第23話 ピエロの放課後活動6 ー4日目ー

 ハッキングに失敗した真夜中に、


 俺はコーヒーを流し込み状況整理を始める。


 ノートにひとつひとつ可能性かき上げるべく、ペンを動かす。


 ①スタート地点は学内サイトの書き込み


 これから推理できることは犯人は学生であること。まず学内サイトの利用者など学生に限られる。幅を広げれば卒業生という可能性もあるが強との関わりが少なすぎる。そもそも最近の強の写真など取れるはずもない。


 だからこそ、まずは在校生である。これは間違いない。


 ②SNSに乗っている写真


 一番初めに目に付いたのは惨劇のクリスマス。この時は勇者連合が組まれた。それの参加者ってのが濃厚であろう。ただこれに参加していたのは男子のみである。


 そして、バツ印がついた笑顔の写真。


 よーく見ると背景は教室。


 窓から見える景色的に中層階に当たる。ということは撮影場所は二年の教室。


 さらに教室で、にこやかな笑顔など最近のことだ。


 であれば、犯人は二年であり勇者連合の参加者。


 


 ここから先が仮説になる。物的証拠ではなく、状況推測。




 ③強への復讐計画


 『貴方たちは本当にデットエンドを許せますか』


 要は許せないということだ。写真もご丁寧に数十枚もアップして、捨てアカウントまで作ってる始末。相当に復讐心を募らせている。


 最近のアイツは幸せそのものだからこそ復讐の炎が強くなっている。


 それと写真に赤のバツ印というのはターゲットに何かするということを意味する。そして疑問形は見えない相手への賛同の呼びかけとも取れる。


 ④犯人の復習計画の実行に当たって


 もし、惨劇のクリスマスを経験して、


 今なお復讐を果たそうというのであれば個人で挑むのはバカげている。


 あの時は百近い勇者を相手にしたのだ。実力差ははっきりしている。


 ならば、大規模な集団で動く可能性が高い。いや動かざる得ない。


 戦闘をいくつも経験している勇者共が単独突破などと、


 アホな戦略を立てるはずがない。組むとしたら価値観が近い者たちの集合体。


 強を恨んでいるメンバー構成。


 利用するなら間違いなくギルドだ。


 この犯人にとっては正義な行い。


 悪を断罪する執行。


 それに賛同するものを集めたいなら、


 惨劇の経験者であり実力者でなければいけない。


 そして実行できるとしたら大きな指揮権を持つもの。


 ①~④で絞れば、首謀者もしくは関係者は男性のギルド長以外に適任は無い。


 だからこそ、俺はギルド長達に対象を絞って触り、


 確認作業をこなしていた。


「ふぅー」


 一通り書き終わり推測を見直して眉間をつまむ。どうにも憶測が多い。


 しかし、考えられるケースとしてはこれが最適だろう。


 これ以上のシェープアップは危険だ。


「個人であればさほど問題はないのか……」


 問題は集団で戦闘など行われると面倒だということ。


 これは強の精神的にもキツイ。


 やっと、人付き合いというものに踏み出したところに楔を打ち込まれることになるのは明白。だからこそ可能性の芽は摘んでやりたい。大人数からの非難などストレスが計り知れない。


