第38話 二か所で試合が始まりを告げる

 待てども、待てども……二人は帰ってこず。


「これは両者とも一歩も譲らない戦い! 己の死力を尽くして相反する能力の応酬! 限界を超えた限界の先へ望む戦いだぁあああ!」


 三位決定戦という決勝前にゴミ順位を決める戦いが行われていた。


 文字通りゴミみたいな試合である。戦いにすらなっていない。


「またもや拮抗した能力と能力! 限界の果てに彼らは何を見るのかッ!」


 というか、なんか疲れ切っている。アホな奴らだ。


 本気でやりすぎるからこうなる。


 アイツらも塩マインドゼロに陥るかもしれなんだ。


 マインドゼロって、熱中症的なものか?


 俺は軽蔑けいべつの眼差しで闘技場を眺めていた。


「師匠、もうそろそろ出番ですね!!」

「あん?」

「決勝も度肝を抜いてやっちゃってください!!」

「……」


 俺は無言で無視した。赤髪チビ子、なんだろう。


 どうして、コイツここにいるんだろう。


 そもそも最近当たり前の様に俺の近くにいるけど、誰だ?


 俺はこいつの存在を認知していない。


 誰がこいつを連れてきた……ピエロか?


「師匠が本気出せば、瞬の殺ですよ!」 


 俺の中で存在意義が確立されていない存在が俺の近くにいる。


 そして、師匠と月謝も払わず呼んでくる。うん。決まった。


 此奴コイツのあだ名は邪魔もの。騒がしい邪魔もの。


「師匠、瞬き一つせずに見届けますから!」


 者ではなく、である。


 人として扱うにはあと何年かかるのだろう?


「うぅううん」


 そんなことを考えていたら、俺のジャージが強く引っ張られた。


 こんな訳の分からないことするのは奴しかいない。ド天然バカしか。


「玉藻やめろ……」

「なに?」

「うぅううん」

「ジャージが伸びる……ん?」


 振り返ると猫耳幼女が必死な顔で俺のジャージを引っ張っている。


 玉藻じゃなくてセンターのヒロイン。


「なんだよ……?」

「お願いです。涼宮しゃん、来てください!!」


 幼い顔の目がうるんでなんか必死に俺に訴えている。少し困った。


 どうも女には……強く出れない。おまけに幼女とかやめて欲しい。


 さすがの涼宮強でも子供相手に容赦ないことはできないよ。


「強ちゃん……」


 玉藻は心配そうな顔で俺を見てるし。


「涼宮しゃん……お願いします」


 板挟みだ……。


 俺は困った顔で猫耳に決まりきった回答を告げる。


「俺はもう……戦わねぇぞ」

「師匠、どうしたんですか!? お怪我でもされてるんですかぁああああ!!」

「それでもいいんで来てくだしゃい……お願いします」


 邪魔ものの発言はとりあえず無視なので、猫耳である。


「どうかお願いします!! お願いしましゅ!!」


 猫耳っこは勢いよく頭を下げて懇願してきてる。


 その姿に思わず頭をかいてしまう。


 ―—ここまでやられると……どうもな~。


 俺は玉藻をちらりとみる。


「……強ちゃん」


 行っちゃうのみたいな表情をされても。そんな心配そうに行かないで的な雰囲気だされて俺にどうしろと……あちらを立てればこちらが立たず。


 八方塞がりの中で取れる手段は一つ。


「玉藻、大丈夫だ。もう戦わない。けど、ちょっと行ってくる」


 両方の希望に沿うように回答をすること。


 玉藻が戦わないでということであれば、


 戦わずに付いていくだけならOKだろうということである。


「……うん」

「ありがとうごじぇいます。ありがとうごじぇいます!」


 猫耳は涙と鼻水を垂れ流し俺にお礼を言った。なんで、この子こんな必死なんだろう。それほど重要な話なのだろうか。俺に恨みがあって集団で襲い掛かる為の罠だとしても構わんが。


 返り討ちにすればいいだけの話だし。


「早く……連れてけ。どこに行けばいい」

「こっちです!」


 俺は猫耳の美人局つつもたせに従って移動を開始する。



◆ ◆ ◆ ◆



 私はすがるような気持ちを胸に助けを求めて会場の中を走り回った。

 

 何処にいるの――?


