18.―学園対抗戦―デットエンドは最恐にして最凶。そして最強!!

第44話 RAGE OF DUST

 ―—なんでここに……涼宮晴夫さんが!?


 俺と火神の戦闘はある男によって中断された。


 白い火球を捻り出した手は握られ方向を変えられている。


 ―—そうか、美咲ちゃんの!?


 俺はただその状況を黙って構えをとかずに見つめる。


「アンタには関係ねぇだろうが!!」


 火神は腕を掴まれながらも涼宮晴夫に喰ってかかった。


「もう、アンタはブラックユーモラスでもなんでもない! 俺がアンタに指図される覚えはねぇよ、晴夫さん!!」


 それは冷たく突き刺さる様な返答。


「これ以上やるっていうなら――」


 それに反応を返す様にヤツの腕がミシミシと悲鳴の音を上げる。


「俺が相手してやるよ、火神」


 噛みつこうとしたがあっさり返された。


 グラサンヤンキーもさすがにボスには逆らえないのか委縮してる。


 というか俺も涼宮晴夫の出す雰囲気に委縮している。


 ドスの利いた声。どうみてもカタギじゃねぇ……この威圧感。


 ―—やっぱり只者じゃねぇわ、この人……。


 俺まで威圧されている。その存在感に。


 火神の掴まれた腕がミシミシと鈍い音を立て続けている。晴夫さんの手が鉤爪かぎづめのように食い込んでいくのが見て取れる。馬鹿力なのか火神の手がわずかに痙攣して揺れている。


「なぁ……いつからだ?」


 火神が苦痛に顔を歪めていくなか――


「いつから俺が創ったブラックユーモラスは……」

 

 涼宮晴夫の目に力が入り表情が怒りに変わっていく。


「ガキをいじめて遊ぶ集団になったんだぁ……」


 それは静かな怒りから咆哮へと変わり、


「俺はそんなもん作った覚えはねぇぞォオオオオッ!」


 怒声が大気を揺るがす。






「火神ィイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」





 公園の木々から一斉に鳥たちが羽ばたき音を立て寒空に消えていく。戦闘態勢をといていないのにも関わらず俺も思わず一歩後ろに下がってしまう。ただ人間が吠えただけだった。


 ——なんだよ、コレッ!?


 なのに――


 ソレはあらゆる生物生命に影響を与えるほどの威圧。


「……っ」


 涼宮晴夫のあまりの威圧感に火神も気圧され白い火球を消した。それに涼宮晴夫が満足したように手を離す。


 そして、渋々と歩き壊れたグラサンを拾いにいった。


 戦闘の終わりに緊張が解かれる。


 ―—危なかった。続けてたらどうなったことやら……俺、死んでたかも。


 あの白い炎については情報がなかった。明らかに異質だった異常な炎。


 ―—マジで跡形も無くなるヤツなのか……。


 戦闘が終わりを迎え俺がほっと一息をついてるところに、


「晴夫さん、アンタが無茶苦茶にしたんだ……ブラックユーモラスを」


 火神から謎の一言が聞こえた。俺は首を傾げる。その発言の真意が俺にはわからなかった。


 一つの疑問を残し火神は去っていった。


 緊張感から解放された俺は陰陽術を解除し思わずその場に座りこんだ。


「はぁ~………………疲れた」

「お前……火神相手に持たせるなんて、やっぱ怪しいな」


 涼宮さんが俺を疑い始めてる。


 ―—やばい! この人に目をつけられると後々なんかヤバそうだ!!


「命からがら、ちょこまか逃げて回ってただけですよ!」

「まぁ………いっか」


 この一言で気持ちが楽になった。助かった……ぎりちょんセーフ。


「うちの世界一可愛い美咲ちゃんに頼まれたから来たけど、なんかオマエに助けられたみたいだな」

「いや……別に助けるってほどではないっすけど」


 俺は社交辞令を返しながら思う。


 さすが天使、やりおる。


 最善の一手です。マジで。


 この人来なかったら死んでたかも。助けられたのはどちらかというと俺です。


「これはウチの世界一可愛い娘を助けてくれた礼だ。受け取れ」


 涼宮さんが座り込んでいる俺に何かを差し出してきた。


「なんっすか? これ?」

「見ればわかる」


 白い紙を渡され俺は中を確認する。数字の羅列が書いてあった。ハイフン付き。


「電話番号?」

「もし困ったことがあったら、そこにかけて来い。運がよけりゃつながる。あと、くだらねぇことでかけてきたら殺す」


 運が良ければって……おまけにタイミング悪いと殺すとかこれはデスノートの切れ端ですか。火神恭弥と名前を書いてアイツを殺したいが、使用者の運が悪いと死ぬ点だけは頂けないです。


