第14話 少しづつ世界は変わっていく
俺は自席に座ったまま白い紙を手に
「なかなか纏まってるな。意外とレポートに使えるかも」
そこにはビッシリ強のことだけが書かれている。
「ところどころ個人的な感想も多々あるが……」
俺、意外にもアイツをここまで見ていたヤツがいたのに驚きだ。
昔は誰もが本当のアイツを見ようとしなかった。
目を合わせようとすらしなかった。
そこに確かに存在している圧倒的な存在を。
虚像を作り上げて怖がったのだろう。理解できない存在を。
休み時間ごとに強の席に田中と小泉が近づいていく。
クラスの他のやつらもソワソワしながらそれを見守っている。明らかにクラスの雰囲気が変わっていた。誰もが『変わった』と思っているのだろうけど、このレポートの作者と俺だけは多分違う見解を出すだろう。
変わったんじゃなくて、出したんだ。
素を――ひどく歪な自分を。
閉じこもって『拒絶』という恐怖から守る為に、長い年月をかけて誰も近寄らせない殻を作り上げてきた。この間そんなアイツの殻にほころびが生じた。
学園対抗戦で小泉と田中がアイツの殻を外からたたき割った。
微かな隙間を開けた。
そこから光が差し込んで、アイツは外に目を向けた。
そして願った。強く願った。
だから、アイツは長年かけて作り上げた殻から、
ようやく外に出ることが出来た。
「さぁ、お昼ご飯でふ」「なんで……俺の席に来る?」「ここが一番、誰も居なくて広いからよ」「遠回しにディスってるな、俺を。ホルスタイン?」「やめてよ、涼宮! それ聞くと笑っちゃうから!」「ミキさん………後でお話があります」「ミカ、コワイって!!」
午前の授業が終わり、強の席に自然と机が集まりだした。
田中と田中組、そして小泉と相方に鈴木さん。
大所帯になりつつある。
40人しかいないクラスで9人も集まれば一大グループだ。9人もアイツを理解してくれる奴がいればそれはスゴイ事だ。
「マニュアルによると涼宮の好物は焼きそばと妹の手料理ってなってるわね」
「妹の手料理が好きじゃない兄など、この世に存在せん」
「そうだよ、ミカちゃん。美咲ちゃんの手料理は本当に美味しいんだから♪」
「確かにいい匂いがするわね……ごくッ」
「オマエにはやらんぞ。ホルスタイン」
「なっ! また」
「ミカ、諦めな。仲良くならないとアダ名でしか呼ばないってマニュアルに書いてある。だからミカは一生
「クロさん!」
「田中、
「飼育って、このッ!」
「涼宮とミカたんは仲良しでふね」
「田中、お前はどこに目をつけてんだッ!」
「そうですよ、田中さん!」
「息ピッタリでふよ」
騒がしい話し声が聞こえる。静かに席を立ちあがり買い物袋に手を伸ばす。
自然と足は屋上へと向かっていく。俺は歩きながら笑みを零した。
理由は少しづつだが世界が変わっているからだ。
アイツを取り巻く環境が変わり始めた。
俺の願いは――『世界を変えること』
強という世界の悪を背負って、
生まれた『特異点』。
一部の重鎮しか知らないことだが、世界が終わったのも全てアイツのせいだとされている。ただ生まれてきただけなのに。自分で選んだわけでもなく、世界から勝手に役割を押し付けられて傷ついて忌み嫌われた。
俺も例外なくアイツの存在を知った時は、
恨んでいた。
殺そうと思っていた——
全部アイツのせいだと思ったから。思い込んでいたから。
だけど、一番近くにいたからこそ分かった。
アイツはそんな悪い奴じゃない。
だから、俺はそんなアイツを救いたかった。
だから、『世界を変えたかった』
少しづつ変わり始めた『世界』と
『アイツ』を見守ることが俺の仕事。
雛鳥が巣立つときに親鳥が抱く感情に近いものがあるのかもしれない。微笑ましいっていうのか、寂しいっていうのか。長い時間をかけて目と手間をかけてきた存在が大きく成長するっていうのは、感慨深い。
「悪くない天気だ……」
感傷に浸りながら屋上につき地べたに座って菓子パンの袋を開ける。
空が青くて、風が冷たくて目が覚めるような感覚が気持ちがいい。
「やっとか……ちょっとずつ変わり始めた」
アンパンをひと
まだまだやることも多い。
『特異点』というのはゲートを繋ぐ対象である。
―—なぜ、人類が異世界に行けたか?
―—なぜ、魔物が異世界から来られたか?
