第38話 オッと言いたくなるのが玉藻ちゃんで。チックショーと言いたくなるのが私です。

 私はカップラーメンを食べ終え、


 お風呂で育ちの悪い我が子を憎しみを持ってこねくり回して眠りについた。


 大泣きしたせいもあるのかぐっすり眠れた。


 目覚ましの音にすら気づかない程に寝ていたようだ。


「もう……六時半か……」


 私は起きあがりパジャマを脱ぎ捨てる。


 そして、胸にブラジャーを付ける。その際に脇の下の肉を内側に持っていく。これだけで多少の見た目は変わる。どうせオッパイなど脂肪。脂肪をかき集めて出来たもの。


 だが私は脂肪が少ない。


 食べても太らない。身長も伸びないし、おまけに胸も成長しない。


 ブラジャーを付け終え魔が差した。鏡に向けてポーズをとってみる。


 両手を腰に当て二の腕で胸をよせるようにして、


 グラビアアイドルのようなポーズを。


「谷間」


 もはや自虐的行為。わずかに線は入る。


 だがプールで見た玉藻ちゃんに比べたら、


 マッキーで書いた縦線と、


 シャープペンシルで書いた線ぐらい違う。


「ふっ――」


 滑稽な姿に鼻で笑った。


 自分で自分が笑える。無駄な努力を積み重ねてきた。才能を前に挫折した人間はこうも脆い。密かに情熱を注いで取り組んでいたものが、泡のように消えていく。


 だが、もう大分落ち着いた。


 自分の弱さを才能の無さを受け止めることが出来た。いつも通りに朝食の準備に取り掛かる。だがいつもとは違う。昨日のカップラーメンだってそうだ。


 体に悪いものは極力取らなかった。


 栄養素が大切だったと思ってたから。しかしもう必要もない。


 もはや手抜き料理でいい。お湯とご飯だけあればいい。


 30分ほどたったので私は兄を起こしに行った。


「朝だよ、起きてお兄ちゃん」


 体を優しく揺さぶってみる。


「うぅう……」


 兄は寝返りを打って私から遠ざかった。やはりこれではダメか。


 私は兄の瞼をこじ開け眼球を確認する。眼球に動きはなし。


 ならば! 


「お兄ちゃん早く起きなさい……」


 小悪魔チックに声を出し、


「さもないと………悪戯しちゃうよ~」


 私は人差し指を突き立てクルクル回す。


 そして、かわいく、


「えいっ」


 指で眼球を突く。


「いったぁあああああ!」


 笑顔の私を前に突かれた眼球を抑えて兄は怯えている。


「やっと起きたね、お兄ちゃん♪」

「何するんだよ、美咲ちゃん!」


 ちょっと、やりすぎちゃったみたいだ。


「これはさすがにアウトだよ!!」

「えっ? だって起きないからしょうがないじゃない」

「朝から眼球突いて起こしてくるなんて、尋常じゃないよ! カオスだよ!」

「起きないお兄ちゃんが悪いんだよ。朝ご飯出来てるから」


 ストレス発散に兄を使った。もはやヤンデレルートを辿るも止む無し。


 だってシンデレラのようにダメな兄を持ちつつ健気に頑張っても、


 魔法使いは現れないし、願いも叶わない。


 なら、もういいじゃない。健気でなくても。


 家事を頑張っても胸は成長しないんだし。


「美咲ちゃん……朝食って……これ」

「そうこれ」


 兄がひどく悲し気な表情で食卓を見ていた。


 私が用意したのはお茶漬け。


 しかも、お湯をかけるだけで簡単にできるもの。


「お兄ちゃん……美咲ちゃんの手料理が食べたいな」

「これも美咲の手料理だよ」

「……」


 わかってて意地悪をしている。


 たまには兄で鬱憤を晴らしてもいいはず。


 私は兄にこうやって甘える。


 だって、ヤンデレだもの。


 デレがないとツッコミが来そうだが、デレるタイミングがないだけである。


 兄は悲し気にお茶漬けをすする。


 その姿に若干だが心が痛んだ。闇に落ちたフリをしているだけなのかもしれない。本当は自分が一番嫌いなのに。いや、正確に言うと自分の成長しない胸が嫌い。


 出来損ないの役立たずだ――。


「あれ、美咲ちゃんお弁当がないよ?」

「あっ、今日は作ってないから」

「えっ!?」

「どっかで適当に買って食べて」

「どうしたの……?」


 兄が私に近づいてきてのそっと額に手を当ててきた。


「熱はなさそうだけど……具合でも悪いの?」


 ダメな兄が私を気遣う。ただ単にめんどくさくなっただけなのに。


 ここはデレるべき場所かもしれない。


「お兄ちゃん……」


 私は上目遣いで兄を見つめた。


「もしかして、女の子の日?」

「ふんッ!」

「おぐッ!」


 私は怒りで腹パンを兄に喰らわす。やはりだめだった。


 このバカ相手にデレるとか無理だ。


 本当にデリカシーのかけらもない!





