第32話 ピエロの放課後活動15 ーThis is war
「デットエンドだ」
冷たく突き付けられた銃口が終わりを告げた。
美川は目の前の引き込まれている美しいものが、
自分にとって恐ろしいものだと理解をし直す。
術式展開が長いということは脅威を与える。
魔法においてもそうである無詠唱より強力なのは長文詠唱。
おまけに櫻井の出したものはまったく魔力の気配を感じさせない。美川自身異能系なので魔法自体皆無だが、獣嗅覚でその雰囲気をかぎ分けることは出来た。
しかし、櫻井の術式には魔力の欠片もない。
五年間マカダミアキャッツの学生を見てきた男が初めて目にする異常な術式。
異世界方式とは違う。これは現存する古来の術式。
時代と共に廃れていまや使えるのはこの世界に二人しかいない。
銀翔衛と櫻井はじめのみ。
その希少で稀有な術式などお目にかかるのは、
宝くじで一等を当てるよりも遥かに難しい。
自分の知っている櫻井とのギャップが故に口が動いた。
「お前……いったい、何者なんだ」
金色を纏った男は静かに語りだす。
「マカダミアキャッツ高校において、」
その男は戦闘ランクEのド底辺である。
「最弱にして――最低の男」
それは或る日美咲から称号づけられたものである。
「しかして、最高に狂った――」
普通ではない。この男は狂っている。
そして、
「
もはや唖然という他ない。顔が真剣そのものだった。
何一つ迷いを感じさせない。何か誇らしささえ、
気高ささえも感じてしまうほどに言葉に迷いがない。
美川は慌てて距離を取り、戦闘態勢を整える。
最大限に警戒を引き上げたが為に。
「
全力で咆哮をしながら技名を告げる。
櫻井の前で美川の体が、
ボコボコと内部から沸騰しているようになり形を作り替えていく。
「勇者じゃなくて、」
それは美川最強最大のメタモルフォーゼ。
全ての細胞を混合して作り上げた究極の生命体系。
毒蛇の尾を持ち、ライオンの頭に、胴はアルマジロの様な甲殻を持ち、腕はゴリラのように逞しく、足はヒョウ柄のチータ。
もはや人間をやめているといっても過言ではない、変貌だった。
それに櫻井も思わず口を開く。
「——ラスボスか、お前は?」
悪態をつくが変貌した美川に対して、
動揺する様相はまったくひとつとしてない。
もはや、美川を敵として眼中に収めていない。
櫻井の中でもうすでに勝敗は決していた。
呪装式九字護身法が完了していた時点で終わりを見ていた。
対して美川は最大限に警戒を強めて身構えていた。
しかし――消えた。
それは移動さえ見えなくなるほどに差が開いていた。
森の木々が暴風に木の葉を揺らして失踪した姿を探し彷徨う。
「覚悟しとけよ――」
気配一つ感知できなかったが、声がする。
「俺の最狂の攻撃は」
「――——!」
櫻井が後ろに立ち、お互い背中合わせの状態になっていた。
美川が声に最大速で反応を示し後ろを無効とするが追いついていない。
「ちっと、ばっかし響くぞ」
「イッ―――――ッ!!」
衝撃が後ろから襲い体は吹き飛ばされる。
反応より早く櫻井の肘うちが背中に撃たれていた。
戦闘中に背中を取られる時点で勝敗は明らかである。実力差がある場合にしか起こらない現象。美川自身もはや何が起きているかすら認識が出来ていない。
——何の術を使われたッ!?
体を軋ませる一撃だったのか、何か術を食らったのか。
判別すら出来ていない。
ただ分かることは、想像超えた攻撃だったということだけ。
――なんて威力だッ!!
吹き飛ばされながら歯を食いしばり高速で動く中、
——次の攻撃に備えなければッ!!
櫻井を探すために先程の場所に視線を移すが、
もう櫻井姿を捉えることは出来なかった。
——どこにッ!?
