第33話 ピエロの放課後活動16 ーEnd Daysー

 美川は遠く彼方に消えていった。


 戦闘の必要がなくなった為に俺は九字護身法をといた。


「きっつ、なんだこれ……」


 全身に疲労が半端ない。わずかな時間だったが予想以上に堪える。


 おそらく追加の五枚が何かをもたらしている。


 調子に乗ってやりすぎた。


「早く、連絡とらねぇと――」


 俺はズボンの右側のポケットにある、


 通信用イヤリングを取ろうとした。


「あれ? マズったか……」


 取ろうとしたんだが右腕が動かない。これは完全に右腕いっちまったかもしれない。びくともしない。上にも下にも動かせない。痛みが無い分、余計恐ろしい。


 仕方なく俺は左手を右ポケットに伸ばす。


「ふんがちちっち……」


 ―—意外と体ねじるのキツイな、この体勢! しかも取りヅレェええ!


「くそっ……このッ、このッ!!」


 俺はポケットの中を逆手で弄り、


 格闘すること一分ぐらいでようやっとイヤリングをなんとか取り出した。


 すぐに左手でイヤリングを押し込む。


「ミカクロスフォード悪い、連絡が遅くなったわ」

『サークライ!? 貴方いまどこで何やってますの!!』


 山奥で美川先生と戦って、


 顔面殴って空の彼方に消しましたとは言えないな。


 こういう時、大体俺はこういうことにしている。


「天気がいいもんだから散歩していた」

『なッ!? 貴方こっちが貴方のお願いで動いてましたのに!!』


 アカン、イヤリング越しにボルテージが上がってるのがわかる。


『ゆうに事欠いて、散歩ですって!?』


 すまん、ミカクロスフォード。


「綺麗なてふてふを追いかけていたら、遠くまできてしまったんだ。スマン」

『何がてふてふよ!』


 耳がキーンとなったが俺は気持ちよかった。いいツッコミだ。


 お前はやはり出来る女だ、ミカクロスフォード。


 俺はお前とは仲良くなれる気がする。


 俺は平静を装いミカクロスフォードに質問投げかける。


「俺がいなくても、全員捕まえたんだろう?」

『それが何か変なんですわ! 捕まえた人達の話だとあの方という人がいるみたいで……どこかにラスボスがいるみたいですの』


 ソイツはぶっとばした。確かにラスボスだったわ。


 悪い人ではなかったけど。


「ラスボスか…ちょっと風紀委員長に代わってくれる?」

『なんで、ここで代わりますの?』

「ラスボスのことについて話したいことがあるんだ」


 ゴソゴソと音が鳴った。


 恐らくミカクロスフォードが俺の依頼通りに委員長へ渡してくれたのだろう。


 イヤリングからミカクロスフォードと委員長の会話が流れ込む。


『誰よ?』

『貴方たちの計画を内通した男よ』

『なんで、私に?』

『話がしたいそうよ。あの人っていうやつについて』

『聞かれても私は答えないわよ!』

『その男に触られたら答えるわよ。そうなるより会話でもしたほうが得ですわ』


 ナイスだ、ミカクロスフォード。その通りだ。触ればわかっちまう。

 

