。
「なに焦ってるのかな~、強ちゃんは?」
「焦ってねぇよ、別に!」
玉藻は顔を赤くして焦る強を怪しむように下から覗き込んだ。
傍から見ればかなり焦っている。
ただ、思春期の男子なのでしょうがない。
好きな子から『おっぱい好きなの?』と聞かれれば誰しもが焦る。
強とてそれは例外ではない。
むしろ、普通の男子以上に焦ってしまうのが強である。
「もう、お前んちついてるぞ! 早く家帰れよ!!」
「着いてるけど……」
相も変らぬ口の悪さの男に玉藻は唇を尖らして不満を表していた。
玉藻的にはあまり納得がいってないことがある。
強がオッパイ好きということが。
そして、少女は膨らませていた頬の空気を白い息に変え外に出した。
「強ちゃん……」
「なんだよ……改まって」
少女は上目遣いで強を見つめた。
「もし……」
「もし?」
相変わらずのあざとい娘である。
「おっぱいが好きで……」
「好きで?」
首を傾げる強を前に玉藻は息を吸い込み、
「ふぅー…………っ、他の人のおっぱいを見るくらいだったら、」
「だったら?」
意を決したように大きな声で頭を大きく下に振って想いを口にした。
「私のおっぱいを好きにしていいんだからねッ!!」
「へぇっ――――?」
強は固まった。叫び終えた玉藻は走って門の中へ消えていった。
白い息を切らして、
長く続く庭を全速力で走り、
彼女は勢いよく大きい玄関を開け、
家の中へと消えていった。
取り残された、強。
――ここは宇宙?
いきなりの発言に遠くの宇宙に意識が飛ばされていた。おっぱい好きの少年は
――俺のセブンセンシズが……目覚める?
遥か彼方まで意識が飛ばされるほどに。
「――ハッ!」
数秒して意識が戻ってきた。
「はぁ、はぁ……………はぁ~」
玉藻は家の中に入ると玄関の前で力無く座り込んだ。
「えっ、……………」
強は口をパクパクとして言葉を捻りだそうとしたが、
「な、な、ななな、な――」
衝撃が大きすぎてうまく言葉が続かなかった。
二人とも顔が徐々に徐々に下から上へ熱が上がっていく。
それは二人の肌色を覆い隠す様に、
烈火の如く赤く染まり耳の先まで紅葉のように染め上げていく。
「――何言ってんだぁあああ、アイツはぁあああああああああ!!」
――何言ってんだぁあああ、ワタシはぁあああああああああ!!
少年は夜空に叫び、少女は心の中で大きく叫ぶのであった。
玉藻はいつも突拍子もない。
しかし、強を前にすると彼女は何を言い出すか自分でもわかっていない。
そうして後悔することもある子である。
ちょっと天然な残念な子である――アホの子、玉藻。
一方――
「はぁー、マジ最近仕事きちぃー」
櫻井は一人で夜道を歩き続けていた。
もはや残業したサラリーマンのような口ぶり。
だが、最近本当に忙しかった。
美川の件で動き回り、終わったと思ったらこの件で動かなければならなかった。休む間もなく他にも動き続けているが故にそんじょそこらのサラリーマンより激務に近い内容となっている。
「この、イライラを俺はどうしたらいいんだ……」
誰にも知られずに働き続けるピエロ。
はけ口を探したいと思うのが常である。
「あっ! そうか!」
そして、櫻井は弱音を吐ける相手を思い出した。
すぐさまに携帯電話を取り出し。
「もしもし、銀翔さん」
「どうしたの!? 何かあった!?」
慌てる銀髪の男。櫻井の仕事を唯一知っている人間である。
だからこそ、櫻井は銀翔に弱音を吐きだそうと思った。
ブラックユーモラスでは直近の誰かのストレスにより魔物が急増していた。その情報かと思って期待もしつつ現状確認を焦っていた、銀翔。
「銀翔さん、俺、」
「うん!」
二人の想いは交錯する。
「肉じゃがが好きになりましたけど――」
「……………えっ」
もはや、いきなり肉じゃがとか言われて言葉を失う銀翔。
だが、櫻井はため込んできたストレスを吐き出す様に、
口を富士山の様にして続く言葉を放った。
「オッパイが大ッキライです!」
「電話切るね」
「あっ、ちょっと!!」
一瞬で電話を切られた。だが櫻井の心からの叫びだった。
今日一日でどれだけオッパイに振り回されたか。
そんな想いが心の底から出てしまっただけだった。
しかし、タイミングが悪かった故の過ちである。
さらに、一方――
美咲はあれから玄関にずっと立ち尽くしていた。
また脳内イメージの中へ飛んでいる。
あの完膚なきまで敗北したあの球場に――
◆ ◆ ◆ ◆
私の前に立つのは爆乳バスターズの四番ミカクロスフォード。
「おっと、もはや美咲選手ゼッタイゼツメェーイ!」
兄の実況の焦っている声が耳についた。
「ロリコンフォークもやはり通じない。解説の櫻井さん、これはこの前の二の舞ですよね!!」
「えぇ……このまま、また貧乳スローカーブを使えば確実に場外に持ってかれますらね」
カウントは2ストライクまで来てる。また得点差は2点。
満塁。一塁には玉藻おねいちゃん。この前と同様のイメージ。
もう投げる球も無くなっているといった状況。
正に絶対絶命のピンチってやつ。
――マズイよ、美咲!
キャッチャーの昴ちゃんの視線が慌てているのが良くわかる。
――やっぱり、ロリコンフォークじゃ通じないよ、この人には!!