 観客席を見渡しながら走り回る。私には戦闘能力は無いに等しい。櫻井先輩もあの夏に垣間見せた実力はあるかもしれないけど、あの人の出してる雰囲気は普通じゃなかった。


 ―—櫻井先輩が


 ―—アノ人はなんか危険な人だ……。


 それにさっきのやり取りも普通じゃない。なにかおかしい。


 私に話しかけてきたのを先輩は止めた。そして相手の腕をずっと掴んでいた。


 きっと、そこから何かを読み取っていたのだと思う。


『嘘つくのも大概にしろや、火神恭弥』


 だから、先輩はあの人を私から遠ざけようとして外に連れ出したんだ。


 それに先輩の最後のあの表情は良くない感じがする。


 わからない恐怖が想像を駆り立てる。だから走り回る。


 広い会場の中を見渡すように。


 ―—息が苦しい……でも、早くしないと先輩が……


 誰か、誰か。お願い――。


「――アッ!?」


 願い続ける私は壁にぶつかったような衝撃を受け、


 臀部を床に打ち付けた。私は痛みに耐えてすぐに謝る。


「ごめんなさい、急いでて!」


 早く先輩の為に探さなくてはと急いでいると、


 相手は不思議そうに私に問いかけてきた。


「大丈夫、どうしたにょの? そんな慌てて?」


 その男は猫なで声でぶつかって倒れた私に手をさしだした。


「よかった……いた」


 私はその姿に安堵を得た。この人なら間違いない。


 先輩を助けられるはずだ。実力的に私が知る中でも、


 ——最強に近いから。


「お願いがあるの!」

「お願い?」


 私はその男に願いを託すように話を全て伝えた。



◆ ◆ ◆ ◆



「ここか?」

「ハイ! とりあえず中に入ってくだしゃい!」


 俺はセンターの片割れに連れられある場所を訪れた。


 結局は元居た場所に戻ったということ。先程来た救護室の扉を開け中を歩いていくとセンターが白いベッドに横たわっていた。窓から夕日が差し込みセンターをオレンジ色に染めている。沈んでいく日の光を浴びて静かに穏やかな笑みを浮かべて佇んでいる。


「涼宮来てくれたんだ、よかった」


 来てくれたも、なにも……。


「あんな猫耳幼女差し向けといてよく言うぜ」


 来させたのはソッチだろうと思う。


「試合出ろっていうなら、どんだけ頼まれても出ねぇぞ、俺は」

「わかってるよ。少し涼宮と話がしたくて……ごめん、呼び出したりして」

「ホントだ……」


 俺は椅子に腰かけ病人に定型文を投げつける。


「それよりお前の具合の方は大丈夫なのか? なんかマインドゼロとかいうやつは?」


 不貞腐れている俺にセンターは少し笑いながら話始めた。


「ありがとう……まぁ涼宮のおかげで命に別状もないし」

「オイ……豚の話じゃ命に関わらないはずだろうが……」


 豚に聞いた話と違う。


 マインドゼロって動けなくなるだけってやつは言うてたぞ。


 ——アイツ、この件では何も知らない俺を良いようにだまくらかして……


 積み重ねてきたモノが人格を形成する。


 アイツの俺に対しての行為はどうだろうか。


 ——やっぱり一度、殺すか?


「みんなが回復してくれたおかげで体調も大分戻ったよ、ほらこの通り!」


 俺の話を無視してヤツは続けた。俺の前でセンターは両腕に力こぶを作り元気な様を表している。腕を勢いよく上げてアイテテとなってるが、まぁ見るからに顔色も良くなっているし、声色も元気そうだ。


「元気そうでなによりだな」


 人の話は無視しておいて超元気だな、こやつは。


 心配して損した気分だ。俺が呆れているとセンターが上げた腕を降ろして肩を落とした。何か残念そうにしている。


「だけど……決勝は出れない。もう今日は何もできないや」

「よかったじゃねぇか。奴隷騎士として扱われなくて」


 むしろ、羨ましい状況だ。俺がそうなりたい。


 どうやったらなるのか、マインドゼロ?


「そうだね。奴隷騎士か……ぷぷぷ」


 何笑ってんだ? どうした?


