第9話 女心と冬の空
目の前に牛の死体が横たわった。
俺は右手についた血液をばっちぃと振り払う。
そして、美咲ちゃんに視線を移した。
「美咲ちゃん、責任は取ったよ」
「ナイスだよ! お兄ちゃん!!」
「よくやったー」
「ん?」
拍手が送られて来る。
妹が親指を立てて俺の労をねぎらう横にたくさんの野次馬がいた。
「あの子どこかで見たことがあるんだけど……」
「あれってマカダミアの制服じゃないか?」
所かしこでざわついてやがる。そんな俺の膝元に衝撃が走る。
「およ?」
「お兄ちゃん、ありがと!」
後ろで怯えていた少女が俺の膝元にしがみついてキラキラした目でお礼を言っている。その後ろからスーツ姿のサラリーマンが鞄に剣をしまいながら、近づいてくるのが見えた。
「どうもありがとうございます。いやーお強いですねー、さすがマカダミアの生徒さんです。あのミノタウロスを一撃で倒すなんて。よろしければお名前をお聞きしてもいいですか?」
「
「えぇっ―!」
ひどく驚いた表情を浮かべている。周りの野次馬も何か突然に騒ぎ出し始めた。辺りの動揺っぷりに膝元に縋りついてる少女も俺と同じで怪訝な表情を浮かべていた。
「あの学園対抗戦MVPの涼宮さんですかぁ!」
「だけども……」
「おい、アレが生涼宮さんだよ!」「まじかー、あのマカダミアの暴君かッ!?」「TVより生の方が小っちゃいんだな」「朝一発目からすごいの見ちゃったよ、あれがマカダミアのデットエンドかー」「ちょっと写真撮ってもらおう」「いいなー、私も撮ってもらおう♪」
―—なんだ、なんだ!? こえぇんだけど!
困惑する俺の周りに携帯を片手に人が押し寄せてくる。
ひどい押し寄せようである。
「お兄ちゃん、こわいよー」
「俺もこえぇえよ! っていうか来んなぁあああ!」
膝元の少女が大勢の大人の行進で怯えていた。
「写真一緒に撮ってもらっていいですか!」
「写真とかNGだー!」
「ちょっと触らせて!」
「触んじゃねぇ―!」
――民衆のオモチャにされるぅううう!
って、いうか次から次へと人の波が押し寄せてくる。
―—満員電車みたいになってんぞ!!
俺は膝元にいた少女の身を案じを肩に乗せた。
「ちびっ子、少し飛ぶぞ!」
そして少女に話しかける。
「しっかり、掴まってろ!」
「うん♪」
そして少女が俺の頭にガシっと捕まったのを確認して俺は空高く跳躍をする。
緊急離脱である。風が髪を揺らし、少女の長い髪を巻き上げる。
一面の青に吸い込まれる中、少女の目が少しずつ開いていき見開く。
「わぁー」
「ったく、しょうもねぇ大人しかいない……」
「すごいよ、お兄ちゃん!」
何がそんなにすごいのか……。
少女は目の前に広がる空と太陽の光の景色に目を輝かせていた。
「お日様がピカピカしてるよー!!」
感動して興奮している様子だった。
「そりゃするだろう……燃え尽きたら氷河期に突入してしまう」
「空が青いよー!」
「そりゃ青いだろう。黒かったら問題だ」
「高いよー!」
俺ははしゃぐ少女を肩に乗せたままもう一度空を蹴り静かに移動していく。
「そりゃ飛んだからな、低かったら逆に怖いわ」
「お兄ちゃん……ロマンがないってよく言われるでしょ……」
「言われたことはない」
空中の空気を足裏に圧縮させ踏み込むともう一回ジャンプできる。
というか永久的に繰り返せば飛んでいける。
そして、人混みがいないところまで移動していき着地。
「お兄ちゃん、もうお空のお散歩は終わりなの?」
「終わりだ」
「えー」
少女は残念そうに唇を尖らせたが、学校に遅刻するわけにはいかない。
「あっ、美咲ちゃん。いま――」
俺は携帯を取り出し妹に連絡を取った。
自分のいる場所とそれからサラリーマンを連れてきてくれと。
五分ぐらい待つと美咲ちゃんが駆けつけてきてくれた。
「ぜぇー、ぜぇー、お兄ちゃん遠くに行きすぎだよ……」
「ごめん、美咲ちゃん。対人恐怖症のお兄ちゃんにアレはキツイから」
「本当に何から何までありがとうございます」
「そうだ。カメラがあると貰いにくいからな」
「えっ?」
驚くサラリーマンに俺は手を差し出す。
「俺の口からハッキリ言わせんなよ――」
謝礼をよこせということである。命の恩人なのだから、まぁ持ち金全部貰っても差し支えないだろう。娘の命も救ったし、さらに空中散歩という貴重な体験までさせたのだから、安いものだ。
「うごっ!」
俺のわき腹に衝撃が走った。
「お兄ちゃん、やめなさい」
妹の肘鉄が俺のわき腹に突き刺さった。
「ハ……イ」
妹の威圧に負け俺は渋々手を引っ込める。くそ……美咲ちゃんめ。
お兄ちゃんにタダ働きさせるなんて。
まぁ俺の早起きが原因かもしれない部分もあるので仕方がない。
「本当に娘共々ありがとうございました」
「お兄ちゃん、ありがと!」
親子揃って深々と挨拶をしてくる。
そして、二人は何事もなかったように去ろうとするが、
「そうだ!」
少女が立ち止まりクルリと反転した。
「お兄ちゃんはもうちょっと女心をお勉強した方がいいよ♪」
「余計なお世話だ、ちびっ子」
俺が愛想なく返事を返して、
「じゃあ、また遊んでね♪」
笑顔で一言残して少女は去っていく。
女心とは秋の空と一緒。知りたくてもわからないものである。
勉強しようがないものだ。
その場その場で切り替わるものを理解しようなどとおこがましいにも程がある。女心を学ぶぐらいなら気象予報士の勉強をした方がまだ有益だ。
「本当にその通りだよ。もう少し女心を理解したほうがいいよ。お兄ちゃんは」
妹の目が真剣に物語る。俺は答えを返した。
「女心より前に対人恐怖症なんだから、人様の心がわからん」
「そうだったね……」
「それより早く学校へ行かないと遅刻しちゃうよ」
「本当だ!」
美咲ちゃんは時計に目をやり慌てて走り出す。俺もそれについてくように早歩きをしていく。何とか登校時間に間に合うと校庭に多くの人だかりが出来ていた。
「なんだ、なんだ?」
「何でみんな教室に行かないんだろう……」
妹と俺が訝しげにしている横で皆が屋上の方向へ目を向けていた。
——屋上に何が…………?
俺もそれに合わせて屋上に目を移す。
「「——がぁッ!」」
兄妹揃って驚愕の光景に顎が外れかけた。
白装束に身を包み、頭に鉢巻を装着して、
日本刀を手に持った正座をしている、
バカ一名の光景があまりに鮮烈すぎたからだ。
「うちの強ちゃんが本当に申し訳ございませんでしたぁあああああ」
屋上で叫ぶアホの子。玉藻さんである。巨乳はいつも俺の期待を裏切る。
あんなやつの心など理解不可能である。
というか無理難題もいいところだッ!
っていうか、本当に何やってんだ、
玉藻ぉおおおおおおおおおおおおお!?
《つづく》
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます