第18話 ピエロの放課後活動 ー前日譚ー
放課後を迎え、教室では生徒たちが出来上がっている集団を作り始める。強のところには鈴木さんが走って向かっていく。俺は例に漏れずボッチを貫く。
一人で帰るべく鞄を取り肩に乗せる。
「なぁ、櫻井」
「ん、どうした強?」
帰ろうとする俺に珍しく強が声を掛けてきた。
当たり前のことだが強の隣には鈴木さんがいる。
「ギルドってやつに来ないかって誘われたんだが……」
俺はその言葉に多少驚いたがすぐに理解は出来た。
「ギルドだと?」
マカダミアキャッツ内で『ギルド』とは、要は部活動。
異世界では冒険者組合というもので、
ソコでクエストの受注などをやるのが主流だが、
ここではそういったものではない。
異能な連中でも各種得意分野がある。剣術、槍術、格闘術、異能力、魔法、魔術、精霊術、などなど細かくカテゴリーを分ければキリはないのだ。さらにこれをキリ無くさせているのが各自の異世界方式である。同じ系統であっても違いが大きい。
この微妙な違いなどを研究し情報を共有する場であり、
それぞれが修練や研鑽を励むべく組織されたのが、
この世界のギルドとなっている。
「誰に誘われたんだ?」
「田中と小泉だけど」
「田中は槍術だな。小泉は自然系能力ギルド。どれもお前に適してないぞ」
「……そうなの?」
コイツ。予想通りだが何も知らず言葉だけ覚えた感じ。
強が行くとしたら格闘系ギルドだろう。
予備知識もなしにギルドに行っても無意味も無意味。
まぁ、田中と小泉もそれを分かってはいるけど強を連れまわしたいのかもしれない。アイツらはいい意味でお人よしだから。きっと強を周りのみんなに知ってもらおうと場を設けたということだろう。
しかし、今のコイツをすぐにぶち込むわけにもいかないし。
それに、今日は――
俺は少し考え込んで口を開いた。
「今日はやめたほうがいいかもな」
「そっか、別に気が向いたらと言われているからいいけど」
「行く時は一緒に行って説明してやるから、声を掛けてくれ」
「まぁ、言われなくてもそのつもりだ。お前に拒否権などない!」
相変わらずの傍若無人っぷりだ。だが、まぁ悪い気はしない。
こうやって俺のところに来たということは行くのがちょっと不安だったんだろう。だから俺に着いてきた欲しかった。ということか。まったく、親鳥についてくる雛鳥のようで最近コイツが微笑ましい。
俺の中で父性が着実に芽生えつつある。
俺は強と別れてひとり別の場所へ移動を開始した。
ギルドには所属をしていないが、
俺も鍛錬に励まなきゃいけない。
あの人と会えるってのもあまり機会が無いし、
学校のギルドより遥かに有益な時間の使い方だ。
新宿まで電車に乗り都庁を目指す。
電車に乗っている最中に強のギルドを考え込んでいた。
―—適正的には格闘系ギルドか。
―—格闘系ギルドで知り合いと言ったら、小生意気なアイツ。
―—出来れば会いたくないやつだ。
脳裏に赤い髪のクソガキが思い浮かぶ。
俺の敵――
アイツの得意分野は近接戦闘。
まぁ、俺から見れば稚児のお遊戯みたいなものだ。戦闘能力Cランクとはその程度のレベルである。全国の学生の中で言えば高いっちゃ高いが、マカダミアキャッツの中では平均よりちょい下である。それにトリッキーな特殊能力もないので伸びしろも少ない。
おまけに身長も胸も色気もなく女としての魅力がない。
「可哀そうな子……木下昴」
電車内にいた俺は自然と貧弱な敵への哀れみが口をついて出た。
脳内で圧倒的勝利を収めた俺が都庁前につくと銀髪の男が待ち構えていた。
俺は笑みを浮かべその人に話しかける。
「銀翔さーん、お待たせしました」
「僕も今来たところだよ」
「いま来た人はそんなに耳が真っ赤になりませんよ」
「えっ」
銀翔さんは慌てて耳を手で隠した。俺はそれに笑って返す。
外の肌寒さで耳が紅潮しているのを俺は見逃さなかった。
長時間外にいたからこそなる現象。
この人も俺に会えるのを楽しみにしていてくれたということがうれしく感じた。
それから俺は地下施設へと移動し、
トレーニングに励むのだが――
相手はトリプルSランク。俺はSランク。
いつも通りの展開が待っていた。
「ご、ごめん……やりすぎちゃったかな」
―—師匠としてはこれ以上ない人物だが強すぎる……この人。
「ゴホッ、カハッ――ダイジョブっす………」
俺は床に倒れ腹部への鈍痛に負けずに強がりを返していた。
俺の圧倒的なまでの敗北である。
「ちょっと休憩にしようか。一時間くらいたっているから」
「は……ハイ」
俺の横に座りペットボトルが差し出される。俺は疲労による汗と苦痛による汗で汗だくの体に急いで水を流し込む。休んでいるとトレーニングの悔しさが溢れ口からこぼれ出た。
「くそ~、どうにも途中で隙が出来るなー。五分辺りからキツイ」
「はじめ、五分も打ち合えれば充分だよ」
「全然っすよ」
「全然って、結構本気でやってるから学生に五分も持たせられると僕的にも心外なんだけど」
唇を尖らせている相手に対して俺も唇を尖らせる。何が本気だ。
「本気なら能力使ってくださいよ」
能力を隠したままで本気とか言われてもソレは違う。
「肉体戦闘のみで本気出してるって言われても、皮肉にしか聞こえないっすよ」
「能力って、」
銀翔さんは言葉を詰まらせながらも、
「全力で使ったら、はじめ――」
あっけらかんと続きを放つ。
「死んじゃうよ?」
「………………」
冗談など一ミリも含んでいないその言葉に俺も絶句。
この人の能力は人智を超えてるし、さらに言えば陰陽術というオマケまである。
Sランクの俺など瞬時に躯となりかねない。
倒せる気など一ミリもない。
但し、俺が奥の手を使わなければだけど!
