第24話 ピエロの放課後活動7 ーBad paradoxー
もう残すところは小泉のいる能力系ギルド一つとなった。
「大分、疲れているようでふね櫻井。けど、あと一つでふよ!」
「あー、わかってる」
気合の入る田中とは対照的に俺の足取りはえらく重い。
最悪の想定をしておかなければいけない――いざとなったら小泉を殺さなきゃいけない。
俺にここまで手間をかけさせやがった犯人を、殺すと意志づけていたのだから。
「あと、ひとつだな」
「そうでふ!」
どちらに転んでも最悪だ――。
小泉が犯人だった場合。
俺は小泉を殺す。
小泉が犯人ではなかった場合。
犯人が不明のまま終わりを迎える。
どちらも、あまり願いたくない結末。
考え込みながら俺は、
―—小泉が犯人だとしたら……
——昼食の楽し気な風景が全て嘘になるということか。あれだけ和気藹々としていたものが偽りだとしたら何を信じればいいんだ。
前を歩く田中の背中に置いて行かれないように着いていく。
——けど、俺は知っている。人の素顔などわからないということを。どれだけ外を拝んでも中身なんて見えない。
——信じても裏切られる。
——そういう悲しい結末を俺は身を持って知っている…………。
「田中、いらっしゃい」
「小泉、遅くなったでふよ。大とりでふ♪」
「それはありがたい♪」
にこやかに挨拶を交わす二人を見て、
悲しい気持ちが襲った。
これすらも嘘なのかと――。
俺が怪訝な視線を小泉に向けると、
小泉は首を傾げた。
「櫻井君、どうしたんだい?」
「いや、なんでもない」
なんでもなくはないのだが、やり過ごさなければならない。平常を装いつつ俺はダミーの質問を投げかける。
人数、活動内容など。
だが返ってくる答えは、
集中力を切らしている俺の頭には入ってこなかった。
もしもコイツが犯人だったら――
どうすりゃいいんだ。
強から離れてもらう他ないが、
そんなことは可能なのか。
やっと出来た友達を一人失うってことはストレスだ。なら、一層コイツを退学にでも追い込んで切り離すか。
「櫻井くん、大丈夫………顔色悪いけど?」
「あっ、すまん」
俺が上の空だったのに小泉は心配の色を見せた。間近で見ても未だに判別がつかない。
悪い奴でないと思いたい。
触れるのに僅かばかり躊躇が生まれている。
だが触れなければ分からない。
それが俺だから。
「小泉、ありがとう。質問は終わりだ」
「あれぐらいでよかったのかわからないけれど、お役に立てれば光栄だよ」
俺は別れの挨拶を装って手を差し伸べる。
「小泉、お疲れ様」
「うん、お疲れ様」
笑顔の小泉が出している触れた手から情報が流れ込む。
「涼宮がギルド楽しめるといいね」
「そうだな……」
情報を受け取った俺はひと呼吸付いて、
笑顔を作って演技に移る。
何一つ悟らせないように自然な動きを心がける。
「くぅー、やっと全部終わったぜ。さぁ帰るか」
「そうでふね」
「田中も付き合ってくれてありがとうな」
俺の取り繕う笑顔に田中も笑顔を浮かべた。
「櫻井もよく頑張ったでふよ。まさか本当に四日で全てのギルドを回るなんて普通じゃできないでふよ!」
「あんまり褒めんなって、照れくさいじゃねぇか」
「僕も本当にすごいと思うよ。櫻井って友達想いなんだね」
「俺の場合は数少ないからな」
ホント、大事にしてるよ強のことは。
「大事にしてるよ、アイツのことは――」
過保護なくらい――
俺は小泉を背に残して教室に置いていた鞄を取りに戻る。廊下を歩きながらも自然と結果にため息が出てしまった。
この四日間の頑張った結末が――
こんな終わりを告げるなんて不本意でもある。まぁどちらに転んでも最悪な結果だったのだから、仕方がない。
頑張った挙句の果てに――
犯人は見つからずじまいだったのだから。
結局は収穫はゼロ――
ギルド長に犯人などいなかった。
誰もが疑わしく見えたが誰もが誠実だった。
強の敵はいない。
「結局は悪戯。ネットで良くある悪ふざけってことか」
だが裏を返せば、
これでギルド見学も問題ないということが保証されたのだから、全部が全部徒労ってわけでもないのか。
ただ捜査自体は終わりにする気はない。
どこかに恨みを抱えている人間がいるのは間違いない。
それも今にも爆発しそうな。
なら、早急に対処はしなきゃいけない。
ただ時間は稼いだ。これでゆっくり調査を出来る。あとはしらみつぶしに触れて暴いていくだけなのだから。
俺が安堵を浮かべ教室に入ろうとすると呼び止める声があった。
「おーい、待つでふよ! 櫻井!」
「なんだ、田中?」
俺は突然の田中の呼びかけに悪寒が走る。
―—まさか確認し忘れのギルドでも残っているのか?
