第40話 神の奇跡が送料込みで二万九千八百円。

 私は昼食を昴ちゃんと一緒に食べる。


 ひさびさに購買でパンを買ってそれを頬張っていた。


「おいしー♪」

「美咲……お弁当じゃないんだ………」

「今日は購買でいいかなって♪」


 ひさびさの買い食いにちょっとテンションが上がってしまう。


「なんかさ……」


 私がにこにこパンを食べてるのに


 昴ちゃんは、歯切れの悪い感じだった。


「今日の美咲、ちょっと変じゃない?」

「………変?」


 昴ちゃんはハッキリ答えを掴めずに、


 首を斜めにして、


「だって、美咲らしくないっていうか」


 私をまじまじと見つめていた。


「無理してるっていうか。どうもいつもと違う感じなんだよ」


 さすが昴ちゃんだ。


 伊達に一年も一緒に過ごしていない。


 私の些細な変化にも気づいた。


「昴ちゃん……」


 バカなのに。スゴイアホなのに。


 思わず優しい友達を持ってたことに私は涙腺が緩む。本当にいい友達を持った。平な胸が、直線が私を和ましてくれる友達。


 友達を超えて、


 もうソウルメイトっていうのかもしれない。


「昴ちゃん! 私たちってソウルメイトだよね!」


 貧乳ソウルメイト!


 私は昴ちゃんの両手を握り気持ちを伝える。


「うん……ソウルメイトだよ」


 

 ソウルメイトという言葉に、


 いまいちピーンとこない昴ちゃんを前に、


 私は満面の笑みだった。


 昨日の苦痛が昴ちゃんといることで和らいでいく。本当に昴ちゃんはいい子だ。私みたいなちんちくりんとも友達でいてくれる。暴君の兄がいてもそばにいてくれる。


 なんて、心強い味方なんだろう!!


「そういえば、ギルドの先輩が言ってたんだけどもうすぐ2年生は進路説明会だって。師匠からなんか聞いてる?」

「進路説明会……?」

「確か今週の土曜日に四月からの実地研修の行先の説明するって」

「そっか、実地研修か………」


 マカダミアキャッツでは3年生になると実地研修のプログラムが組まれている。一年という期間のほぼ大半を学校ではなく職場に取られる。実際問題すでに現場レベルの人も多いし、学業より本職に力を入れてより早めに未来に向けて動き出すといった感じ。


「師匠なら引く手あまただろうけど、やっぱりあの黒い制服を着て欲しいなー」

「むしろそれ以外の職が見つからない気がするよ……」


 ただ人によっては途中で職場の変更をしたりと若干学生だからできるお試し期間といったものでもあり、学生の特権でもある。そして、それは学園対抗戦に出ていた各地方のエリート校でもそういうもの。

 

 それを考えるとあの三年寝太郎の兄がまじめに勤労できるのか、


 不安がよぎった――。


「進路か……大丈夫かな、お兄ちゃん」


 窓から青空を眺めながら私は不安の種を外に飛ばした。


 今後の涼宮家の為にも、どうにかどこかにねじこまなきゃ。


 でも思い当たるところなんて一つしかないわけで。


 ゼッタイ嫌がりそうだけど…………コレばかりは仕方ない。


 私は昴ちゃんというソウルメイトのおかげで平常心を取り戻し家に帰る。


「お兄ちゃん、ちょっと食材買ってきて」

「えっ! 作ってくれるの!?」


 平常心なので日課の食事を作ることにする。


「うん、作ってあげるから。このメモに書いた食材をスーパーで買ってきてね」

「うわぁー!」


 メモを片手に子供の様にキラキラする目。兄の喜びが大げさすぎて私は思わず笑みを浮かべた。やはり私にはヤンデレなんて似合わないか。


 笑顔にしていると、


 良い事は続くもので――。


「美咲ちゃん、そういえば来週あたりギルドに行くかも」

「来週?」


 よっしゃ! すぐ行ってこいッ!!


「そう! なんか櫻井が色々下調べしてくれてて、」


 先輩が………下調べ?


「あと二日で終わりだっていうからさ、来週ギルドに行ってくるよ」

「櫻井さんが……下調べしてくれてるの?」

「なんか、俺に見合うギルドを見繕ってくれるって言って、ホルスタインと色々回ってるみたいでさ、今日は田中と一緒になんか回るみたいだし」


 ホルスタイン……って確か牛の品種。


 ―—牛、牛乳、乳! まさかッ!!