もうすでに美川の吹き飛ぶ体の下方に潜り込み蹴り上げる体制に入っていた。
「オラアアアアアアアァアア!」
なすすべもなく蹴り上げれた体は宙へと方向を変える。
「うぉおおおォオオオオオオオオオ――」
先まで勝敗は見えなかった。それがもう遊びのレベルでの差に広がっている。
美川が最大の体を持とうとそれを凌駕する櫻井。
同じステータスアップ効果を持つ技だ。
田中の
ただ一点だけ違う。それは同じ性質を持とうとも大いなる違い。
「まだ、まだぁあアアアア!」
櫻井が美川より早く上に駆け上がり体を反転させ、
美川のボディに踵落としを炸裂させる。
空中を駆け上がる美川の体に逆方向の力が加えられる。
櫻井に対して何の抵抗もできずに美川の体は吹き飛ばされていく。
横から上へそして、下へ。
「これで終わりだ――」
そして、地上へ落下する美川に向けて櫻井は体を向ける。
それは空中で動き回る対涼宮強用に開発された技。
強は空気を足場にして方向を変えてくる。だがそれは櫻井には出来ない芸当だったからこそ、自分流に同じ技を開発せざるえなかった。陰陽術の五行を使った空中での方向転換。足場代わりに空気中の水分を冷やし凍らさせていく。
そして、それを足場に替え蹴り飛ばし落下する美川に追いつき、
「もう――」
顔を鷲掴みにし、急速に落下するスピードをそのままに利用し地面に、
「寝てろォオオオオオオオッ!」
それは地を砕き辺りの衝撃で木を浮き上がらせる。人体の弱点である頭部への強力な一撃。美川はSランク。それをたった四撃。もはや同ランクとは程遠い。地面へと激しく打ち付ける最後の一撃。
ランク差とは上にいけばいくほど遥か彼方の高みとなる。
EとDの差が1とするなら、DとCは10というように。
櫻井の呪装式九字護身法は対デットエンド用の最終奥義。
それは美川と同系統で同じ性質を持とうとも大いなる違いがある。
櫻井が自分を二つ上のランクに持っていく為だけに編み出した秘術。
櫻井のステータス強化は他とは違う。
ステータス強化の中でも唯一無二。
櫻井の現在の戦闘ランクは――
トリプルS。
最高に狂った男にしか出来ない芸当である。
「ふぅー、終わったか」
動かない美川に対して櫻井は一息ついて動き出した。
美川とは目指した高みが違う。
トリプルSランクである強への。
パーティを組んで倒そうとした男の覚悟と、
単独でデットエンドを殺そうとしていた男の覚悟では、
目指すべきゴールが違いすぎる。
そして、それを確実にするための努力も、熱意も、
かけてきた時間も二人では違いすぎた。
それが勝敗を大きくわけた。
だが、時として勝負は先がわからないものとなる――
「まだ……だ………ァア………」
「あん?」
櫻井は声がする方に顔向ける。美川は地に伏して天を見上げているが声を発した。体はもう限界を通り越している。オーバーダメージによる戦闘不能状態。
しかし、時として、精神は肉体を凌駕する。
限界の美川の中で声が聞こえる。
『先生』
「まだ、終わってなどっ……」
それが何かをたきつけてくる。まだだと。
『美川先生』
「いない………………ッ」
ここで終わりにしてはいけないと、体を意志でねじ伏せ体勢を直していく。
『俺ら、先生についていくよ』
ここまで復讐に駆られた自分を信じて着いてきてくれた生徒たちの想いを、
愚かにもいま、
学園最弱の男に計画をつぶされたとしても、
期待してくれる生徒たちの尊敬を、
デットエンドを許せないといった彼らの願いを、
無下にしてはいけないという想いが、
教師である美川清春を――
「ウォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
奮い立たせる。
「ハァーハァー…………」
精神が肉体を凌駕する男に櫻井は感嘆の声を漏らした。
「アンタ、スゲェな…………」
それは皮肉にも聞こえるがそうではなかった。
「この状況でよくやるよ」
目の前の美川の姿が櫻井の心をついていた。
「本当にスゲェよ――」
膝をプルプルと震わせ、体はがくがくと揺れている。
しかし、立っている。
確かに目に闘志を宿し、折れない意志を持って、ソコに。
戦闘はまだ続いていると全身で証明している。
「………美川先生」
