第34話 ピエロの放課後活動17 ーEnd Daysー
「おい、櫻井どこ行くんだよ?」
「わりぃ、今日はちょっと昼飯一緒に食えないわ」
俺は買い物袋持って立ち上がったところ、強に止められた。
「何か用事でもあるのか?」
「ちょっと、この右腕のギブスの件で行かなきゃいけないところがあるんだ」
右腕のギブスを少し動かして悲惨な現状を見せ付ける。
「そっか、なら仕方ないか」
嘘でーす。もはや発言に嘘ばかり。
けど、ピエロだからしょうがない。だってピエロだもん。
俺ピエロだから。嘘は大得意でぇーす。
心でテンション高めに自白しながらも平静を装いそれとなく廊下に出る。
「えぇ……っと」
辺りを見渡すと美川先生が隣の教室から出てきて、
指で着いてこいとジェスチャーをした。
俺は何も言わずに敬礼のジェスチャーを返す。了解しましたと。
そして、二人で屋上に出た。
美川先生が辺りを確認して人気のないところを探している雰囲気だったので俺はそれとなく言葉を使わずに上の方を指さす。俺がよく使う貯水等付近を。
すると美川先生は数度頷いて納得した様子を見せた。
そして、貯水等付近の場所に二人で地べたに座る。
すると美川先生が口を開いた。
「櫻井、ここはお気に入りの場所か?」
「まぁ結構使ってますよ。朝早く来過ぎた時とか学校の景色をよく見てます」
「そっか」
「そうです」
なんとなくお互い会話の糸口を探り合っている様な雰囲気だった。
この前の件をどう話そうかと。
「お前、右腕大丈夫なのか?」
「まぁ動かせるようにはなってきてるんで明日ぐらいには大丈夫かと」
「そっか、ならよかった……」
これは闘いの負傷ではあるけど攻撃で出来たものではない。それによかったというのは俺の体を気遣ってのことだろう。だから俺もその気遣いを返す。
「先生こそ、そんなに顔を傷つけて帰ったら可愛い奥さんに心配されたんじゃないっすか?」
「そりゃもう、こっぴどくやられたよ。何してきたのって! カンカンだ!」
鬼の角を指で表現する姿が滑稽で思わず軽く笑いが漏れて返す。
「はっ、ソイツは大変でしたね」
「笑い事じゃないぞ!」
「すいません、けど想像したら面白くって……くく」
昨日のことを話しているが二人とも何かスッキリしていた。
あと腐れがないっていうのか、俺も美川先生も、
何かやりきった達成感みたいなのがあったのかもしれない。
「櫻井ありがとうな。委員長の藤崎から話は聞いたよ」
「あー、あれっすか。口から出まかせいっただけですけどね」
何の気ない会話が流れていく、心を許し合ってるような雰囲気だった。
「いいや、よーく出来たストーリだった。お前小説家も向いてるかもな」
「ご冗談を」
まぁ俺は別に今回の件を抜かしてみれば美川先生自体を嫌いだったわけでもない。いい担任だった。あの凶暴なオロチと比べれば最高にイイ先生だった。
食事をしながら話をするだけ。そういう不思議な時間だった。
「櫻井、昼はパンしか食わないのか?」
「そうっすよ」
「それじゃあ、体持たないだろう……」
「いや、こう見えてカロリー激高いんっすよ。これとか、ホラ1000カロリー近くあるんすよ」
「マジだ……」
「でしょ」
「いや、しかしだなー。やっぱ高校生だったらもっと栄養バランスとか考えてだな。体作りはまず食事からとなっててだな」
「美川先生、説教くさいっすよ。おじいちゃんみたい。初老ですか?」
「なっ! 人がせっかく親切で言ってるのに」
「ありがた迷惑です」
「本当に櫻井は……」
自然と話して、自然と笑って、自然と怒ってと、
そんな時間だった。それは翌日も続いた。
俺達はなんとなく貯水等付近に集合することになっていた。
翌日に、俺のギブスはもうなくなっていた。
「櫻井、今日は食後にキャッチボールでもしないか?」
なぜか、先生の手にはグローブが2つとボール。
「なんでキャッチボール?」
「息子がいたらやりたかったんだけど、ホラ、うち娘しかいないからさ」
知ってるけども………。
「いや、俺が息子だとしたらどんだけ若い時にお盛んだったか。どんな妄想してんすか?」
「いいから、いいから。やるぞ。じゃあ投げるときになんか喋ってから投げるのがルールな♪」