 朝玄関をあけると玉藻ちゃんが電柱柱の陰に隠れて震えていた。


 昨日、私が怒鳴りつけたのがよほど効いてるみたいだ。


「おは、おはよう……美咲ちゃん」

「おはよう、玉藻ちゃん」


 私は満面の笑みを取り繕って返す。


 すると怯えていた玉藻ちゃんが笑顔になり走って駆け寄ってきて、


「美咲ちゃんんんんん!」


 ダイブしてきた。


 暴力的な胸がこれでもかという言うくらい私の顔を埋め尽くす。


 ―—けど軟らかい。そうだ、コレがオッパイだ。


 人を安心させる体温と軟らかさ。そしてふくよかさを持っているもの。


 思わずオッと言いたくなるものがオッパイだ。


 なら、私のはチッパイだ。


 チックショーと言いたくなるのがチッパイだ。


「玉藻ちゃん、苦しいよ……」

「ご、ごめん美咲ちゃん!!」


 相当昨日の件が堪えていたようだ。無理もない。


 冷静になった今だからわかる。


 理不尽どころの騒ぎではない。私が勝手に脳内で悪者にして、裏切り者のレッテルを張り、そして家から叩きだしたのだ。玉藻ちゃんには本当に悪いことしてしまった。


「おねいちゃん、昨日はごめんね」

「私の方こそごめんね……私なんか悪いことしちゃった」


 何もしていないのにしょげる玉藻ちゃん。


 通学路を歩きながら会話をしていく。


「玉藻ちゃんは何もしてないよ、ただ私――」


 自分のチッパイを触って玉藻ちゃんに打ち明けた。


「自分の胸が小さいのがイヤになって、それで八つ当たりしちゃったの」

「ごめん……」


 何も悪くない玉藻ちゃんもなぜか自分の胸を抑えて謝ってきた。


 朝から女子高生二人が胸に手を当てながら会話するという不思議な光景に周りの男子のイヤらしい視線をちょっと感じた。ただ視線の多くはやはり玉藻ちゃんに向いている。


 そりゃそうですよ。


 だって、ロリペタとふくよか巨乳では勝敗は目に見えている。


 これが現実。


 だが、もはや気にもならない。


「でも、もういいの――」


 私は笑顔で会話を打ち切った。


 なにせ玉藻ちゃんもどう反応していいのかわからないような状況だったからだ。仕方がない。才能があるものが才能の無いものの僻みを聞いても何も返しようがないことだ。


 若干モヤモヤしながら教室に着くと、


「おはようー、美咲♪」

「おはよう……っ」


 モヤモヤが吹き飛んだ。昴ちゃんが笑顔で私を迎えてくれた。


 脳内で作られた球団。貧乳キャッツの女房役。


 今までの何かどす黒いものが外に溢れ出ていくような、ため込んだいたものがはけ口を見つけて一気に排水されていくような感覚に私は自然と目に涙がたまった。


「すばるちゃんんんんんん!!」


 気が付くと全力で走って昴ちゃんに抱きつこうと、


 体が勝手に動いていたが、


「おわっ!」


 すんでのところで、避けられた。


「なんで、避けるの……?」

「いや……突然でビックリしたから。というか美咲のキャラじゃないでしょ、そういうの」

「確かに……」


 昴ちゃんの言うとおりである。いつものなら逆の立場である。


 私の心がひどく弱っていた証拠。ただ、見ていると癒される。


 同志の姿に今まで溜まった邪悪なオーラが洗い流されていく。


 平な胸がもうひとつあるだけで心がこんなに満ち足りていく。


 いますぐ、あの胸に飛び込みたい!


「えいっ!」

「ほぅ――!」


 私は気持ちのままに飛びついたがなぜかまた避けられた。


 ——なぜ、避ける?


 私が昴ちゃんに訝し気な視線を送っているとチャイムが鳴った。


「もうすぐホームルームだから席につかなきゃ!」


 昴ちゃんが席に戻っていく姿に、


「あっ、うん……?」


 何か違和感を感じつつも私は席に着いた。


 なんだかんだで、


 昴ちゃんのおかげでこの時はヤンにならなくて済んだ。


 そう、まだこの時は――



《つづく》


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