俺たちの関係をデットエンドで終わらせねぇ！！

第52話 バカな男たちのぺったん祭り！ 怒らせてはいけない人 －当日－

　堕天使美咲は戦場に足を踏み入れ立ち止まる。

「クッ――――！！」

　頬の筋肉を硬直させ歯を強く噛み締め音ギリっと立てた。

　視界の白い煙は足元を漂うようにやや残っている。

　中にはキャンプファイヤーの火が灯り、

　教室の電球は明暗を激しく繰り返し、

　美咲の怒りに呼応する。

「よくもッ――」

　美咲の視界に映ったのは、

　土方の食べかけの残骸。

「アタシのマイクをぉおおおお！」

　怒りの咆哮。

「イヤァアアアアアアアア！」

　昴と強の震えは一層激しさ増していく。

　そして疑問が走る。

　―—マイクって、誰と。

　マッドイータカメレオンの鱗半分――

　教室に残された残骸がマイク。

　美咲にとってマイクが殺されていたも同然。

　美咲にとってマイクとは、

　のび太君のお助けマンであるドラえも〇のような存在。

　さすがにドラえもんを真っ二つに割られたら、のび太君でもブちぎれる。

「一人残らず粛清（しゅくせい）してやるっ――」

　黒目の奥に赤い光を発行し負のオーラに包まれた少女は殺意を纏い、照明が光を失くした黒い闇夜に染まる。

　まず第一の標的に向けて歩を進めた。

「うぅ――」

　しかし、かすかなうめき声が響く。

「浅かったか………」

　メガネが後頭部のガードにより睡眠がまだ完全に効いていなかった。

　そこに銃口を向け、バンバン！

　とベレッタに残された二発を撃ち込む。

「おとなしく寝てろ。楽には死なせないがな――」

　もはや口調は女軍曹。そして行軍を開始した。

　まず第一の標的は沖田。

　笛を楽し気に吹いていたのが重罪である。

　美咲はブレザーのポケットから手榴弾を取り出し、

　口でピンを抜き放り、

「プレゼントだ受け取れ、カス」

　投げた。

　強と昴の視界に綺麗な放物線を描き落とされていく爆弾。

　寝ている無防備なところに投下される手榴弾。

　教室の床にぶつかり弾け飛ぶ爆発物。

　沖の体は一切の硬直は無く、

　爆風に身を預けるように空中へ放り投げられた。

　二人同時に心が叫ぶ。

　―—小沼（おぬま）くん！

　―—小木曽（おぎそ）ぉおおお！！

　二人ともバカであるが故に間違える。

　正解は沖田である。しかし、奇跡的に一文字目だけは正解した。

　寝ている状態でのダメージ量は計り知れない。

　おまけに半裸というのがマズイ。

　マカダミアの制服をちゃんと来ていれば防御力も高かったのに、燥ぎ過ぎたが故の失態。防御力ゼロ、おまけにダメージ量倍増状態による被ダメージ。

　しかし、美咲の手は緩まない。

　投げ終わったはずの手榴弾がすでに手元に持たれている。

　美咲の能力は《復元》――

　終わりなき永久機関。

「——死ね」

　冷たい言葉とともに投げられる爆薬。幾度となく力ない人形は宙を舞い、

　飛ばされていく。抗うすべもなくただ無慈悲に生命をもがれ続けた。

「キャハハハ――――死んじゃえ、死んじゃえよ！」

　そして、片手で手榴弾をもう片手でベレッタを構えて、

　宙を舞う的を楽しそうに撃ち続ける美咲。

　幾度なく撃ち込まれる睡眠弾――。

　もはや永遠に眠らせそうな勢いで撃ち込まれている。

　手榴弾を転がし吹き飛んだ的を撃つ。

「さぁ、次行ってみよう」

　それを三度繰り返したところで終わりを迎えた。

　口元を緩め楽し気な笑みを浮かべる堕天使。

　まだプロローグだと言わんばかりに笑みを浮かべている。

　昴と視線を合わせる。昴がびくっと怯えた。

　美咲の視線が自分の肩に掛かった物へと向けられている。

　――まさか……。

　横の獲物を使う時が来てしまった。

『は～い！　気持ちよくぶっ放してきちゃっていいからね♪』

　今の目の前にいる親友は、

　コレを完全に気持ちよくぶっ放してしまうほどに狂っている。

「こっちに来て………昴ちゃん」

　なまめかしい声を出す美咲。どこか頬も紅くなっている。

　早く早くとせがむように、八十六式ガトリング砲を待ち望んでいるように恍惚の表情を見せてくる。昴は知っている。この世で美咲を怒らせてはいけないことを。

　呼ばれた方へ足を震わせながら静かに近づいてく。

「昴ちゃん、こっちだよー」

　仰向けに寝ている土方の方へ昴を誘導するように美咲は手で招く。

