第31話 ピエロの放課後活動14 ーThis is warー
取り押さえた全員を前に田中とミカクロスフォードは尋問をしていた。
「貴方たちのいうあの人とは一体誰なんです?」
「そうでふ、いいかげん口をわるでふよ!」
「明日になればわかるわ……」
光の鎖に縛られた風紀委員長が真剣なまなざしで答えを返す。
期待をしていた。絶大な信頼をしていた。美川のことを。
きっとデットエンドを倒してくれると。
痺れを切らしたクロミスコロナが
「喋らないなら痛いことする――」
風紀委員長の喉元にナイフを突きつけた。
「っ…………」
「やめるでふ、クロたん!!」
田中の制止により喉元からナイフを離す。
拷問すればいいのにと内心思っていたが口に出したら怒られることもわかっていた。ナイフが突きつけられている最中、風紀委員長も態度を崩さなかった。
彼女は知っている。彼があと五日で学園を去るという事実も。
だからこそ彼の名前をここで出したくなかった。
それが彼の迷惑になると理解していた。
もし、ここで話せば田中達が職員室へ行ってことの全容を語ってしまうかもしれない。その危機感が口を割らせなかった。そしたら彼の計画に迷惑がかかると。
風紀委員長は窓から遠い空を眺めた。
きっと、どこかで美川先生は戦っていると想いを馳せながら。
そして、美川は戦っていた。
違う相手と――。
——なんだ……これは……。
櫻井が完全な戦闘モードへと移行したことにより、
ため息が出そうになるのを飲み込んだ。
——誰だ……お前は………。
普段おちゃらけているせいで分かりづらかったが、何もしゃべらず静かにこちらを見据える櫻井の顔があまりにも整っていた。思わず同性でも溜息をついて感嘆を漏らすぐらいに目立ち鼻立ちがしっかりしていて、儚げがあり美しい。
さらに目に映る構えすらも美しい。
―—スキが無い……
見るだけで美川の脳裏を賞賛がよぎる。
―—完璧だ………………。
もはや芸術の域にまで到達しているのではなかろうかと、見惚れる。
無駄が一切ない。正中線を守るように半身に構え、
手先にはどのような動きもできるように力が入り切ってなく、
体重は動きを相手に悟らせないよう、
どのようにでも動けるようにニュートラルに構えられている。
そのうえ、背筋をつくような悪寒がある。
研ぎ澄まされた殺気。自分にだけ向けられた鋭く冷たい殺気。
―—これが……本当に………?
殺気にもいろんな種類があるが、大体が拡散型の殺気である。
周囲全体へ駄々洩れするような殺気。
しかし、櫻井のは種類が違う。
一本の剣の切っ先のように鋭く刺さるような冷淡な殺気。
自分だけに向けられているのが肌でわかるほどの。
どれもが学生の域を超えている。そして脳裏に問いが生まれる。
―—あの……サクライなのか……。
その瞬間を察知したように櫻井が動き出した。
美川の完全な心の死角をついた動き出し。
美川自身も気づいてなかった。
一瞬の動揺——刹那の瞬間を。
「――——!?」
―—何を!?
気づいた時には目の前に櫻井の膝が現れている。
——されたッ!?
綺麗な飛びまわし蹴りが美川の顔面に決まった。あまりに動きが滑らか過ぎて何が起きたかさえ細胞の伝達が、把握が遅れている。美川は地面を引きづり衝撃を吸収するが鼻から血が垂れ出てくる。
眼前にはもうすでに――
―—早いッ!?
距離を詰めた櫻井が次の攻撃を繰り出している。
構える間もなく視界がぐるっと動き回る。
「カァ――――ッ!」
美川の頭部が右斜めに揺さぶれた。脳が揺らされたことにより膝が力を抜かす。鋭い一撃だった。意識を断ち切られるような、研ぎ澄まされた顎を狙った打ち下ろしの右。
―—なんだ…………ッ
最初の一手目ですでに勝負の分岐点だった。
見惚れていた気配が、
櫻井を侮っていたことを払拭できなかったことが、
美川を窮地に追い込んでいる。
慌て状況を理解し体を動かし一撃を返すが、
―—なんでッ!
その拳は力の方向を変えられ上空に流される。
——もう情報は貰っている………。
あらかじめ来ることを予想したように無駄がない受け。
攻撃された時点で次の攻撃が読まれている。
触れられてしまったが故の失態。
櫻井の逆の手で突き上げるような拳がガラ空きの腹にめり込む。
「グッ、アッ――!」
もう美川も理解した。この男が戦闘ランクEではないと。
——右で返せッ!!
だが遅かった。完全に初撃で流れを持っていかれている。
——右だろ………。
櫻井への理解が遅れていた。
そして、櫻井の理解が先に進んでいる。
先手先手を打たれてはどうすることもできない。
同じ戦闘ランク――美川が最初から櫻井をそう認識していれば、
この勝敗はまだ見えなかっただろう。
櫻井が考えていた通りである。
『俺も隠しているがSランク。対する美川もSランク。ただでさえ勝敗は見えない。一瞬の躊躇が勝敗を転がしてしまう』
一瞬の躊躇いが勝敗を転がしている。完全にギアを上げ間違えた。
「クソっっ!」
美川が必死に戦況をひっくり返そうと繰り返し反撃を試みるが、
もう遅い。流れに淀みもなく、
まるで未来を知っているかのように攻撃が綺麗に受け流されていく。
動きに一切の無駄もない。気が付くと体に衝撃が走る。
ただ、冷たい視線でこちらを観察するように覗き込む視線が告げている。
―—もう、お前は終わりだと。
同じ戦闘ランクであれば善戦は出来ただろう。
しかし、完全に初撃に対する対応がマズすぎた。
完全にギアを上げてきた櫻井に対して、
ギアを掛け違えた美川。
油断も慢心もない男と見惚れて、
スキを作った男。
同じ速度を出せる車だとしても最初の出だしを間違えては着いていけない。さらに櫻井の能力は触れるたびに発揮される。完全に美川の動きを把握して、手中に収めている。
能力は美川が上でも、
戦闘技術は櫻井の方が高い。
動きに無駄がなさすぎる。
その一撃一撃は――
―—なんて……重さだッ!
