第44話 Blood and Emotions
涼宮強が救護室の扉は開けっ放しにして消えていった。その場所を小泉が眺めていると猫耳が隙間から生えてくる。二キルが空いた空間から静かな笑顔を覗かせる。
「涼宮シャン行ってしまいましたね……小泉しゃん」
明後日の方向へと進んでいったのは確認しているが言葉にはしなかった。
それが涼宮強が悩んで出した答えなのだと。
通り過ぎて行ったときの表情でわかった。
あの時と同じ言葉だったが、そこに込められている感情は違うと。
「ごめん二キル……頼みがあるんだ」
二キルは小泉の言いたいことはわかっていた。
「なんですか……?」
それでもあえて笑顔で聞き返した。
「少し肩を貸してくれないか、」
マインドゼロの体で向かう場所があるのだと。
「行きたいところが、」
田中同様に叶わぬ願いに身を預ける気なのだと。
「イヤ――」
もう時間は残り少ないと分かっている。
田中もマインドゼロになっている。
その状態で長く持つわけがない。
「行かなきゃいけない所があるんだ」
闘っている友の元へと向かう願いを口に出す。
二キルは少し呼吸を止めた。
「ハァ……」
ここで主人を止めるべきだということは分かっている。
それでもこの願いを捨てさせることがどういうことなのかと、天秤にかける。
「……イ」
そして、彼女はそうなるであろうともうすでに腹を括っていた。
そして移動を開始する。闘技場では勝敗が見えている戦いが続く。
観客席から席を外して逃げる者もいるほどだった。
滅多打ちにされるだけの光景。誰もが終わりにしていいと思っていた。
終わってくれと願っていた。
「田中選手まだ立ち上がる……ッ!」
闘技場の中で闘う一人だけを残して――。
「キョウ——」
涼宮美麗がその姿を見ている。
「お前にとって……あの子はどういう存在なんだい」
自分の息子と友達になりたいと願い戦う騎士の姿を。
だからこそ胸を締め付ける。分かっている。
「いつまでも、そのままでいいのかい」
涼宮強が子供時代に受けた傷があることを。
「お前は――」
それが原因で人を遠ざけるようになってしまったということも、
母は知っている。
「本当にコレでいいのかい……」
それでもこの結末を受け入れることを良しとするのか。ここにはいない息子へと問いかけるように呟いた。そんな母の願いを裏切るように強は一人闘技場から離れていく。
「なんで…………」
迷いながらも逆方向へと進んでいく。
「なんでだ…………」
別にどこを目指しているわけでもなく逃げる様に、
闘技場の入場口から遠ざかっていった。
強も田中の事が以前から気になっていた。
あの時から、
二学期に呼び出した時から――
『なんとも思ってないだってさ、強』
『えっ……うんじゃあ、そいつはパス』
意識をしだした。自分のことを何とも思ってない男を。
他のヤツとは違う目で自分を見ている男の姿を。
そして、同じ目で見ていた。
田中が強を見るように強も田中を見ていた。
強にとって田中は鏡だ。
左右が真逆に映る鏡に映った偶像。自分とは正反対の存在の認識。
自分を邪道な主人公とするなら田中は正統派の主人公だ。
「田中選手立ちあがるが……もう……もうっ」
田中のボロボロにやられる姿にアナウンサーの声がしぼんでいく。
倒れながらもまだ動いている。
地を這いつくばり槍を探す姿に言葉がうまく出てこない。
館内に流れている放送が強の耳にも届ている。
「ダセェよ……ホントダセェ……」
――相手の言う通りだ。頑張っても無駄なんだよ。
やり切れない想いに呼応して自然と唇を噛みしめてしまう。
——どんなに抗っても無駄なことってあるだよ、気づけよ。
体に力が入ってしまう。
涼宮強の言葉に出来ない感情の苛立ちが募っていく――。
「ミカ、何やろうとしてるのッ!」
僧侶は彼女の周りに集まるマナの波動に気づき慌てている。
太腿に隠してあるロッドを手に立ち上がったミカクロスフォードの腰に、
「ちょっと、ミカさぁあああん!」
サエミヤモトが抱きついて止めようとするが金髪貴族の怒りは止まらない。
——こんな結末を私は認めるわけにはいかないッ!!
