第26話 ピエロの放課後活動9 ーBad paradoxー
それは何気ない日常だった。
いつも通りの変わらぬ日常。
さして言うなら、土曜日が二年生の登校日だったということ。
午前中で説明も終わりを迎えた。
「強ちゃん、よーく寝てたね♪」
「やばい、やばあぃ……」
天真爛漫な少女が声を掛けると少年はひどく頭を抱えている。妹との約束を破ってしまったことへの懺悔もあるが、一番は妹から質問されたときにどうしようという、絶対怒られるという恐怖に怯えていた。
そこに一人の男が笑顔で近づいてくる、
「強ちゃん、ギルドの下調べ終わったから月曜日以降であればいつでもOKだぜ!」
「櫻井……いまそれどころじゃない」
「どうした?」
「美咲ちゃんに怒られる……絶対めっちゃ怒られる。一言一句全て聞いてない……」
「あー、爆睡してたもんな。涼宮家の未来が見えなくなっているのだな」
「俺の未来がやばい、やばいよ、やばい、ヤバイ!!」
動揺する友人の姿にケタケタ笑いながらも男は提案をする。
「じゃあ、鈴木さんを家に連れていけばいいんじゃないか?」
「「えっ?」」
強と玉藻の顔が跳ね上がった。
それは彼にとっても彼女にとっても都合がいい提案だ。
「変わりに説明してもらえばいいだろう。一石二鳥だ」
「確かに! 名案だ!!」
強と玉藻は顔を見つめ合わせ、
数度頷いてお互いに櫻井からの提案に乗る気まんまんだ。
「うんじゃあ二人とも、」
それを確認し櫻井は手を挙げて別れを告げる。
その一瞬を二人は見逃していた。
「——気を付けてまっすぐ帰れよ」
「おう!」
「は~い」
僅かにピエロの表情が凍り付いたことに。
表面上は何もない日常だった――
帰る強と玉藻の後を追うようにして一人の女子生徒が紙を握りしめてあとを追う。それは封筒にハートのシールで封をしたものだった。それを片手に後を追いかけていく、辺りの様子を伺い人気がないことを確認しながら機会を伺っていた。
——早く、あの人に渡さなきゃ……。
柱裏に隠れ渡すことに不安を感じ少女は指で強への恋文を握りしめる。
すぐに好機がやってきたのだ。玉藻の存在が邪魔だった。
「強ちゃん、アタシちょっとお手洗いに行ってくるね」
「はよー、済ましてくれ。美咲ちゃんのご飯が冷めてしまう」
「は~い」
玉藻は美咲のご飯に色んな意味で胸を弾ませ、
『ごはん、ごはん♪』とリズムよく歌いながら用を足しに強のもとを離れていった。
女生徒は居なくなったのを確認し
——ひとりになった…………。
『今だ』と一歩を踏み出そうとする。
「ヨシ――」
それに応じて鼓動がイヤでも高鳴る。
——絶対に………。
この日の為にすべてを準備してきたのだ。
否が応でも興奮と恐怖が入り混じる。
——成功させなきゃ!!
全てはここから始まるのだから。意を決し一歩を踏み出す。
涼宮強への復讐は全てここから始まるのだから――
一歩踏み出した少女の頬を冷たい汗が伝う。
背筋に悪寒が走る。耳に無機質な少女の声が届く。
「——動かないで」
忠告だった。彼女も動きを止めざる負えない。
喉元に冷たいものが突き付けられているのだから。
鋭利な短剣がしっかりと彼女の行く手を阻んでいたのだから。
「な、なんで――」
震えた声を出すので精いっぱいだった。
「動くと殺しちゃうかもしれないから。けど、殺すのは田中に禁止されていた。じゃあ、ケガさせちゃうだな、ふん」
少女は言い間違いに首を傾げ訂正して鼻息をひとつ付いた。冗談のような言葉だったがその褐色の腕が見えてる女子生徒には冗談では済まされなかった。
元暗殺者である黒猫の言葉は――
女子生徒は恋文を下に落とし、降参の合図として両手を上げる。
黒猫は短剣をそのままに、
片手で耳元に飾ってある青いひし形のイヤリングに手を触れて押し込む。
そしてイヤリングに向かって語り掛けた。
「こちら、デブスワン」
「間違ってますわ」
イヤリングから音声が流れてくる。
「デルタですわよ、クロさん」
「ミカ、細かい……」
そして、音声を飛ばした主も、校内の廊下を闊歩し、
金髪縦ロールを揺らしながらイヤリングを押し込み会話を続けていく。
「で、これは完了報告ということでいいのかしら、クロさん?」
「うん。捉えた!」
「よろしくって、よ」
そこでミカクロスフォードはもう一度イヤリングに触れて押し込み語り掛ける。
「デルタツー、デルタワンの鎮圧は完了したわよ」
