第8話 俺がお探しの強しゃんです。何か文句ありますか?

 妹が指さす先に牛の魔物が一匹立っていた。


 俺は辺りを見渡す。


 コンクリート塀にもたれ掛かっているサラリーマンが1人。


 遠くで倒れている槍を持った男と作業服の弓持ったやつが2人。


 どうやら魔物との戦闘中だったみたいだ。


「お兄ちゃん、どうやって責任取るの?」


 妹から当然の質問である。


「どうやって、って……」


 マジで俺が早起きしたせいなのか。


 ここまで不運が続くと自分でも怖い。


 本当に世界が滅びちゃったりするのかしら。


「パパァアー!」

「来るな、リカッ!!」


 一人の幼い少女が静止も聞かずサラリーマンに駆け寄っていた。


 牛の視線が一瞬そのサラリーマンの方に移る。


 二人に向かって斧を振り下ろす気みたいだ。


 ―—これも俺の責任か……。


 仕方なく俺は二人とミノタウロスの間に割って入る。


「貴様は強者――か?」


 牛野郎の動きがそれを見て止まった。


「きょうしゃ?」


 ミノタウロスが俺を品定めするようにしてジロジロ見てきやがる。


 品定めが終わったとばかりに牛が威勢のいいことを言いだした。


「雑魚か……斬り捨てられたくなければそこをどけッ! これは決闘の最中だ!!」

「決闘は日本国では法律で禁止されている」

「邪魔立てをするというのか!」

「邪魔はしないでござるが、」


 相手が武士語で来ているので、


「責任を取らねばならぬのでござるよ」


 ござる語でおちゃらけて俺は返す。


「不届き者よ――」


 ミノタウロスは斧を天高く構え、


「ソコをどくか死ぬか、どちらか選べ!」


 上段の構えをとった。


 オイオイ、朝からやる気満々だな。


 ご苦労なこった。


 温度差が激しい俺達二人の後ろで娘と父親が抱き合って怯えている。


 俺はあっけらかんとミノタウロスに質問をしてみた。


「お前、を探しているんだろう?」

強者きょうしゃだ!」

「そうか、そうか…………」


 俺は答えを貰ったので、


「じゃあ、俺がお前の探している、」


 相手の問いに対して答えを返す。




「——だ」




 俺は棒立ちのまま相手を挑発する。


「死を選ぶというのだな……」

「とりあえず一発撃ってこい。話はそれからだ」


 一発貰わないことには戦闘理由ができない。


 防衛権獲得の為に俺は相手の一撃を、


 欠伸しながら待った。



◆ ◆ ◆ ◆



 ミノタウロスの前に


 一人のふざけた男が立ちふさがった。


 嘗て異世界で全ての強者の頂点に君臨した。幾千もの強者を葬り去り築いた屍は数知れず。敵を求め続けた。自分より強きものを欲した。そして彼は格好の漁場へと辿り着く。


 地球という異世界に――。


 そして、初めて見つけたのが植松であった。


 その男は立ち振る舞いから強者を匂合わせる。


 いくつもの死線を潜り抜けてきた強者の匂いを。


 戦いこそ愉悦であり愉楽。


 快楽であり本望である。


 それが決着を前に邪魔をされた。


 その怒りは計り知れない。


 さらに立ちふさがる男には感覚が刺激されない。強さは歩き方に出る。強さは見た目にでる。強さはオーラに出る。そのどれもがない。だらけてやる気も無く気だるそうな雰囲気を醸し出す。


 戦闘の最中に構えすら取りもせず、


 欠伸をしているなど――愚の骨頂。


「とりあえず一発撃ってこい。話はそれからだ」


 斧を握る手に力が入る。殺して欲しいという弱者の戯言。


 火に油を注ぐのは火を見るよりも明らかだった。


「天に召されて懺悔するが良い――――」


 怒りをすべて込めた必殺の一撃が男の首を目掛けて放たれた。


「己が無力さォオオオオオオオオオオオオ!」


 袈裟斬りに放たれた斧の一撃。


 ミノタウロスの手には振り切った感触が伝わる。


 口角が自然と緩む。


 幼い少女は惨劇に悲鳴を上げて目を瞑る。


「キャァアアアアアアア――」


 回転しながら上空に舞う物体が、


 勝負の終わりを告げていた。


 ミノタウロスは高笑いを浮かべた。


「弱きものに生きる価値は無しッ! はっはっはっはっは――」


 植松の瞳孔は目の前で起こった事態に開いていく。そして、周りにはいつのまにか野次馬が集まりだしていた。そして、上空に舞う物体は斬りかかられた男の前に落ちた。


「はっはっはっはっは――」



「よーし、一発だな」



「えっ――!?」


 男の声にミノタウロスの笑みが一瞬にして消える。


 目の前の男は――


 何事もなかったように立っている。


 急ぎ上空から落ちてきた物体に目を移す。


「俺の、俺の――」


 しっかりと目に焼き付く。



「ラブリュスがぁああああああ!!」




 己が武具の獲物。


「自業自得だろう、これは俺のせいじゃない……」

 

 強を前にしても振り抜けた。獲物が折れたのだから。


 上空を舞っていたのは斧の先端部。


 強の体には傷ひとつ付いていなかった。


「さぁてー、どんな遊びをご所望かな?」


 そして、強は両の拳を打ち合わせ反撃の狼煙を告げる。


タマの取り合いがお好みらしいなぁ――」 

「はぅふん」


 牛の鼻からふざけた音が鳴った。


 対峙する男は嘲うようにニヤニヤしている。


 指の関節を鳴らし戦闘準備を整えている。


「死亡遊戯開始だ………」


 武器を失った事実がミノタウロスに恐怖与える。


「ふんもおおおぉおおおお」


 自然と鼻水が溢れだす。


 怯えるミノタウロスを前に、


 ジリジリと距離を詰めていく強。


 強が遊びを告げる。


肝騙死キモダマシ――」


 強はミノタウロスの横を素通りした。


 ミノタウロスは何が起きたか理解していなかった。


 体に痛みはなく痛覚が反応を示していない。


 ——何もされていないッ!?


 慌てて強の方を振り返る。


 強の手に映るのは赤く鼓動を打つ物体。


 ——なんだ……アレはッ!!


 血しぶきを上げ脈を打ち続ける物体。


「貴様、そっ、それは!?」


 笑顔でミノタウロスの問いに答える。


「コレか――」


 強は手に持った物体を見せつけて悪魔じみた笑顔を向ける。


「テメェの――」


 コレがどれほど相手にとって大事な物なのかを知っているから。


 もう、勝負は終わっているのだと――


「————肝だ」


 不吉な風が遅れて牛男の顔に吹き付ける。


 ミノタウロスは急ぎ左胸を確認する。


「なっ!?」


 十数センチの穴から赤い血液が線を描くように下に垂れ流れている。


 失ったものがあることを認識したミノタウロスは急ぎ返せと手を伸ばす。


 それを見計らったように強は笑みを浮かべ、


「キモイのキモイよ、飛んで――」


 足を一歩開き手を振り下ろす。




「やめてぇえええええッ!」



「いけぇえええええええええええッ!!」



 そして天高く目掛けて手にした心臓を投げ放つ。


 心の臓がはるか遠くへと眼前から消えていく――。


 ミノタウロスの騙されていた体が徐々に真実の終わりを告げていく。


 力が体から抜けていく。


 ——悪魔的……強者…………。


 倒れ落ちる視界に男の不吉な男の笑みだけが焼き付いた。




《つづく》

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