ヤツは来ない、来るはずもない。
彼の雄姿は無駄になる。
ならば、ソレを台無しにするのは自分だと。
せめて、
彼の願いが穢れないようにと――。
「吹き荒れる
田中の意思を守るために彼女はこれから愚行を行う詠唱を開始した。クロミスコロナは賛同するように頷きミカクロスフォードの姿を頷きながら見守っている。
来るわけがないとマカダミアの者は思っている。
ヤツは期待を裏切る。
ヤツに期待しても無駄だと。
涼宮強はどうしようもない、
最低な奴なのだから――。
「小泉しゃんは……涼宮しゃんはどうすると思いますか」
猫耳幼女は自分の肩によりかかってゆっくり歩く主人公に聞いた。
明後日の方向へと進んでいったヤツはどうするかと。
「涼宮は難しいからね……」
小泉はそれに微笑む。今日一日過ごしてみてわかっている。
「どこか普通じゃない……」
涼宮強という男がどんな男かと。常識で測ってはいけない。
「それでも、僕は」
普通の事が普通に出来ない男なのだとわかっている。
だから彼は笑っていられる。
「涼宮を信じるよ」
信じているから――。
「強ちゃん……」
不安そうに声を出す者がいた。彼女は彼を信じ切っている。
だからこそ闘ってしまうかもしれないと思っている。
彼女の知る彼はどこまでも優しいから。来ないで欲しいと願う。
「師匠……」
そして弟子は歯がゆい思いを口にする。なぜ師匠がいないのかもわからない。それにもう戦わないと言っていた。何かあるのかもしれないことはわかっている。
それでも涼宮強という男を信じている。
観客たちは半々に分かれている。
やる気のない奴は来ない。
奴が来なきゃ始まらない。
と、いくつもの期待と軽蔑が募る。
「俺に期待するなんて……間違ってんだよっ……」
涼宮強は通路で立ち止まって期待を裏切るような言葉を口にした。
「何を期待するんだよ……こんな、俺に」
それは田中に対しての懺悔と告白。肩を落としてただ静かな廊下で一人立ち尽くす。自分の心の内を探るように胸のあたりに目を向けて。
「俺はお前だけは……」
強の中に眠る想い。
「本当にキライだったんだ……」
――俺はお前のことだけは気に食わないからやってたんだ。
涼宮強は田中のことが嫌いだった。自分の存在を無視した存在。
誰もが自分を見下すのに意識すらしなかった人間。
だからこそ幾度となく危害を加えた。
嫌いだからこそ見てしまっていた。
プールでも体育祭でもどこか無意識に目で追っていた。
嫌いだからこそどこか意識せずにはいらなれなかった。
「そろそろ、終わりにしてくれないか……なぁ?」
如月は憐れみの表情を向け、這いつくばる田中を見下していた。
幾度なく立ち上がるが確実に弱っている。
マインドゼロという状態が同じ能力者で分かる如月には、
田中が今どういった状態かも分かっている。
これ以上は無理だと。
それでも――。
「まだっ……でふっぅぅ……」
周りの観客も静まり返って見守っていた。如月と田中の言葉のやりとりも聞こえている。何とも言えない空気。頑張る男とそれをあざ笑った男。スターと言えどそれを応援することにためらいが生まれている。
だが、応援をかけるにも瀕死の男に何を言えばいいと。
何一つ言葉を出せない状況で見守るだけだ。
——もう……視界が……
田中の視界は
相手の姿が歪んで見える。とうに限界など超えている。マインドゼロの状態では動いているのもやっとだ。小泉より最悪な状況下。瀕死にダメージを喰らって意識がハッキリしていない。
——涼宮と……
顔は青ざめ気分も悪い。
だが、彼はひとつの夢を胸に立ち上がっていく。
「負けるわけにはいかないん……でふよ」
――涼宮と友達になりたい。
「涼宮から言われ………てるん…………でふ」
それだけの小さな願いの為に。交わした約束を胸に刻んで。
「おひとりさま………ひとつって………」
力なき声を出し己を鼓舞するように、
「……約束したん……でふっ……!」
立ち上がった。
その田中の声が館内放送で流れている。決勝戦だけの特別仕様の音声。
その消えそうな願いに似た声が通路にも流れ出ている。
――わかってる。わかってるよ。
「……………………」
——お前は俺と違って多分諦めない強さを持ってる。
「……………………」
―—騎士の名誉や誇りの為に死ぬことができるやつだ。
「……………………」
——それはわかってるけど、
「……………………っ」
―—友達になりたい……?
