第57話 バカな男たちのぺったん祭り! 黒髪ヒロインの堕天の治し方 ―後片付け編―

 美咲の心中は穏やかではない。


 好きな先輩が自分の家に食事をとりに来た。


 これは恋する乙女にとって一大イベント。


 最初はウキウキしていた、


 ――が、焦った。


 ――だいぶ、焦った。


 台所に行きすぐさま冷蔵庫の中身を確認したが、


 ――ないッ!??


 このところ料理を疎かにしていた為に買い物に全然行ってない。


 食材があまり無い。豚肉、じゃがいも、玉ねぎ。それしかない。


 ――どうしよう………。


 もし、ここで今さら食材を買い物に行こうものなら櫻井に『結構ずぼらなのね、美咲ちゃん』とか落胆されてしまうかもしれない。櫻井が来るとあれば腕によりをかけて、得意分野でその力を遺憾なく発揮していたはずなのに、タイミングが悪すぎた。


 それも、これも全て――


「強ちゃんは、最近、私をほったらかしにし過ぎです!」

「ハ……イ」


 ――あの野郎……


 怒られているアイツのせいである。


 ――先輩連れてくるなら、


 怒りの目線は全て兄に注がれた。

 

 ――連絡のひとつでも私に寄越せ……やぁ!!

 

 そして、その視線を感じ取る者がいた。


 ――絶対に許さねぇかんなッ!!


 ――やべぇ……どす黒いオーラ纏って、殺意の視線を強に向けてやがる!


 ただならぬ殺意を兄に送る妹の気配。


 ――アレは今夜にもとどめを刺す気かッ!?


 美咲はひとつ深呼吸を入れて目を閉じる。


 ――落ち着け………わたし。


 今最大限にしなければいけないことは、櫻井の胃袋を掴むこと。女の手料理とは誠に恐ろしく胃袋を掴まれようもなら一巻の終わりと昔の人は申していた。


 ――胃袋を掴むんだ。


 それを信じる黒髪の乙女。


 もはや、容姿では勝負をする自信を無くしている。


 ――ここで勝負をかけるッ!!


 だからこそ、料理こそ乙女の生きる道だと鬼気迫る気迫を見せている!


 ――なんっつう、集中力だ!? 半端ねぇ!!


 その姿に怯える者がいた。


 ――瞑想の境地にも近い……一体、なにをそんなに真剣に熟考している!!


 イメージが固まり美咲は調理に取り掛かる。


 エプロンをすぐさまに付けて、ご飯を洗い、鍋を二つ用意し、


 ひとつは水を入れ、もう一方には調味料を入れて沸騰させる。


 包丁を手にする。それはオリハルコンの包丁。


 ――先輩………使わせて頂きます!!


 包丁は櫻井から貰ったクリスマスプレゼント。


 それを本人の前で使うことにより俄然がぜん気合が入る。じゃがいまと玉ねぎを切っていく。ここでカレーのルーでもあればカレーが作れたのだが、そんなものは今はない。あるのはカップラーメンのみ。


 もはや極限状態ゾーンに近い。


 台所すべてが美咲の領域テリトリー


 その動きに淀みがなさすぎる。


 ――ご家庭の料理ってレベルじゃねぇぞ!


 それが逆に恐怖と捉える者がいた。


 ――何をしようとしてやがる!! この気合の入りようは尋常じゃない!


 ――まるで決闘しているサムライじゃねぇかッ!!


 櫻井のイメージは正しい。


 一部の隙も見せず、動きに淀みは無く、集中は限界を超え、


 鍋のお湯の温度、ごはんが炊けるスピード、全てが完全に把握されている。


 何一つも失敗など許さないという美咲の決意。


 料理とは本気でやれば殺し合いの様なもの。


 ――今まで、アタシは何の為に料理をやってきた?

 

 一瞬の気の抜きが、気の迷いが、味の明暗をわける。


 ――今まで、なぜおいしく料理をしようと研究してきた?


 出来る場所で出来ることを最大限に生かす。


 ――今まで、なぜ究極の料理を極めようとしてきた?


 料理に集中しながらも美咲の心が問いかけてくる。


 ――全ては、


 ――この時の為だろうぉおお!!


 そして、食材をフライパンに油を入れて炒め、


 調味料をミックスして鍋に入れて蓋をする。


 ――あとは待つだけ………。


 美咲はただ静かに目を閉じて最高の瞬間を待つ。


 ここまで何一つ失敗もない。


 しかし、最高の料理とは程遠い。


 具材が足りない。やろうと思えば満漢全席でも用意できたが物が無い。


 無い状態でも最高のパフォーマンスを魅せることが美咲にとっては大事である。


 ――せめて、出来るだけ美味しいものを。


 櫻井が喜ぶ料理を作りたい。好きな人を喜ばせたい。


 ――先輩が喜ぶものを!!


 出来れば自分を好きになって貰いたい。


 ――だから、


 その初恋に対する純粋な想いが、


 ――私は頑張る!!


 美咲をかつてない程に極限状態へと持っていた。


 しかし、その純粋な想いを誤解する奴がいた。


 ――まさか、毒でも仕込んであるのか……俺までも一緒に殺す気か……料理作るだけにしては普通じゃねぇ。あんな気迫を、動きを、必要としないだろう! ご家庭料理ってあんな汗かいてまでやることじゃねぇだろう!?


