4.過去の代償 Where is the answer?
第16話 『隣の芝生は青い』という言葉には先がある
三学期も始まり二週間が過ぎようとしていた。
大所帯になった強たちと昼食を取るのが日課だ。
机を独占して長方形の形にして、色とりどりの弁当箱を並べていく。冬が到来し肌寒さが勢いを増す一方で、菓子パンを頬張る俺の視線も冷たさを増していく。
冷たいというか凍死寸前に近い状態だ。
眼球の色が無くなってるのではないかと、錯覚すらしてしまう程に。
「田中さん、あ~んしてください」
「田中、私のも!」
「たた、田中さん! 私のもどうぞ!」
「田中さーん、アタシのも!」
「こんなにいっぱい食べられないでふよ!?」
前では田中組は人目も
右横では――
「二キル、口にソース付いてるよ」
「うぐぐぅ、小泉シャンありがとうごじぇます」
「ゆっくり食べなね」
「ハイ♪」
小泉が猫耳の口についてるソースをハンカチでふき取ってやりーの、
「強ちゃん、おかずを交換してください!」
「いやだ」
「私もたまには美咲ちゃんの料理が食べたーいの!」
「うるせぇなー……しょうがねぇ。一個だけだぞ! 好きなのを取ってけ泥棒」
「やったー♪」
左横ではカップル未満の癖にカップル以上にイチャつく変人コンビ。
視力だけでなく味覚まで死にそうだ。
何を食っても食ってる気がしない。
モノを噛むのがこんなにも苦痛な作業だとは。
ゴムのようにすら感じる。これって、何。新種の拷問ですか?
大量のカップルにボッチをぶち込む新しいストレステストの一種か。
相変わらず俺の不幸を楽しんでるな、神よ。
神、もしひと目でも会えたなら俺と仲直りの握手をしよう。
仲直りするためにはお前に触れなければならない。
仲直りってのはイーブンになって初めて成立するんだ。
だから、触れて暴いてやる。
お前の恥ずかしい過去を余すことなく暴いて、
全世界に暴露してやるから覚悟しとけよ、ゴッド!!
「櫻井どうした? 目が死んでるぞ」
気が付くと、神への復讐に取りつかれた死にかけの俺に視線が集中していた。
「………………」
―—お前らのせいだ。
「櫻井君、どうしたの?」
「………………」
―—どうしたもこうしたもない。
「具合でも悪いんでふか?」
「……………」
―—非常に不快だ。
これ以上ほっておくと質問に心で返すのが一生続きそうだから、
俺は仕方なく口を開く。
「お前ら、本当幸せそうだな……」
全員がきょとんとしていた。俺の言葉が足りなかったか。
ここはハッキリ言わないと伝わらない。
二週間も耐えたんだ、もういいだろう。そろそろ口に出しても。
これ以上やられると本当に失明して味覚を失う。
もう、自分の二本指で眼球を壊しそうだ。
それぐらい俺は滅入っている。俺は穏やかに話し始めた。
「分かりづらかったみたいだな。隣の芝生は青いということわざを知っているだろうか? これは元は英語圏のことわざだ。人の嫉妬など現した言葉。自分の家にも同様の芝生があるのになぜか人んちの芝生はより青く見えてしまう。要は人と自分を比べてしまい、自分の存在価値を下げてしまうという心理を表したものだ。他人の物はなんでもよく見えるといったものだ」
最初の掴みがうまくいったみたいで、
「ただ、このことわざには続きがあるってのを知っているか?」
皆が俺の言葉に耳を傾けた。
狙い通りだった。俺は言葉をためて次につなげる。
「芝生を持たない家のヤツは――」
本当は続きなど存在しない。
「芝生を持った家に放火するかもしれない――そういう状態だ」
創作だ。俺の心を表したもの。
「気を付けろ、お前ら」
「櫻井、何が言いたいんだ?」
「強、お前は変わっちまったな。こんな腑抜けになるなんて俺はかなしい………」
「お前こそ最近変わったな」
「何が変わっているというんだ?」
何も変わっていなぞ、俺は?
「
「お前らのせいだぁああああああああ!!」
ついに精神的苦痛が肉体的に出始めた。もう僕チン限界。
こんな光景を二週間もだ。二週間も見せられ続けているんだ!
何が楽しくて人のイチャコラをオカズに飯を食わなきゃいけないんだ!!
正気の沙汰では無くなるわッ!!
白髪程度で済んでるのが奇跡。禿げるのも時間の問題。
俺は視覚と味覚だけでなく毛髪の色素まで失いおまけに言葉も失った。
何もしゃべる気すら起きない。俺は席を立ちあがる。
「どこ行くんだ、櫻井?」
「便所だ…………」
便所に向かう途中にふとボッチの特筆すべき行動を思い浮かべた。
『食事時』と『便所』というキーワードからの連想ゲームである。
「便所メシってのは、」
俺は答えを独り言のように呟いた。
「五感を守る為にあったのか。考えたやつは防衛本能に特化してやがる」
俺はまだ見ぬ強敵に想いを馳せながら、
「デスゲームで俺といい勝負をしそうだ」
用を済ませ手を洗い、憂鬱な気持ちのままクラスに戻る。
廊下には昼休みに応じて多くの学生たちが廊下で燥いでいた。
バスケットボールを持ってるやつもいるし、
壁によりかかって駄弁っている連中。
それに手を繋いでるカップルも――。
「あぁー、放火してやりてぇー」
放火と言っても火のないところに煙は立たない。
要は火があれば起こせるものだ。
俺はその火を手にいれることができる。特にハーレム野郎の処刑は大得意だ。学園祭の『不幸の館』で実践済みである。俺が触れれば火種は簡単に手に入る。
「ふっふっふ」
俺が放火魔のように薄気味悪い笑みを浮かべ、
自分の右手を見ながら、歩いていると――
「チッ――——」
奇妙な音。
それは聞く方にもとても不快で出す方も不快な気持ちを現す音。
「誰だ……?」
もう、教室まであと一歩のところで聞こえた。
「舌打ちなんかしやがって――」
この時、俺はこれが
事件の火種だとは想像だにしていなかった。
《つづく》
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