自然と美川に対して敬称が戻っていた。
別に意識せずともその男に敬意を払ってしまった。
そして冷徹を装った仮面も剥がれて表情をいつも通りに戻していた。
「櫻井、カカッテコォイ…………ッ」
もはや、声を出すのも限界に近い美川。
だが、その勇士は確かに櫻井の心に届く。
「美川先生。あんたは、ホンモノ勇者だ」
戦闘能力の差を前に怯まぬ男の勇気が。
「ソレにアンタ…………」
そして櫻井は言葉を繋げた。
「——ホンモンの教師だよ」
心からの賞賛だった。敬意が心を満たしていく。
そして櫻井は距離を開けて、表情はそのままに戦闘態勢をとった。
それは美川清春という男を尊敬するが故に贈る最大の賛辞。
「死ぬんじゃねぇぞ……美川先生」
胸から五枚の呪符を取り出し宙に一直線に並べていく。
それは動けぬ美川までの直線状に等間隔で敷かれていった。
櫻井の呪符は一枚作るのに一日かかる。
通常であれば櫻井としては極力使いたくない。
それを勝敗が分かっても、なお五枚使うと決めた証。
それは櫻井が美川へ送る最大限の終わり。
美川という人間の勇気と覚悟に対するアンサー。その尊敬する相手の、偉大なる覚悟を完璧な迄に打ち砕いて終わりにしてあげたいという願いの一撃を放つためだけに。おのずと右腕は力強く引き絞られていく。
「コイ……サクライ………ッ」
その状況のさなか、声を振り絞る美川もどこか穏やかだった。
勝敗が見えてるが、
櫻井という生徒をもっと見ていたいという期待が籠っていた。
この男がどれほどの男なのか――最後に見極めたいと。
「あぁ、いくぜ! 美川先生ッ!!」
櫻井が最大速で呪符を目掛けて走り込んでいく。
そして右の腕が一枚目の札を貫き砕く、
「
一枚目の呪符は悪魔的加速を生む。速度を上げるためだけの呪力供給。
「
二枚目から四枚目の呪符は右腕に呪力を込めるために使用されている。一枚毎に札を貫くごとに右腕を覆う金色の光が形を煌めきを大きく増していく。それを見た美川はまた戦闘中に目を奪われた。
――金色の……翼。
櫻井の金色の右腕を覆う輝きは一枚の羽根のように形を変えている。目に見える程に異形の力はオーラとなりて
そして、最後の呪符を櫻井が砕く。
「
それは今まで二枚目から四枚目で溜めてきた呪力を糧に大きく金色の炎となりて、燃えあがる。強い意志を烈火の如く賞賛を煌びやかに告げる右腕の拳。
コレは、あの夏の日の戦い――
鬼が使ったものを櫻井が自分流にアレンジし昇華させた技。
――美川先生……お疲れ様でした。
そして最大加速されたスピードは美川を前に急激に踏み込まれ停止する。
――
急停止した反動は体に伝えれ、
それを逃がさないように極限に捻られ力が籠められる。
――受け取って下さいッッ!
美川は笑みを浮かべて腕を顔の前でクロスをする。
「コォオイイイイイイイイイイイ!」
そこに櫻井の全力の一撃が撃ち込まれる。
「
渾身の一撃は美川のガードをお構いなしに突き破り顔に絶大な衝撃をぶつける。
——終わりか……俺も……。
ソレは美川に走馬灯を魅せるがごとく長い時間をもたらす。
『違う、俺の正義は涼宮強という友を守るっていうことだッ!!』
――オマエの正義の勝ちだ……櫻井。
『お前は戦闘ランクEランクのごみクズじゃないか』
――全然違ったな、櫻井。お前はこんなにも今輝いているのにな。
『くだらねぇんだよ、本当に! 俺はお前らの一方的な正義ってやつが気に食わねぇんだ!』
——お前をごみクズなんて言ってごめんな。
『アンタ、強をちゃんと見てないだろう?』
――もっとしっかり見ていれば変わったのかもしれないな。
――そうだった。俺が見てなかったのかもしれない。
顔に拳がめり込み力を押し付ける。美川が人生で受けた中で一番の攻撃であり、衝撃だった。体は遥か彼方宙へと飛ばされていく。
―—だって、こんなにも輝くお前を俺は知らなかったんだ。
——きっと、いや涼宮もそうなのかもしれない。
その中で声は出なかったが口は勝手に動いていた。
本気の覚悟を持って自分の覚悟を打ち砕いてくれた生徒に対して。
――ありがとう
と、五文字の言葉を。
《つづく》
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます