第45話 疾風怒濤の螺旋三連撃!! 息を吐くようにペラペラとホラを吹く嘘つき野郎にふざけた男の鉄槌を!

 俺は金髪の男の前で立ち止まった。


 間近で見ると確かにすかした面だ。


 俺を前に余裕と言わんばかりの表情を浮かべている。


 そして、ソイツは髪をかき上げ軽快にしゃべり始めた。


「戦いは美しくなければいけない……」


 髪を掻きあげる仕草もどことなくナルシストっぽくて、イラつきを覚える。


「先ほどの彼の様にひどくみにくい戦いを続けるのは、観客の皆様も見るに堪えないだろう」


 観客の方に手を大げさに振って同意を得ようとするが観客の反応は微妙だ。


 観客席で田中の取り巻き達が


 唇を噛みしめているのが見える。


 まぁ、当然か――。


 このアホなセリフが耳に届いてるのだから。


 俺の耳にも例外なく届いてるのがなによりの証拠だ。


 ——ホント、なに言ってんだこのタコは?


 ——戦いってのは残酷で残虐で醜いなもんなんだよ。何が美しくなければいけないだ。この勘違い野郎はふざけやがって。


 それにさっきまでうちの豚さんをタコ殴りにしたくせに。


 イラつきすぎて握りしめている右の自分の手のひらに、


 爪が食い込むのがわかっちまうぐらいだ。


「出来れば君は敗北を宣言してもう終わらして欲しい……」


 ヤツは願いを乞い悲しそうな雰囲気を出すように、


 大げさな表情を作って俺に語り掛けてきた。


「戦いには潔さも必要だ。勝てない相手に戦いを挑むなど愚かな行為でしかない」


 声色まで変えてミュージカル俳優でも目指してるのかと、思うくらい自分に酔ってやがる。周りの反応が何ひとつ見えていない――目の前にいる俺の反応すらも。


「その意見には賛成だ……」


 両手を腰に付けて呆れてるのに。


「君とは話が通じそうだ!」

「はぁ~………」


 ——通じてねぇよ……。


 会話が成り立ってもいないのに金髪は嬉しそうな顔してアホな発言を繰り返す。


 俺は思わずため息が漏れた。自分の世界に没入しすぎてて伝わらねぇ。


 もはや、ここまで行くと奇人で酔狂だ。


「だぁあああ……めんどくせぇ…………」

「だよね♪」


 この言い方がまたムカツク。


 ―—何が、だよねだよッ!


「負けるとわかっているのに戦うのはめんどくさいよね? かっこ悪いよね?」

「俺が負けるとか何を言ってやがる」


 何を嬉しそうにしてるのか……


「違う、お前が面倒くせぇんだ」


 この金髪勘違いアホやろうは?


 俺を心底イラつかせやがる……。


「お前には田中の姿がカッコ悪く見えたのか?」

「あぁ、ひどく醜かった。醜悪だ……美しさのかけらもない」


 本当にそう思う。醜いよ。醜すぎて吐き気がしてくるよ。


「そうか、お前の感性は地球三周半遅れてる」


 お前の感性がな。


「それと――」


 沸々と心の中で何かが音を立てている。体が熱を帯びていくのがわかる。


 感性が遅れてるトンチキ野郎を見下す様にして俺は侮蔑を告げる。




、オマエは」




「……嘘?」


 キョトンとしたアホな顔を浮かべる金髪。


「つき?」


 コイツは嘘をつきすぎて現実と妄想の区別もついてない様だ。


 自分の世界に入り込みすぎて都合いい解釈で捻じ曲げてやがる。


 お前は大きな嘘をついてる。


 事実無根の嘘を――。


「お前、田中に勝ってねぇだろう?」

「さっきの試合はの勝ちだ」


 理路整然と自分が間違っていないと思い込んでいる。


 確かにさっきの対戦は負けという結果だったかもしれない。


「アナウンスもちゃんと流れていただろう?」


 そうだ、お前の言う通りだ。


 ちゃんとアナウンスも流れていた。


『乱入により田中選手の敗北。如月選手の勝利ィイイイイ!!』


 俺の中で明確に怒りの感情が芽生えてきた。


 ソレは、きっと田中をバカにしているコイツにイラついていたのだろう。


 勇敢に戦い続けた友達を馬鹿にされることが許せるわけがねぇ。


「息を吐くようにペラペラ、ペラペラとぉお――」


 あと、コイツの頭の悪さに腹が立つ!