 また――あの『拒絶』の痛みを味わうのだから。


「明日、本当に終われるのか………」


 俺はソファーの後ろに頭を垂れ呟いた。


 ギルドという一番の懸念を潰せればあとは時間を確保できる。


「もし、ギルドが全てハズレでもそれで良しと出来るはずか……」


 個人で戦う馬鹿などはほっといてもデットエンドだ。


 それであれば強のストレスも大したことはないだろう。それにただのイタズラかもしれない。ここまで俺が本気になる価値はあるのだろうか。


 ただ、もし相手側の準備が万端に整っているのだったら、


 もし明日にでも決行されたら、


 どう防ぐ――


 希望的観測と言いようのない焦燥感を繰り返しながらも、


 頭から犯人像が離れない。


「敵が見えないっていうのは本当に厄介だ」


 俺にとってもいつ爆弾が破裂するのかわからない状況。


 この復讐という導火線がいつ甚大な被害への爆弾へとつながるかという。


 出来れば内々に全てを処理させて終わらせたい。


 ——強のギルド見学までに。


「くそ、厄介だ、厄介すぎる!」


 否が応でも悪態が出てしまう。


「下手な正義感で世界を巻き添えにしやがって許せねぇ………っ」


 だが空に悪態をついたところで無意味だ。


 俺にできることは実行あるのみ。





 翌日に願いを託し俺は朝を迎えた――時間は五時。


 いつも通りの時間に起きてトレーニングをするのではなく、

 

 即座に学校への支度を整える。玄関を開けると同時に呟いてしまう。


「タイムリミットまで猶予はあと一日」


 口から出た数字はあくまで強との約束の日にちではあったが、


 これは俺の決意の日数でもある。

 

