3.変わっていく世界で変わらないものもある

第13話 猛獣にはマニュアルが必要です

 俺はホームルームを終えて自席にようやくたどり着く。


 いつもの感じで鞄を机の横にかけ、


「あぁ…………」


 椅子を大きく引き腰を掛け机に突っ伏す。


「疲れた…………」


 なんか朝から色々ありすぎて疲れた。さぁ、寝ようかな。


「涼宮、あけましておめでとうでふ」

「涼宮、今年もよろしくね」

「田中、小泉。まぁ俺の方もよろしくしくだ」


 二人の笑顔の新年の挨拶にぶっきらぼうに返す。


 そこに甲高い声が響く。


「涼宮、朝からホントおもしろいわね」


 金髪縦ロール高飛車野郎が取り巻きを連れて現れた。田中ハーレム軍団である。後ろに大人しそうな三つ編みの黒髪と如何にも体育会系な女子。さらになんか俺を女にしたような感じのやつが1人。


「ホルスタイン、何か用か?」

「な、ホル!? なんですって!!」

「ちょっと、ミカさんー! 落ち着いてー!!」


 暴れそうになる牛乳を三つ編みが抱きついて止めた。


「的確な、あだ名」


 その横で疑似俺がボソッと呟いた。


「ちょっと、クロ! アナタなんて言ったの!?」

「うけんですけどー、アハハ」

「ミキ、アナタはおだまりなさい!」

「こわっー!」


 おだまりなさいとか生で初めて聞いたわ。


 それにしても騒がしい……早起きしたせいもあるし、


 朝から色々あって疲れて寝てたいのに。


「タナカ、見てみて」「どうしたんでふ、クロたん?」「新しい下着買った」「何をやっているの、クロさん!」「人前でソレはダメだよ、クロちゃん!!」「なんで?」


 俺の座席を取り囲んでワイワイしてやがる。


 早くどっか行ってくれないかな。邪魔なんだけど。


「騒がしい……やつら」

「涼宮シャン、あけましておめでとうございます」

「お前は……たしか、小泉の――」


 学園対抗戦の時にいた猫小娘か。小泉の奴隷だったな。




「………猫耳性奴隷ねこみみせいどれい




 顔を真っ赤にして驚く猫耳娘と慌てる小泉。


「えっ!」

「涼宮、なんてこというんだ!?」

「えっ?」


 そして俺も驚いている。またなんか失言したか。っていうか、ねみぃー。


 寝かせてくれ!


 次から次へと来客が俺の席に押し寄せてきやがる。


「お前ら、俺は早起きして眠いんだ、」


 俺と机君とのランデブーを邪魔しやがって。いい加減イライラしてくる。


「ちょっと、どっかに――」

「強ちゃん、人気者だね♪」

「また……うるさいやつが増加した……」

「エへへ、そんなに褒められると照れちゃうよ」

「玉藻、褒めてない」

「またまた♪」


 何が「またまた」だ。コイツ。


 お前のせいで俺は疲れている部分があるというのに。


 朝から突拍子もないことをしやがってからに。


 幼馴染で女じゃなきゃぶん殴っているところだ。


 櫻井だったら間違いなく迷わずに死地に送っている。


 俺がイライラを募らせている中、


 俺の席を取り囲んでいたやつらがおもむろに白い紙の束を取り出した。


「マニュアルの目次で見ると、これか」

「これね」

「あったでふ」


 小泉と金髪が白い紙を見て、何か捲っていく。それを田中が覗き込むようにしてうなづいた。俺は机に突っ伏したまま訝し気にその様子を伺う。


 ―—なんだ、あの紙?


 マニュアルとか言っていたな。


「たまに汚い言葉を吐きますが、愛情表現の裏返しです」


 周りの取り巻きにもわかるように金髪が紙を読み上げていく。


「本当はうれしがっています。かまってあげてくれないと、不貞腐れて枯れちゃいますので根気よく話しかけてあげてください」

「確かにそうでふね」

「マニュアルも読み込んでおかなきゃな」

「そうそう、うんうん」


 小泉と田中が何か納得している横で玉藻が頷いている。


 それにしても、聞いてると植物の育て方みたいだな。


 何か観葉植物でもクラスで育てるのか?


 まぁ俺は世話する気がないけど。


「素直じゃないですが、とても根はやさしい子です、妹想いで家族想いです」


 横で白い紙がペラペラ捲られていく。


「いつも寝不足気味に見えますが、人間不信なので寝たふりをして人と距離を開けているだけです」


 どっかのペットみたいだな……


「怖がると怖がりますので――」


 植物じゃないのか?


「ナデナデしてあげてください。怖いかもしれませんが、ぷっ」


 何を笑っている?


「安心してください。簡単には噛みついてきません、アハハ!」

「ホルスタイン……何を笑っている?」


 金髪が笑いだすと周りのやつらも笑っていやがる。


「ごめんね、ナデナデしてあげるから、くっ――ぷっはは!」


 なんだ、俺を馬鹿にして笑ってやがる。


 しかもナデナデってなんだよ…さっき――!?


 俺は慌てて席から立ち上がり紙を小泉から取り上げた。


「なんだ、これは――」


 一枚目の表紙から衝撃の内容だった。


 『強ちゃんマニュアル』だと!? しかも㊙ってなんだよ!!


 誰がこんなものを!!


 俺は作成者らしきやつに目を向ける。


「根はイイ子なのです」


 ソイツは無邪気な笑顔でのほほんとしている。


「玉藻、お前!! なんだコレは!?」

「何って、強ちゃんマニュアルだよ。すごいでしょ。冬休みの間を使ってクラス皆の分を作ったんだよ。テへへ」


 テヘヘじゃねぇッ!! 五十ページくらいある紙の束をクラス中に配布したのか!? テロじゃねぇか、このバカ!! どんだけ余計なことに労力を使ってやがるッ!!


「何の為にだ!?」

「だって、今日死ぬかもしれなかったから……」


 とぼけて罪悪感など何も感じさせない幼馴染。


「強ちゃんが一人残されてもいいように、遺言的な感じかな……」

「遺言が分厚すぎるわ!!」


 ダメだ……いつもそうだ。


 コイツによって俺の生活はメチャクチャにされる。


 俺は急いで目次の項目に目をやる。


 ①強ちゃんの幼少期

 ②強ちゃんの性格

 ③強ちゃんの生態

 ④強ちゃんの好きなもの

 ⑤強ちゃんの嫌いなもの

 ⑥強ちゃんとの接し方

 ⑦強ちゃんの癖

 ⑧強ちゃんの愛し方

 ⑨強ちゃんと友達になろう!

  ・

  ・

  ・


「なんなんじゃ、これはぁあああああああ!」

「そんなに感激しなくてもいいんだよ、強ちゃん!」

「してねぇし、迷惑だし!!」

「迷惑なの……っ」


 くそ、涙目で捨てられた子犬のような目を上目づかいで!


 あざとい!! いつも通りにあざとすぎる!!


「しばらくはこれを参考に接していくからね、よろしくね

「うるせぇ、乳牛野郎!」


 コイツ、調子乗ってやがるッ!


「まぁー、お口が悪い。でも、愛情表現の裏返しなのよね♪」

「ぐぬっ――!」


 アホなマニュアル片手に勝ち誇る金髪と何も言えぬ俺。


 こうして怒涛の三学期が始まり告げた。



《つづく》

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