第53話 バカな男たちのぺったん祭り! 心を壊された少女 -当日-

 昴は城でぐったりと疲れ果てていた。


 何十匹狩ったかもわからない。


 無我夢中で殴りまくった。蹴りまくった。


 目に映る全てのピンクの塊をほうむってやった。


「お疲れ様、昴ちゃん♪」

「あぁ……疲れたよ……」


 美咲は昴の労を労うように笑顔でキッチンへと向かっていた。


 昴の活躍は目覚ましいものだった。


 鬼気迫り戦闘をする姿は、他のクエスト参加者から――


 赤髪あかがみ鬼神きじん


 と、言われるほどの奮闘ぶりだった。


「いやー昴様すごいな」「あれだけ昴様がやっているんだ、俺らも頑張らなきゃな!!」「昴様に続くぞ!!」「やってんやんぜぇ!」


 皆、その戦いっぷりに触発させられクエストも大成功を収めた。


 その結果、美咲の評価はうなぎ上りに上がり上機嫌である。


 昴のレベルも、もふきゅんラビット狩りにより著しく上がっていた。


 誰もが成功を収めたクエスト。


 皆が高揚しているなか昴一人だけが知っている。


 ――尊い犠牲があったことを。


 人間の身勝手に殺されたやつらがいる不条理を。


 昴、ただ一人だけが知っている――


「いい匂い……」


 だが、疲れた体に食事の匂いが鼻腔をつく。


 森を休みなしに駆け回っていた為にカロリーを使いすぎていた。


 疲れた心が忘れさせていた空腹を思い出せるジューシーな匂い。

 

 ――揚げ物だ。


「昴ちゃん、今日は唐揚げだよ♪」

「唐揚げ……じゅるっ」


 エプロン姿の美咲が皿いっぱいに盛られた唐揚げをもって昴の前に現れる。


 腹の虫が鳴る昴はすぐに食卓に着く。


 食事とは人生において救いである。


 疲れ切った心を癒すための重要な行事。


 それになにより、美咲の料理は麻薬的にうまい。


「じゃあ、食事をはじめよっか」

「うん」


「「いただきます!」」


 この時、昴は初めて両のてのひらを合わせて、

 

 合掌をして食事の言葉を唱えた。命に対する感謝。


 人間により無慈悲に不条理に奪われた命達への感謝をささげた。


 心から捧げることが出来たのだ。


「うまい、うまうまだよ、美咲!!」

「昴ちゃん、焦らなくてもいっぱいあるからね♪」


 優しく微笑む美咲を前に昴はすごい勢いで唐揚げを頬張っていく。

 

 カリッとさける衣。溢れだす肉汁。


 熱気が外に出て湯気を出す。プリっとはじける肉感。


 醤油ベースの味付けがほどこされたそれは至極の一品。


 ――あぁ……ホント、美味しい!!


 疲れ切った体と心に肉が染み渡っていく。


 失った心と体力が戻っていくような感覚に昴は身を預ける。


 本能による食事だった。


「あー、食べた、食べた。おいしかったな」

「よかった。今日は昴ちゃんいっぱい頑張ったからね♪」


 大満足の食事が終わった。


 美咲は自宅にいるように開いた食器を片付けていく。

 

 その最中、腹を膨らました昴はご機嫌で相方に問いかける。 


「けど、食べたことない味の肉だったけど、あれは何のお肉だったの?」


 昴は聞いてはいけない質問をしてしまった。


「えっ――――?」


 ただ美咲は笑顔を変えずに昴に答えを返す。


「アレはね――」


 知らなければよかったのに。


 満たされた気持ちのままで終われていたのに――。




「昴ちゃんの前で殺した――もふきゅんラビットだよ」




「えっ――」


 昴の脳内を駆け巡るつぶらな瞳。


『きゅん♪ きゅん♪』


 そして、思い出されるもふもふとした抱き心地。


『きゅん♪ きゅん♪』


 見つめ合った時間は短かったが確かに心を通わせたヤツ。



「ボェ――――ッ!」


 吐きそうになった昴だったが吐しゃ物を飲み込み戻した。


 ――ダメだ……吐いたらダメだっ!


