第15話 幼馴染が有利なんていうのは妄想だよ。

「涼宮、帰ってこないでふね。鈴木さん」

「そうだね。お手洗いにしては長いね」

「どうせ、道草食ってるに違いないですわ」


 クロさんがボソッと呟いた。


「草食うのは、牛」

「クロおもしろい! 草生えるー♪」

「ミィキィー!」

「ご、ごめんなさい!」


 目を見開いて迫力全開のミカさんがミキさんの胸倉を掴んでいた。


「……クロが言い出したのに、なんでアタシだけ」


 それにしても、強ちゃんはどこへ行ったんだろう。


 なんとなく見当は付いていた。


 ここに居ないもう一人のところに行ったのだろう。


 私は静かに頬を膨らます。


 嫉妬だ。わかってる。いつも一緒にいるのは私だったのに、


 異世界に行って帰ってきたらそのポジションが脅かされていた。


 それ故か、若干櫻井くんとの会話も私は少ない気がする。


「はぁー」


 口から頬を膨らませていた息がこぼれ出た。


「そういえば、鈴木さんは涼宮と付き合ってるの?」

「ハイ!? 付き合ってないよ……」


 ミキさんからの突然の質問に私の頬は紅潮する。


 突然の動揺で歯切れが悪い言葉を返してしまった。


 そんな私を他所に別に悪気もなくミキさんは笑いながら話を続ける。


「いやーあんだけ一緒にいるから、てっきり付き合ってるのかと思ってた」

「ミキさん、アナタって、人は本当にデリカシーがないですわね。鈴木さん、このバカの失言を代わりにお詫びいたしますわ。躾がなってなくて本当ごめんなさい」


 強ちゃんが私をどう思ってるのかなんてわからない。一緒に居れば付き合えるのだったら間違いなく私が付き合ってる。だって、小っちゃい時から一緒にいるのだから、美咲ちゃん以外の女の子に負けるわけがない。


 まぁー強ちゃんに他の女の影とか、


 考えたくないのだけど……


 最近、木下さんが『好き』とか言ってたりしたり……


「むぅうー」

「鈴木の顔が険しい。怒ってる。ミキのせい」

「ごめん、ごめん、本当ごめん、鈴木さん!」


 私は苦笑いで返す。


「アハハ……大丈夫だよ。ちょっと考えごとしてて」


 そこでチャイムが鳴って食事の時間が終わってしまった。


 強ちゃん達は午後の授業が開始してから五分ぐらい遅れて到着し、


 山田先生にお説教をされていながらも、


 二人で見つめあってニヤニヤ笑っていた。


 その雰囲気が堪らなく羨ましい。男の子の世界って感じ。二人にしか分からない空気感で悪いことをしてても、それすらもいい思い出に変えてしまうような、今を楽しんでる感じ。


 私とだったら、ああはならない。


 授業が全然頭に入ってこない。


 やり切れない気持ちが出て自然と机の下で足がジタバタしてしまう。


 公園にあるブランコのように右と左が交互に行き来する。


 ―—付き合いたい。


 ―—強ちゃんと付き合いたい。


 ―—強ちゃんの彼女になりたい。


 ―—強ちゃんを独り占めしたい。


『いやーあんだけ一緒にいるから、てっきり付き合ってるのかと思ってた』


 やり切れない想いに私の机の下の足は一層激しさを増していく。


 幼馴染が有利なんていうのは妄想だよ。


 小っちゃい頃から一緒にいるからこそタイミングを見失うんだよ。


 いつでもと思って、


 次があると思って、


 ここじゃないって思って、


 今じゃないって思って、


 抑えきれない気持ちだけが募って募って募って募って、


 そのつもりに積もった重さに押しつぶされるだけだよ。


 結局現状で満足したふりを繰り返して無駄に時を消費していくんだよー。


 何度か想いを伝えようと心みたことがあるけど、


 現状維持なのでとどのつまり実行すら出来ていないよー!!


「どうしよう……万策尽きたよ……」


 考えても考えて行きつく先はネガティブ思考という行き止まり。


 足も止まり机に頭を乗せる。ノートの上に傘を描いて、


 おまじないのように自分と強ちゃんの名前を書く。


 小っちゃい頃から何百回も書いてるのでペンの動きに迷いもない。


 何千回かもしれない。その上に涙のような雨粒を書き足していく。


 ―—土砂降りだ。泣きたくなってきたあぁ。


 ペンが止まらない。瞳がウルウルしてくる。


 ——ダメだ、泣いちゃだめだ。授業中に泣いちゃだめだよー。


 自分の不甲斐なさに魅力の無さに打ちのめされる。


 机から起き上がり目を閉じて気持ちを切り替える為に、


 あの時の言葉を思い出す。大晦日に貰った魔法の言葉を。


『玉藻と一緒にいたいと思う……それじゃあダメか……?』


 脳内で再生される強ちゃんのボイスに癒される。


 ——あぁー最高。至福の瞬間だよ……。


 口角が自然と緩む。これだけでごはん三杯はいけるよ。


 するとチャイムが鳴った。私は目を開ける。


 ——あー、やってしまった。


 妄想で午後の授業ほとんど聞いてない。


 予習してたから大体わかるけど家帰ったら復習しなきゃ。


 それよりも先に一歩踏み出したい。


 ――今日こそは、


 ―—今日こそは!