 顔面蹴られた試合があったから、頭がいかれたか?


「……涼宮、少しだけ話を聞いてほしいんだ」


 笑い終わるとヤツはまた俺の眼をまっすぐとみた。


「時間をくれないか?」

「手短に話せよ」

「わかった」


 その為に呼ばれていることぐらい分かっている。今までのは話に入るための長い前置きの世間話だってことも。それぐらいの常識はある。それでも、何か不思議な感覚がする。


 なぜか終始センターは穏やかだ。


 それがなんか不思議な感覚を俺に与えてくる。


 大体が俺を見ればビビる。どんなやつも脅える。


 なのに、センターはなんでこんなにも落ち着いてるんだろう――。




◆ ◆ ◆ ◆




「いよいよ皆さま、この長き一日も終わりを告げようとしています」


 もうすでに戦闘は終わりを迎えていた。


「大分お疲れのことだと思われますが、それではいけません!」


 学園の誇りをかけた戦いもいよいよ大詰め。


「今年の締めくくりですよ……気合入れていきましょう!」


 色々イレギュラーばかりの大会で疲れていたアナウンサーも、


 最後のスピーチに気合が乗る。


「これが正真正銘最後の戦いになります! ここを見ずして何を見るのか!」


 最初と同様これでもかとテンションを上げて会場を鼓舞する。


「夢を掴むのは果たしてどの代表か! 残されたのは二校!」


 一日の終わりの瞬間を最高潮で向かえるように会場全てが熱気に包まれていく。その光景は救護室内のテレビに闘技場が映っていた。今年の決勝を間近に控え闘技場にはアナウンスが流れる。


「これよりカシューナッツドッグ学園とマカダミアキャッツ学園の決勝をとり行います! 一歩も譲る気はないといった両校全勝同士!」


 総当たり戦の結果、四勝同士。


 文字通りこの決勝で全ての勝負がつく。


「今年の2016年度学園対抗戦の覇者がこの戦いで決まります! 頂点はどちらの手に!?」


 文句なくどちらが2016年に名を残すべき学園なのかと。


 だからこそアナウンサーの気合もはいる。


「これより決勝前に両校の紹介VTRが流れます!!」


 今日という日に即日製作のされた動画。何人もの一流スタッフが丹精を込めて作り上げた結晶。一試合一試合を丁寧に丁寧に切り取りBGMを付けたMAD動画。


「皆さま、スクリーンにご注目下さい!!」


 小泉の氷系能力が作り上げる芸術の造形。そして田中が槍を勇ましく振るう姿。


「期待してるぞ、マカダミア!」「田中さん!」「いやいや、まだアイツらが出てきてないだろう!」「そうだ、そうだ。今年のダークホースとMVP候補がまだ残ってるぞ!」


 それに観客からの声が飛ぶ。野次ではなく何かを期待する声。


 幾重にも重ねてきた戦闘シーンの名場面の切り出し。


 これまでの両校の軌跡を描き出す至極のムービー


「……」「……」「……」「……」「……」「……」「……」「……」「……」「……」「……」「……」「……」「……」「……」 


 となるはずだったのだ――。


 学園対抗戦で毎年撮れ高を記録する瞬間の予定だった。誰もがその残された映像に言葉を無くす。見ていて何も楽しくないのだ。派手さも動きも無い動画。だが局としては黙っているわけにはいかない。


 ここが視聴率の稼ぎ時なのだ。


「おおっと、涼宮選手の出す破格の殺意を前に轟選手がビビッてダウンしたぁあああ!」


 誰にも見られていない。声だけしか聞こえない。


 その声は元気に楽しそうに解説を入れているが、


 その実――アナウンサーは泣いていた。


『じゃあ彼の決勝の紹介VTR作れないじゃない!』


 放送事故にもあった内容である。


『だからマズイから、どうにかアドリブで伸ばしてくださいってお願いしてるんですよ!』


 そうアドリブであり、無茶ぶりである。


 あの後またスタッフから無茶ぶりが追加されたということもある。何度スーパースローにしても何が起きたかが全くもって映像に映っていないのだ。何をしたのかという議題を決勝前までに紐解くには時間が足りなすぎた。