「っ……………………」
―—こんなことの為にお前は命を賭けるのか。
「そういうのは……ちげぇだろ……」
涼宮強が止めていた足を動かして、ゆっくりと闘技場から離れていく。
もう一方の試合場所でも決着が迫っていた。
櫻井の前で腕を横に伸ばして異形の炎を形作り終えた。
「手加減は終わりだ……」
それは円形に激しく燃え上がる様とは対照的にどこまでも白く美しい。
触れるもの全て飲み込みそうな怪しさがある。櫻井の顔がわずかに歪む。
——コレは……。
見てればわかる。触れてもいない地面が溶解している。髪が炎に吸い込まれるように誘われる。空気を大量に吸い込み熱量を保っている。異形で異色の異界の炎。
——喰らえば、どうなるかわかんねぇな………。
櫻井は表情を戻し覚悟する。死ぬことすらも。
だからこそ殺すことも覚悟を決める。ただただ冷酷に相手を見据えながら構える。殺す意思を明確に固めて。殺意に対して冷たい殺意を返す。研ぎ澄まされた殺意を。
「
ミカクロスフォードの長文詠唱が終わり魔法陣に色がつく。
試合を中断させるための妨害行為。
——ごめんなさい……田中さん。
観客席からの暴動を持って、この試合を終わらせる意思。
——いま、終わらせますッ!!
これは裏切りだと理解してる。それでもそんな結末を彼女は許せない。
愛する彼の誇りを穢れたものにするくらいなら自分の身を汚すことを厭わない。
近くにいる学園の者は気づいていた。
ミカクロスフォードが行おうとしている愚行を。それでも止めるものはいなかった。なぜならこの戦いに意味はないのだ。どだれけ田中が頑張ろうとその期待や夢は無駄になる。傷つく必要が無い馬鹿げた戦いでしかない。
誰もが思っていた。
涼宮強という男は傍若無人だ。人目など気にしない。
どこまでも残虐で残酷で異常な存在。だからこそ来ない。
期待に応えられるような男ではない。
あの男が動くなどということはないと。
「間違ってんだよ――」
強の進む足が少しずつ速くなっていく。期待から逃げるように遠ざかるように小泉たちが進んだ方向とは逆の方向へと。通路を真っすぐと反対に進んでいく。
――なんで、そんなアホなことを言い出した。
『俺は……涼宮と………友達になるんだ』
―—俺はお前をイジメてたんだ。お前を遠ざけたかったんだ。
「笑わせるなよ豚がッ……」
憎しみと怒りを込めた声が出る。怒りに次第に回転を速めていく、
足は力を込めていく。
——俺はお前に嫉妬してたんだよ。
ミカクロスフォードの杖が照射する場所を見定めるように矛先を変える。
闘技場の真ん中から横にズレていく――指し示すは闘技場の入り口。
「ん……?」
そこでクロミスコロナが気づく。
誰かの強い足音が鳴り始めている。
どこか遠くで。感覚を頼りに場所を探し、
突き止めた先に見えたもの。
ミカクロスフォードが杖を向けている先とは、
「ん?」
正反対の位置で誰かが走り出している。
それは如月が出てきた入場口。
『涼宮は僕にとって憧れなんでふ!』
「間違ってんだよ――オマエは――」
逃げるように風を浴びて走り出している中で強は考えた。
——お前は俺に無いものを全部持ってるだろう。
田中が自分に憧れているなんて云うことが馬鹿らしいと。
―—お前には異世界の経験があって、世界を救ってきた経験もある。
そんなことがあってはいけないと。
―—お前の周りにはハーレムがあって、たくさんの仲間がいて、
駆け出した足は止まらない。
―—多くの友達がいんだろうがッ。
苛立ちが募りに募る。
——オレに無いものを全部お前は持っているのにッ!!
