第17話 不器用な俺らの愛情表現
また、あのハーレム地獄に戻るのかと想いながら席に着くと、
なぜか一同が静まり返っていた。
まるで葬式会場に迷い込んだような気分で俺もどうしたものかと困惑する。沈黙が続く上に皆下を向いている。一体何が起きたのか。俺はお地蔵さんのように固まって状況を伺う。
「うぅう、ふんっ――」
鈴木さんが涙をハンカチで拭いだした。
——マジで……誰か死んだか?
俺は辺りの席を見渡して人数確認をする。強はいる。田中、小泉もいる。他ニキルマーシェもいるし、田中組全員もご存命だ。全員いるな。
いや、一人数えられないか。
―—なんだ……俺が死んだのか? 死因はストレス死だろうな。
俺が目線を動かすと次々と彼奴らが目を逸らしていく。
―—本体はトイレで絶命していて、幽体離脱しちゃった系?
その動作には何か見てはいけないものを見てしまったような気まずい感じをヒシヒシ感じる。あの強ですら何かやましいことを感じさせるような始末。
ただ、その中で一人俺を見てくれるやつがいた。
褐色の猫っぽい感じの元暗殺者だけは俺から目を逸らしていない。
——霊感が強いタイプなのか?
「櫻井、デス――」
黒猫が口を開こうとした瞬間から皆早かった。
「うッググッ――!」
飛び掛かるようにして口を塞ぎ、羽交い絞めにされている。
虎が数匹で子猫を襲うっているような映像だった。
猫はバタバタと抵抗をしていたが、数の暴力は最強である。
息苦しそうになり動きがパタリと止んだ。
——二人目の死人が出たか……。
まぁ、そう云う訳ではないことは既にわかった。
「お前ら、何があった?」
「キョ、今日は天気がいいでふね」
「いや、曇ってんぞ?」
「そうそう、曇ってて天気がいいんですわ!」
「無茶苦茶にもほどがあるぞ。田中とミカクロスフォード…………」
ばつが悪そうに話を誤魔化す空気が充満してやがる。
それにしてもこいつ等演技が下手すぎる。大根も大根だ。
疑いの視線を続ける俺に対して、
「アレを見ろ!」
突如、田中組の体育会系元気ハツラツ女子であるミキフォリオが、
席を勢いよく立ち上がって空を指さした。
「飛行機雲だ!!」
「いや、曇ってんのに見えるわけねぇだろう……」
もう、これに関しては誤魔化すとかそういうレベルではない。
勢いだけの代物。なにせ、指さす方向には雲がいっぱいに広がっている。空に一筋の線など皆無だ。何か俺に悟られてはいけないことがあるんだな。
俺は不穏な空気に状況を整理から始める。
ここからは簡単な推理だった。
①葬式みたいな空気
②泣きだした鈴木さん
③皆が俺から視線を逸らす
④強ですら空気をよんで気まずそう
⑤暗殺者の遮られた言葉
どうやら俺の葬式会場ではないらしい。
俺は確信をつくために発信源に目をやる。
ソイツは俺の視線に気づき下を向き縮こまっておとなしく縮こまっていた。
「キョウ」
「――!」
俺が声を掛けると肩をビクっと震わせた。これだけでもう当りを確信できた。
まったく、コイツは余計なことを。さぁ、裁判の始まりだ。
「お前、俺の話を皆にしたな。大方予想は付いてる」
「なんのことか……」
目が泳いでいやがる。
「とぼけても無駄だ。お前がした話の内容も予想がついてる。そこの床で死んでるクロミスコロナが『デス』と言いかけたってことは、俺のデスゲームの話と」
「ぐっ――!」
見事的中したみたいだ。
奴の言葉と体が矢が的確に刺さっている挙動を見せている。
「鈴木さんが泣いてるってことは、ヒロインの話までしたな」
「はぬっ!」
俺はまだまだ矢を放つ気満々だ。
「どうしてこうなると予想できん。普通に聞けば引くレベルの話だ。バカ、強」
「くわっ!」
三発の矢が刺さりアイツは瀕死の状態。だが手を緩める気などない。
なんでそんな話になったかまでは分からないが、強はおそらく悪気など一切なかったのがわかっていたからだ。感覚がズレている部分も叩き直してやらねば、今後のコイツが心配だ。
これを繰り返したとして傷つくのは俺じゃなく――
コイツだ。
「別に話をしてはいけないとは俺は思わない」
俺は強に諭すように指摘をしてやる。
「過去の話だ。変えようない事実だししょうがないことだ。ただ時と場所を選べ。みんなでワイワイ飯食ってる最中にする話じゃねぇ」
「ぐぬぬ……」
しょんぼりしているがまだまだ説教は終わっていない。
「それにな、俺の場合は特殊なんだ」
ココをコイツは勘違いしている。
「デスゲームだけの異世界なんてのは通例ではない。おまけにヒロインの件もだ。全部が普通じゃなくて異常なんだ。他のやつが大変でなかったとは思わないけど、俺とは違いすぎるんだ」
「………………っ」
―—なんだ……?