 なので、台本がないのだ。


「涼宮選手、瞬間移動のように背後に立っているぅうう!」


 もはやアナウンサーも何を言えばいいのか台本がない状態。極限のアドリブ。謎の静止画に近い映像の数々にせめて動きと感動を与えようと必死こいている。仕事に手を抜かないところはさすが今年の学園対抗戦アナウンサーに選ばれた者という他ない。


 彼女もまた戦っているのだ。


 現場で一分一秒と静まり返っている沈黙の会場のテンションを――


 無理やりどうにかしようと戦っているのだ。


「涼宮選手の謎の力が発動すれば相手は立っていることを許されないッ!」

 

 もはや自分でも謎とか言い出す始末。何を言えばいいのかもわからない。


 誰か助けて、スタッフぅううと心で泣いている。


 だが彼女の試練は終わらなかった。


 涼宮強以上に問題が多いのが残っている。


「これは如月選手の指パッチン炸裂! 相手選手が血を拭きだす!!」


 静止画が終わりを見せない。見えるのは指パッチンのみ。どうしていいのかもわらかない。会場はただ無言でモニターを見つめている。選手一人に尽き一分ぐらいの尺だがとても長く感じられている。


 終わらない映像と叫ばなければならない恐怖がアナウンサーを襲う。


「指パッチン! 指パッチン!!」


 もう映像に対するアテレコに対しても限界が近い。テンション高めな声だがアナウンサーは泣いている。何かの新しい一発芸になりそうフレーズ。


 解説でもなんでもない。やけくそである。


「何が起きたかすらわからない! この能力がなんなのかもわからない!」


 もはや自分たちの状況の解説に入ってる次第である。何もわからない。映像では如月は全然動いていない。唯一映っているのはあの姿だけである。


 やけくそである。


「指パッチン! 指パッチン!!」


 合いの手に使われる今年最後のフレーズ。彼女の功績は思いのほかデカい。観客が耐え切れずにクスクスと笑い出した。しかも如月のVTRが長い。一人一分のはずだが出場選手が一人だけの為に三分だ。


 やけくそである。


「指パッチン! 指パッチン! 擦れば勝ちだよ、指パッチン!」


 アナウンサーもやけくそ気味である。その姿を見たスタッフたちは謎の感動に包まれる。この最悪な状況下でまだ声を出し続ける彼女の姿は英雄だ。裏で泣いてても声は違う。元気にはじけ飛んでいる。


 やけくそである。


「あっ、それ指パッチン! あっ、ほれ指パッチン!」


 だが、時としてやけくそが功を奏す。スタッフがざわつき始める。動きが無く何をしているかも分からない糞ツマラナイ動画なのに。


 やけくそが功を奏す。


「会場に変化が出てる……」

「これは……来てるか?」


 音頭を取ると会場もわずかに反応を返し始める。小さいお子様たちに大人気の指パッチン!。楽しそうにアナウンサーの音頭に合わせて笑いながら行われている。誰でも楽しめる指パッチン!


「全試合でも指パッチン! どこでも指パッチン!」


 やけくそのリズムがまたいい。段々と大人のノリがいい人達も参加し始める。


 会場全体が指パッチン!ブームに侵されていく。


「瞬殺だよ、指パッチン! 指パッチン!」


 アナウンサーの声に合わせて会場のテンションも上がっていく。大歓声の指パッチン!。笑い声と共に皆が指をパチンと鳴らしている。アナウンサーも無茶苦茶なテンションでマイクに向かって両手で指パッチン!である。


「これは……来たぞ!」

「流行語狙えますよ、プロデューサー!」

「あぁイケるぞ……これはイケる、勝つる!!」


 会場全体とシンクロする指パッチン。段々とリズムが変わっていく。アナウンサーが手拍子も入れ出し指パッチンに変化を与えていく。それにつられて会場全体が大きな音を鳴らしだす。


 それにビックリするのはプロデューサーである。


「これは……まさかアイツ!?」


 偶然の産物による、名曲の再現。そして決勝という舞台に持って来いのBGM。アナウンサーの戦い。それは自分への応援歌だったのだろう。頭の中で流れているリズムをそのままに描き出した結果。