――大丈夫だよ、昴ちゃん。ビビりすぎだよ。
――何で、この状況でそんなに冷静なの美咲!?
私はキャッチャーから視線を外し、金髪貴族に目を移す。
人を小馬鹿にしたようにふんっと鼻を鳴らして、私を見下している。
――そうよ、どうせぺったんですよ。
――貴方に私は身分でも容姿でも胸でも勝てないかもしれない。
――ただ負ける気がしないよ。今日だけは。
私は自然とファームを構えていた。
昴ちゃんからのサインなど、
――美咲、何やってんの!?
何も見ていないのでその姿に昴ちゃんが大きく慌てていた。
――しっかり取ってね、昴ちゃん!!
「おおっと、このボールは!!」
「これじゃあ、マズイ!!」
「「ロリコンフォークだ!」」
金髪さんがふっと笑った。考えてることは分かる。
この程度の球なら完膚なきまでに打てると思っているのだろう。
「出たー、ミカクロスフォード選手の得意技」
「「
私の沈む球に合わせて、
アッパースイングの体制をとっている。
もうすでに勝ち誇っている顔が目に付く。
――だが、そのボールは私そのものだ。そのボールは私の全てだ。
金髪の顔が驚きに歪む。何ッ!? っと云わんばかりの顔している。
大きく沈んだボールは、
――そう一回は大きく沈んだ私だった。
突如として、物理法則を無視し、
――だが、そこから私は舞い上がる!!
上に跳ね上がるようにしてミットに吸い込まれていった。
「すごいよー、美咲!!」
私の元に昴ちゃんが駆け寄ってきた。
「勝っちゃたよ! 巨乳に勝っちゃったよ!!」
「もう、今までの私とは違うから……ふっ」
勝利に喜ぶ貧乳ソウルメイト達に囲まれ、
私はやり切った達成感に包まれていた。
そこに――
「なんなんですの、あの球は!」
怒りを纏って淑女を崩した金髪さんが割って入ってきた。
私は答えてあげる。
「あのボールは私の全てだから」
「何を言ってるんですの!? あんな物理法則をガン無視した魔球は卑怯ですわよ!!」
「単なる変化球です」
「なんて変化球よ!?」
それは見たこともないかもしれない、貴方は。
「あの、変化球は――」
思い出される走馬灯。
忘れていた記憶。
無くしていた幼い私が抱いた夢の記憶。
小さい女の子なら誰でも憧れるもの。テレビにウェディングドレスを着た綺麗なモデルさんが映った。私はそれに食いつくように目を輝かせてみていた。当時の私は憧れていた。
『ねぇ、お父さん。美咲もいつかアレを着たい!』
『えっ、無理だよ』
興奮している私の言葉に父は新聞を片手に冷たく返した。
『なんでそんな……こと言うのっ?』
子供だった私はひどく傷つきながらも問いかけた。
『だって、美咲ちゃんがアレを着るってことは絶対ないから』
私は泣きそうになった。
『無理だから。お父さんゼッタイ阻止するから』
父の言葉に嘘が一つも無く、淀みも無く、
本気だったからだ。
『お兄ちゃん、聞いてよ!』
悔しかった幼い私は兄の元へ泣き言を吐きに行った。
『お父さんがひどいの!!』
『あぁ、アイツはゴミだからしょうがないよ。美咲ちゃん』
『私を結婚させないっていうんだよ!』
『えっ――?』
兄が目の色を変えた。
『そりゃ無理だよ――美咲ちゃん』
父と同じように冷たい言葉を放つ兄。
味方になってくれると思ったのに。
『なんでぇ……そんなこと言うのっ?』
淡い期待をした私はまた傷つきながらも、問いかけた。
『だって、美咲ちゃんはずっとこの家にいなきゃいけないから』
絶望に落ちていくような兄の言葉。
『それは決まってることだから。お兄ちゃんが絶対にそうするから』
「………………ッ」
幼い私の夢は、二人のサイコ野郎により見事に封印された。
――けど、いま恋をして私は思い出したんだ。
「あの球の名前は」
「名前は……?」
金髪さんがゴクッと喉を鳴らした。
――小さい時に抱いたあの憧れを。感動を。そして、夢を!!
私は魔球に名前を付けた。
「
「カッコいい!」
そして、私は現実世界に戻ってきた――
「ただいま……」
生気の抜けた兄が帰ってきたが、そんなことどうでもいい。
脳内イメージからの勝利の幸福感が現実に持って帰ってこれた。
「オッシャァアアアアアアアアア!!」
「オワッ!」
「シャッ! オシッ! オシッ!」
私は腰を曲げ、右腕を鋭く振り、全身で喜びを爆発させた。
だって、いいお嫁になるって言われたもん。好きな人が私をいいお嫁さんって言ったもん。胸なんかどうでもいい。私の夢はお嫁さんだから!!
「お兄ちゃん!」
「ハ……イ」
玄関で喜び狂う私に呆気を取られた兄に、
「これでケーキとジュース買ってきて!!」
私は財布からお金を渡した。
「今から……?」
「そう、今すぐに!! 早く! ダッシュ!!」
「わかった!」
兄はすぐさま出かけていった。今日はパーティだ。
私が私を取り戻した記念日!!
この時、涼宮家の財政が――
少しずつ圧迫されていることに私は気づいていなかった。
◆ ◆ ◆ ◆
この事件は後に櫻井のファイルの中で、
『おっぱい事件簿1』と記されることになる。
なぜ、1かって?
まだ、おっぱいによる事件には、
終わりがなかったからである――
≪つづく≫
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