第7話 強者は居らんのかッ!?
この世界では地球上から幾人もの人間が異世界へと召喚されている。その者たちは地球に戻るもの異世界に留まるもの、各々が選択をして自分がいるべき世界を決定する。
何人もの勇者たちが異世界を救い地球に帰還している。
異世界転生、異世界転移と呼ばれるものである。
そして、
それを出来るのは勇者だけではない。
魔物とて同じことである――
サラリーマンである植松伸夫の前に現れた目の前の魔物とて同様。植松は5歳になる娘を幼稚園に送り届ける最中であった。
そこを運悪く出くわしてしまった。
「貴様は
「リカ、下がってなさい!」
「パパッ!」
娘を背後に押しやり鞄から剣を取り出し構えをとる。
植松は救済した異世界では
数え切れないほどの魔物を倒した経験もある。
そして、それは例にもれず対峙している形の魔物でさえもである。
その魔物は斧を肩に担ぎ軽装の鎧を身に纏い不気味な鼻息を荒くしている。
二足歩行であり、筋骨隆々な体躯を持ち、頭部は牛の形を保っている。
どこの異世界にもいるであろう有名な魔物。
――ミノタウロス。
植松が構えを整えるとミノタウロスは口角を釣り上げた。植松は対峙しただけでわかった。異世界に行ったのは10年前だとしても戦闘経験は命をとして戦った記憶として体に染み込んでいる。それが明確に伝えた。
自分が倒したミノタウロスとは
―—異質であることを。
だが、同時に少しだけ
時間を稼げばいいということも理解した。
今は朝の通勤時間帯。
これから人通りも増える。そうすれば数人の勇者が現れるだろう。一人で倒せなくても数人でパーティを組めばどうにか倒せるだろう。
その浅はかな考えが――
一瞬のスキを生んでしまった。
「フンッ!!」
植松が見せた戦闘中の一瞬の緩みをミノタウロスは見落とさなかった。強大な体躯から横振りの一閃を打ち込む。植松は剣で受け止めるも衝撃を流しきれず、コンクリート塀に打ち付けられる。
そこに追撃と言わんばかりに縦一閃のトドメの一撃を見舞いする。
剣戟により火花が散った。
「大丈夫か――」
「……助かった」
植松を背に槍を構えたスーツ姿の男が一人。その男はミノタウロスの斧を槍で受け止めていた。その男と植松は面識すらなかったが、お互いにやることはわかった。
目の前の魔物を倒すこと。
植松は共闘するためにダメージを受けた体に自ら回復魔法をかける。ミノタウロスが微かに笑いをこぼした。そして、槍で受け止められているところに筋肉を隆起させ全身に胆力を込めて押し込む。
「貧弱、貧弱、貧弱ゥウウウウ!」
「グッ――アアアアア!」
槍で支えていた男の体が地面に沈む。
植松もろとも叩き切るつもりで力いっぱい斧を押し込んでくる。
力に負け、槍の柄に次第に突き刺さる斧。
一刀両断まで時間の問題だった。
ミノタウロスの背中に衝撃が走る。
「飛び道具とは無粋な――——ァア」
思わずミノタウロスの口から怒りが漏れた。
そして視線を向けた先には、
工事現場の作業服を着た男が弓を放ち終わり残身を取っていた。
すぐさまその男は次の矢を構えようとする。
ミノタウロスも――
その一瞬の挙動を見過ごさない。
斧をその男に目掛けて振るう。食い込んでいる槍の持ち主ともに。
それは見事に弓を持った男に命中し二人を吹き飛ばした。
怯える植松を前に鼻から白い吐息を出し、
ミノタウロスは吠える。
「本当の強者は居らぬのかぁあああああああ!」
ミノタウロスの視線が植松からふと逸れた。
戦場に似つかわしくない男女の声が聞こえたからである。一人は鞄を両手で持ち頬を膨らまして怒りの色を露わにしている。もう一方は怒りを受け止めきれずに困惑の色を見せている。
「絶対お兄ちゃんのせいだよ。お兄ちゃんが早起きなんかするから玉藻ちゃんが連絡くれなかったんだ……ぶぅー」
「美咲ちゃん、朝からどんだけ俺の早起きをディスるんだよ……」
「だって、あのお兄ちゃんが早起きしたらろくでもないことが起きるに決まってるもん」
「決めつけすぎだよ……ん?」
その二人とミノタウロスの視線が交錯する。
「ほら、見たことか」
見つめ合う三者の中で妹がミノタウロスを指さし先に口を開いた。
「お兄ちゃんのせいだよ……これも」
「マジか……」
《つづく》
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