第31話 反則したのはあの豚野郎です。

 俺は水分と焼きそばを補充し次の奴隷試合に向けて入場口のベンチで広げていた。その横でセンターが顔を叩き試合に向けて気合いを入れている。


 二人とも傷は治っている。おそらく休憩中に回復行為を行ったのだろう。


 雑魚は休憩もまともに取れなくて大変だな。


「それじゃあ、行ってくるよ!」

「頑張ってくるデフ」


 俺はもう寝すぎて眠れないので、


「1勝でいいからな。だ」


 一応、返事を返す。


 まぁ雑魚だし怪我するし、しょうがないから一人ぐらいは倒してやる。


 あの程度の連中なんて、ワンパンで秒殺だしな。


「まかせてよ!」


 俺の返事にヤツは気持ちよく熱血で返してくる。


 ――こいつ、真正のドMか?


 センターセパレートはうれしそうな顔して奴隷戦闘に歩き出した。こちらが出ればあちらも出てくる。相手側はいかにもコサックダンスを踊りそうな大中小の奴らから、小が一人前に出てきた。


 あの帽子どこで売ってるの?


「ジュルっ」


 ――何の音だ?


 俺がセンターを見ていると不快な音が突如聞こえる。音がする方へ俺は顔を横に向ける。横で豚が俺の焼きそばを食べたそうに見てよだれを垂らしてる!?


「これは俺んだ!!」

「ぶひっ!」


 ぶひっ、じゃねぇ!


 油断も隙もねぇ!! いじきたない豚め!!


 貴様に食わせる焼きそばはねぇッ!!


 焼きそばをその場から持ち上げ俺は高く掲げ豚から離す。


 そして、早く食べないと食われそうなので急いで箸をつけることにした。


「それではマカダミアキャッツ学園とらっかせい熊のぼり学園の試合を開始しまぁああます!」


 おいおい、熊のぼりってどこの鑑別所? 網走って有名なやつがあるけど。


 まぁマカダミアも監獄だし。そもそも、どうして学校名が無理くりナッツ系のネーミングなのだろう。落花生とかって千葉が原産だろう。


 むしろ関東が落花生なのではなかろうか。


 それを言ってしまえばマカダミアとかハワイになるのか。


 酒飲みながら誰かが決めたような名前だな。


 間違いなくお偉いさんたちが酒飲みながらおつまみで決めたのだろう。


 そんなことを考えていたら腹が減ってきた。


 だから俺は箸を割って準備を整える。


「始め!!」


 俺を恨めしそうに見る豚を横目に、焼きそばを食べ始め試合観戦する。


 二人は丸いリングをぐるぐる回って攻撃しあっている。センターセパレートが氷の尖った柱を出し相手を攻撃していく。上空にニョキニョキ生えてくる氷柱が相手に向かって飛んでいく。


「飛び道具系だったのか、センターは……」


 食らったら冷たそうだ。


 それを相手選手は間一髪のところで移動しながら交わしていく。その移動する靴が何やら若干輝いて見える。ただでさえ小さいのにそんな光る靴履くとか、アイツ……子供かよ。


 あだ名は『キラキラシューズ』だろうな。


 絶対馬鹿にされてる。高校生になって光る靴とかちょっと引くわー。


 なんか鳥肌立ちそう。というか本当に立ってるし……いや違うか。


 何か違和感を感じた。辺りを見渡すと微かに白い煙がたっている。


 ――いやに……さっきから会場がやけ冷え込むな?


 俺は寒さに自分抱きしめる。


「なんか、寒いデフ……」


 豚も同じように短い手で自分を覆い震えながら呟いた。


「センターの氷魔法のせいじゃねぇか?」

「魔法じゃなくてあれは能力でふよ」


 なんでそんなことが分かる? まぁ俺は魔法も能力も何が違うのかわからんが。結果氷をだしてるだけだし。何か判別の方法があるのか?



