第25話 ピエロの放課後活動8 ーBad paradoxー

 あー、冬ってお布団が気持ちいい。


 ふかふかのお日様の匂いがする。身も心も天に抱かれているようなこの淡い感覚に包まれて昇天しちまいそうだ。最高の娯楽。お布団。


『ねぇ、お布団ちゃん。なぜ君はこんなにも僕を暖かく包み込んでくれるの?』 


 俺が問いかけると脳内で再生される甘い少女の声。


『それは強君のことが大好きだからだよ』

『そっか、俺達両思いだね。お布団ちゃん』

『ずっと一緒だよ、強君』

『あー、永遠に一緒だ。死がふたりを分かつまで』

『お兄ちゃん、起きなさい』


 ラブラブだったはずのお布団ちゃんが怒気を纏った声に変貌した。


 ——どうしたんだい、お布団ちゃん?


「お布団ちゃん、何を怒っているんだい?」

「誰よ、お布団ちゃんって?」


 寝ぼけ眼が開き呆れている妹がエプロン姿で俺の前に立っていた。


 お布団ちゃんと美咲ちゃんの声は一緒だったらしい。


 俺の脳内メモリーは妹によってほぼ占拠されているようだ。


 時計に目をやって気付く。時刻は七時。


 ——早い、早いよ。


 俺はすぐに気づいてしまった。妹の失態に。


「美咲ちゃん、今日は何曜日でしょう?」

「土曜日よ」

「学校はお休みだよ。もう少し寝てても大丈夫っしょ」

「なに言ってるの?」

「ん?」


 俺は布団に包まりながら妹に訝しげな視線を返す。


 妹も眉を吊り上げ不思議そうな目で俺を見ていた。


 だが次のセリフで美咲ちゃんの圧勝だった。


「お兄ちゃん達二年生は進路説明で今日登校日でしょ」

「あっ!? やべっ、忘れてた!!」


 俺は布団から起き上がり、急いで身支度をする。


 土曜日だったがこの日はめずらしく登校日だったのだ。


 俺はそれをすっかり忘れていた。


「お兄ちゃん、朝食は準備できてるからね」

「ありがとう」


 さすがマイシスター! もう手際が良すぎて頼もしすぎる!!


 お兄ちゃんのことを理解しすぎてて困るし、憧れるし、痺れちゃうッ!!


 俺は急いで学生服に着替え妹の朝食を頂きながら、最愛の妹と会話をしていく。


「お兄ちゃん、ちゃんと進路説明聞いてきてね」

「まかせて」

「絶対だよ、一言一句聞き逃さないでね!」

「まかせて、ハムハム」

「ちゃんと私の話を聞いてる……これは私たち兄妹にとって、とてもとってーも大切なことなのをわかってるよね!?」


 やけに進路説明に興味津々だな。さては来年の参考にしたいってことか。


 ちょっとお説教モードに見えるけど照れ隠しなのね。


 お兄ちゃんに頼るなんて少し恥ずかしい的な。


 まったく素直じゃないなところがかわいいぜ、うちの妹は!!


「お兄ちゃんに任せときな、美咲ちゃん!」

「じゃあ……本当に頼んだよ」


 やる気を見せた俺に美咲ちゃんは不安な表情を浮かべつつも頷いた。


 俺が玄関を開けるといつも通りの道理を無視した現象が起きる。


「おはよう、強ちゃん♪」

「相変わらずだな、お前は」


 脳内で青いタヌキが語り掛けてくる『どこでも朝からきょにゅー』と。学生服の上にコートを羽織っているが、やはり隠し切れないポテンシャルというものはある。二つの山は主を誇示するためだけに存在している。俺の眼福には巨峰玉藻山たまもざんがそこにはしっかりとそびえ立っていた。


 そして、その山を引き連れて俺は通学路を歩いていく。


 歩いている最中に山が俺に突き出してきた。


「強ちゃん、進路はどうするの?」


 ―—この山……移動するし、しゃべるぞ!?


「どうしようかな、自宅警備で忙しいしなー」

「強ちゃん、大学とかいかないの?」

「大学かー、キャンパスライフとか響きはいいけどな。別に勉強好きじゃねぇしな」

「そっか……」


 山の主は少し唇を尖らせている。


 聞かれた問いに堪えようにも進路なんて今まで全然考えたことがなかった。


 皆無である。


 マカダミアキャッツの進路先で言えば、数名はブラックユーモラス。


 他は魔法技術職や魔術研究科、一般職もあるが魔法建築協会や能力施工管理技士とか肩書がいっぱいの職が多い。異能力に特化しているために引く手数多なのである。


 要は選びたい放題の状況だ。


 俺も漏れなく、


 その恩恵には預かっているのかもしれないが――


「いざ考えるとやりたいこととか、難しいよな。別に人生の目標なんてこの年で決まるわきゃないし」

「強ちゃんなら何でも出来るよ♪」

「何でもは出来ない。出来るのは寝るだけ」

「強ちゃんの寝顔かわいいもんね」

「よくわかってんじゃねぇか」

「それは良く見てますから」


 めずらしく登校中に笑顔で何の気ない会話をしながら、


 教室につくと不貞腐れたピエロが語り掛けてきた。


「なんで、土曜日なのに登校しなきゃいけないんだよ」

「兄妹の大切な未来を決めるためらしい」

「そりゃ美咲ちゃんは気が気じゃないだろうな」

「そういうことか!」


 櫻井の話に手を叩いて反応を示す。やっと美咲ちゃんの態度がわかった。


 俺の心の中を納得と感動が打ち寄せる。


 そっか、美咲ちゃんしっかりものだから来年とかそういうレベルではなく、


 未来のことをもうちゃんと考えてるのか。


 先の先を見ている出来た妹だ。感心する。


 お兄ちゃん、美咲ちゃんの為にちゃんとお話し聞いてくるからね!!


「ようやく、気づいたか類友。お前に妹の未来がかかっているということに」

「だよな! よーくわかった!!」

「いやに……やる気を見せてるが不安だぜ」

「まかせろ! 進路はちゃんと確認しとく!!」


 美咲ちゃんの為に!!


 俺は妹の想いを受け取り意気込んで教室で、


 オロチの説明を聞いていたが――


 開始数分で寝た。




《つづく》

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