なんとなく流されるままに俺はキャッチボールに応じる。
「さくらいー、進路はどうするんだ?」
「考えてません―」
「さくらいー、お前は強いのになんで隠してるんだー?」
「秘密でぇーす」
「さくらいー、好きな子はいるのかー」
「いませんー」
ふとなぜかサクランボの髪飾りが頭に思い浮かんだが、
それは大晦日の件のせいだろう。俺が好きな子ではなく、
俺を好きな子を連想してしまったが故のイメージだろう、きっと。
「さくらいー、ありがとうなー」
「えっ――?」
突然のお礼に俺はボールを受け取って返すのを忘れた。
「さくらい、ホラ投げ返してこい」
そんな止まってる俺に先生は催促をしてきた。
俺は軽口をたたいて変化をつけて投げ返す。
「どういたしましてー」
「おっ、スライダーか。やるなー」
「先生の番ですよ」
「じゃあ、いくぞー。さくらいー、――」
本当にくだらない時を過ごしていたのかもしれない。美川先生にとっては残された教師生活は水曜日で終わりだといういうのに。
この人は月曜日、火曜日と使って、
「今日もキャッチボールやろう、櫻井!」
さらに水曜日のお昼まで俺と一緒に過ごしている。
「どんだけ息子欲しいんすっか……美川先生。まだお若いんだから作りゃいいじゃないっすか?」
「まぁ、今後どうなるかわからないしな。けど、そうだな。いつか作るよ」
―—ん? どういうことだ。
少し引っかかったがキャッチボールで聞けばいいと思い、
俺は先生とキャッチボールに興じる。
「さくらいー、お前っていいやつだなー」
「どういたしまして。それより美川先生は教師辞めたら何するんですかー?」
「博多の方の実家で農家の手伝いだ―」
「へっ?」
俺は一回止まったがボールの縫い目を確認して握って投げ返す。
「農家やめた方がいいですよ、先生には似合いませんよー」
「そうもいかないんだ。親が最近具合悪くってなー」
「親孝行ってことっすかー?」
「それもある」
「教師にもう未練はないんっすかー」
俺の質問に美川が初めてボールを受け取って時間をかけていた。
「そうだな……未練か…………」
おそらく思う節があるのだろう。
美川は数回ボールを自分の手で浮かせてはキャッチし、投げ返してきた。
「未練タラタラだー、だってな」
「だって、なんすっかー」
「お前みたいな生徒がいるって知らなかったんだ」
「そりゃレアキャラですからね、ピエロはー」
「お前と涼宮は類友とか呼び合ってんだよなー?」
「そうっすよー」
「じゃあ、お前と涼宮は似てるのかー」
「似てますよー、めちゃくちゃ」
「そっか……」
ボールを受け取ったまま笑みを浮かべて美川は俺を見ていた。
「なら、俺がいなくなっても安心だな」
「安心?」
「だって、櫻井お前はいい奴じゃないか。なら、同類であれば涼宮もいいやつなんだろう」
めちゃくちゃ強引だな。けど、俺も笑みを浮かべてしまった。
「そうっすよ」
「もっと早くに気づいてればあんなことしなかったのになー」
いきなりビューと速い球を投げてきたのを俺はグローブで受け止める。
―—先生は後悔しているのか……。
俺もさっきの先生みたいに手元でボールを浮かせて、
「先生、過去に起きたことは事実だから変えようがないんっすよ」
キャッチしながら会話を返す。
「けどね――」
そして俺はボールを握り
「未来のことは、先のことは――」
力を込めて投げ返し、答えを返す。
「まだ何も起きてもないからいくらでも変えられるんっすよッ!」
俺の球が美川のグローブに収まり、相手の腕が持ってかれそうになっていた。
驚いた表情を浮かべた。そして空を見上げて先生は一言だけ呟いた。
「未来は変わるか。いい言葉だな」
チャイムが終わりをつげ、美川先生は最後の授業へと向かっていた。
◆ ◆ ◆ ◆
いずれ始まれば終わりが来るもの。
どれだけ抵抗しようとも時間の前に人は無力である。
美川清春も教師という職に未練がありながらもその職は終わりを迎える。
美川は最後の授業を終え、別れの挨拶をしに校長室に向かった。
「美川先生、お疲れ様ですにゃん」
「お世話になりました。本当にいい勉強になりました」