「この寒さはあっちの選手が何か仕掛けているっぽいでふ」


 豚の目には一体何が見えてるのだろう。


 相手は避けてるだけで何もしている様には見えないが。


 豚の発言を元に俺はよーく闘技場を見つめてみる。


 ――若干だが……スピードが上がってねぇか?


 キラキラシューズを履いてる小僧のスピードが序盤より上がっている気がする。避ける挙動が移動というより滑っているように見えている。なんとなくキラキラシューズの影響かリングが輝いているように見える。


 ――どういうことだ?


 覗き込むとリングの表面がワックス塗ったばかりのように輝いている。


 薄ぼやけた人の顔が映っている。それも毎朝見る顔。


 ――鏡……なのか……?


 自分の顔が闘技場にぼんやり映し出されている。知らぬ間に闘技場に霜が張り薄い氷のまくが張り巡らされている。俺は闘技場の端に指をゆっくり伸ばす。


「涼宮だめでふッ!!」

「なんだよ! 急にビックリすんだろうが!?」


 慌てた豚に俺は手を取り上げられた。


「闘技場に他の選手が試合中に入ったら小泉が不戦敗になってしまうでふよ!」

「……」


 くそ、豚のくせに人様を注意するとは……。


 俺はふてくされながらも出した指をひっこめる他ない。



◆ ◆ ◆ ◆



 闘技場の中が寒い。気温が下がってきている、室内なのに?


「どうしたんですか?」


 これは……いつの間にかリングが凍ってる!?


 僕の氷の刃による波状攻撃を軽やかに躱す相手は笑いながら挑発を送ってきた。妙に攻撃をしてこないと思ったらそういうことか。


 いつの間にか相手の術中にはまっていたということ。


 おそらくこれは相手の能力。


 僕と同系統だったのか――


「そろそろ、準備が整ってきましたよ♪」


 闘技場が凍り動きが僕の動きが制限されている。


 相手は気持ちよさそうに氷の上を滑り、


「さぁ、どうしてくれましょうかねー」


 僕の周りを軽快に回り、品定めするように観察していた。


 完全に相手有利のフィールドへと変えられていることに気づかなかった。


「うんじゃあ、そろそろ行きますよ~」


 闘技場の上を滑走するように襲ってくる相手に、


 ――来るッ!


 僕が対応しようと動いた瞬間――


「しまった!!」


 足を滑らせ体制を崩す。


 ――なんだこの氷は! 摩擦が全然ない!?


 体制を立て直そうとするが上手く踏ん張りがきかない。


 ――これが相手の狙いだったのか!?


 足がもつれて横に流れていく。滑ってうまく身動きがうまく取れない。僕が倒れそうになりリングに手を着いたところに滑走してくる相手。


「もらったですよ~」


 僕の顔に相手のつま先が接近してくる。


 だが手を着いた状態から身動きが取れない。回避が間に合わないッ!


「まず、一発~♪」


 相手は態勢を崩した僕の顔にサッカーボールキックを放つ。


「クッ――!」


 僕の顔が跳ね上がり、


 相手のにやけた声が耳に届いた。


「こっからですよ~」



◆ ◆ ◆ ◆



 センター、何やってんだよ。見え見えの攻撃くらいやがって。


 これじゃあ先が思いやられるぜ。鼻血まで出しっちゃってるし。


 コサック野郎が小泉の回りをアイススケートの様に回りボコボコ蹴っていく。


 防戦一方の展開。


 あまりの情けない戦いっぷりに見ているだけの俺の方がイライラしてしまう。


 全然。戦い方がなっていない。


「そういうのはな、捕まえておとなしくさせて殴るんだよ。足を掴んで地面に思いっきり何度も叩きつけるんだ!! 虫を殺す様に残酷にやんだよ、ったく!!」


 俺は戦闘とは言えない応酬に腹を立て貧乏ゆすりをしながら身振り手振りを入れ野次を呟いていた。反応が遅いし攻撃も出せていない。もし身動きが取りづらいんだったら相手が接触する瞬間——攻撃の瞬間があるんだからそん時に捕まえればいいのに、センターときたら、ただ蹴られ続けている。