 これ以上時間をかけてはいけないという気持ちの表れだった。


 五時半には学校に着き、屋上に昇り貯水槽付近に身構える。


 視線を遠くに向け、不審な動きをする生徒がいないかを見守る。


 最悪今日の可能性すらあった。


 相手方がこっちの猶予に併せて動いてくれるはずもない。


 もし。集団で動くのであればその動きは顕著に表れるはず。


 登校する生徒の姿を確認する。


 50分前には去年担任だった美川みかわが生徒指導の役割として校門前に立っていた。


 最初はまばらに登校してきた生徒に話しかけていたが、


 登校時間20分前を過ぎると通学の生徒が激増した。


 俺は激増しようと一人一人の生徒を注視する。


 視界では生活指導の先生が『お前らもうすぐ遅刻になるぞー』と声を張り上げている。それ以外目立った動きは皆無だった。何一つ不審な動きをする生徒はいなかった。


 俺は立ち上がり自分のクラスに戻る。


 ——さぁ、次の手だ。


 屋上での活動を特にしょげることもない。


 まぁ収穫が無いことは前提だった。もうすでに棚ぼた的な気持ちであったし、


 本命はギルド長の捜索だったのだから。


 俺は教室に戻りノートを纏めだす。


 A4ノート6ページ分は文字ですでに埋め尽くされていた。


 ——あと一日。


 残り2ページは今日埋まる予定だ。


 ノートを見返す。一番最初の欄に呪術が書かれていた。


 最初に呪術を選択したのにもわけはある。一番厄介だと思った。


 呪いの類はこちらのわからないところで発動する可能性が高い。


 遠距離による見えない攻撃。これだけは手っ取り早く潰したかった。


 術系統は発動を悟られにくいのが特徴だ。


 媒体を直視でもしない限りわからない。


 強と戦う前の準備として俺だったら――


 間違いなくステータスを下げる呪いを選択する。






 あっという間に放課後を迎え、俺は田中と移動を開始する。


「行くぞ、田中」

「行くでふよ!」


 校庭に散らばるギルドたち。


 ——残りは半分。


 今日中に絶対終わらせてやる。否が応でも声に気合が入る。


「今日で残り全部だ、田中!」

「了解でふ!」




 だが、全てが徒労と帰す――





 残りは三つとなっていた。


 俺は横にいる田中に目をやる。


「田中、お前槍術系のギルド長だったよな………」

「そうでふよ?」


 残りは田中、小泉、赤髪のいるところ。


 まさかこの三択とは。


 この三つだけは考えたくもなかった。


 アイツの心の傷を鋭くえぐりそうだったから。


 ——仕方ねぇ……か。


 だが、背に腹は代えられぬ。俺は田中に手を差し出す。


「田中、残り二つだ。頑張ろう!」


 俺はお互いあと少しで目標達成だと言わんばかりに、


 声を上げ気合を入れ直したように見せて握手を求める。


 それに疑いもせず田中も手を合わせてくれた。


「頑張ろうでふ! 櫻井!」


 触れると同時に流れ込む情報。


 ——ダメだ……コイツじゃない。


 俺は握手が終わり格闘系ギルドを目指すことにした。


「よく来たね! マッスルこんにちわ!!」


 筋肉ダルマの角刈りバカが出迎える。如何にも戦闘と筋肉が好きそうだ。ガチムチすぎる。もっとスマートな奴を期待していたが、想像を超えてマッスルだ。もうボディビルでも目指しているかのようにタンクトップにテカテカしたはち切れんばかりの筋肉。


「今日は見学でふよ」

「それはいいね。君がマッスルしたいのかい?」


 俺は暑苦しい相手に合わせてしょうがなく、


「マッスルしたい……です」


 マッスル返しをする。


 それに景気よく笑いマッスルが返ってきた。


「はっはっは、ふんふん!」


 豪快に笑いながら力こぶを見してくるギルド長。ギチギチと聞きなれない膨張している筋肉の音。確かに筋肉の塊が見たことも無い形で隆起している。


 ―—まぁ、それでも確かに見た目はスゴイな……。


 それでも、デカいだけの筋肉。質より量って感じだ。


 本当に必要な筋肉っていうのは柔軟性と瞬発性だ。


「ふぉおおおおお!」


 ——どんだけ……筋肉押してくるんだよ……。


 ヤツは短パンから太腿の筋肉も見せつけるように膝を屈めて力を込めている。筋肉のシルエットがスゴイ。陰影がハッキリつくような山のような筋肉。何か油が乗っている様なテカリ。


 ——ここは、格闘系ギルドだろうが……。


「ふんふん! ふんふん!」


 足を屈めたままうねる様に上半身をネジって背筋を見してくる。昆虫みたいな背中の形。パーツパーツがハッキリわかるが、俺は一体何を見せられているのか。ヤツのマッスル体操を見せられているだけなのか?

 

 ——キレテル、キレテルとか、おだてた方が良いのか?


 俺が気を抜いていたのがいけなかったのかもしれない――。


「行くぞぉおお――マッスルゥ!」


 準備運動を終えた筋肉の塊がもっと近くで視ろと、


 俺の眼球目掛けて近づいてくる――。


「なっ!?」


 なんだと――———ッ!!


 これでも見んかいと言わんばかりに圧力が圧し掛かる。


 というか、


 ——アイツ、屈伸運動から飛び出して来やがった!?


「ぶわっ――ッゥツ!!」


 俺は圧力に負けて後方にぶっ飛ぶ。


 ココは格闘系ギルド。


 日本語ではないマッスル語を理解していなかった。


 ——ヤロウ…………攻撃してきやがった!?


 いきなり、渾身のラリアットの洗礼が――『行くぞマッスル』、


 に隠れていたなど知る由もなく。


「スキだらけマッスル……」

「突然仕掛けんなよ、マッスル!!」


 俺は首に直撃を食らい地面に倒れ込むことを余儀なくされた。


「櫻井、だいじょうぶでふか!?」

「大丈夫なわけあるかぁあああ!」



 ダメだ、会話が通じない。こういうタイプをどう相手したらいいのかわからん。俺が苦手なタイプだ。強もおそらく大の苦手だろう。初見で殴り返すのが目に見えてる。


「はっはっ、タフでマッスル♪」


 ―—俺だって、もう今すぐ殴りマッスルしたい! 


 だが、イカン。堪えろ。これは捜査だ。


 アイツと握手するのが目的であって殴りマッスルしに来たわけではない。くそ俺の脅迫手帳がコイツには通じない。筋肉一筋のやつに弱みなど存在するわけがない。俺の手帳が筋肉には通じない。


 ―—どうしマッスル!?