『触って尋問するなんて、その変態は誰なのよ!?』


 そうです。


『サークライですわ』


 どうも、私が変態のサークライです。


 俺は痺れを切らしイヤリングに会話を流し込む。


「どうも、どうも。俺がマカダミアキャッツが誇る変態代表の櫻井でぇーす」

『櫻井ッ!?』

「その反応は俺と俺の持つ能力を知っていてくれたみたいでご存じで何よりだ」


 まぁ、俺の能力は意外とバレている。去年、強と一緒に活動していたことで大多数の奴が俺の能力を把握している。それでも、知ったところでどうしようもないのが俺の能力


「触れば喘がせ答えさせる、櫻井さんだ』

『ひぃい……』

『……なにを言ってますの。まったく』


 ミカクロスフォードがイヤそうに退場していく足音が聞こえた。


 それにしても変態としての知名度も高かったのか。


 これからは追加して『最狂の変態』とでも名乗るか。


 と冗談を頭に浮かべつつも俺は本題を切り出す。


 それは美川という男に対する謝罪でもある。


「風紀委員長、これから話すことは周りに悟られないようにしろ」

『なんで……』

『美川先生の名誉にかかわる』

『なんでッ!』

「大声を出すな、バカ!」


 このアホ。悟られるなって言ったそばから、何を大声出してやがる。


 美川のことを言いだした時点で反応がデカすぎるっつうの。


「いいか、落ち着いて話を聞け」

『わかったわよ……』


 声質が大分小さくなった。やっと理解をしたみたいだ。


「美川先生は作戦に失敗した。けど、お前らに迷惑がかからないようにしたいと言っている」

『貴方、どうやって美川先生を……』


 事実だ。しょうがない。


 もはや自分の学校内の評価などどうでもいいが、


「俺が娘を人質に取っただけだ。大声は出すなよ!」

『クッ――!』


 周りのやつらに感づかれると困る。


「それで今回の計画はおじゃんだ。あの人も仕方なくだ。一人娘を愛するが故にだ」

『そ、それで娘さんは今……』

「無事に返した」

『よかっ……た……』


 本当はいまだに人質継続中だ。呪いの契約書がある。


 だが嘘ついても心も痛まん。目的の為なら手段を選ばん。


「それより今後の話を進めたい。人質をしょうがなく取りはしたが、美川先生の意見もちゃんと聞かせてもらった。お前らに迷惑がかからないように今回の件は全て自分が責任を持つと言っていた」

『………………』

「それとだな――」


 ここからが美川の為に俺が出来ることだろう。


「お前らがデットエンドと正々堂々戦える機会を作ってほしいと言っていた」

『正々堂々……?』

「そうだ。今回のやり方自体どこかで疑問を感じていたらしい。だから、出来ればお前ら生徒が、お前ら自身の力でデットエンドを乗り越えて成長して欲しいとのことだ」

『……先生がそう言ったの?』

「そうだ」


 納得しかける委員長から美川への絶大な信頼を感じる。


 だが、逆に腹立つ。テメェはいいなりの傀儡か。まったく、自分で人生を決められもしねぇのかよ。だが、これはお前らが人任せにしたツケだ。真実を知ることが出来ないというツケ。


 ただ幸せな未来は見せてやる。


「先生はあと五日で退職する。そのあとでデットエンドがお前らを襲えば状況は変わらないと危惧している。だからこそ、いなくなった後でお前ら自身に戦う機会を与えてくれって頼まれた。それは俺がセッティングしてやる」

『……それはいつ頃?』

「まだ確実な日程はいえない。少し時間をくれ。追って連絡する」

『わかったわ』


 委員長が納得した様子で言葉を返してきた。これで美川への謝罪も出来ているだろう。多少一方的だが、これで美川の評価が下がることもない。あの人はあの人の役割を果たしたことになる。


 ソレが例え嘘だとしても――。


『サークライ、話はつきましたの?』

「ついた。で折り入ってお願いがある」

『なんですの?』

「それはだな――」


 それから、俺はミカクロスフォードと田中にあるお願いをした。




 ――そうして、俺達はまた日常に戻る。



 何気ない月曜日を迎えた。右腕にギブスをして登校する。


 最初にどうして怪我したのかと聞かれたが、急いで階段を降りたら転倒して不幸にも柵を飛び越えて10階から転落して、横からきたトラックに跳ねられ、吹っ飛んだところをロードローラに腕を挟まれたと言ったら皆納得していた。