「ノート纏めるの僕も手伝うでふよ」
それだけの為に来たのか……?
「櫻井一人に全部まかせっきりなのも悪いでふ♪」
コイツも……強の事を想って………。
「田中……お前イイやつだな」
「そんなことないでゅふふう」
照れ方と笑い方がキモイが良い奴だ。今回の珍事件は収穫はゼロっていうのは俺の中で取り消された。少しだが田中とミカクロスフォードという人間と触れられた。
本当にお人好しな、バカだ。
ただ、それだけで良しとしおこうと――。
俺の胸の内がポカポカと少し暖かく感じたのが何よりの収穫だ。
「うんじゃあ、手伝ってくれよ♪」
俺は田中と一緒に教室の扉を開ける。
そして自席に行こうと動き始める。
が――
復讐という導火線は見えない音を立てて、
激しく燃えてる真っ最中だった。
「ちょっと、なんでふか――」
これですんなり終わるわけもなかった。
田中の声色がひどく動揺の色を表した。
——なんで……だよ………。
そして、俺も田中と同じ景色に目をやる。
「誰が、こんなことを――」
田中の方が俺より素早く動きだす。
——どうなってん……だよ。
動揺して止まっている俺の瞳孔がゆっくりと見開いていく。
言葉を失っている俺の前のその異様な景色を消そうと、
田中は必死になって動き回る。
「なんで、なんで、こんなことするでふか!」
俺の眼前に映るのは見たことがある物だった。
それはここ数日よく目にしていた物。
黒板でぴょんぴょん飛び跳ねながら田中はその景色を消そうとしていた。
「誰がこんなヒドイことをするでふか!」
田中の声に怒りが混じり、
俺の瞳孔が完全に見開いた。
俺はその瞬間悟った――。
この数日間の行動はすべて徒労に終わっていたのだと。
目の前に広がる黒板にSNS上に載っていた写真が所狭しと拡大されて張られている。そして、アイツの笑顔に×印が付けられたものが中央に広がり、予告が書いてあった。
『デットエンドの悪行を許せるわけがない』
過去の代償は重くのしかかるって訳か――
『————罪の裁きを決行する』
間に合わなかった。結果が全てだ。
「………………っ」
俺は無表情のまま静かに足を黒板に向け、
田中と一緒に張られた無数の写真を剥がしていく。
もし俺の能力がサイコメトリーであれば、ここで犯人がわかったのだろう。しかし、俺の能力は生き物限定だ。死んだ者や物質に対しては心読術は働かない。
二人で全てを剥がし終わり、
手に大量の写真を持った田中が、
隣で地面に強く足を叩きつけて、
「許せないでふ、絶対に許せないでふ!」
憤慨を露わにしていた。
「なぁ、タナカ――——」
俺は静かに表情を作り田中に告げる。それは微笑みに近かった。
「このことは強には内緒にしてくれないか……」
「なっ、櫻井! これは涼宮への宣戦布告でふよ!!」
――違うぞ、田中
「だとしても、アイツは無駄に純粋で傷つきやすいからさ、」
——それは違う………。
「こんなことがあれば落ち込むのは目に見えてる」
俺はただ静かに微笑んで田中に頼むと言葉を伝える。
「だからこそ、静かにしてやって欲しいんだ」
「でも……」
「それにさ、どうせ単なるイタズラだしさ」
——俺が言ってることも違う。
それでも俺はこの場を収める為にやり過す。
「ほっとけば収まるかもしれないだろう」
「イタズラにしては度が過ぎてるでふよ……っ」