「大ボラを吹きやがって、お前は勝ってねぇよッ!」




「何を言ってるんだい……?」 


 俺は構えを整えながら話を続ける。


「田中はお前に負けてねぇ――」


 左足を前に出し重心を下に下げる。


「紛れもなく僕の勝ちだった、誰がどう見ても僕の勝利だ」


 左手を前に出し攻撃を防御できるように柔らかく開く。

 

「ここまで言ってわからないなんて頭が悪すぎだ」


 もはや会話するのすら嫌になってくる。


「単刀直入に言ってやるッ!」


 どんだけ自分を美化して持ち上げたいのかわからん!


 それはお前の実力によるものじゃねぇだろッ! 何を勝ち誇ってやがる!!


「オマエはアイツに勝ってねぇくせに、さっきから何を偉そうな能書きを言ってるんだって言ってんだ! 履き違えてんじゃねぇよッ!!」


 怒りの声を上げながらも、右腕を胸に近づけ、左腕を上から静かに下す。


「田中はオマエに負けたんじゃない――」


 右拳は固く作り背中の筋肉を寄せタメを作る。




「俺が負けにしたんだぁッ!!」




 俺が表情を変えると同時に金髪の表情が変わった。


 俺を見下すような目つきに変わっていた。


 だが俺もお前を見下してる。最初に見たとき同じ匂いを感じたお前を。


 ―—だせぇよ


 ――オマエはホントダセェ……


 同族嫌悪ってものだったんだろう。一匹狼で自分が強いと思ってる。


 昔の自分を見てるようだ。


 半身に構えを取り終え、


「不愉快だ、お前は……存在がくせぇ、セリフがクセェ」


 侮蔑ぶべつ


「おまけにボッチをこじらせすぎて口を開かないから」


 侮辱ぶじょく


「細菌が繁殖して口臭がヒデェ!」


 込めた皮肉をたたきつける。


「ボッチはもう黙れ……」


 もう、これ以上の会話するのも苛立たしい。


「クセェから死ぬまで口を閉じとけ、金髪クソ野郎!!」

「はぁ~……君もあいつらと同類か……」



◆ ◆ ◆ ◆




 —―本当に晴夫さんそっくりだ。


 誰よりも近くで見ていた銀翔はある男の姿を連想していた。無茶苦茶な理論を振りかざしながらもどこか真っすぐに仲間を思う強さがある姿。懐かしい再会。憧れた男の血を受け継ぐ男は変わらない。


 そのくだらない禅問答に観客たちの期待も高まる。そして、マカダミアの生徒達には様々に思わせるものがあった。大半の生徒がデットエンドの変化を感じ取っている。


 今までの傍若無人なデットエンドとはどこか違うと。


 観客席にいるミカにもそのセリフはしっかり届いていた。


 胸の前で強くワイシャツを握りつぶす。伝わった。田中の誇りを守ろうとする強の言葉が、田中が必死にここまで頑張ってきたものが形になったことが――彼は敗北などしていない。


 彼はこの勝負に勝ったのだ。


 誰よりも真っすぐに戦ったからこそ変えることが出来たのだと。


 自分の主人公が偉業を成し遂げたのだと。そして姿を変えたのだと。


 その真実が胸を突き、その目からは一筋の涙が零れた。


 そして、闘技場に向かって憂いを込めた言葉が口から漏れる。


「本当にっ……ふざけたやつ……」


 木下昴は強の活躍を期待し目を輝かせる。


「師匠、超カッコいいです!」


 圧倒的な強さを誇る姿に憧れた。


 何者にも負けない精神に痺れた。


 期待を込めて両手を握ってあとは待つだけだ。


「強ちゃん……」


 その隣で幼馴染は胸の前で手を握り、


 強く目をつぶって祈りを捧げていた。幼馴染の無事を祈るように。


「出ないって言ったのに……」


 心の中でどうか無事であることをひた願う。


「おねぇいさん――?」


 その姿を横目で捉えた木下昴は違和感を覚える。




 色々な想いが交差する闘技場。


 そして、試合の開始が審判の口から発せられる。


試合開しあいかい――」


 審判が口を開くと同時に獣が獲物を仕留めに狙う。足裏に力が入る。大地を掴むように指が曲がる。戦闘態勢は完全に出来上がっている。如月も同様に指を鳴らすために腕を高く突き上げる。


 ――お望み通り、すぐに終わらせてやる。


 左足を軽く地から浮かせ、後方の右足で強く踏み込む。


「——シッ!」


 銀翔の顔が闘技場を駆け抜ける黒い不吉を追うように素早く動く。


 ——ハヤイ!?


 出だしからして初速が違う。今までの戦闘とは異なる。


 銀翔のイメージより幾分早い。学生の域を遥かに超えている。


 距離を意味を成さず、無となる。止める間もない程の電光石火。


 ——はや……ッ!