田中のそれは間違った願いだ。田中が願っていることが全然違っている。
「違うだろう……そんなの違うだろうっ……」
強の体が心が反応を強くしていく。
苛立ちが沸々と湧き上がっていく。流れる血がその答えを覆す様に熱く沸騰していく。感情という火にあてられた血は熱を帯び全身を駆け巡っていく。
「うっ……………………ら……」
「ハァ………………」
田中はよろめきながら槍を振り回すがふらふらと遅く簡単に躱された。
幼児でも躱せるようなスピード。当初の攻撃はもう見る影もない。
反撃などではない。誰もが言葉を失ったまま試合を傍観していた。
それは悪足掻きだ。呆れを越して憎悪にも似た感情が如月を包んでいく。
「顔が醜くければ心も醜いのか……おまけに戦い方まで醜い!!」
如月の拳に力が入る。それは田中に向かって、
「
終わりを告げる一撃となり、
「存在自体がぁァアアアアアアアアアアアアアアア!!」
振り下ろされようとした時に会場は重苦しい空気に包まれた。
「ふざけやがって、俺とお前は約束なんて一度として、してねぇだろ……」
田中が守ろうとしている約束なんてものはない。約束した覚えなどはない。
お一人様ひとつは単なるルールでしかない。
メンドクサイことが嫌いな強が掲げたルール。それは強制でもなんでもない。
「お前は全部間違ってんだよォオオッ!」
迷わされた挙句にやっと掴んだ答えを力に走り出す。
「きます――」
通路を歩く二キルが正面に顔上げる。猫耳がピクピクと動き何かを感じ取った。
「風が吹きます………!」
何かが通路の奥から迫ってきている。
「小泉シャン、私にしっかり掴まって下さい!!」
走り出した足は止まらぬように加速を続けていく。
急に激しい音ともにタイルが吹き飛んだ。遅れて風が吹きすさぶ。
「うわっぷ!……わっ……なんだよ」
通行人の前でタイルが削れてはじけ飛でいる。
それに目を瞑り堪え終えてポツリと零した。
「——不吉……な」
不吉な風が苛立ちを纏い動き出す。
加速を止めない足音が風を置き去りにして通路を駆け抜けていく。
拳に力を込めて目指していく。
「笑わせんじゃねぇッ!」
『僕にとっては涼宮はかっこいいんでふ。憧れなんでふよ』
「間違ってんだよッ!」
田中の間違いを認めない。それは田中の間違いを正す様に怒りを露わにする。
「オマエが俺にじゃねぇだろう――」
期待をする方向が間違っている。
「ソレはチゲェだろッ!!」
田中が願った願いを否定するように、
「バカがッ!!」
憤る暴風を引き連れていく。
「俺が――」
本当の心を気づかない様にしてきたのにそれを認めさせられることが、
「オマエに憧れてたんだァッ!」
心底ムカついてしょうがない。意志に足が体が負け自然に動いていた。
その力は際限なくどこまでも早く遠くへと。
その答えを拳に変えて駆け抜ける。
「
ミカが入り口に向けて詠唱の終わりを唱える。
それはマナに指示を出す様にして破壊の暴風をもたらす魔法。
二キルが小泉を抱えてまま身構える。
「強い突風が来ますッ!」
通路から何かが迫ってくる。二キルの言った通り小泉の前に強風が吹いた。
突然の暴風に耐え忍ぶ。
小泉の髪の毛と二キルの猫耳が突風に揺さぶられて激しく振るえる。
二人は風が通り過ぎるの待ち、静かに瞳をあける。
「来た……」
その風の心地よさに小泉は静かに笑顔を浮かべた。
「えぇ……」
その風がどこへ向かって吹いているのかわかっているから。
どこまでも不器用な風が遠回りをしてきたことが分かっているから。
「……やっとだ」
「……やっとでしゅね」
反対方向からぐるっと丸い闘技場を流れてきたのだと小泉と二キルは笑うのだ。
「ナンダァアアアアア!」
爆発にも似た衝撃が会場全体を包み込む。入場口の扉が吹き飛ばされ宙を舞う。会場に響き渡る悲鳴。暴風による災悪。留まることない力の奔流。
闘技場に
「ちょっとミカさんやり過ぎですよぉおおおおおおお!」
あまりの威力に三つ編みメガネが脅える。褐色の暗殺者もあまりの威力にちょっと引いたような顔をしている。僧侶に至っては「マジかよ……この人」張りの表情を浮かべている。
だが、その視線の先で――
ミカクロスフォードが一番驚いた顔をしていた。