「ぜひ実家に戻られてもマカダミアキャッツで学んだ経験を生かして、のびのびと生きてほしいにゃん」
「心にとめておきます、校長」
美川は胸のポケットから封筒を取り出して、
校長の前に差し出した。それににゃんこ校長は首を傾げた。
「これは、なんにゃん?」
「私からの最後のお願いです」
そして、別れの挨拶を終え愛すべき我が家につくと――
「パパ―、お疲れ様ー」
「あなた、お疲れ様ー」
クラッカーが鳴った。
笑顔で愛する家族が彼の教師生活最後の日を祝おうと中には手作りで飾り付けた部屋に娘の手書きの弾幕が飾ってあった。美川は涙が出そうになるのを腕で擦り、押さえつけり。
「さぁー、ごはんにしよう!」
「わーい、ごはん」
最後は笑顔で迎えたかったから。笑顔を作り彼は娘を抱きかかえ上げる。
「今日はあなたの好きなものばかりですよ」
「それは楽しみだ♪」
部屋に入るときれいに飾られた食材が並んでいた。そして、部屋の隅にはいくつもの段ボールが積み重なっていた。もう明日にはここを立つことになっていた。最後の我が家を明るく照らす様に、家族の笑い声が食卓に響いていた。
翌日――木曜日。
「あなた、東京とももうお別れね。ちょっとなんか寂しいわ」
「そうだな。色々あったからな」
美川は実家に帰る為に博多行きの新幹線のホームで家族と列車を待っていた。
「そうね。色々あった」
間に子供を入れ家族三人で手をつなぎながらホームに立つ。
「貴方と結婚して、アユが生まれて、貴方が教師になって」
「そうだな」
夫婦二人で過ごした時を思い起こす。二人で過ごしてきた土地を離れること。
それはどこか哀愁を胸にめぐらす。
そんな余韻に浸りつつ妻は美川の顔をまじまじとみつめ口を開いた。
「けど、何か最近ふっきれたみたいね♪」
「えっ?」
「いい顔になってる」
「お前はよく見てるな」
美川自身ここ数日何か吹っ切れたような気がしていた。
デットエンドの件が彼を悩ませた日々が気持ちよく終わりを迎えたからだ。
あの男が完膚なきまでに手加減なく終わらせてくれたことが彼にとって憑き物を落としてくれていた。そして、妻はそれを気づいてくれた。何も言わずとも。それが美川にいい笑顔を浮かべさせる。
「美川先生ェエエエエエエエエエ!」
「ん――?」
いきなり美川を遠くから呼ぶ声がした。
それはあの男の声。ここ最近二人で過ごしていた時間が長かった分、
「櫻井……?」
ハッキリと聞き取れた。
「間に合った……駅のホーム探しちまったよ」
息を切らし膝に手をついてる櫻井に美川はきょとんとしていたが、大事なことにハッと気づいた。子供の手を放し完全に櫻井の方に体を向ける。
手を離された子供は不思議そうに櫻井を見つめていた。
「お前、学校は!?」
「俺は学校とか真面目に出るキャラじゃないっしょ……」
ここ数日一緒に過ごしても分からないのかと呆れた様に、
怒られながらも櫻井はポケットから紙を取り出す。
「それより、先生これ――」
あの時と同じ四つ折りの紙を無造作に手渡した。
「なんだ……呪術契約解除のやつか?」
「チゲエよ………先生はちゃんと中身を見る癖つけたほうがいい!」
櫻井に逆に怒られ渋々と中身を見つめる。三枚ほどの用紙。
それはリストだった。
100件近い情報が記載され几帳面に情報がまとめられていた。
「櫻井、コレ!?」
美川は驚き書類見ていた顔を上げる。
「ホント中身が大事なんだよ。生徒も書類も中身が大事!」
「お前わざわざ……これを俺に渡すために……っ」
それは博多の学校の一覧が乗ったリスト。
「そうだ!」
おまけに求人情報まで細かく記載されている。
「美川先生、アンタに農家は向いてない」
涙ぐむ美川を前に櫻井は声を上げて鼓舞する。
「教師をやるべきだ! 教師をまだやりたいって思ってるなら尚更だ!」
「………………っ」
その二人のやり取りを妻は微笑んで見ている。夫がやってきたことの積み重ねがココにあるのだと。夫を理解してくれて彼を求める生徒達がいるのだと。
「先生って俺が呼べなくなっちまうのもメンドクサイし、それにアンタは俺が認めた本物の教師だ!」
「お前って……ヤツは……」
櫻井の言葉が美川の未練までもぶち壊そうとしていた。