「何をニヤニヤしているの……?」
ニヤつく俺に訝し気な視線が向けられていた。
「もしかして、また死にたいとか言い出さないでね。お願いされても能力は使わないよ」
「言いませんよ。それより時間ないんで休憩は終わり! 次お願いします、銀翔さん」
立ち上がり急かす俺を銀翔さんは見上げながら、
「うぅーん…………そうだ」
少し考え込んでからポケットから何か黒い球体を取り出した。
「そろそろいつものトレーニングじゃ飽きてきちゃったのかもしれないし、次の段階へレベルアップしようか。はじめは能力に頼りすぎてる感があるから、これも追加するよ」
俺は手渡された球体をマジマジと見つめる。黒くて丸い。大きさは手のひらに収まるサイズで真ん中に金属プレートが入っている。何か開きそうな気がする。
「なんっすか、これ?」
俺はひと通り確認し終え、銀翔さんに謎の物質について質問をする。
「これを追加って、この黒い球をどうやって使うんですか?」
「それは見てのお楽しみ♪」
その後――
案の定、俺はボコられボロ雑巾のように地べたをなめていた。白い床にうつ伏せに倒れる俺の周りにはいくつもの黒い球体が散乱していた。そこに先生からのアドバイスが送られる。
「はじめ、まだまだだね。もうちょっと視野を広く持たないと♪」
「……」
―—なんで、ちょっとうれしそうなんだ……この人。
「それはプレゼントするから好きに使っていいよ」
体中がダメージで軋み立ち上がることが出来ない俺は、
「ただ出力に気を付けてね。じゃあ、帰るから」
「お疲れ……さまっした……」
寝そべりながら言葉を返した。レベルアップとかそういうレベルじゃない。ただでさえ五分しか持たないトレーニングが変わって俺は一分毎にボコられて終わっていた。全身殴られっぱなし。
文字通り人間サンドバック状態だった。
俺は言われた通り黒い球体をかき集めて、軋む体を動かし家に戻る。
「イチチ………」
シャワーを浴びてる最中に体を確認すると、
情けないトレーニングの証拠で痣だらけだった。
夕食ように用意しておいたサンドイッチを片手にパソコン開き、
日課の仕事に戻る。強の記録を打ち込み終わり、仕事を続ける。
パソコンでの情報収集である。
「確かパスワードは、キャッツ&ナッツだったか」
俺はパスワードを打ち込み掲示板を開く。
画面上に縦にコメントがびっしり載っている学校サイト。
どこかのバカが十年前に学園交流掲示板を作ったのが生き残っているのである。
使用している人数は全校生徒とまではいかないし、パスワード事体も
「最近の書き込みは何かあるのかなっ……と」
大体二週間に100ぐらいの書き込みがある過疎掲示板。
なぜ二週間単位で数を把握しているかというと、俺の確認周期が二週間なのである。目を通していくと、強の記載が多く載っていた。まぁ最近の目玉ニュース扱い。学園対抗戦や土下座騒動とか諸々あって、学園の中で注目を引いている。
おかげで二週間で100程度だったのが、
今では十倍の1000近いコメントが行き交っている。
「へぇー、」
俺はコメントを見ながら珈琲を流し込む。
面白おかしくコメントが飛び交う。過去の悪事の話や最近の奇行など。
この前、強がトイレで手を洗ってる最中にクシャミをして、反動が付いて手洗い場をヘッドバットで破壊したなど、くだらないことがいっぱい書かれていた。どうせ美咲ちゃんが尻拭いをしたのだろう。
「本当に飽きないね、アイツは」
俺はその光景を想像しながら口角を緩める。
下にスクロールしていくごとに嘘か本当かわからない話のオンパレード。
噂話っていうのは一人歩きしやすい。
現に『デットエンド』の噂も俺がちょいと面白おかしく書いたら瞬く間に手足を付けて全国を駆け巡っていた。人は他人の噂話が好きすぎる。誰が不倫しだの、誰が誰と付き合ってるだの。本当にどうでもいいことに興味を持ちやすい。
「なんだ――」
俺の視線が止まり軽快にスクロールした、指が微かに止まってしまった。
「マジかよ……っ」
俺の笑みはそのひとつ書き込みによって消されることになった。
《つづく》
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