 倒れ込み動揺している俺の横から妙な奇声が耳に入ってくる。


「ここであったが百年めぇええええええええ!!」


 それは遠くから近づいてくる女の声。


 そして、うるさい足音が聞こえた。


「ドクズに鉄槌だぁあああああああああああああ!」


 そう忘れていた。コイツがいたことを


 ――俺の敵が。




「アアアアァァァァァ―――――!?」




 俺はひょいと軽くよけ空中を赤髪が通り過ぎていった。


 木下は助走の勢いをつけすぎ飛び蹴りの姿勢のまま、


 遠くに消えていた。


「はっはっ、マッスル元気だねー」


 ―—本当、うざいくらい元気アイツ。


 俺は立ち上がり姿勢を整える。


「避けんじゃねぇえええええええ!」


 そうすると、横からまた奇声が聞こえてきた。


 ——あぁ……ウルセェ。


 俺は走って向かってくる相手に体勢を構える。


 体の向きを合わせ、撃墜姿勢をとる。


「次こそ、死にさらせぇええええええ!!」


 やつが飛び蹴りをかますが俺は静かに横にずれ、腕を伸ばす。


「いくぞ、」


 そして、合言葉を口にしてやった。


「——マッスル」


 洗礼をくらわしてやった。『いくぞ、マッスル』はラリアットだ。


「バブッ!」


 要は飛び蹴りしているやつの首に腕を決めてやった。


 奴は自分の勢いをそのままダメージにしてその場に倒れ込んで咽ていた。


「げほっ、げほっ――」

「マッスル痛そうだな」

「避けるとは卑怯だぞ!」

「あんな見え見えのもん避けるわッ!」


 それにしてもいつも通り騒がしい。イライラする。


 寝不足と捜査の収穫の無さ、


 突如の行くぞマッスル、赤髪のゴミ後輩に俺のイラつきも大分高まっている。


 大人げなくC級ランクなぞに、やり返してしまうほどに。


 だが、イライラしててもしょうがない。


「ちょっと、その素敵な筋肉に触りたいのだが……いいか?」


 俺は目的を思い出しマッスルに口実を告げる。


「まさか……!」


 マッスルが動揺の色を見せる。


 ——言い方が直接的過ぎたか……。


 握手ではなくボディタッチ戦法に切り替えたのだが、


 ―—馴れ馴れしかったかもしれん……。


筋肉マッスルに興味があり、マッスル!?」


 動揺は一瞬で消え、むしろ目を輝かせていやがる。


 俺は男の体など興味もないし、むしろガチムチは嫌いな部類だ。


 だが仕方ない。もう恥も名誉もいらん。


「興味ありマッスルだ!!」


 ——俺に触らせろッ!


「存分に楽しめマッスル!!」

「あぁ、遠慮なくいかせてもらうぜ!」


 寝不足気味でテンションもおかしくなった俺はガチムチを堪能し始める。


「いい筋肉してるぜ! キレテル、キレテルよ!! ナイスバルク!!」


 とりあえず、胸から始まり大腿四頭筋に移り


「すっげぇな! どんだけプロテイン飲んでんの!?」


 腹筋を触り、太古のように叩く。


「何コレ、鉄板だよ、鉄板! ココでバーベキュー出来ちゃうよ!!」


 ゴツゴツした肩に連続パンチを入れて、


「カッテェ、カッテェ! これもう、あれだ!」


 恨みを晴らす様に殴り続けて。


「メロンパン入ってんじゃねぇのッ!?」





 三十秒後には――





「ホント……スゲェわ。太い……おっきぃ………なッ!!」




 力を込めて太い首を両手で掴んでいた。


 首をこのまま締めてやろうかと思う殺意。


 なぜなら、コイツも期待外れだったからだ。


「ありがとう、もうさよならマッスルだ………」


 俺はやる気が失せた声を出して別れを告げる。


「はっはっは、また興味があったら来るんだマッスル!」

「あぁー、湧いたらな」


 一生ないけどな。


 後残るは小泉がいる自然能力系ギルドか……。


 望みが薄くなっていく――



《つづく》

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