 俺の不幸はもはや手が付けられないレベルの認識らしい。


 そんなこんなでいつものように教室で俺は強と駄弁っていた。


「櫻井、今日はギルドだな!」

「いや、待て。俺が色々労力を使って、下調べした結果をまず伝える」

「なんだよ……」


 息をのむ強に対して俺は真実を告げる。


「お前の適正は格闘系ギルド向きだ。しかし、アソコにお前が行ったら殴りマッスルしまっくて大変なことになる」

「なんだ、殴りマッスルって……」

「マッスル語だ。それは置いといたとしても、お前は洗礼の儀を味わった瞬間にギルド長を殺すことになる。間違いなくお前はあのガチムチきんに君を殺す。これは未来予知とかそういうものでない。確定事項ってやつだ」

「俺がギルド長を殺してしまうのか……」

「あー、間違いなく」


 やられたらやり返すお前の事だ。間違いなく殺しマッスル祭りになる。


「俺がお前ぐらい強かったら瞬時に撲殺しているレベルにムカついた」

「お前が殺すってことは俺も殺すな………」

「あー、類友だからな。間違いない」

「うん、間違いない」


 俺たち二人は物騒な会話を楽しそうに腕組して頷きながらしていた。


 仕事が落ち着いたせいか俺もちょっと陽気だった。


「ただ、強。他のギルドも含めてみればまだ可能性は残されている」

「マジかッ!」


 めっちゃ目を輝かせている。期待の眼差しだ。


 ——最近、妙にギルドに行きたがっていたけど何かやりたいことがあるのか?


「お前、どこでもいいとしたらどこのギルド行きたい?」

「魔法!」

「へっ?」


 いや……それは無理なんだけど。


「だって、魔法とか使いたいじゃん! そろそろ俺の隠された潜在魔力が明らかになってもいい頃合いだろう。俺がマカダミアキャッツに入った理由なんてきっと隠された力以外にない!」

「いや、お前の場合……見えすぎて有り余ってる力だ」


 そういうことか。コイツ、魔法に憧れてたのか。


 けど、俺とお前は魔力皆無なんだけど。


「何の話をしてるの?」


 回答に困る俺のところに呑気に鈴木さんが近寄ってきた。


「いやー、強が魔法使いたいって言うんだけど……」

「強ちゃんが魔法?」


 鈴木さんは強を見つめてあっけらかんと言い放つ。


「強ちゃんは無理だよ。だって魔力ないもん」

「えっ?」


 あー、言っちゃった。


 もっとオブラートに包んであげて欲しいが、


 このズバッとした物言いは鈴木さんらしい。


「いやー、玉藻そんなことねぇだろう…………俺から隠れた魔力的なものを感じるだろう?」

「ううん。何も感じないし、微塵もないよ」


 ドストレートだ……。


 強は悲しそうに食らいついたが、


「これっぽちもか……?」

「うん。これっぽちも!」


 天然の鈴木さんは悪気も無く真実を笑顔で突き放す。


「正に無力って感じ。魔力の魔の字もない感じで、ミジンコほども感じないよ♪」


 その衝撃に強は膝から脆くも崩れ去った。


「まぁ、強……アレだ落ち込むな」

「落ち込んでないやい!」

「可哀そうなお前がギルドを一気に見れるようにいま手配してるから」

「手配って、お前何をやってんだ?」


 俺は落ち込む強に笑顔で答えを返した。


「それは時が来たらのお楽しみだ」


 何気ない月曜日を満喫していると美川と廊下でバッタリ出くわす。


 俺は腕にギブスを美川は顔面に大きなガーゼを張っていた。


 土曜日の戦闘の証が二人にしっかり残っていた。


「おはようございます、美川先生」

「おはよう、櫻井」


 お互い秘密を共有しているせいか、


 ちょっと笑みを浮かべながら挨拶をかわしすれ違いかけた。


「櫻井、もしよかったら、」


 その時に――


「今日昼めし一緒に食わないか?」

「えっ?」


 突然の誘いに俺はビックリした。


 今まで一度も先生と飯なんて食ったことが無い。


 どういう心境なんだろうか。


 昨日の敵は、今日の飯友めしともってことか?



《つづく》

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