「俺、不幸指数が結構高いので巷で有名なんですけど……」

「それは俺様には関係ねぇ」


 涼宮さんは俺の冗談を受け流し会場に向けて歩き出す。


「一個だけ、あと、アレだ……」


 少し進んだところで耳を掻きながら立ち止まった。


 何か俺に言いたいことがあるみたいだ。


「オマエ………………ピエロやんのも程々にしとけよ」


 そういうと背中越しに手を振って、


「あんまやりすぎると体に良くねぇぞ」

「ハ……イ」


 嵐のような男が去っていった。


 ―—体に悪いのか、ピエロって。


 俺は座った姿勢から土のグラウンドに大の字に寝転ぶ。


「どうにも掴み所がない人だな……」


 戦いの緊張感と涼宮晴夫からの緊張感から解放され、


 少し寝転がって空で雲が流れていくのを眺めていた。


 いつの間にか空はオレンジ色と黒の間に変わっている。


 空の風の向きと同様に色づいた雲が流されていく。


 手に持っている風に負けるような薄い紙。


 手に持ったメモが風にひらひら煽られ揺れている。


 俺はそれを顔の上に掲げ見つめた。


「お助けカード……ゲットだぜぃ……」


 白い紙を感慨深げに見ていると、


「今回、命賭けた介はあるのか?」


 俺は状態を起こし、重要なことを思い出す。


「やべ、強の試合!! 仕事忘れてた!!」


 勢いよく立ち上がり、大地に立つと


「足、」


 異変に叫びをあげる。


「超痛いぃいいいいいいい!!」


 俺の足には10センチほどの穴が開いていた。




◆ ◆ ◆ ◆




「お得意の乱入ダァアアアアアアアアアアア!」


 会場では大きなアナウンスが流れていた。


 しかし、観客はアナウンスに耳を傾けず、


 闘技場にいる三人の姿をただ黙って見つめていた。


 ただアナウンサーはテンションを維持したまま声高に勝敗を告げる。


「涼宮選手の乱入により田中選手の敗北! 如月選手の勝利ィイイイイ!!」


 勝敗は決した。だが会場は静まり返ったままだった。何が起きたかも把握している。この試合はまだ続くと。だからこそ、ただ静かにその三人を行く末を見守っていた。


「田中もういい。ここから先は俺にまかせろ」

「けど涼宮……おひとりさまひとつって……」


 申し訳なさそうにする田中に対して強は気にするなと、


「俺は初戦戦ってねぇからな、その分だ。気にすんな♪」


 言わんばかりに優しい笑顔で一言返す。


 初戦とは明らかに違う二人が出す柔らかい空気。


 ソレを見たミカクロスフォードは気が抜けた様に座席に座り込んだ。


「どうせなら次の対戦も初戦同様棄権して欲しいのだけれど……」


 そこへ水を差すように放置されている男が言葉を放る。


 金髪が澄ました顔で問いかけた。


「あん?」


 その行為が気に食わない強は睨みつけるように一瞥いちべつし、


 左手に握った如月の拳を突き放す。黙れと言う意味を込めて。


「ったく、重いな……オマエは」


 そして、強は如月の問いには何も返さず田中の腕の下に頭を通す。


「ご、ごめんでふ」


 相手に背を向け疲れ切った仲間を入場口へ運んでいく。


 置き去りにされる金髪。


 そして、入場口に向かう二人を待つように壊れた入場口に、


「お疲れ……田中は無茶しすぎだよ」


 もう一人の仲間が立って待っていた。


 そこには小泉がいた。傷だらけの田中の姿を微笑んで迎える。