「これは……まずい展開でふね」


 横で豚が神妙な顔をして呟いた。

 

「そうだな……」


 まぁ、まずいわな。


「涼宮わかるんでふね!」

「よくわかる、俺を誰だと思ってるんだ」

「さすが涼宮でふ!」


 当たり前だ、コイツ俺を誰だと思ってる。


 涼宮強だ。


 簡単だ。


 お前にとってはこのままではマズイ展開だろう。


 お前が二人倒さなきゃいけないから、それはお前はマズイだろう。


 俺は一人だけって決めてるから。


「小泉選手、凍ったリングに足を取られてうまく対応が出来ない! 攻守が逆転して温水ぬくみず選手のターンになっているッ!」


 『キラキラシューズ』じゃなくて、温水って……。


 俺はヤツの頭に被っているコサック帽に目を奪われる。


 ――まさか……! あの帽子の下が温水なのかッ!?


 もはやそうなると、あだ名は『洋一』しかなくなる。


 ――足は子供、頭は禿げ散らかしているとか……



「くそ……キャラの濃さで試合前に負けてる……っ」


 ――とんでもねぇ爆弾キャラじゃねぇかッ!


 塩顔ってだけでは洋一には勝てない。これは宿命。キャラが薄いと負けやすいの法則が発動するやもしれん。見るからにあの状態では何も期待できないが。


 相手が温水では食塩が溶けてしまう!


「さぁさぁ、どうするっすかー」


 闘技場ではセンターが休みなしにボコボコに蹴られていく。


 吹っ飛ばされながら片手を着いた状態で蹴られに蹴られる。


 どうにも体勢が上手く立て直せていない。というか、無理やり立とうとするからおかしくなることに気づいていない。止まった体勢のままでどうにかすればいいのに。


 サンドバッグのように嬲られている。


 良く滑る闘技場の上をスライドするセンター。


 追い打ちをかけるように敵コサックが滑走する。


 反撃の糸口が見つからない。


 ――こりゃ、負け確定だ。


 完全に移動手段で負けて反応も追いついてない。


「もう、やめりゃいいのに……」


 そのどうしようもない姿に俺は呆れた。


 一方的に殴られて傷ついてアイツはその先に何を求めているのか。自分を大切にできないやつは他人を大切にできない。完全に相手の術中に嵌って身動きもできてない。ドMじゃないとわからない世界があるのかもしれないがこれ以上変態プレイを魅せられても困る。


「頑張れぇええええ、小泉ィいいいい!!」

「えっ!?」


 俺の鼓膜が揺さぶられた。


 豚が隣で遠吠えをしている。


「諦めるなぁあああああああああでふ!!」


 ――な、なに言ってんだコイツ!?


 俺は驚きで声援を送る豚を見た。もはやセンターの敗北は必至なのに!?


「まだまだいけるでふよ!!」


 ――信じられん……


 ――コイツ、なんてヒドイ豚なんだ……。


 しかも俺は知らなかったが、この前の試合ではボコボコにやられていた豚を助けるためにセンターがタオルを投入してくれていたらしい。その前例がありながらも無視するようにこの豚はセンターを限界まで戦わせようとしているという事実は恐ろしいもの。


 ――あんだけ殴られてんのにセンターにまだ殴られろっていうのか!?


 ――どうしても、自分が二人と戦いたくないが為に!!


 それを知らなくても恐怖を覚える。


「ワンチャンあるでふよ!」


 ――こいつはホンモノの鬼や……。


「まだまだこれからでふよ!」


 ――この鬼豚おにぶたがぁあああああ!!


 俺の怒りをよそになぜかその鬼畜豚きちくポークの声に


「わかってるよ、田中!」


 センターが親指を立てて反応を返した。 



「はぁ……?」


 どういう、ドMの世界?