 止まることを知らないスピードが如月を襲う。


 人間の肉体の大きさがありながらフレームが飛んだように感じている。気がつけば獣の殺気が解放されている。如月が指を鳴らすよりも早く射程距離に入っている強の姿。


 ——間に合わな……


 僅かなタメの時間が姿を如月に捉えさせる。


 体の勢いを止めるように左足を地につけ体を捻転させている。


 砲弾の威力を上げるために。


「ウッラァアアアアアアアアアアア!!」


 空気を裂くような咆哮。


 引き絞られた右腕は風を切り裂く。


 豪腕による横一線の一撃。獣が振り終えると同時に数々の戦いで削れたリングの粉が遅れて宙を舞う。それは暴風となり二階の観客席にまで届き吹き荒れ観客の髪を乱暴に揺らす。


「師匠……スゴッ!」


 会場に吹き荒れる風と粉塵が観客の視界を奪う。


 今日見た試合の中で一番の威力を持つであろう一撃だった。


 圧倒的な一撃。


 だが――


 ——感触がねぇ……な?


 獣の腕には感触が無かった。大振りで放ったフックは相手を捕えれば粉砕できた。それほどに力を込めていた。ソレを躱されて怒りが溜まる。


 ——どこに行きやがったッ……!


 己が一撃で上がった粉塵が視界を奪う。


 その中で如月は僅かに距離を離していた。


 ——指を鳴らす暇もなかった……ッ!


 咄嗟の反応で何とか凌いだに過ぎない。完全に油断を突かれていた。これほどの実力者だとは思いもしていない。それは体感しなければ分からない凶暴性に他ならない。


 ——いったん……距離を!


 そこに居て見つかれば間違いなくヤツの牙が届く。この粉塵に紛れて離れることに動作を切り替える。


 だが、そのわずかな気配を匂わせてはいけなかった。不吉な獣は動かずに気配を探る、敵の気配。


 ——ソコか……ァアアアアッ!


 視線の外側の気配を感じ取る。微妙な違和感。巻き上げた粉塵の煙の中で不自然に途切れている箇所。それは強の圧倒的スピードに如月の能力が不完全に発動した形跡。


 指を鳴らす間もなかった。


 強の電光石火の一撃に対応が遅れたが故に発生したもの。


 その場で飛び上がる強。獣は顔の向きを変えるのではなく左足で地を蹴り体を宙に上げる。わずかに浮きあがる体。


 ——何を……。


 如月に見える飛び上がった背中。だが突如として変化が起こる。それはサッカーのオーバヘッドキックに近かった。方向を急激に変えて襲い掛かる。後方に向かって体を縦に旋回させ、刃を振り下ろすように鋭く速く右足を打ち下ろすような蹴りが背後に向けて放たれる。


 死神の鎌のように鋭く、


 剣よりも切れ味鋭く、


 命を狙いに行く空中後方縦型廻し蹴り。


「うわぁっ――と!!」


 如月は迫る刃に反応をする。


 後ろ向きで飛び上がり無理な体制から生み出した、


 僅かなタイムラグを有効活用する。


 如月の動揺を誘うが二撃目も躱された。


 躱された足は闘技場の岩盤へと直撃する。開始前に説明が合った通りにどんな攻撃にも耐えうる設計をされている。そして何より銀髪男の陰陽術式の結界が施されているリング。


 ——足を痛めろ!


 如月の頬が緩む。それはここまでの全試合で粉塵程度しか欠けていない。頑強なリングは幾度となく学生たちの戦闘に耐えてきた。リングに向かって失速することなくその強大な力は振り下ろされる。


 銀翔衛に悪寒が走る。


 ——まさか……。


「ダラァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 野生の雄たけびと共に


 強度など構わずに振りぬかれる右足。


 銀翔のイヤな予感が的中する。


『バカは加減がヘタクソだからな……』


 山田のオロチという男が語った凶暴性が目に見えて発動している。


『殺人大会にしないように注意はしたが感情で制御を失っちまうからどうしようもねぇ。殺人級のバカ力だからな……』


 結界で補強したにも関わらず頑強なリングなどものともしない力。ピーラで野菜の皮をむくように右足が触れた部分を高速で削り弾き飛ばす。


 ——制御出来ていないッ!?


 舞い上がる岩盤。


 銀翔が慌てて右手で印を組む。


 削られた岩盤は吹き飛び相手側の入場口に大きな音を立て突き刺さる。


 ——観客に被害を出す気か……イヤ。


 会場に響く破壊音。辛うじて間に合う結界の補強。

 

 ——如月くんを倒すことだけに意識が行き過ぎているッ!!