　かわいく猫のようにしているが表情はもはや快楽殺人者に近い。

「美咲――」

　だが、正義感の強い昴は静かに立ち止まった。

「やっぱりこんなのおかしいよ！　美咲じゃないよおぉおお！」

「昴ちゃん………？」

　必死に訴える。親友よ、戻って来てくれと。

「目を覚まして、美咲！」

　寝ている人間に八十六式なぞぶっぱなそうものなら、

「これ以上やったらもう……取り返しがつかないことになるよ！！」

　マジで取り返しがつかない。

　だが、堕天している人間に正論など通じるわけもない。

　相手は悪魔。美咲はため息をひとつついて昴の背中側に回って押しやっていく。

「昴ちゃん……なに、ビビってんの？」

「ビビるよ！　怖いよ、今の美咲は超怖い！！　あたしの知ってる美咲じゃない！！」

「うふふ、おかしなこと言ってるよ昴ちゃん」

　昴の体は美咲に押されいつのまにか土方の前にまで来ていた。

「ワタシが――美咲だよ」

　気持ちよさそうに寝ている相手に向けて昴が持っている八十六式の銃口が向けられる。昴の体は恐怖に支配されうまく力が入らない。異形のオーラを纏う美咲に傀儡のように弄ばれている。

「昴ちゃん、へたっぴだね」

「な、なにが……」

　親友の変わり果てた姿から恐怖に脅える昴の手が優しく握られる。

「もっとこうしなきゃ」

「――――ッ！」

　昴の肩からぶら下がっている八十六式の銃口を手で押していく美咲。

　土方の軟らかい頬にこれでもかというぐらい、

「こうだよ、こう」

「こんなことしたら――」

　ガトリングの銃口が押し付けられている。

「大丈夫、大丈夫だよ………昴ちゃん」

　――ゼロ距離連続射撃！　しかも顔面への！！　大丈夫な訳がない！！

　っと、昴は思って怯えているが、

　美咲は右腕で昴の腰を抱きかかえ、

「怯えないで、昴ちゃん――」

　左手で太ももいやらしく這わせていく。

「これから楽しくなるから♪」

「み、み――ひぅん！」

　昴は首筋を舐められ喘ぎを漏らした。

　なぜか人は堕天するとエロくなるらしい。

　そして、昴の太ももを這っていた手はやわ尻に向けてあがり、

　臀部（でんぶ）をギュっと掴まれた。

　コレは撃てということ。早くしろという催促。

　トリガーにある震える指先。

　昴は泣きそうになりながら友に最後の制止を訴えかけた。

「人は撃っちゃだめだよぉ……」

「大丈夫、こいつらは人じゃない――」

　ソレに悪魔は嗤う。その姿に昴は悲しき過去を思い出す。

◆　◆　◆　◆

　木下昴は知っている。

　美咲を怒らせてはいけないということを――

　それは異世界のモフモフクエストの中で体験したこと。

「だめだよー、こんなの殺せないよ！！」

「もぉー、昴ちゃん！」

「だって、こいつ等全然攻撃してこないし、それにほら見てよ！」

　呆れる美咲を前に昴はピンク色のもふもふしたうさ耳を抱きしめていた。

「目がこんなにウルウルしててかわいいんだよ！」

「キュん？」

　丸い体の謎のピンク色の球体にうさ耳。つぶらな瞳。

　そしてキュートな鳴き声。

　『ピンクもふきゅんラビット』という名のモンスターである。

　攻撃性はゼロであり大人しいモンスター。

「美咲、こいつ等なら沢山いても全然いいよ！！」

　美咲国の森周辺に大量発生したが故に討伐クエストが組まれていて、

　倒しに来たはいいが、肝心のバトル担当はもはや使い物にならない状態だった。

「アタシ仲良くやってける気がする！」

「きゅん、きゅん♪」

　抱きかかえられながらも団子のような体を跳ねらせ昴と友達のように戯れている。もはやなついている。昴はその愛らしい姿と見つめ合い微笑みあっている。

「ちゃんと、アタシが面倒みるから」

「昴ちゃん……事前にちゃんとクエストの内容を話したよね」

「大丈夫だよ！　きっとどうにかなるって！！」

「チッ――」

　昴の駄々っ子のようなセリフに美咲は舌を鳴らした。

　この討伐クエストの主催者は国王である美咲である。

　ソレを率先して国王が動かないというのは、

　他の参加者たちへの不都合ともなる。さらに問題はほかの点にもある。

「昴ちゃん！　もふきゅんラビットは攻撃力はゼロだけど、街のライフラインにダメージを与えるってちゃんと説明したよね！　ほっておくと下水管や街への水道管が壊されちゃうし、知能も低いからたまに電線すら切られちゃうんだよ！」