「お兄ちゃん、ホルスタインってあの金髪の人!?」

「そう、なんかアイツも協力してくれてるみたいだ。高飛車でやな奴なんだけど」


 私の中で何か雁字搦めになっていたひもがするりとほどけていくように点と点が線となって繋がった。そういうことか、だから先輩はあの人と一緒に体育館に。


 ——そういうことなんだ! そうだ、違いない!!


 ——きっとそうだー♪


「お兄ちゃん、ちょっとメモ貸して! すぐに書き直すから!!」

「ん?」

「今日はトンカツにするよ!」


 アイに勝つ!!


 ならば、今日はトンでカツだ!!


「マジかッ!」


 漱石が飛んで羽ばたいていくが手を振って見送れるほど機嫌が良くなっていた。


 兄がお買い物に出かけて上機嫌の私は一人リビングでくつろぐ。


 おそらく30分くらい帰ってこないだろう。


 コーヒーを片手にテレビを付けた。夕方のニュース番組をクルクルと回していく、するとあるチャンネルで手が止まった。金髪の外人の男の人と女の人の寸劇である。大げさな演技がやたらと目に付いた。


「キャサリーン、何を泣いているんだい?」

「マイク! だって……私の胸は全然成長しないの!」


 ―—あーわかるよ。キャサリーン、私もそれわかるわー。


 コクコクと頷きながら寸劇を眺める。


 どうやらショッピング番組のようだ。


 昨日のアタシだったら憤慨してテレビに椅子を投げつけていたであろうレベルだが、いま私は寛大だ。胸の話題なんて全然大丈夫。


 だって、あの外人は先輩の彼女じゃないみたいだし。


「キャサリーン……胸なんかなくても君は十分素敵だよ」

「マイク、そんなの嘘よ! だって男はみんな大きいオッパイが好きじゃない」


 あー、昨日の私と同じこと言ってるよ。


「そんなのキレイごとよッ!」


 ホント、綺麗事もいい所だよ。


「キャサリーン、違う。オッパイにはいろんなオッパイがあるんだ」


 ないよ、色んなオッパイなんてないよ。


 オッパイはオッパイだよ。


「決して大きいだけがいいわけじゃない。大きすぎても不快なんだ」


 あー、マイクモテないだろうな。


 昨日のお兄ちゃんと同じこと言ってらー。


 ズズっとコーヒーをすすりながら続きを見る。


「じゃあ、ちょうどいい大きさになりたい!」

「キャサリーン……わかった!」


 ―—何がわかったの、マイク?


 無理なものは無理だと、


 ちゃんと言ってあげないとダメだよ。


 だからモテないんだよ、マイクは。


 オッパイは才能だよ、才能。


 神が与えたもうたギフト。


 マイクが画面外へ消えていく――。


「マイク……マイク……マイクッ!」


 マイクがいなくなったことにより、


 キャサリーンは涙ながらに、


 相手を探して叫び続けていた。


 なんか悲しい終わり方だ。


「はぁ……キャサリーン。君の為に命がけでこれを取ってきたよ」


 だが、マイクは傷だらけになりすぐに帰ってきた。


「これはマッドイータカメレオンの鱗?」

「あー、そうだ」

「なんで鱗なの、マイク?」

「これをな、こうするんだ!」


 外国人の吹き替え特有のこうするんだ!を聞きながら、私は食い入るように画面を見つめた。


「なにッ!」


 テレビからのあまりの衝撃的内容に椅子から立ち上がる。マイクが持ってきた鱗に目から鱗である。勘違いしていた。


 ——マイクは出来る奴だった。モテる男だった!


「あぁーマイク愛してるわッ!」

「キャサリーン、君の為なら命がけさ!!」


 立ち上がって震える私の耳に


 衝撃の内容が届く。

 

「今ならなんとお買い得の二万九千八百円!」


 二万九千………八百円!?


「二万九千八百円! ですぐに発送いたします!」

「神の奇跡が三万弱で……しかも送料込み!」


 ——オーマイガッド!!


 すぐに携帯を片手に電話をする。


「お客様、お届け日はいつにしますか?」

「土曜日の午前中必着でお願いします」


 もはや神の奇跡が3万なら安い。安すぎる。



《つづく》

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