 ひとかけらも粗末にしてはいけない。


 してしまったら、本当にヤツの死が無駄になってしまう。


 ――うぅっ……ううううう。


 そんな気がしたからこそ昴は一歩手前でこらえきった。


「いっぱい食べ過ぎるからだよ………昴ちゃん♪」


 嗤いながらキッチンへ洗い物に去っていく美咲。


 その背中が強烈に昴の目に焼き付いた。


 その夜、昴は一人シャワーを浴びながら、


「アァアアアアアアアア――」


 泣き崩れた。


 


◆ ◆ ◆ ◆



 故に昴は美咲が怖い。


「大丈夫、こいつらは人じゃない――」


 怯えながらも問いを返す昴。


「じゃあ、何だって云うの……」


 スカートを捲りあげられ半分の肉付きのいい尻が露わになっているが、


「美咲…………」


 ソレどころではない。恐怖に抱かれている。


 顔は嗤っているのに目が全然笑っていない狂った狂人、


 美咲に抱かれている。


彼奴等キャツラみたいのは、ね――」


 楽しそうに話す美咲。






畜生チクショウって、いうんだよ――――」






 正に的確な言葉であるが、


 美咲が言うとシャレにならない雰囲気をかもしだす。


 畜生とは人に値しないものを指す侮蔑の言葉。


 そして、それが意味するのは人間じゃないから――


 殺しても大丈夫ということ。


「ほら、ほら♪」


 昴の尻を揉みしだき掴みながら、


「や、やめ――ッ」


 もう一方の手で昴の震える指先にイタズラをしかける。


 トリガーを押したりするイタズラ。


 いつ発射されるか分からない近代兵器。中には魔法弾が装着されている。昴の肩にかけられているものは兵器であり、殺傷を負わせるもの。


 けして、オモチャではない。


「やっちゃえ、やっちゃえ」


「あっ、あぁあ――」


 それをおもちゃをいじるように遊ぶ美咲。怯える昴。


 そしてしびれを切らした美咲の指が、


「えい」


 昴の指を無理やり押しやるようにトリガーを引かせた。


「うわぁあああああ――」


「アハハ、最高! 最高だよ!!」


 昴の悲鳴をかき消すように終わらない銃声。


 発砲を毎秒千発程の勢いで激しく回転する銃口。


 落ちていく薬莢の束。音と光が激しく入り乱れる。


 涙を流す昴の体に響く振動が、


 一発一発確実に相手の顔面に撃ち込まれていることを伝える。





 しばらくの時間が過ぎた――


「あぁ、終わっちゃった………」


 美咲は残念そうにつぶやく。音と光がやんだ。


 ひたすらに回り続ける空撃ちのガトリング砲。


「……………っ」


 昴は涙を流してへたりこんだ。


 言葉も出てこなかった。


 彼女の中に渦巻くのはやってしまったという後悔。人を殺した感触が生々しく体に残っている。そして座り込んだ床にある血の海。土方の顔は煙で覆われ見えないが肉片が飛び散っている。


 昴は一度ガトリング砲のトリガーを強く引いた。


 きゅるるんという音が響き何も出ない。昴はもう限界だった。


 一刻も早くここから、この場から走って逃げ去りたい。


「美咲、もう弾がないよ」


 だから、弾が尽きたことを喜び美咲に笑顔を向けた。


「もう何もないよ。終わりだよね!」

「なに言ってるの?」

「へ――?」


 美咲の問いかけに昴の笑顔は脆くも崩れ去った。


 もう、銃弾もないのに悪夢が終わらない。


 地獄の様な光景がまだまだ続くという絶望の言葉。


 『なに言ってるの』。



「うっ!!」


 昴の体にずしりとした重みが走る。


 ――なんで…………。


 先程まで床に転がっていた薬莢が消えている。


 ――なんでぇっ……。


「終わりじゃないよ、弾ならいっぱいあるじゃん」

「な、なんでッ!!」


 美咲の能力は復元。


 元あった場所に元あった状態に戻すことが出来る。


 悪夢は簡単には終わらない。


「イヤだ、イヤだよ……っ」


 昴は泣きながら首を横に振った。


「大丈夫だから、ほらあそこにも畜生がいるよ………」


 髪と頬をやさしくなでられ近藤に目を向ける。


「畜生は殺さないと…………」


 こうなった美咲からは逃げられない。


「ホラ、もう一匹も狩らなきゃ」


 それに一人殺してしまっている。正義感が強いからこそ、


 罪悪感と殺した感触に汚されていく。


 ――もう……無理だ…………。


 昴の心はパリんと砕けた。


 ――帰りたいっ……帰りたい。

 

 もう、心が壊された。力なく立ち上がり近藤に向かっていく。


「ほっぺたに付けて、ぶっぱなす――」


 目の色に輝きを失くしふらふらと歩いていく。


「ほっぺたに付けて、ぶっぱなす――」


 地獄は終わらない。この手を汚さなければ。


「昴ちゃん、やっちゃえ、やっちゃえ♪」


 楽しそうに声援を送る親友の声に後押しされながら、


 ――殺さなきゃ………殺さなきゃ。


 朦朧とする視界で近藤の前に立った。


 銃口を頬にこれでもかと付け終えた。


 やることはひとつ。トリガを引くことだけ――


「ごめん………」


 昴は涙を流しながら無表情で引き金に手を掛けた。


 激しく響く銃声と目の前ではじけ飛ぶような光の弾幕。



 昴は、この日だけで二匹の畜生を葬った――



≪つづく≫

 

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