「あの曲を使う気か……!」

「許可取ってませんよッ!」


 かのタンクトップおじさんことクイーンの名曲――


『ウィー・ウィル・ロック・ユー』。


「エビバディ――」


 もはや、歌詞の一部がそのまま出ている。


「ユービー、ユービー、パッチン!」


 ほぼ出ている。包み隠さずに出てしまっている。


 会場全体がそのリズムを指パッチンで整え始めた。最高潮に湧いていく会場。感動に浸るスタッフ。勝ちを確信するプロデューサー。そして大粒の涙を飛ばしながらもやけくそに頑張るアナウンサー。


「レッツ詩吟しぎん!」


 ぎんじてしまうようだ。それでは吟じます。


「エビバディ――」


 けして、エロイやつではない。


「ユービー、ユービー、パッチン!」


 それらが会場全体を包むほどの奇跡を起こした。


 そして――アナウンサーの長い四分間の静止画との戦いは勝利で幕を閉じた。


 しかし、それは紹介VTRが終わっただけのこと。息を整え声を整える。


「決勝戦のみ、バトルの臨場感を伝える為に特別仕様となっております! 特別ルールにより闘技場内の会話が放送されます!」


 やっと普通の紹介に入れると気を取り直してアナウンスも決勝に向けてテンションが上がり始めている。


「熱き学生たちの生々しい魂の声を聞けぇえええええ!!」


 うぉおおおと会場が湧いた。アナウンサーはやりきった。泣きながらやり終えた。記憶などほぼ残ってない。途中から泣きながら指パッチンしまっくっていただけなのだから。自分が勝手にクイーンの曲を使ったことすらわかっていない。


 疲れながらもスタッフたちの様子を伺うように顔をゆっくりと向けた。スタッフたちが泣いている。カンペの用紙に大きく『最高でした!』と書かれている。横でプロデューサーがよくやったと言わんばかりに頷いてる。


「私、やりきった……やりきったんだ……」


 アナウンサーにとっても頂点の戦いだった。


 彼女でなければこの大役はどうにもできなかっただろう。


 問われたのは放送事故に対するアドリブ対応。


 戦い終えてその光景を見て考えることは一つ。それは後に実現されることになる。それは今夜おきること。それは大々的なニュースとして取り上げられることになる。


 指パッチン事件と――。


 彼女は無我夢中でやり遂げた。疲れ切った体で彼女は決心を固めた。


「プロデューサーの野郎――」


 学園対抗戦終了後の打ち上げでアナウンサーは一発かます決心だ。


「打ち上げでドタマかち割ってやるから覚えてろよ……」


 プロデューサーの頭をかち割るのだ。大晦日最後の仕事であり注目の的である中での最大級の無茶ぶり。憎しみは半端ない。アナウンサー生命を殺しにかかる所業。許せるわけがないのだ。


 このあとビール瓶で頭を思いっきり殴りつけるのがこの話のオチである。


 それは年明けのニュースで大々的に語られることとなる。


「……強ちゃん」


 闘技場を心配な目で見つめる優しい女性がいた。その子は幼馴染の心配をしていた。彼女が知っている幼馴染は優しい。もしかしたら試合に出てしまうかもしれない。そういう懸念を感じていたから。


 彼女は彼の姿を探していた。


 そして、両校の選手が入場してくる。だが会場はまたざわついた。異例尽くしの大会。何が起きても不思議ではなかった。それでも決勝という舞台で起きるとまたインパクトになってしまう。


