5.動かざること山のごとし。バカな男たちのぺったん祭り♪
第35話 涼宮家で冷戦勃発!
季節は人肌寂しい冬の季節である。いつもに増して寒く感じてしまう。愛が恋しい季節。これが冬。涼宮家は最大の冬を迎えつつあった。食卓にいる俺は、目の前で食事をする美咲ちゃんに恐る恐るお伺いをしてみる。
「あの……美咲ちゃん。お兄ちゃんの……朝食は」
「へっ?」
美咲ちゃんは冷たい目線を向け、
頭を右に小さく振り、
俺に向け何か御用でもといった感じで
『へっ?』と返してきた。
もう怖い。超怖い。
うちの妹、めちゃくちゃ怖い!
「あっ、ごはんが欲しいのね………」
「ハ……イ」
まるで涼宮美麗が怒った時の冷徹な返答。
美咲ちゃんの言葉が冷たすぎて凍える俺は体が震えていた。
——寒い、寒いよー! 心が凍てつくほど寒々する!!
美咲ちゃんはめんどくさそうに立ち上がり、銀色のデカい器にご飯を盛り付けている。
どうみても茶碗の類ではない。
台所まで遠くないせいか、
「あぁー………メンドクサッ」
乱暴にご飯をガチャガチャと盛る音が聞こえる。音に敏感になりビクビクしていた。
けど、おかしい。
美咲ちゃんの行動がおかしい。
俺は美咲ちゃんの食事に目を移す。
牛乳とサンドイッチ。さらにサンドイッチは数種類あるような色どりであざやかなものとなっている。玉子、ツナ、BLT、照り焼きチキン。どこにもご飯がないのである。
——なぜに、俺はコメ?
「どうぞ!」
俺が訝し気に食事を眺めていると机にドンと食事が置かれた。
「美咲ちゃん……コレ……」
「なんですか?」
言い方が乱暴すぎてコワイ。
「ごはんですけど。ご希望のご飯」
確かにごはんと言いましたが…………。
「白くてふっくらしてますけど、何か文句でもありますか?」
「………………」
美咲ちゃんの言う通り銀色のボールに盛られたご飯が出てきた。
——ご飯だけが。
もうすでに俺は泣きそうだ。こんなに怖いなんてありえないよ。
あの優しかった天使のような妹がこの世にいないなんて。
お兄ちゃん、凍てついて死んでしまうよー!
俺が涙目になっているのに美咲ちゃんが気づいて、
「あぁ……おかずが欲しいのね」
「うん!」
俺の前にあるボールを持ち上げて冷蔵庫に向かった。
やった、おかずが出てくるとほっとしたのも束の間、
美咲ちゃんは怒り気味に冷蔵庫から味噌を取り出し、
「あー、めんどくさいッ!」
「なッ!」
ボールに手づかみでぶち込んだ! ワイルド過ぎんだろうぉおおお!
「これがおかずッ!」
さらに手づかみで冷凍ワカメを乗せ、
ポットからお湯を直接ボールに入れとるぅううう!
漁師もビックリするほどの男まさりな料理。そして、それを怒りの勢いのままにグチャグチャに激しく、かき混ぜ完成したものが、
またドンと力強く、
俺のテーブルに乗せられた。
その名も――
お手軽料理、ねこまんま。
「あの……」
「まだ、何かあるの!」
「いえ……」
「わかったわよ……チッ」
舌打ちまで出た……
スゴイつんけんしている。ブラック美咲ちゃんが誕生してしまった。天使が堕天してしまった。もはや取返しもつかない。そして、俺の目の前でチャーリンという
「美咲ちゃん…………」
「スプーンぐらい自分でとってよね」
俺はもう諦めて泣きながらボールに入れられた猫まんまをスプーンで掬い上げ口に運ぶ。しょっぱい。もはや涙でしょっぱいのか、味噌の入れ過ぎでしょっぱいのかわからない。
史上最悪の食卓である。
しかも、俺は前日に夕飯を食べていない。空腹にしょっぱいものは効く!
色んな意味で胃に穴が開いちゃうよぉおお!