強は静かに黙り唇を噛みしめていた。
何かやり場のない怒りすら感じているように見えた。
他のみんなは憐れむような視線を送っている。
まぁ、俺が場違いなのは知ってる。
視線などは気にしない俺でも、
強の様子だけが多少気にはかかったが、話を続けることにした。
「そこらへんが分からない内はこれ以上は他のやつに他言はするな。今回みたいにみんなが暗い気持ちになっちまうから。二度とするなよ」
俺を真っすぐ見つめて、
「それはどんな状況でもか……櫻井?」
強が聞き返してきたのに、
「どんな状況でもだ」
俺はまっすぐに答えを返す。
「なんで、そんな話になったかまでは知らないしわからないけど」
これはコイツを想っての言葉だ。
「意味がないことだ」
「…………わかった」
「違うの、櫻井くん! 強ちゃんはね!」
強が悔しそうにしてる横で鈴木さんが席を立ちあがった。
「強ちゃんは――!」
「いい、玉藻!」
鈴木さんが強く何かを伝えかけて強が制止した。
「良くないよ! ちゃんと話せなきゃ想いは伝わらないよ!」
だが、その静止を振り払うように彼女は強に対してめずらしく強く出た。
ここまで来るとさすがの俺でも気になる。
さすがにここからは推理が効かない。俺の説教に悔しそうにしていた強と強い意志を魅せる鈴木さん。強の理解者である鈴木さんが代弁をするように強の意志を語りしたのに俺は耳を傾ける。
「強ちゃんはみんなに櫻井くんのことを知ってほしかったんだよ!」
「えっ?」
——俺の事をって…………?
「櫻井くんがいなくなった後に皆が櫻井君が何を嫌がっているのかって、話題になって……強ちゃんがみんなが楽しそうにしてるのがアイツはキツイのかもって」
―—ん? 何を言ってるんだ??
―—全然わからん。状況は合ってはいるが俺の悪口の話か?
「それで強ちゃんが櫻井君の境遇が関係あるんだって……強ちゃんは櫻井くんがどういう人なのかをみんなに知ってほしくて、自分の仲のいい友達がどんなひとなのかみんなに知ってほしくて、」
彼女が言葉に勢いをなくし詰まりだすが、
「櫻井君が良い人だって知ってほしくて、櫻井君のことをお話しして……」
逆にそれが生々しくて俺に胸を締め付ける感覚が襲った。
結果が失敗したのは明々白々。
それはコイツの不器用な言葉で語れば訳の分からない話になるし、インパクトの部分だけ搔い摘んで伝わってしまえばこうなる。だけど、それはコイツなりに頑張った結果だし、それに紛いなりにも俺を思いやっての行動だったってことか。
俺は自然と強に目を落とした。
「…………ワリィ」
―—失敗した自覚まであるのか。
俺はしょぼくれる類友の頭にそっと手を出し、
「似合わねぇことすっから失敗すんだよ!」
「なんだよ!」
抵抗しようがお構いなしに頭をクシャクシャにしてやる。
「伝わったよ。充分伝わった!」
そして、笑顔を浮かべて安心させてやる。
「強ちゃんは俺をすげぇ愛してるってことでOK?」
「別に愛してねぇし!」
「照れんなって」
「照れてねぇーし!」
「強ちゃんは櫻井くんがどういう人なのかをみんなに知ってほしくて、自分の仲のいい友達がどんなひとなのかみんなに知ってほしくて、櫻井君が良い人だって知ってほしくて、櫻井君のことを話しして♪」
俺は鈴木さんの真似をしてお茶らけて返す。すると強は赤面して何も言えなくなった。俺はその姿を微笑ましく思う。まさか、コイツが俺の為にここまでするなんてな。
——うれしいじゃねぇか、照れるじゃねぇか。
「うぅううう……よかったねー、強ちゃん!」
「抱きつくな、玉藻ぉおお!」
鈴木さんまで感極まって泣きながら強に飛びついた。
素直じゃない俺たちはふざけることしかできない人種だ。
素直になれない人種だ。
だから、めいいっぱい俺ららしくいよう。
「ヒロインがいない俺の前でそういうのが、うぜぇんだよ!」
俺はいつものように皮肉たっぷりに口を開ける。
「イチャつくなバカップル」
「なっ!」
耳まで赤くして照れる強と鈴木さん。
他のやつらは少し笑みを浮かべていた。
言葉は悪いが、
俺らの愛情表現なんていうのは――
コレでいいと俺は思う。
《つづく》
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