もう一度教師をやれと言わんばかりに。
「俺は美川先生が農家になる未来なんて変えようとして動いた」
櫻井は呆けている美川に向けて悪態をつきながら言葉を返す。
「あとは先生次第だ。先生の未来を変えられるのは先生だけだ」
「……そうか」
美川の胸が微かに疼いた。それはまだ見ぬ未来。
もう一度教壇に立ち、生徒に囲まれる情景。
だが同時に疑問も浮かぶ。
そんなものを願っていいのだろうかと。
心を見透かしたように櫻井は背中を向けて告げる。
「幸せを願う権利は誰にでもある。先生がやったことより、先生がやってきたことに価値があるってことも忘れんなよ。元気でな、美川先生」
そう言い残し新幹線が到着すると同時に消えていった、不思議な男。
「アナタ、早く乗らないといっちゃいますよ♪」
「あぁ…………そうだな」
男は美川を乗せた電車の発車のベルが鳴り終わったのを聞き、
階段を下りながら秒数を数えていく。
「十、九、八――」
そして足早に階段をかけていく。
美川を乗せた電車は静かに動き出し加速していく。
櫻井から手に持ったプリントを握り締めながら窓を眺めていた。
「七、六、五、四――」
櫻井の秒数は終わりを迎え、
「三、二、一、」
階段の最後の2段を気持ちよく飛び跳ねる。
「ゼロッ!」
新幹線の窓の景色に動く物体が連なっていく。
「あ、アイツら……ッ!」
ソレに美川は立ち上がった。
「美川先生ぇいいいい!」「お疲れさまでしたぁああああ!」「先生、ありがとうぉおおおお!」「美川先生に会えなくなるの寂しいけど、九州でも頑張ってくれよ!!」「先生、元気でねぇえええ!」
美川の目に移ったのは数多くの生徒。クラスの教え子達や風紀委員。
ゆうに数十人は超えていた。
学生服を着た生徒たちが列車を追いかけるように走ってくる。
——なんで……ココに…………っ。
障害物をひょいひょいと飛び越え叫び声をあげ手を振っている。
思い出される言葉——。
『先生がやったことより、』
自分がやってしまったことは間違いだとしても、
『先生がやってきたことに、』
自分が年月をかけてやってきたことが、
『価値があるってことも忘れんなよ』
間違いでないと景色が物語っている。
これが美川清春と言う男の教師生活の最後なのだと。
それに美川の目から涙が流れ出た。
「バカやろう……ッッ――」
ずっと堪えてきたものが溢れかえってしまった。
それは仕掛けられたものだ。一人の人生を狂わすために計画され用意されたものだ。美川清春と言う男が学生時代に学校の為に作った掲示板をそのままに使われた情報操作だった。
『美川先生の送迎をサプライズでやろうと思うけど、』
掲示板にある書き込みがされていた――。
『誰か賛同する人はいませんか?』
たった、その一つの書き込みに多くのメッセージが取り交わされた。まだ彼の退職は全校生徒には明らかにされていない状態だったが、一つの書き込みの風が噂を呼ぶ。美川先生の退職について語られていく。
『美川先生、あと一日らしいよ』『えっ!?』『なんでも実家に帰って農家の後継ぎになるんだって』『まじかよ、教師やめちゃうの!?』『えー、オレ美川先生結構好きだったのに………』『俺も朝気さくに話しかけて貰ったし』
美川清春と言う男の人望が其処には集まってくる。
『じゃあ、さぁ――』
賑わいを見せる掲示板に情報が撃ち込まれていく。
『先生の乗る新幹線の時間にみんなでさ、お別れに会いにいっちゃおうぜ♪』
ソレは誰もが知らない情報だった。
『先生の新幹線の時間は九時十分発の博多行きだからさ』
学校がある時間だとしても、それに
『いいねー!』『おう、絶対俺行くわ!』『私も行くし!!』『まぁ、たまには学校サボってもいいだろう!』『美川先生にお別れ言う為ならありっしょ!』『美川先生を皆で泣かしに行こうぜ!!』
たくさんの賛同の声が募る。
『じゃあ、明日の集合場所は東京駅の八重洲口に八時四十分で!!』
ソレを見て――
ピエロが珈琲を一口飲んで掲示板のモニターを閉じたのが前日の事。
その掲示板に書かれた通りに事が進んでいく。
生徒達が追いかけてくる光景に美川はひたすら涙を流して、
「これじゃぁぁ…………よぉっ」