朝の地獄が終わり、俺達は玄関を開けた。
「おはよう~、強ちゃん、美咲ちゃん」
「おはよう、玉藻おねいちゃん♪」
―—美咲ちゃん、めっちゃ笑顔ですやん。
―—さっきまで堕天してたのに戻ってますやん。
しかし、あー、こんな時だけはお前に頼りたかった、玉藻。
いつも朝からウザイとか思ってたけど、今日だけはマジでお願いだ。
助けて欲しい。
願いが届き助け船が見事に俺に出された。
「あれ、強ちゃんなんかやつれた? 頬がスゴイこけてるよ?」
「…………それは――」
「こんなやつほっといて、学校に早くいきましょう」
俺の言葉は遮られ、美咲ちゃんは玉藻の腕を絡めとり引き離していく。
「玉藻おねいちゃん♪」
「あっ…………うん……」
こんなやつ呼ばわりである。遠ざかっていく助け舟。
乳をドンブラコどんぶらこと揺らして消えていく。
―—誰か、助けてくれ……ヘルプ―ミー。
学校に着くまで俺は一切玉藻と会話を出来ずに教室についた。
美咲ちゃんの鉄壁ブロックである。取り付く島もない。
俺が座席につくとピエロが来ない。
―—いったい、どうしたんだ?
あとで気づいたがやつは美川先生の見送りで遅刻して、
さらに体罰室へ連れていかれた。
休憩中、田中や小泉が座席に来るが気が気でない。妹との冷戦が俺を死地へといざなっている。兵糧攻めもキツイが、それ以上に二人しかいない家族の食卓が気まずいというのは精神的にまいる。
新婚夫婦であれば離婚危機である。
その時、皆同じ気持ちになろう。
あー、死にたいと。
昼食の時間になり、全員が俺の机に集まって弁当箱を広げていく。
俺が見ると櫻井は顔面に痣だらけだった。そんな櫻井と目が合う。
「強……お前、俺以上に死にそうなツラしてるけど大丈夫か?」
ちょっとやさしくされただけで涙が出そう。
―—いまなら、お前に抱かれてもいい櫻井!
「ほんとでふよ、なんか死神みたいな人相になってるでふよ」
「涼宮、頬がこけてるねー」
―—田中、小泉、お前ら………
——休憩時間中に気づけよ……どうして、今頃なんだ!!
「もとから、こんな人相でなかったかしら?」
「いや、大分。目つきがやわらかくなったよ。入学当時に比べて」
ホルスタイン、テメェはいつか殺す!
そして、ボーイッシュ元気っ子、テメェはいつの時代まで遡ってやがるんだ!
「全部、強ちゃんが――」
俺の怒りが沸々としているところに冷ややかな言葉が贈られた。
それは俺が予想だにしない相手だった。
そして、冷たい声だった。
「————悪い」
玉藻さんである。
玉藻さんまで美咲ちゃんと同じような目をしている。
もはや冷たすぎて凍える。
他のみんなも同様に玉藻の発言で凍えていた。
いつも明るい天真爛漫な玉藻さんであるが故の
確実に全体攻撃で二回攻撃である。そんな玉藻さんは嫌いである。
だが、絶望のほかない。
女子の共感能力は高くもはや他人事のなのに、話を聞いてるだけで自分のことのように受け取り、その挙句美咲ちゃんの怒りが玉藻にまで蔓延している。
恐るべし女子。敵にすると厄介この上ない集団。
そして、唯一の妹と心に開いた溝を埋める間にあった助け舟は、どんぶらこどんぶらこと向こう岸に行ったまま、もう向こう岸から戻ってこないということを俺はこの時に察した。
そして、思った――
終わったと。
俺は希望を打ち砕かれ悲しみに打ちひしがれて弁当箱を開ける。
「終わっ…………た――——」
自然と口が開いた。なぜか目を瞑った。
強いストレスを受けると人間は自然に目を瞑るらしい。
見たくないという、脳が拒否反応を示した証拠である。
「強、お前、コレッ!」
ひどく慌てる櫻井。
そして、『ヒェー』という他人事のような悲鳴が辺りから聞こえた。
弁当箱には紅一点。広大なスペースに一点の赤。
梅干しである。
しかも、小っちゃいカリカリした小梅さんが一人ぼっちで佇んでいる。
梅干し以外何もなし。その圧倒的光景に俺は自然と目を瞑っていた。
「強、お前一体何をしでかした!?」
櫻井が状況を理解してくれて、初めに口を開いてくれた。
「長くなるかもしれないが聞いてくれるか、櫻井?」
「聞かなくていいよ………櫻井君」
―—玉藻さぁーん! 冷たいよ、寒いよぉおおおおお!
玉藻の攻撃のせいか、はたまた冷たい2月の外気が流れ込んだだけなのかは、
わからないが確かにヒューっと何か冷気が駆け巡った。
だがその寒さの中、友だけは俺を見捨てなかった。
「強、聞いてやるから。話してみろよ」
「あ……ありゅがとう、しゃくらいッ!」
熱い友の言葉に俺はもう半泣きで声が震えていた。
そして、俺は語りだす。
「実はな――」
あの悲劇のぺったん
《つづく》
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