「ハァー、ハァー、ちょっと早くないー」
ミカクロスフォードの耳には息を荒くしたミキフォリオの言葉が響く。
そして階段を移動している音も。
「ちょっと、ミキさん……」
それを聞きミカは眉を顰めた。
「貴方、今どちらにいらっしゃいますの?」
「急いで向かってる最中だよー!」
「まったく、貴方という人はいつもいつもどうしてこう時間にルーズなのかしら」
「ごめんなんさぁい!」
ミカの呆れた声に勢いよく謝罪を返し階段を足早に駆け上がる。
そして屋上の扉を開けた。
「はぁはぁ、ついたー」
それに目の前にいる三名の男が首をギュンと回して反応を示した。
膝に手を着き息を整えているミキフォリオを
「およっと……」
三人の男は訝し気に見つめている。
「ミキさん、状況は?」
ミキフォリオは辺りを確認し、状況を返す。
「三人かな……聞いてた通りだよ」
男達は会話から危機を感じ取り、銃火器を手元に用意する。
ミキフォリオを敵だと認識した証拠だった。
「やる気満々なのね……」
ミキフォリオは息を整えその光景に眉を上げる。
「しばらく寝ていてもらうぞ――!」
一人が銃火器のトリガーに指をかけた直前だった。
ミキフォリオが姿を消し三人の間に現れる。
「悪いけどッ!」
そして横一線のひどく鈍い一撃が指をかけた一人に撃ち込まれた。
グシャという生々しい音が響く。
衝撃で屋上の壁に叩きつけられた男は気を失って頭から血を垂れ流す。
目を丸くする二人を前に笑いながら、
「アハハ、やりすぎちゃったかな。でも安心しなよ」
その獲物についた血を振り払うようにクルクルと軽快に手首をしならせて回す。
「アタシこう見えても聖職者なんだ。
ミキは獲物をひゅんひゅんと回して笑いながらあっけらかんとした様子で語るがそれが逆に恐怖を与えていた。少女の手にはひどく歪な獲物――トゲが突き出したバトルメイスが握られている。
「うんじゃあ、ちゃちゃっと終わらせよう」
怯える二人を前にケタケタ明るく振る舞うミキフォリオ。
「アタシ、三時には帰って田中さんと一緒にアニメ見なきゃいけないからさ!」
「み、ミカさん! こちらデルタスリー!!」
強制的にとても慌てた声で通信が入った。
「もうダメです……いっぱい、いっぱいです!」
「何かありまして?」
慌てた声のサエに対して何事もないかのように通信に答える。
「私の方に間違って十人ぐらいいますよぉおおー! いっぱいですぅうう!」
「あら……言ってなかったかしら?」
もう泣き声に近いサエに対してすっとぼけて返すミカ。
サエが当初聞いていた人数は二人。
それが実際目の前には体育館裏に男女含めて生徒10名が集結している。
「聞いてないですよぅー!!」
それを前にどうしろというのかと憤りをぶつけるが、
「あら、
ミカは飄々と躱すばかり。
「サエさん、私信じてますわ」
終いには――
「貴方ならできると。幸運を祈ります。それでは、ごきげんよう」
「ちょっとミカさぁーん!」
一方的にお祈りされて通信が切られる始末。就職活動中の学生の扱いより酷い。
「ミカさぁーん! ミカさぁーん! ミカ――ッ!?」
イヤリングに向けて何度か叫んで見たが音信不通である。
屋上のミキフォリオはイヤリングを押し込む。
遠距離攻撃系において懐に張り込まれるのは避けたいが、脚力が違いすぎる。
一瞬で懐に入られては獲物を使う暇さえない、
銃弾一つ打たせずにその場を制してしまった。
「ミカ、終わったよー」
のびている生徒に腰かけミカクロスフォードに呑気な声で連絡を入れる。
「ご苦労様。相変わらず仕事だけは速いですこと」
「まかしてよ♪」
皮肉が通じず元気に返されていたが、
ミカクロスフォードの口元は少し緩んでいた。
一方、イヤリングに叫んでも声届かずのサエは泣きそうになっていた。
「お、お願いですから!」
諦めたサエは十人を前に泣きそうになりながら、
「デットエンドを襲うなんて無謀なことは」
震えた声で職務を全うしようと強がってみる。
「やめてください……」
相手に強く返されてもう涙がちょちょキレそうである。
「やめましょう……ね…………ね!」
1対10という状況は引っ込み思案の臆病者にはキツイ。
「もう引けるわけねェだろうッ!」
「ご、ごめんなさい!」
それを敢えて作戦に取り込んだのは言うまでもなく、
ミカクロスフォードである。
——ヒドイ……ホントにヒドイ………ッ!?