堪えていた気持ちを吐き出すことになる。
そして、震える声で呟いた。
「教師やめられねぇじゃねぇ………………かぁっ」
退職を決意してから初めて肩を震わせ大粒の涙を流していた。
「パパ………大丈夫?」
泣く父を娘は心配していたが妻は優しい笑顔で見つめていた。
美川清春はこの後も生涯を通して教師生活を続けていく。
実家を継ぐという彼の描いた未来は脆くも変わってしまった。
一人の男によって、大きく――。
◆ ◆ ◆ ◆
俺は鼻歌を歌いながら教室の扉を開ける。
「櫻井、イイ度胸だな。いま何時だと思ってる?」
「今っすか……10時22分ですかね」
オロチの挑発的な言葉に俺は腕時計を見て、
平然と答えを返す。
「遅刻も遅刻だ。何か言い訳はあるか?」
「言い訳ですか」
俺は口元を緩めた。この問答は想定済みだ。
「それなら――」
オロチ、お前にパーフェクトな回答を返してやる。
「元担任である、美川先生の見送りに行ってました。それで遅くなっちまいました」
どうだ、オロチこれで何も言えまい。俺意外にも数十人が学校から消えている。これで俺だけを怒ることはできまい。残念だったなオロチ。今日は俺の勝ちだ。
「そうだな、櫻井。それならば仕方がない」
「ですよねー」
―—勝ち確! ハイ、オロチの敗北宣言頂きました!
俺は勝った高揚感に身を染めていた。
小さくガッツポーズをしてしまうくらいに。
「しかしだ、櫻井」
だが――
「お前には別件で容疑がかかっている」
「別件だと……?」
「そうだ」
―—まさか! 美川の野郎、裏切ったのかッ!!
「お前、焼却炉使っただろう、最近」
「焼却……炉!」
―—まさか、アレか! アレなのか!?
「最近な、学校の壁をぶち壊した
オロチが目を見開いて近づけてきたので俺は逸らした。
「誰だろうなー、さくらいくぅーん!」
形成が一気に逆転した。これはマズイ。
「俺、じゃないと思いますよ…………」
俺だ。思いっきり壁をブチ叩いて壊したわ、つい最近。
オロチの手が怯える俺の肩に触れた。
——なん………だと!?
同時に俺は声を上げる。
「アンタ、最低だ! 先週競馬で給料の半額すったから、櫻井を蹴りまくって憂さ晴らししたいなーってどういうことだッ! 俺が壊した焼却炉関係ねぇじゃねぇかッ!」
ニヤリとするオロチ。突拍子もないことに俺の口は真実を告げてしまった。
「しまっ――」
「やっぱり、お前が壊したのか………」
そして俺は首根っこを掴まれて連れていかれる。
いつもの体罰室に――
「いくぞ、櫻井! 今日はとことんやってやる!」
「変な気合見せてんじゃねぇッ!」
「オラ、オラ、いくぞー」
俺は廊下を引きづられながら願いを叫ぶ。
「美川先生、カムバックゥウウウウウウウウウ!」
◆ ◆ ◆ ◆
美川を乗せた列車は新天地へと向かっていく。
その中で向かいの座席に座った娘が父に問いかけた。
「駅のホームにいた人はなんて名前なの?」
「櫻井はじめだ」
父が名前を告げると娘は頬を赤く染めた。
そして、その聞いた名前を「はじめさん、はじめさん」と連呼しながら
父に突拍子もないことを言い出した。
「アユね、はじめさんのお嫁さんになる!」
「はっ?」
美川は娘の突拍子もない意見に間抜けな顔を返した。
「ハックチョン!」
時を同じくクシャミをするものがいた。
「どうしたの、美咲? 風邪?」
昴が美咲に問いかけた。
「なんか……敵が増えたような気がする」
「クシャミすると敵が増えるの?」
美咲はまだ相対したこともない敵の気配を察知した。
母親は突拍子もない娘に向けた成長の言葉を投げかける。
「もうー、この子ったらませちゃって」
しかし、美川がその敵に制止を告げる。
「あれはアユにはまだ早いよ。もう少し大人にならないと無理かな」
「なんで?」
娘はきょとんとした。
「だって、」
きょとんとする娘に対して
「アレは」
美川は優しく言葉を繋げる。
「ピエロだから――」
娘と妻が首を傾げるなか美川は満足げな笑みを浮かべて窓の外を眺めていた。
《つづく》
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