 ―—今日から始めなきゃ!!


 私は意志を固めて鞄を手に取り、いつものように向かった。


「強ちゃん、帰ろう!」

「あー、帰るか」


 彼は欠伸をしながら鞄に手を掛ける。


 その仕草も何度も見たことがあるが目を奪われる。


 何度見ても飽きない。彼が動くたびに視線がとられる。


 目の前にすると思考が奪われる。


 だけど、決めた想いを実行に移さなきゃ。


 指が微かに怯えて震える。


 私は震えを気にせずに両手をいっぱいに広げて目を瞑る。


 ―—頑張れー、私!


「きょ、キョちゃん!」

「何してんだよ……玉藻?」


 噛んじゃった! 


 呆れている様な声が返ってくるが、震えながら手を広げて待つ。


 動揺しすぎて何をしているのかわからなく混乱してくる。


 ―—言葉を出さなきゃ。きっと強ちゃんも何やってるか分からない。


 思考があっちこっちに散らばって収集がつかない。


 ―—私は何したいんだっけ、何をするんだっけ?


 テンパった私の言葉は自分でも予想外だった。


「強ちゃん、今日はいっぱい頑張ったからハグしよ!」


 ―—何を言ってるの、私はぁああ! 



「ハグ……?」


「強くギュっとしていいから!」


 ―—もう、自分で自分がわかんないよー。


「ん、じゃあお言葉に甘えて――」


 ―—えっ?


 私は目を瞑りながらもその答えに驚いた。



◆ ◆ ◆ ◆



 相変わらず訳が分からない、この女。


 突拍子もなくて理解不能だ。女心とかマジで意味不明だ。


 俺の前で力いっぱい手を広げて目をこれでもかというくらい瞑っている。

 

 ―—何をしたいんだ、コイツ。


 若干震えてるのはオッシコでも行きたいのだろうか。


 ——それよりハグって、何だよ。今日いっぱい頑張った俺へ労をねぎらいたいということだろうか。確かに今日は慣れないことをいっぱい頑張った。コイツのせいでいっぱい頑張らせられたからな。


 俺は静かに一歩を踏み出し距離を詰める。


 近づかなきゃできないから。


 俺はお望み通り強くギュっとする。


「キョ――!?」


 閉じていた目を開けてスゴイ驚いた顔をして俺を見てくる。


 これでもかというくらいこねくり回すようギュっと。


「いっぱい、お前にはお世話になったからな………」

「きょ、きょ、きょひゃん!」


 ふざけた顔がさらにふざけている。本当にお世話になった。


 というか、お世話したともいうが。


 コイツの朝からの行動により土下座して、マニュアルなんぞという物を作られホルスタインにいじられた。その労いを受けてもらおう。


「いひゃい、いひゃいよー、きょひゃん!」

「当たり前だ、つねってるんだから」


 柔らかく餅みたいに伸びるほっぺたを軽くつねって、


「やめひゃー、ひょっぺがのびひゃうー!」

「良く伸びるなー」


 ぐるぐる回すと片言の言葉を返してくる。


 それが面白くてついつい頬が緩んでしまう。ふざけた女。


 コイツのせいで俺の生活はメチャクチャにせわしくなる。


 振り回されっぱなしなんだから少しは振り回してやる。


「きょひゃん、ぎゅぶあっぴぃー!」


 俺が頬から手を離すと赤くなった頬を両手でさすりだした。


 そして、いつも通り気の抜けた声を返してくる。


「ひどいよー、強ちゃん!」


 俺は騒ぐ玉藻の頭をこつんと叩き、


「ひどいのはお前だ、帰るぞ」

「待ってよー」


 美咲ちゃんの教室に足を向けて歩き出す。



◆ ◆ ◆ ◆



 ミキは教室でやるせない感じでボソッと呟いた。


「あれで付き合ってないとか、詐欺だろう……」 

「騙される方が悪い」


 クロがそれに厳しく返す。




◆ ◆ ◆ ◆






「お兄ちゃん、晩御飯できたよ……あれ?」


 晩御飯を作り終えたのに、


 兄はソファーで寝息をたてて眠っていた。せっかくご飯作ったのに。


「まったく、しょうがないな」


 私は寝ている兄に毛布をかけてあげる。


 そして、寝顔を眺める。


 兄のあどけない寝顔は気持ちよさそうで、


 怒気もなくなってしまった。それに――


「今日はいっぱい頑張ったから眠くもなるか」


 いつもと違うことがたくさんあったみたいだ。


 帰り道でおねいちゃんからクラスで友達に囲まれていたという話も聞いた。


 社会不適合者だった兄が少し前に踏み出したのかもしれない。


 私は小声で寝ている兄を起こさないように


「頑張れ……お兄ちゃん」


 応援の言葉をかけてあげる。


 少しでも兄が成長するようにと願って。



《つづく》

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