 揺れる観客席もはや学園対抗戦の領域を遥かに越えている被害。


 悲鳴にも似た声が会場から上がる。


 ただ躱されたあとも獣は冷静だった。


 会場のことや被害などお構いなし。


 ただ殴る。それだけの衝動に駆られている。牙を隠すことなどない。


 頑強なリングを破壊し、


 勢いそのまま一回転し敵に背を向け、


 剥き出しの闘争心と殺意は相手を逃がさない。


 ——早く、距離を!


 尋常ならざる力を目に見せられて如月に焦りが生まれる。


 そこにいる獣は他のものとは違う。


 不吉で異質で異常の塊なのだと。


 ——な……にガァッ!


 後ろに飛ぼうとした瞬間に自分の体が見えないものに背中を抑えられた気がした。獣に向かった自分の金髪が揺れる。そして、獣の黒い髪も同じように自分に向かって向いてくる。


 ソレは――驚異的な速さで削り取られた空間。


 ——吸い込まれッ……


 尋常ならざる力で急激に削り取られた大気は、


 真空となり周囲の空気を急速に吸い込んで元の形に戻ろうとする。


 ——れるッ!!


 それもあまりに強すぎるが故、大気の流れに如月の体が強の蹴った後に吸い込まれるように引きずられていく。強の背中に向けて吸い寄せられていく。


 左足が地上につくと同時に体を捻り反転して、


しまいだ――」


 引き寄せられる相手を待ち構える姿勢に一部の淀みもない。


 殺意を拳に込めている。逃がす気などない。


 この一撃で相手を刈り取る力を存分に込め終わった。

 

「金髪——」


 下から抉るように斜めに撃ちあげる。


 右腕で得意のボディブローを狙いにいく。






「クソ野郎ォオオオオオオオオオオオオオッ!」






 息もつかせぬ、


 縦横無尽の疾風怒濤の螺旋三連撃――。



 確かな感触が拳を伝う。鈍い音を発し爆音を会場に響かせた。


 暴風が如月の髪を揺らす。その殺意を込めた強撃には確かに感触があった。


 ——カテェ……な。


 だが、僅かに届かなかった。


 砂塵が落ち着き、闘技場に映るは――




「涼宮君————フライングだ……」

 

 


 銀髪の男。


 強の右拳は、二人の間に体をいれた銀翔によって逆手で受け止められていた。僅かだった。それはほんのコンマ数秒のフライング。だが止めざる得なかった。


 威力や攻撃の桁が違いすぎる。


「アレはしょうがない。あのバカ加減を忘れやがって」


 オロチはため息をつきながらも銀翔の判断を褒める。


 銀翔が止めた理由は如月の身を案じたため。


 すでに二撃目の時点で対処を考えていた。


 リングを削りとるほどの一撃。それだけの情報で理解できる。


 限度を超えていると――。


 特殊な能力では破壊できないリング。それだけのを付けている。


 予想外なのは強の一撃の威力。どうしようもないほどに抑えきれない力。


 正しい判断だった。


「涼宮ぁああああああアアアアア!!」


 オロチは声を荒らげて闘技場に叫ぶ。


 闘技場に届いた声に、


「――チッ」


 獣は意味に気付き不満の色を表した。


 ——ウルセェな……あと少しだったのによ……。


 命拾いしたなと金髪に向けて冷めた流し目を送り元の位置へと戻っていく。


 如月の冷や汗が流れ出る。銀翔が最後の一撃を止めていたが、


「スゴイ……他の雑魚とは」


 如月は今日初めての一撃を受けていた。


 ジャージに縦の切跡が二撃目の風の攻撃できた服の切れた隙間から


 彼の腹筋が露わになっていた。


「違うってことか……」


 それは彼の衣服を風が切っただけ。それだけ、だったが、


 確実に爪痕を残していた。獣の異常な本来の力。


 気を抜けば殺されると十分に分かるほど恐怖。


 それでも――


「面白い……耐久戦と行こうか」


 如月隼人は笑みを浮かべる。圧倒的なラスボスを前に彼は戦い方を決める。


 数十秒と止まっていた。


「フライングにより……」


 恐怖と爆音に何をしていたかも分からない。


「……いったん仕切り直しとなります」

 

 一つ次元の違う戦いに何も言うことはない。


 アナウンスは毎度のように遅れて状況を伝えることしかできない。


 観客は一連のやりとりで止まっていた呼吸を元に戻すだけだった。




≪つづく≫

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