――そうだな、田中。
「それなら、この件は俺が犯人を見つけるから、その時は協力を頼むよ、田中」
——見つけ出すよ、必ず。
「強に悟られず終わらせてやりたいんだ――俺は友の為に」
俺は田中を諌める為に友という言葉を出す。そして、この言葉に嘘はない。俺はアイツの為にどうにかしてやりたかった。その為にこの四日間動き回ってきた。
「……わかったでふ。必ず犯人を懲らしめるでふよ!」
「おう」
田中の視線は強かったが俺は感情に流されずに穏やかな表情を保つ。
田中も俺の能力を知ってるが故に俺に犯人捜しを任せている。
そういう特質な能力であることを。
俺は静かに歩み寄り田中の手に持っている写真の紙を受け取る。
「これは俺が責任もって処分しておくから」
「わかったでふよ……」
俺は写真の束を持ち、
田中と別れ一人焼却炉へと向かった。
静かに焼却炉近くに置かれているマッチに火をつけ、
火が強くなるのを写真を持って待っていた。
『これは涼宮への宣戦布告でふよ!!』
――違うぞ、田中………。
自然と紙を持つ手に力が入っていく。
——コレは強への宣戦布告なんかじゃない。
微笑みを作っていた表情が崩れていく。
『イタズラにしては度が過ぎてるでふよ』
――そうだな、田中。
握っているものが潰れて音を立てていく。
——本当に度が過ぎてるよな。
焼却炉の火が勢いを増していく。
それに応じて俺の表情も強張っていく。
ここ数日俺は出来る限りの策を講じてきたが、相手はそれをいともたやすく超えてきた。決行ということは遅くても明日以降だろう。写真を放課後に張ったということは、翌朝に登校するアイツへの予告ということだ。
相手はギルド長ではない。
――おもしれぇ、おもしれぇじゃねぇか。
だが準備が整ったということだろう。集団でかかってくる。
―—俺達をコケにしやがって……。
ここ数日一緒に頑張ってくれて田中とミカクロスフォードの時間さえも、
無駄だと告げられていることに憤りが溢れかえる。
焼却炉の火は完全に燃え上がり、
俺は写真を投げ入れる。
『強ちゃんは櫻井くんがどういう人なのかをみんなに知ってほしくて、』
思い出されるのは鈴木さんが言った、強の想い。
『自分の仲のいい友達がどんなひとなのかみんなに知ってほしくて、』
俺を勘違いしている言葉。
『櫻井君が良い人だって知ってほしくて、』
「良い人なわけないだろ……この俺が」
こんな終わり方で俺が許すはずもない。
俺と言う人間はそんな生易しいヤツではない。
デスゲームと言う世界で生き残った狂人だ。
目の前で踊り狂うように火に焼かれていく。
――これは強への宣戦布告じゃねぇ……ッ。
そして俺の体も感情も熱に奪われ、表情は激昂へと変わっていた。
拳に力が入っていく――。
強く握った拳で、
——コレはッ!!
横の壁を強く殴り亀裂を入れて砕き、
――俺への宣戦布告だァッ!!
敵に予告を告げる。
「ゼッテェ……逃がさねぇ――」
この俺に犯人が仕掛けてきたってことは、
覚悟できるってことだ――ソレをかける覚悟を。
「テメェの命は………」
だから、まだ見えない相手を睨みつけ未来を予言する。
「明日までだッ!」
お前の明日は、デットエンドだと――
《つづく》
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