「小泉、田中を頼む……疲れてるからな」


 強は疲労困憊ひろうこんぱいの田中を小泉に引き渡し、


「うん」


 田中の目を真っすぐ見て話を始めた。気づかされた思いを。


「お前はカッコいいよ……俺はお前がモテる理由がやっとわかった」


 田中に憧れたことに気づけた今だからわかる。田中という男の価値が。


 強はソレを自慢げに語り、


「俺の感性が地球三周半遅れてたんだな……今までゴメン、田中」


 謝った。田中は目を丸くしてキョトンと三秒遅れて、


「えっ!? いい、いま涼宮!」


 そこで初めて田中は幾度となくあった異変に気付く。


 何度なく交わされたやり取りの中に隠されていた不器用な男の親交の証。


「田中って!?」


 その男は認めた相手しか名前を呼ばない。


 だからこそ、認めた証を言葉に込めている。


 それに気づいた田中が慌てているのが、


 照れくさくてに首筋を搔きながら強は返した。


「お前の名前だろう……田中って?」


 強が名前が間違っている可能性も多少はあるかもしれないから確認すると、


 田中が首を縦に激しく振っている姿に強は安心する。


 間違ってなくてよかったと。


「今まではキッチリ返す」


 言い方は悪いが強なりに今までの懺悔を込めた精一杯の言葉だった。


「小遣い少なくて時間かかるかもしれねぇけど……必ず返す。約束する」


 そして男が仲間に初めて見せる優しい顔だった。


 言い終えると強は視線を下に移しジャージで汚れを落とすように右手を擦り付けた。今までの悪事もそこに拭いつけたいと思いながら己の手を綺麗に整える。


「田中、」


 その右手で握り拳を作り、


 二人に向けてゆっくりと掲げ、


「小泉、」


 一人一人、


 仲間の名前を呼び静かに突き出した。




「勝ってくる――——三人で優勝しようぜ」





 嘘の無い言葉。


 強の顔は自信に満ち溢れている。


 力を振るう理由は三人の為にと。


「勝てば変わるんだろう……俺もお前らも」


 二人は涙ぐんでソレを見つめていた。


 待ち望んでいたから――この瞬間を。


「涼宮ぁ……」

「ズ、ズミヤ゛……」


 幾度となくハイタッチを躱され、仲間になりたいという想いはすれ違った。


 二人はこの時を待ち今日一日を信じ抜いた。


 辛抱強く涼宮強を信じ抜いてきた。


 ソレが報われた瞬間だったのだから。


 今までの行き違いを埋め合わせるように強から手を出されたのが感慨深かった。


 二人の目にはソレが形となって熱く込み上げ溢れているだけのことに他ならない。


「…………オイ」


 中々、その拳に拳が返ってこない。待ち時間が長めなのがちょっと恥ずかしい。観客たちもなぜかちょっと鼻をすすりながら見ている。羞恥心の限界を迎える。


「早くしろよ! 不戦敗になりかねないぞッ!!」


 慣れないことに照れくさそう慌てふためく強。


 照れくさそうに慌てる強を前に二人は、


 笑ってから目を擦り涙をふき取った。


 拳に拳で返す――。


「頼んだでふ!」

「頼むよ、大将!」


 それは優しく触れあい弾ける――。


 長き一日の終わりにそれは個人戦ではなくチーム戦となった。


 三人の想いが勝利に向かって一つになる。それを三人は噛みしめる。


 目的は確認した。闘う理由が涼宮強に出来た。


 だからこそ、気合も入る。


「うんじゃあ、行ってくるわ!!」

 