それはサエも気づいている。
だが現状、泣きながら呪うことしかできない。
「ミカさんの、ばぁーか! 薄情者ぉおおお!」
当の本人は学校の廊下を悠々と歩いていく。
「本当によかったんでふか……今頃、サエたん泣いてると思うでふよ」
「しょうがないですわ。これ以上の配置は無理ですもの」
「それはそうでふけど……」
困惑する田中にミカクロスフォードは笑みを浮かべて告げた。
「それにサエはやればできる子です。正確に言うとサエではないですけどね」
「……アイツが出てくるでふね」
それは過去の記憶。異世界での記憶。
「えぇ、サエが暴走したときのやつです。覚えておいでですか?」
サエの力の暴走を止めようとしたときの記憶がよみがえる。
「田中さんも止めるのに相当苦労したではないですか」
「あの時は……死にかけたでふよ」
田中はサエを救う為に半分死にかけた。それはまた別のお話だが、
過去に田中を半殺しにしたサエは今ピンチを満喫していた。
「わ、私、まだなにもしてないのに、」
10人に取り囲まれもう殴られる寸前である。
「殴るんですかー!?」
泣きながら訴えっているが敵は目が座っている。邪魔するものを排除しようと。
「お前には悪いがしばらく寝ていてもらうぞ!」
「悪いって思うならやめてください! 見逃して下さいー!」
そして細い首を目掛けて一撃が撃ち込まれたが――
「なっ!?」
それは直前で止められた。10人は目を丸くしてそれを見つめていた。
サエ自身は頭を両手で抑えて全力の防御姿勢をとっている。
そこに炎で出来た腕が生えて攻撃を抑え込んでいる。
「マスター、ピンチってやつかい?」
そしてソイツは喋りだした。
「
サエの誤解を生むような発言が見事に誤解を生んだ。
「よくサエみたいな冴えない三つ編みを狙うなー、趣味わるッ!」
「焔ちゃんもヒドイー!」
泣きべそをかきながら胴体だけで尾っぽを生やした炎の魔人と語りあうサエ。
サエの能力は
各種属性の精霊と契約を交わし使役するものだが、これについてはサエは比類ない才を持っている。ただ対人戦闘で使うことはない。サエは人が苦手である。気を許せるのは田中組ぐらいである。
だがことピンチになれば使役される身も、
「マスター、とりあえずこいつ等を――」
黙っているわけにはいかないので、主人を守るしかない。
「やっちまうけどいいよな?」
「もう、焔ちゃんにまかせるよぉおおおー!」
もうテンパりすぎて状況判断が出来ないサエがとった手段はおまかせ。
「うんじゃあ、」
それを聞いて魔人は笑みを浮かべた。
ひさしぶりにマスターの為に暴れる機会を得たのだから。
「ミディアムレアぐらいで勘弁してやるよ!」
魔人は空中を浮遊しながら十人を殴り飛ばし、炎を吐き蹴散らしていく。
そのさなか踏んだり蹴ったりのサエは、
一人泣きべそをかきながら恨み節を吐いていた。
「全部ミカさんのせいなんだからぁああああ!」
そして、またミカのイヤリングが反応を示す。
「こちらデルタフォー。制圧完了だよ」
「さすがですわ」
「小泉なら問題ないでふね」
「えぇ」
小泉は二キルと共に学校内のプールにいた。そしてプールは凍っており中には学生服を着た生徒五名が閉じ込めらている。飛び込み台の上に座りそれを小泉は見下ろしながらボソッと呟いた。
「それにしても、これだけ大規模なんてどれだけ前から用意されていたのか」
「みんな暇なんでしゅね」
「本当暇だよねー」
二キルと小泉は呆れたように会話を繋げた。それも仕方がない。
氷の中にいるのは3年生だったのだから。
就職間近だというのに一月の中旬に、
デットエンドを襲うなどと馬鹿らしいという他なかった。
「田中さん、着きましたわよ」
「ここでふね」
そして、田中とミカクロスフォードはある教室前について表札を確認する。
「では、私達の番ですわね」
「いくでふよ!」
そこで間違いないということを確認して二人は扉を開けた。
そこには風紀委員会と書いてある。
学生服の二人に対して、
教室内では武装を完了している五名の生徒が待機していた。