闘技場が何も見えない。不吉な風の悪戯に視界が遮られている。
声がした。
「勝者、関西カシューナッツドッグ学園!」
それは終わりを告げる審判。それは銀髪男の声。
勝敗は決したことを告げる。観客がざわつく。
激しい音と入場口の崩壊で何が起きたかもわからない。
そして、アナウンサーの声が流れる。
「どうやら、勝者が決まったようです……」
審判に従うように。
闘技場の中が砂塵で良く見えない。視認ができない。だからこそ誰も分からない。どうやって試合が終わったのかということが。ただ結果は分かっている。
悲しみを抱えたアナウンサーの声が終わりを告げる。
「2016年の優勝はカシューナッツドッグ―—」
竜騎士の敗北は決まった。だからこそ決着は付いた。
それにミキフォリオはミカクロスフォードを見やる。
「ちょっと、ミカ……アンタね……」
試合を妨害するにしてもさすがに威力がデカすぎると。
それに金髪ドリルツインテールを横に振って、
「私じゃない……」
「えっ……」
否定するミカクロスフォード。
ミカクロスフォードはまだ魔法を発動していない。
それよりも早く何かが突風を巻き越した。
「扉は闘技場の――」
呆ける二人にクロミスコロナは告げる。
「内側にぶっ飛んでたよ」
それが何を意味するのか。終わりを迎えたのだ。
「間違ってんだよ――」
アナウンサーの声が止まる。
「へぇっ……?」
自分の告げるべき勝敗に間違いがあるのかと。戦いの終わりを遮るように囁かれている。それは試合中に聞こえないはずの声。新しい声。第三者の優しい声。
「友達ってぇのはなりたいとか願うもんじゃねぇだろ……」
それは田中の答えを否定する答え。
「友達って、そういうもんじゃねぇと思う………」
悩んで悔しい想いを飲み込んで出した結末。
視界に映るのは審判と如月、
田中の三人と――。
「タナカ――——」
闘技場に現れた田中の肩を優しく包むように抱いている一人の男。
「友達ってぇのは……なぁ」
終わりを遮るようにその結末が違うと風が迷い込んだ。終わりを告げるのはお前ではないと、如月の終わりを告げる拳を塗り替えるようにそれは其処にいた。
「自然となってるもんだと――」
その振り下ろした拳は男の左手で握られ止められている。
その男は下を向き優しく田中に語り掛けていた。田中は疲れ切った顔でぼやけている視界でその男を捉えた。切ない泣きそうになっている表情を浮かべる男を。
「俺は思うぞ……」
「すず…………っみやぁ……」
視界に映る竜騎士の願いの結末に観客は興奮を押し殺して息を飲む。
アナウンサーのマイクを握る手が震える。
「マカダミアぁあ……っ」
しかし、アナウンサーは震えを堪えて声を張り上げる。
「お得意の乱入ダァアアアアアアアアアアア!」
そして、赤髪チビ子も声を負けじと張り上げた。
「師匠ぉおお、キタァアアアアアアアアア!!」
1つは学園対抗戦の会場。
もう1つは野球場。
風が向かう――。
人の目に映らない風が吹いている。
樹々を揺らして大気を震わす。
一つは闘技会場の選手入場ゲートの係員の前を風が吹き抜けた。
そして、同じく野球場にも風が吹いた。
野球場で起きた暴風によって白い火球を出した火神の腕が強く掴まれている。
「なんで、ココにアンタがッ――!」
火神はその男との思わね再会に目を見開いた。
「ちょっとさぁー、」
乱入した男は火神の言葉を遮るように言葉を出す。
「いくらなんでもこれは……」
黒髪の男が二か所に同時に現れた。火神はその男を知っている。
「ガキ相手にやりすぎなんじゃないの、」
この場所にいるはずがないと思い込んでいたからこそ驚きを隠せなかった。
「——火神ちゃん?」
子供扱いするように呼ばれる名前。火神は下から訝し気に呆れたように片目で睨んでくる男の存在に驚愕の色を隠せるわけがなかった。ブラックユーモラスNo.2の自分を子供扱いするその男が現れる異常を想定していなかった。
そして、
二人の男によって――その二人はよく似ている。
「晴夫さんッ!?」
なぜなら、二人は血の繋がった親子なのだから――。
≪つづく≫
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