動くたびにキレを増し重さを増していく。美川の体を確実に蝕んでいく。
ダメージが蓄積されていく一撃。
急所を狙いすましたようにとらえてくる。
——もう、そろそろか………。
完全に膝が落ちかける。意識が飛びかけて視界が黒く染まった。
「——ぬッぉおおおおお!」
だが、気力を振り絞り無理やり倒れるの防ぐ。
——ココ………。
櫻井がその一瞬を見逃さなかった。
後ろに飛び距離を開け、体に力を込めて筋肉を増幅させる。
「いくぞォオオ――」
洗礼の言葉をつぶやく。
無理やり体勢を保っている美川の反応が遅れている。
——勝負所だッ。
デスゲームで培った嗅覚が匂いをかぎ分けた。美川が見せた弱み。体勢を整えるに発した気合。ソレが限界を知らせる合図だと。弱っている所を狙うのが勝負の鉄則。
櫻井は加速して一気に、
横一線に伸ばした腕を
「——マァッスル!」
美川の首に決める。硬直させた筋肉をこれでもかと加速させて相手の体に叩きつける。完璧なラリアットが決まった。その腕は相手を薙ぎ払うように強く振るわれる。
衝撃で吹っ飛ばされる美川。櫻井との距離が開いていく。
それでも目を離さずに櫻井を見据える。
次の攻撃に備えるために。
しかし、遅かった――
もうすでに初撃で戦闘の勝敗の分岐に到達している。
全てが櫻井の狙い。ここまで一連の流れが櫻井の手中である。
距離をとり時間稼ぐのが狙い。
「
同ランクであれば勝敗はまだ長引く。
そう、このまま戦えば長びいてしまうのだ。
吹き飛んでいる美川の視界に移る敵は何か、
ボソボソと口を動かしている。
「
右手は二本指を作り、線を描く。
それは綺麗に空に一直線を描き出し、
繋げられていく。
美川もここで只ならぬ気配に気づき始める。
――マズイ!
このままではマズイと。勝負の分岐に到達しかけていると。
「
表情一つ変えずにただ祝詞を唱えていく櫻井。
もはや迷いひとつもない。指の動きは躊躇いなく線を虚空に描いていく。
――アレをさせてはいけない!
「
美川が足に地を付けた。見たこともない術式展開。
もはや、何をしでかすかわからない。櫻井という男への意識がもうすでに変わっている。こいつは普通じゃないと。急ぎ足に力を込め術式展開の妨害に移る。
——早く止めなければッ!!
離された分の距離を一刻も早く埋めるように駆け出した。
「水は浄化の力を持ちて、清めて静め明鏡止水となる――」
眼前に疾走してくる美川を前に櫻井は動じず祝詞を終え、
五芒星を書き終える。
そして、胸元のポケットから九枚の護符を自分の前に広げ、
宙に並べ――
「させるかぁあああああああ!」
「
印へつなげる。もうすでに射程圏に入った美川は残りの距離を一気に縮めるように飛び掛かり阻止を目論む。櫻井も高速で印を組みだす。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在前――!」
呪符が光りだしたが櫻井がすべてを言い終える前に美川の一撃が間に合った。
——届いた!
呪符の前から振り下ろされるように右の拳が櫻井の眼前に迫ってくる。だが櫻井に一切の動揺は見られない。感情を失った表情は冷めた目で美川を捉えた。
美川はこの時、
どうにか間に合ったことに安堵をしていた。
だが繰り出した一撃は――
「バッ――!」
バカなと言いかけた言葉が宙に舞う。平然とする櫻井と驚く美川。呪符の前で繰り出した拳が弾かれた。目に見えない結界がもう完成していたのだ。印を完成させたことでもうすでに呪力が札に込められ終わっている。
それに一撃を阻止されてしまった。
結界に弾かれた吹き飛ぶ美川を前に櫻井が表情を強くし、命を告げる。
右足は地面をするように左側に出され土煙を上げ、
右腕を反対側に持っていき体を捻る。
「
そして、捻られた右手は拳を作り、
拳の腹で横一線に九枚の呪符を砕き貫く。
「
金色の光が櫻井を包み込んだ。
その姿に美川の動きが、目が止まった。
見たこともない術式というのもあったが、
——なんだ……この……。
ソレはそれ以上にあまりにも美しい光景だったからだ。
ただ食い入るように美川は櫻井を見つめた。
——
儚げな美少年が世界に祝福されているように、
金色の眩い光を纏い散らしている。
一つ一つの光が淡く煌めき姿を消していく。そして、また光る。
美しさに心を奪われた美川を前に、無表情に戻った櫻井が口を静かに開く。
「美川、お前の行先はもう決まった」
右手で銃口を作り振り下ろしていく。
「お前の行先は――」
美川に向けられた銃口は引き金を引かれたように縦に揺れる。
「………デットエンドだ」
《つづく》
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