「どうしたんだい? 他はみんなリタイアでもしたのかい?」

「違うでふよ。一人は遅れてくるでふ……」


 両方一人ずつ――金髪と豚野郎しか出てこなかった。


 田中は答えを返す。もう一人はきっと来るという期待込めて。


「まぁ、うちの方針は元よりおひとりさまひとつまで、でふから――」


 来なくても構わないことだと竜騎士は戦闘モードに入り槍を下に向け身構える。


「俺がお前を倒して終わりだッ!!」


 そして、その二人の会話は場内で放送されている。


 それはアナウンサーにも聞こえている。


「これは両校一歩も譲らない!」


 仕事になればスイッチが入ったとばかりに会場に熱を伝える。


「如月にあの無能力者無しで勝つつもりなのか、わん?」

「田中君が倒して終わりだにゃんよ! うちの方針は一人一勝だにゃん!」


 VIP室でも猫と犬の一歩も譲らない戦いが始まっている。


 初めて聞いた作戦をそのまま犬に自信満々に告げているにゃんこ校長。


 だが内心焦っていた。


 ——涼宮君は……いったいどうしたにゃん。嫌な予感がするにゃんよ……。


「では、お手並み拝見と行きましょうか、わん」

「にゃんとでもいうがいいにゃん!」


 犬が余裕を見せているのに猫は強い眼差しを闘技場に向ける。


 そこで金髪は失笑した。わんわん校長の発言を復唱するように。


「君ごときで僕を倒す?」


 負ける気など一ミリも無いと言わんばかりだった。田中を弱者としてる見ている。自分だけが強者であり他の者は弱者であると。必然的に負けることなどないのだと。


「寝言だよ、まったく。夢の中にいるみたいだね。僕が叩き起こしてあげるね」

「やれるもんならやってみろ!!」


 両選手が戦闘に向けて構えを取り終えたところで


「決勝開始ぃいいい!!」


 すかさずアナウンスが流れた。



◆ ◆ ◆ ◆



 会場で決勝が始まろうとしている中で――


 他のところでも試合が始まろうとしていた。ピエロは涼しい顔をして戦いの場所まで移動を終えていた。その姿に火神は違和感を覚えている。


 ―—なんだこいつ……


 火神はピエロをグラサン越しに睨み考えていた。


 ―—アレだけの速度で移動して……涼しい顔してやがる。おまけに息ひとつ乱れてねぇってのはどういうことだ。どうもこいつは違和感だらけだ。それに佇まいが普通じゃねぇ。


 野球場までの火神の前を走っていた移動速度が速かったのにも関わらず平然としている。それにピエロはいつものおちゃらけた表情ではない。その佇まいはどこか儚さを醸し出しつつも、それは冷静で冷酷な感じを思わせる。


 ピエロは火神の窺うような視線をきにせずに横目で戦闘場所で静かに視線を浮かして辺りを確認する。ピエロは戦闘においてステータス的には学生の中では高い。あくまで学生の中である。


 但し、それは後天的に日夜鍛えたものがほとんど。


 櫻井はあたりを確認しながら考える。


 ―—遮蔽物はなし……下手に障害があると後々厄介になる。


 ピエロは戦闘においてある点を重視する。


 それは彼の持っている能力に付随している考え方の根源にもある。


『能力戦において相手の能力を先に知るということは勝敗を分ける一つの要素となる』


 戦闘の勝敗をわけるのは単純な戦闘力だけではない。如何に情報を得るか――能力戦においては『情報』とは重要な駆け引き要素である。能力を先に知ることで活路を見出すこともある。


 そして、それこそが彼の真骨頂――。


 櫻井には異世界でそれしか能力を与えられていないから、


 それは必然だった。


 ただ彼の能力も万能ではない。触った瞬間に全ての欲しい情報を得られるわけでない。触ってる時間に応じた限られた情報であり、彼が処理できるだけの情報である。


 そして彼の能力には二つの条件がある。


 それは触れたときに見合った条件が選ばれる。


 一つ目は彼が欲しいと思った情報


【これを発動するには、彼の意思が明確に固まっていることが必要である】


 二つ目は彼が何も考えなかったとき


【これはその時の相手の思考を読みとるだけに収まってしまう。相手が直近で考えていることのみである】


 ピエロは確認を終え冷静な表情のまま相手の顔を見据え、口を開いた。


「火神さん……あまり独断行動をとるのは良くないですよ。下手にデットエンドの周りの人を刺激しないでください。何が起こるかわかりませんから」

「テメェ、一体……どこまで知ってやがる?」


 火神にとって一般では知りえないはずの情報をペラペラしゃべる学生。


「ただの学生だぁー!」


 一介の学生の域を超えている。正体が掴めず奥底を見せない男。


「笑わせんなッ!!」


 それが火神をイラつかせる。全てを知ったうえで自分と


「調子に乗りすぎだ……オマエは! この火神様相手に!!」


 戦う覚悟を決めていると言わんばかりの態度が気に食わない。


 火神の手をオレンジ色の炎が纏う。


 火の粉が舞い散る中、それをピエロは静かに見据える。



 二か所で試合が始まりを告げる――



≪つづく≫

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