 友の想いを拳に受け取り強は今日最後となる戦場に向きを変える。


「涼宮、待つでふ!!」


 闘技場に片足を上げ前に進もうとする強を呼び止める声があがった。


 まだやり残したことがあるというような感じだった。


「なんだ……よ?」


 強は田中の方に振り返る。すべての準備は整っているはずなのに、


 何を忘れたのかと問うように不思議そうな顔を向けた。


「貸した金は返さなくていいでふ」


 田中の提案に強は困惑の色を浮かべる。


「えっ……返すよ……」


 あれは謝罪だったのだ。


 それを無にすることはさすがに強も気が引けている。


「違うでふよ。あげるんでふ」

「はぁ?」


 予想外の答えに強が顔を歪めた。友達だから金あげるとかはちょっと違うという認識ぐらいは非常識人にもある。田中はそんな強に笑顔で告げた言葉の真意を告げる。


「依頼料として受け取ってくれでふ!」


 それは願いの代償だと言わんばかりに彼はまた拳を突き出した。





「依頼内容はすかしたアイツをぶっ飛ばしてくれでふッ!!」





 その発言に思わず笑みがこぼれてしまう。


 ボロボロの傷だらけの体で田中は笑っている。


 ——ホント……カッケェよ……オマエは。


 すべての罪を洗い流すような田中の優しさと、


 戦いへのテンションを上げる粋な計らい。


 それにはさすがの強も口元を緩めた。


 戦いだけに集中してくれという田中の願いは受け取られた。


 粋できたなら粋で返さなくてはと前を向き、


「お安い――」


 拳を突き上げて闘技場へと上がっていく。





御用ごようだッ!!」





 背中越しに答えを返しながら。





「早くしねぇと……強の試合が終わっちまう」


 櫻井は必死に傷ついた足を引きずりながら会場を目指していく。


 夜に染まる会場。闇夜の静寂が会場を包み込む。夜空に光る星のように。


 それは星屑のような輝きだったが次第に大きく存在感露わにしていった。


 夜という一日の終わりに近くづくほどに姿を顕在にしていく。


 観客席に三百六十度囲まれた闘技場を一人の選手が歩いていく。


 漆黒の髪は歩くたびに心地よさそうに揺れる。


 最初の入場とは、まったく違う。


 胸を張り闘志を目に宿し、対戦相手を見据え、肩で風をきり、


 凛々しい姿で決勝の舞台である闘技場を闊歩かっぽしていく。


 踏みしめる一歩一歩は覇気を感じさせる。


 その勇ましい入場に観客は目を奪われていた。


 なにより、右手は強く握りしめられている。


 形の無い重さの無い仲間との願いと交わした約束が、


 零れ落ちないように、失くさないように、強く強く握られている。


 強く固く握られた拳は――決意の証。


 今までその異様な力はやり返す為だけに使われてきた。


 ソレを今回、友との約束の為に使うという決意の表れだ。


「イイ面構えになったじゃないか……キョウ」


 母も見たことがない凛とした息子の姿に成長を感じる。


「やっと……やる気になったか、アイツ」


 担任も同様に生徒の成長を感じ取る。


「わんわん校長、涼宮君が来たら終わりだにゃんよッ!」


 そしてVIP室でのにゃんこ校長もノリノリである。


 学園の覇者が成長してそこに姿を現したのだから。


「ソレはまだ分からないわん……相手は如月だわん……」


 そのにゃんこ校長の発言を聞き流しながらも何か嫌な予感が拭えないドッグ校長。闘技場に映るその者の得体のしれない強さ。そして、やる気に満ちた姿。


 勝利を確信でもしているかのように如月に動揺する様子もない。


 マカダミアの者も例外はなく。ミカも一部始終のやりとりを見ていた。


 自分の期待をことごとく破る男に悔しそうに唇を噛みしめ、


 言葉が漏れ出た。


「本当にふざけたやつ――」


 その言葉は真を突いている。


 その男はふざけた存在だ。


 初戦いきなりのギブアップ。それ以降は相手を瞬殺。


 そして、決勝戦での乱入。


 全てが異様な行動。普通ではない。


 ――其の男。


 対する相手は今年のMVP確定と期待される男。


 一人ですべてを勝ち上がってきた。


 今年のスターであることは間違いなかったが――しかし、決勝を見ていたものは違和感を感じていた。


 田中との戦いでの彼から出た発言は観客を失望させた。


 頑張ることを嘲笑あざわらうように馬鹿にした発言を繰り返した男。


 ただ、ムカツクがそれを倒せる男がどこにいるか分からない。


 それ程までに対抗戦で圧倒的な強さを見せてきた如月。


 倒せる者がいるとすれば、それは普通ではない者。


 そして、今日最後の戦いとなる者。


 それを匂わせる唯一の男の行進に期待が募る。


 


 マカダミアキャッツ高校の者たちは知っている。


 いま、入場している男が


 ――学園『最恐』の存在であり、


 ――学園『最凶』の存在でもある。


 そして、





 ――学園『最強』であると。




 学園でそれを知らぬのはただ一人。


「………強ちゃん」


 その一人は心配そうに声を上げた。


 闘技場の中央で男の行進が終わり二人は相対あいたいする。


 世代最強を決める戦いが始まろうとしていた。



≪つづく≫

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