それらを繋いでいるのが『特異点』。
世界と異世界を繋いでしまう存在。
強を中心に世界が混乱しているということらしい。どうしてそうなっているのか未だに解明されていない。しかし、アイツのストレスに比例してそれは強くなる。それだけは立証されている。
普通の人間では気づくこともないだろう。
一人の人間によって世界が左右されているなど。
何十億という中からアイツ一人を見ていなきゃ気づきもしない。
『――たった少しのことで世界は大騒ぎになり、
――たった少しのことで世界は大きく変わる―― 』
誰かが言った言葉。アイツの世界は少しのことで大きく変わり始めた。
それによる人間のストレスなど未知だ。
懸念は埃を叩けば叩くほどたくさんでる。
「これからどういう影響があるか……見定めなきゃな」
「なに、一人でブツブツ言ってんだよ………」
俺が一人で考え込んでいると顔を覗き込むようにして声を掛けてきた。
「————強!?」
「何、ビックリしてんだよ?」
「突然いるとビックリするだろう……というか、」
さっきまで教室にいたはずだろう。
「オマエ、田中たちと飯食ってただろう?」
「アイツら、人の座席でうるせぇんだよ。寝むてぇーのに全然寝かしてくれねぇし」
強は不貞腐れているような素振りで俺の隣に座り、
「それに、なんだよ――」
頬を掻きながら言葉を繋げた。
「お前こそ、なんで俺のところに来ないんだよ……今日は一回も来てねぇぞ……」
「へっ……?」
コイツ、もしかして――
「ぷっはっはっは――」
考え付くと思わず笑ってしまった。
「なに笑ってんだよ?」
俺は笑い終え、意地悪に聞いてみる。
「強。なに
「拗ねてねぇよ! お前の方こそ何ボッチ気取ってんだよ!」
俺が席に行かなかったのが寂しくて、みんなで飯を食っている最中にわざわざ抜け出して屋上まで俺を探しに来ている。そして不貞腐れている。それを拗ねてないと言うのかは俺にはわからない。
それにボッチを気取るも、何も――
「アレ、忘れてぇね? 俺達は元はボッチ同盟だぞ。それを先に裏切りをはかったのは、お前だ、強。いきなり巨乳の可愛い幼馴染を連れてきて、家事全てをこなす可愛い妹までいて、さらに教室でリア充グループまで結成しだした。俺の手には負えねぇよ」
「ぐぬっ……」
俺の言葉に黙ってしまう。
あれ、イジメすぎたかな?
だが、そこでひるまず屁理屈を並べるのがコイツである。
「別に俺が自らそうしたわけではない。俺の時代が来ただけだ。だから時代が悪い。それにそうなってるのもお前が不幸なせいだ。きっとそうだ。お前の不幸が強すぎるせいで俺が恵まれてきたんだ。だから全部お前のせいだ、櫻井。自業自得だ」
「また随分強引だな…………」
俺は相変わらずの強にニヒルに笑って返す。
「強引だろうがなんだろうが、どちらにせよ、アソコにいるよりお前といた方が居心地がいいんだ、俺は」
何、こっぱずかしいをサラっと言ってやがる!
「えっ――!?」
俺まで恥ずかしいじゃねぇか!
ただ風が吹いてる中、俺を見ずに空を眺めている強の横顔が印象深かった。
少し大人びて見えた。元が精神年齢低いというのもあるが、
それが成長を大きく感じさせる。
強が横に寝そべり、俺も同時に体を倒した。
「あぁー世界が早く滅びねぇかなー」
そして、俺が先に口を開いた。
「共感するよ、櫻井」
「俺より不幸なやつが現れねぇかなー」
「それは無理だ、櫻井」
いつも通りの俺達。二人の時から変わらない俺達。
「あぁー、午後の授業だりぃなー」
「そうだな、櫻井」
雲が空を流れていく。
多分、それと似たようなもので、
世界も少しづつあの雲のように形を変え位置を替え、変わっていく。
それは人も同じなんだと思う。少しづつ世界は変わるんだ。
ゆっくり、だけど変わっていく。
「なぁ、強ちゃん?」
「なんだよ、櫻井?」
けど――
「教室に戻るか?」
「もう少しこのままでいいだろう」
このままで――か。
「寝むてぇー」
「そっか…………じゃあ、寝るか」
変わらないものもあると思う、俺は。
◆ ◆ ◆ ◆
なぁ、強――
あの時の俺達に嘘なんて何もなかったよな。
あの時、俺達が居た場所に、
俺達が過ごした日々に、
嘘なんてなかったよな。
なんでこんなことに、なっちまったんだろうな――
《つづく》
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます