第12話 今までの悪事が全部なくなるわけじゃないが、それは今後のお前次第だ

 やたら扉と教室の中の境界線が遠く感じる。


 鼓動が早い。呼吸が乱れる。


 あれ――


 いつも教室にどうやって入ってったっけ?


 どっち足から入ってた?


 手はどんな感じで鞄はどうやって持ってた。


 肩から下げてた、手に持ってた。どっちだ?


 どんな顔して入ってた。


 欠伸しながら入ってたんだっけか――。

 

「強ちゃん、大丈夫?」

 

 ワイシャツのボタンって第二ボタン開けてたっけ――


 革靴って履いたままだっけ――


 わかんねぇ……わかんねぇ。わかんねぇ。


 いつもどおりがわかんねぇ!!


「扉の前で立ち止まってんじゃねぇ!」


 俺はケツに衝撃を受けて転げて教室に押し込まれた。


「いって――!?」


 俺は衝撃を与えた人間を睨みつける。


 ソイツは出席簿を片手に足を上げていた。


「オロチ、イテェじぇねえか!」

「蹴ったんだから当たり前だ。それより朝から問題ばかり起こしやがって、おかげで職員会議が長引いたじゃねぇか!」

「関係ねェだろう!」

「あるわッ!」

 

 俺の登場で教室内がやたらザワついている。


 ―—なんか、視線がこえぇ……。


 いままで見えてなかったクラスメートの顔がハッキリ見える。今まで認識すらしてなかったやつらの顔がハッキリ見えて、視線が集まってるのが分かる。


 俺は胸の辺りのワイシャツを強く掴み込んだ。


 ——鞄は?


 急ぎ鞄を取り自席に付こうとした。


 早くこの不快感から抜け出したいが為に。


「待て、涼宮。お前は前に立ってろ」

「な、なんでだよ!?」

「お前らホームルーム始めるぞ」


 足早に逃げようとしたところをオロチに阻止された。


 俺は黒板の前に立ち、じっと身構えた。視線が集中している。


 呼吸が荒くなっていくのがわかる。段々自分の感情がわかってきた。


 多分これは怖いんだ。人の視線が怖い。

 

 アイツらが何を考えてるかがわからないから怖い。俺はきっと変わったんだ。一歩踏み出してしまったからこそ、訳が分からなくなっている。自分が今まで見向きもしなかった場所に出たことで自分がわからなくなってる。


「何をそんなに緊張している、涼宮?」


 オロチが俺の顔に流れる汗に気づいたらしく、


 声を掛けてきた。俺は強がってソレに返す。


「別に朝のことは俺が悪いんだから、謝って当然だろうッ!!」


 オロチがひどくビックリした顔をしている。


 ——何を言っちゃってるんだ俺は!? 自分でも支離滅裂過ぎて何を言ってるのかわからん! 何をしたいんだ俺は。一体どこに向かってんだ!! 落ち着け! 混乱がピークを越してしまう。もう脳がパンクしそうだ!?


「はぁー、涼宮慣れないことをして落ち着かないのはわかるが……」


 オロチが呆れている様子を露わにした。


「別にこれは朝の件とは関係ない」

「えっ?」

「田中、小泉、前に出ろ」


 なぜ、田中と小泉が……?


 名前を呼ばれると二人が前に立ち俺の両脇に来た。


「それじゃあ、3人とも学園対抗戦お疲れ様だ。お前らのおかげで昨年のイメージも払拭できおまけに優勝という成績を残せた。これもひとえにお前らの努力だ。みんなコイツらの健闘をたたえて拍手を送ってやれ」

「へっ――?」


 驚く俺を他所にクラスメートからたくさんの拍手が送られ始めた。小さな音が段々重なって大きくなっていく。拍手と合わせてクラスメートから玉藻が立ち上がり、それに続いてみんなが立ち上がっていく。


「涼宮、やったでふね」

「まったく、本当に朝から騒がしいね。涼宮といると退屈しないよ」


 呆けている俺の肩に二人の手が乗った。


「何を言って……」

「おめでとうー」


 聞きなれない言葉に俺はクラスメートの方に目を向ける。


 顔がハッキリ見える。


 いままで見たことがない奴らの――笑顔が見える。


「優勝おめでとう」「よく頑張った」「良い戦いだったよー」


 ―—なんだよ……これ。こんなこと言われる筋合いないだろう。


 ——俺はいつだって自分勝手で


 ——最近やっと素直になるってことを知って、今朝に謝って――


「強ちゃん、テンパりすぎー!」 


 野次を飛ばしながらニヤニヤしている。


「——櫻井?」

「らしくないぞ、強」


 俺の状況をいち早く察したのが櫻井だった。


 俺がテンパってるようわかったな。


 ——慣れないことばかりで戸惑っていた俺の心情をよくぞ、お前は。


 俺の口角は少し緩んでいく。それと訳の分からない緊張感も薄れていく。


 ——らしくないか。


 俺は前列の机に片足を勢いよく乗せた。


「優勝なんて当たり前だ!」


 その席のやつはビックリしていたがそんなのお構いなしだ!


「俺がマカダミアのデットエンドだからなッ!」


 みんなが呆けて俺を見ている。


 ——そうだ、こんな感じだ。


 けど、俺はスゴイスッキリした。


 もう呼吸も辛くない。なんとなく朝からの違和感が分かったから。


『学校へ行きたくない気もする』


 違った。学校へは行きたかったんだ、俺は。

 

 田中と小泉に会いたかった。おまけで櫻井にも。


 だから、ソワソワして早起きなんかして学校への支度をしていた。


 けど、怖かったんだ――。


 あの日一日で変わってしまったことをすんなり受け入れることが。


 新しい『友達』なんてものが怖かった。


 環境が変わるのが怖かった。


 学園対抗戦なんて、


 夢なんじゃないかって思ってたのかもしれない。


 だけど、いま確かに実感できた。あの日起きたことは全部嘘じゃない。


 全部が事実で、全部が本当で、


 ―—全部が俺だった。


 ―—俺は俺のままで受け入れてもらえるって知ったんだから!


「調子に乗るなッ!」

「いって!?」


 俺は出席簿で叩かれた。


 オロチはあきれた様子でいつものように俺を見ていた。


 いつも通りだったが、ちょっとだけ違った。


「まぁ、今までの悪事が全部なくなるわけじゃないが、」


 オロチはため息交じりに少し笑みを浮かべて言った。


「それは今後のお前次第だ。数ミリだけど期待してやる」


 俺は笑顔で答えを返す。


「上等だッ!」



《つづく》

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る