　可愛くて攻撃力は無くとも自然破壊力が高い害虫である。

「ほっておくとお風呂にも入れなくなるし、電気も使えないし、農作物にだって被害が及ぶんだから、ここで倒さなきゃダメなの！」

「私が説得して見せるよ！」

「言葉も通じないのにどうやるのぉ！」

「心で会話する！！」

「………………」

　――ダメだ…………コイツ。

　埒が明かない昴に対して美咲の怒りはここで頂点へと達した。

　美咲は懐から包丁を出し、そこらへんにいるうさ耳を一匹とっつ構えた。

「何する気、美咲！？」

「昴ちゃんがやらないっていうなら、もういい――」

　耳を掴まれ必死に暴れているうさ耳団子。

「私が殺（や）るから」

「きゅん！　きゅん！！」

　この世界では二通りの攻撃方法がある。

　ひとつは攻撃による消失である。これは文字通り与ダメージが限界地を超えればゲームの世界の様に姿を消していく。残るもうひとつは報酬を貰うための攻撃方法である。

「ぎゅぁんんんンンンンン！！」

「やめて、美咲！！」

　制止しようとした昴を鬼の剣幕で突き飛ばして、

「どいてて、邪魔ッ！！」

　団子に包丁を直角にブッ刺した。湧き出る血の泉。

「ギャァアアアアアアア！」

　だが姿は消えない。はぎ取りという攻撃方法である。

　包丁を幾度となくブッ刺していく。

「ギャアギャア！　ギュィインンニイイイイイイイイ！！」

　もふきゅんラビットの断末魔の様な叫びが森全体に響き渡っていく。

「みみ、み、美咲！！」

　死体を前に震える昴。返すのは冷たい声と目線。

　美咲の手によって、死体がたった一つ増えただけの事だ。

「昴ちゃんがやらないから、こうなってるんだよ………」

　それも目の前にある惨殺死体は昴のせいだと。

　通常攻撃であれば消失して姿は消えていく。

　だが、剥ぎ取り行為によるものは死体が消えない。

　なぜなら報酬までが消えてしまうから――。

「きゅん、きゅん！！」

　怯える昴を前に同胞を殺され必死で逃げようとしているうさ耳をもう一匹素手で捉える。片手で二つの耳を鷲掴み。もふきゅんラビットを捕まえるなど動体視力のイイ美咲にとっては朝飯前なこと。

　そして、その個体はさっきまで昴が抱きかかえていたもの。

「きゅん！　きゅんきゅん！！」

　もふきゅんラビットは美咲の殺気を前に、

　涙を流しながら必死な抵抗を見せて、

　体を揺らしているが攻撃力ゼロの為に逃げられない。

　もはや、まな板の上の鯉。いや、まな板に掴まれた鯉。

　涙目になる昴の前で狂気の刃はピンクの物体に差し込まれていく。

「ぎゅん！　ぎゅんん！！」

　はらわたをひねりだすように包丁で抉っていく美咲。

「ねぇ、昴ちゃん――」

　包丁の扱いはお手のものである。そして昴に問いかける。

「なんで、かわいいから殺せないとかいうの？」

　本気の黒目が語り掛けてくる。

「ぎゅんん、ギュンンン！！」

　顔に血しぶきが飛ぼうとも、包丁で内臓を丁寧に取り出していく。

「人間はね、残酷な生き物なんだよ――」

　断末魔が聞こえようとも瞬きひとつせずに昴を睨みつける美咲。

「牛さんや鳥さん。豚さん、猿さんだって、クマさんだって、ウリ坊だって殺して食べちゃうんだよ。魚さんだって子供でも玉子でもなんでも食べちゃう。私たちは殺戮の限りを尽くして命を頂いてるの」

「ギァピィイイイイイイイ！！」

　まるでもふきゅんラビットの断末魔が聞こえてないかのように。

　美咲の威圧に圧倒される昴は返す言葉も出てこない。

「なのに、コイツはカワイイから殺さない？？」

　目の前でついさっきまで心を通わせた生き物が解体されていくのを、

　涙ながらに見送るしかない。

「へっ、何いっちゃってるの昴ちゃん？」

　鼻で笑うように昴に残酷な現実を見せつける美咲。

「昴ちゃん、蚊を殺したことあるよね？　ない人間なんていないよね。害虫だから殺しちゃったんだよね。このもふきゅんラビットはそれと同じなの。害があるの。人間に危害を加えなくても、生活に害を与えてくる怪物なのぉ！」

「……ひぐっ、ひぐ」

　もはや、正論も正論過ぎて昴は泣きだした。正論コワイ。

「ほっとけばコイツのせいで困ることになるの。ゴキブリだって殺したことあるよね？　それと一緒なの。可愛いとかどうでもよくて、人間ってそういう生き物だから」

「ピャギャィイイイイイイイ！！」

「自分たちの都合の為に命を奪っていくそういう生き物なんだよ、私たち人間って」

「………うぅううう」

　鼻水を流して涙を流してもふきゅんラビットの最後を見届ける昴。

「いまさら善人ぶってもしょうがないでしょ―――昴ちゃん」

　説法にも近い状況に何も言い返せない。美咲の目は本気で怒っているし、

　殺意を宿している。

　このままいけば森中のもふきゅんラビットを惨殺しかねない。

「わ、がっだ！」

　それを察知した昴は立ち上がった。

「私が悪かっだよ、美咲！！　私がやるがら！！」

「頑張ってね、昴ちゃん」

　美咲は微笑み涙を流す昴を見送った。

　そして森で暴れ狂うように昴は狩りを始めた。

「うぉおおおおおおおおお！」

　見つけては殴り蹴り、次々ともふきゅんラビットをあの世へ送っていく。

　もう二度と悲しい死に方をさせないように。

　無抵抗の団子達を殴り尽していった――

≪つづく≫