 美咲の額には滝のように汗が流れ始めている。


 集中力を限界に高めすぎている脳が、


 熱を全体に発していると、


 同時に鍋から吹き出る蒸気で周囲の温度が変わっている。


 ――まだだ………まだ早い。


 だが、少女は一切動じない。


 一秒、一瞬をけっして見逃さない為に――


 ――キタッ!!


 美咲の目が開き、鍋の蓋を開ける。


「うん!」


 そして、一口味見をしてから調味料で微調整をかけた。


 そこからは料理が冷めないうちにご飯を装って、


 おかずを盛り付ける。


 横には小皿にお漬物と味噌汁を添えて食卓へ持っていく。


「みんな、ご飯が出来ましたよ」


 そして、四人分テーブルに食事を置いていった。


 ――やれるだけのことはやった。


 美咲はいま出せる最高のパフォーマンスをした。


 ここまで普段気合を入れて料理をしない。


 気合を入れ過ぎてエプロンをしたまま席についているくらいだ。


 ――先輩……どうですか?


 だが、美咲が気になるのは櫻井の反応である。


 対して、櫻井はもはや料理と思っていない。


 ――コレは食べて大丈夫なやつか……匂いは普通だし、見た目も普通。


 横から眺めたり、においを嗅いだり怪しんでいる。


 ――だが、料理が得意な美咲ちゃんだ。一見みただけではわからないような、仕掛けがあるかもしれない。


 ――先輩が……私の料理を匂いまで嗅いでじっくり観察している!? やっぱり男の人ってそうやって女を品定めしてるの!? 品定めっていうぐらいだから、もしかして料理に関係ある言葉なのぉ!? 


 二人は喉をゴクッと同時に鳴らした。


 ――行くしかねぇか…………!


 そして櫻井は箸を手に取り、出されたおかずに近づけていく。


 —―それにしても、まさか肉じゃがが出てくるとは……。


 だが裏を考えすぎて疑問が尽きない。


 ――どういう意味なんだろう? 最後の晩餐に肉じゃがって……隠語的な意味合いが何かあるんだろうか。よく女の子が勘違いしやすい料理だけど。男は肉じゃがが好きとか妄想するやつ多いけど、みんなカレーの方が好きに決まってるし。


「やっぱり、美咲ちゃんの料理うまいー」

「本当においしいね、強ちゃん♪」


 恐る恐る口に運んでいく櫻井。


 ――そもそも肉じゃががうまいから何?って話なんだよな。


 横ではもうすでに強と玉藻が食べている。


 ――味気もない色気もない料理で


 ビビりすぎてそれに気づいていない。


 ――トドメを指してやるって意味合いかもしれないな……。


 そして美咲の視線にも気づいていない。


 料理に対して疑心暗鬼状態のせいで盲目。


 そして、一口食べた櫻井の目が見開く。


「うま……いッ!」


 ――なんだ、これは!? 本当に肉じゃがなのか!! 絶妙な触感。じゃがいもと玉ねぎしかないのに、なぜこんなに触感が豊かなんだ!! それに味付けがスゴイ!! 砂糖の加減が神がかっている!!


 櫻井の箸は止まることをみせない。


 ――俺が今まで食べてきたのは一体なんだったんだ……コレを肉じゃがというなら!!


 次々とご飯と肉じゃが、そして勢いよく味噌汁を口に入れていく。


 ――よかった………先輩が食べてる。


 その姿に美咲はほっと胸をひとなでした。


 そして、笑顔で櫻井に告げた。


「おかわりするなら、いっぱいありますから言ってくださいね」


「「「おかわり!」」」


 すぐさまに空になった肉じゃがの器を差し出す櫻井。その横で玉藻と強も一緒になって器を差し出していた。美咲は満足げにそれを受け取りまた装いに向かう。


「いま、もってきますね♪」


 その後ろで強と櫻井が談笑。


「どうだ、うちの美咲ちゃんはすげぇだろう」

「いやー、マジですごいわ。こんなん食ったことなかったわ」


 美咲の耳にもそれは届いていた。


 ――すごい…………やったー。


 それだけの言葉で頬を赤らめるぐらいに嬉しい純情な乙女。


 ――先輩に褒められた!


 頑張ったかいがあったというものだ。


「櫻井くん、美咲ちゃんは本当お料理上手なんだよ♪」

「鈴木さん、もう上手とかのレベルじゃねぇぞ、コレは」


 櫻井は美咲の料理が麻薬的旨さだとココで初めて気づいた。


「料理の革命だ。本当、美咲ちゃんは――」


 それは意図せずに櫻井から自然と出た言葉だった。



「いいお嫁さんになるよ」

「美咲ちゃんが嫁に行くとかねぇから」



 間髪入れず即座に返すサイコ兄貴。


 強の発言の前に美咲の意識はもはやトリップしている。


 櫻井たちに背を向けてて見られていないが、


 生まれて来て一番の満面の笑みを浮かべ、


 だらしなく頬を垂らしてにやけていた。


「うへー♪」


 恋する黒髪の乙女は今世界の誰より一番の笑顔を浮かべていた。


 多大なる幸福を受けたことにより堕天から戻ってきた。


 身に纏っていた黒いオーラはもはや無い。


 微塵もない程、


 幸せオーラにかき消されていた――。



≪つづく≫

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