第37話 美咲はぷるんぷるんと唱えた。しかし何も起こらない。

 私はフラフラと帰宅する。もはや精神的敗北による自信喪失。


 失恋のダメージたるや計り知れない。


 もはや、何もかもが耳障りで闇落ち寸前だった。


「美咲ちゃん、だいじょうぶー」

「………………」


 ―—黙れ、裏切り者。巨乳全てが敵だ。


「美咲ちゃん、具合悪いのか! お兄ちゃんがおんぶしていこうか?」

「………………」


 ―—黙れ、ヌケサク。お前に関しては日頃からイライラしている。


 耳に届く声も目に映る風景も何もかもが滅んでしまえばいいと思う。


 私は静かに家のドアを開けて締めた。


「美咲ちゃんー、お兄ちゃんまだ入ってないよ!?」


 扉の鍵よりも早く私の心はもう閉じている。


 そして、家の鍵をかけチェーンをかける。


「ちょっと美咲ちゃーん! どうしたんだ!!」


 私は扉越しに騒ぐ輩を無視してリビングの椅子に腰かける。


「どうして……」


 口を着いて出る言葉は疑問でも答えは出ている。


 私ではもはや相手にならない。


「クソッ!」


 私は悔しさのあまりテーブルに拳を叩きつけた。


 どうしてなの……私は何も悪いことしてこなかったのに。


 なぜこんなひどい目に合わなきゃいけないの。


 シンデレラだったら、ここで魔法使いが現れて、


 お願いを聞いてくれるはず。私が願うことはひとつ。


 ——巨乳になってみたい。


「あんなに頑張ったのにっ……」


 私は努力してきた。牛乳だって毎日欠かさず飲んでいた。


 二の腕の脂肪を胸に持ってくようにマッサージだって欠かさず毎日した。


 兄に見つからない様に隠れて、こそこそとオッパイ体操だってやってきた。


 苦手な腕立てだって欠かさずに毎日20回している。


 栄養にだって気を使ってサプリメントも飲んだ。


 揉めば大きくなるっていうからお風呂で毎日30分かけて揉んだ。


 揉みしだいた、痛くなるまで揉んでやったのに。


 なのに――




「なんで! ぷるんぷるんしないんだッ!」




 私は自分の直線的な胸に向かって怒りをぶつけて叫んだ。


 出来の悪い子を教育に気が狂った母の様に叱咤した。


「ぷるんぷるん! ぷるんぷるん!――」


 もうおかしくなっている私は自分の胸に魔法を唱えている。ぷるんぷるんと。


 だが、何も起きない。しかし何も起こらない。


 垂直に近い胸部は一向に反応を返してこない。


「ぷるん……うぅ、うわあぁん――」


 自然と泣いていた。


 失恋だけならまだしも相手が巨乳という時点で、


 もう生きてく希望もない――。


 だって、アッチはぷるんぷるんしてたもん。

 

 めっちゃ、ぷるんぷるんだもん。


 ぽよんぽよんもしてたしー。


 ぷるんぷるんでぽよんぽよんに――


 私は負けたんだぁああああああああああ!


 三十分ぐらいして私は泣き疲れた。


 もはや涙も出ない。枯れ果てた。


 泣きすぎて充血した目で机にぐったりとうなだれている。


 それはまるでバーで飲みすぎて酩酊している客の様に。


 サラリーマンが仕事に疲れ切って愚痴をこぼす様に


「わかってるよ………」


 私も一人ボソっと呟いた。


 どんなに努力したって無意味だってことぐらい。


 砂漠に木を植えるが如く、干からびた土地に種を巻くみたいな無意味さ。


「そうだよ、どうせそうだ――」


 口から答えがついて出た。


「オッパイは才能」


 才能以外の何物でもない。生まれ持った素質。


 それが如実に出る。公平不公平などもなく、


 天から与えられたギフト。それがオッパイ。


 ハズレくじを引いた、私はまな板を与えられたんだ。


 フレンドパークでいうたわし的なポジションだ。


 きっと、神様たちがルーレットにダーツを投げて決めているんだ。パジェロの代わりに『Fカップ』とか連呼して叫んで楽しそうにやってるに違いない。それで私はたわしの代わりにまな板を当選したんだ。




「「美咲ちゃん、なんで泣いてるのッ!」」




 二人がドアを壊して入ってきたらしい。どうせ直すのは私。


 そう壊しても元通りにできますから。

 

 だって私の能力は復元ですから…………。


「何しに来たの、ぷるんぷるんおねいちゃん……」

「何言ってるの、美咲ちゃん! 玉藻だよー」


 おねいちゃんが動くたびに目に付く。イライラする。


 脂肪がたわわに弾んで歪んで揺れる。


「もう帰って――」


 ――限界だ…………ッ


「帰ってよー、」


 もはや自分が壊れているのはわかっている。ただもう見たくない。


「もうぷるんぷるんはたくさんなんだよぉおおおおお!」


 ―—見たくないんだよ。巨乳だけはッ!


 私の気迫に押された玉藻おねいちゃんは私を心配しながらも家に帰っていった。


「美咲ちゃん…………」


 狂った私と一人取り残されたひどく動揺したお兄ちゃんだけになってしまった。


「お兄ちゃんで出来ることがあれば何でもするよ! 一体何があったんだい!」

「お兄ちゃん……」


 たまには兄らしい。少しうるっと来てしまった。


 兄の顔があまりにも真剣そのものだったのも、


 私的にポイントが高かった。





「巨乳を全員殺して欲しいの」



「えっ――?」


 私の願いに兄は驚いてた。


「だって、私よりおっぱいの大きい人が全員死んだら私が巨乳になるでしょ」


 けど、私は願う。


「お兄ちゃん、わたし巨乳になりたいの!」

「……」

「何でもしてくれるって言ったんじゃんッ!!」


 この時の私は即刻病院に行くべきだった。


 頭のオカシイ発言をしても、オカシイと思えなかった。


 本心からオカシイことを正しいと思って言えたし、


 何よりひたすら叫んでいた――。


 医者が見たら三秒で入院コース。


「美咲ちゃん、オッパイにはいろんなオッパイがあるんだ。決して大きいだけがいいわけじゃない。大きすぎても不快なんだ」

「なにそれ……だって、男はみんな大きいオッパイが好きじゃない。そんなのキレイごとよッ!」

「キレイごとじゃない!」

「お兄ちゃん……」


 兄の強い言葉に私は耳を傾ける。


「形やフォルムが大事なんだ」

「両方同じ意味だよ……」

「………………」


 兄は黙った。


 ——形ってなに。それって、おいしいの? 食べられるの?


 兄は言葉をためて私をなだめる様に喋りだした。


「美咲ちゃんは充分魅力的だよ」

「けど……私は貧乳………」

「そこがいいんじゃないか!」

「何がいいっていうの……?」

「かわいいよ」


 かわいいよりキレイと言われたい。


 だがもう諦めた。私は諦めた。何もかもがどうでもいい。


 もはやさっきまでアホみたいに叫んでたことさえどうでもいい。


 どうせ何も変わらない。何したって私は私だ。


 かわいいだけが取り柄の私だ。


「ごめん、お兄ちゃん。もう落ち着いたよ………」

「そっか、よかった」

「ご飯にしよう」

「そうだね!」

「今日はカップラーメンにしよう」

「えっ」


 兄の声も聞かずに私はカップラーメンを二つ取り出し、調理に取り掛かった。



《つづく》

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