「なぜ、ココに田中とミカクロスフォードが!」
「あら、お仲間から連絡が行ってないのかしら?」
「……まさか!」
風紀委員長の女子はミカクロスフォードの返しに思い当たる節があった。
決行の時刻を過ぎているが何の音沙汰もなく連絡も入っていないのだ。
それもそのはず、全員がもう捕獲されている。
「申し訳ないでふが、今日はもうやめとくでふよ」
すべての作戦は筒抜けになっていた。
「屋上も体育館裏もプールも、誘導する子もこっちで捕まえたでふから」
「な、なんで計画を知っているの!?」
「なんでって言われると困りますわ…………」
ミカクロスフォードの、
「計画が杜撰だったのではないのですか?」
「そんなはずは……内通者なんていないはずなのに」
とぼけた言葉にひどく動揺する風紀委員を前に、
「とりあえず…………」
田中は槍を取り出す。
「かかってこんかぁああいぃいい!」
いきなり戦闘モードに入り、中にいる生徒を蹴散らしていく。
応戦するが悉く防がれていく。田中は学園で言えば2位に位置する強者。
学園対抗戦に選ばれるほどの逸材である。
さらに言えば田中組も同様の異世界で修練を積んできた。
学園で言えば上位のグループである。
「では、拘束させていただきますわ!」
それは横にいるミカクロスフォードも漏れなく。
細い杖を振ると同時に光の鎖が現れ、五名の生徒全員を縛り上げた。
魔法系ギルドの呪文がぬるいわけはない。
「これは魔力を強制遮断する鎖ですので、」
笑顔で告げるミカクロスフォード、
「しばらく魔法は使えませんことよ」
そして田中は槍をしまい戦闘モードを解除した。
「まったく、こんな卑怯なやり方は良くないでふ! やるなら正々堂々と真正面から涼宮に挑むでふよ!」
「あんな化け物に勝てるわけないじゃない!」
「化け物っでふって!?」
田中の眉が上に吊り上がるそれを感じて、
「待ってください………」
ミカクロスフォードは手を出して田中の動きを制止した。
「貴方たちがどれだけアイツを憎んでるのか知りませんが、」
カツカツと小気味いい靴の音が彼女たちに近づいていく。
「ヒドイことをされたというなら田中さんと比べたら屁でもない。それに貴方たちはやり方が姑息なのよ! もし自分が勇者であるというなら、勇気をもって戦い挑みなさい! 勝てないとわかっていても!」
ミカクロスフォードの強い口調に全員が口を噤んだ。
「貴方たちのしていることは非常に姑息で卑怯で不快極まりないわッ!」
だが、それでも罵倒は止まらなかった。
「もし、貴方達がそんな志しで最凶にして最恐。そして最強である男に挑んだとしても痛い目を見るのが関の山よ! 痛い目を見なかっただけでも私たちに感謝なさい!」
全てを伝え終えたミカクロスフォードに対して、
「でも、あの人ならきっと――」
委員長が口を開いた。
「「アノ人?」」
言いかけた委員長はまた口を噤んでモノを言わなくなった。
田中とミカクロスフォードはお互い見合わせ首を傾げた。
ここまで全てが情報通りだった。
人数、集結場所、作戦内容全て聞いていた通りだった。
しかし、それ以上の情報を聞いていなかったのだ――ある内通者から。
その内通者は学校の教室で人が来るのを待ち構えていた。
「残念でしたね。全員捕獲されたみたいですよ……」
そして、待ち人が扉を開けて現れると同時に口を開いた。
「お前の仕業か……っ」
「気付くのが随分と遅かったですね」
内通者は笑みを浮かべ悔しがる男に向けた。
「—————サクライ!」
名を呼ばれピエロは嬉しそうな顔で、
「よくもやってくれたなって………思いました?」
相手に悟らせないよう恨みを押し殺して語る。
「俺も昨日同じ気持ちを味わいましたよ――」
そして、優等生のような笑顔を保ったまま犯人の名を呼ぶ。
「
その男はギルド長でもなく、このマカダミアの、
「――――せんせい」
生徒ですらもなかった。
《つづく》
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