◆ ◆ ◆ ◆



 僕を応援する田中の声が聞こえた。親指で意思を伝える。


 ――大丈夫だよ、田中。


 相手は気持ちよさそうにリングを滑り僕に余裕を見せている。


「もう、そろそろ終わりにしてもいいっすよ~」


 さっきとは逆の展開だ。


「そうだね……」


 ちゃんと準備は整った。


「もう、そろそろ終わりにしようか」


 僕は笑って答えた。反撃の時間だ。


 相手と同じく氷の扱いには長けている。何もしなかったのではなく気づかれない様に準備は進めていた。僕の氷結能力の一つ。


 ――『氷結結界フリージングプリズン』の準備がね。


 指と指を擦って音を鳴らす。能力はイメージによるものだ。だからこそ、動作を重ねることによりイメージを定着させる。これはその為の合図に他ならない。僕が指を鳴らすとリングに用意した氷の柱が生えてくる合図だ。


「おわっ……!!」

 

 相手の通ろうとする道を塞ぐように右横、左横に氷の柱を生成していく。


 僕は蹴られ倒されながらトラップを仕掛けていた。


 触れた手で能力を仕掛けていった。


 触れた場所に起爆式の地雷を設置したのだ。


 自動でこちらが発動できる地雷を。


 地雷を仕掛けた場所は完全に把握している。


「この程度の攻撃じゃ当たらないっすよ」


 くるりと回りながらも相手はすんでのところで避けながら余裕を見せている。僕の生成スピードより彼の移動スピードの方が速い。確かにこれじゃ当たらない。


 けど、コレは当てるための攻撃じゃない。


 僕は連続で指を鳴らして地雷を起動する。


「移動を制限するのは君だけじゃない」


 攻撃じゃなく結界なんだ。


「僕もだよ――」


 結界は領域を保つものだ。


「何を言ってるっす?」

 

 僕の思い描いた未来を辿って来させるための道を作り上げていく。


「あわわ!」


 ――だから、逆の展開だと言ったんだッ!


 僕に視線を移す相手は慌てている。相手はやっと僕の本当の狙いに気づいたらしい。行く手を阻むようにトラップを発動させ残ったルートはひとつだけだ。


 しゃがみ込んで手を着いてる僕の方にところに、


 真っすぐ向かってくる相手に対して――

 

「ま、まっ!?」


 この試合で一番デカイ氷の刃を放つ――


「チェックメイトだ!!」

 

 床に触れている部分が隆起し氷山の一角が地面から湧き出る。時限式より直での方がやはり強いイメージを反映しやすい。あとはやられた分を返すだけだ!




氷結結界フリージングプリズン!!」




 相手はその柱に衝突し体が宙に舞い――


 僕の目の前に鈍い音を立てて落ちた。


「勝者、マカダミアキャッツ学園!!」


 僕の勝利を告げる、アナウンスが流れた。


「小泉ナイスでふぅうううううう!!」


 僕は笑って仲間の方を見る。


「勝ったよ!!」


 僕の声に反応して田中が大きく手を振っていて、


 その横で――


「……っ」


 涼宮がやる気無さそうに小さく拍手をしている。


 ――涼宮……っ。


 それが僕はたまらなく嬉しかった。



◆ ◆ ◆ ◆



 俺は小さく拍手をした。


 一時はどうなることかと思った試合も、


 なんとかセンターが役割を果たしたようだ。


「次はお前だ、豚」

「なんでふ!?」


 ――なんでふじゃねぇだろッ!


「あいつ疲れてんだろう。一人につき一人だ。お前がいけッ!」


 俺は豚の背中をバチンと叩いて押す。


「でゅふふうっ…ふいう…ふっふっふふ」


 豚がよろめいて千鳥足で闘技場の中に入っていく。


「おい……マジかよ……」「なにやってんだよ……」


 なぜか皆がビックリした顔をしている。対戦相手の方も目を見開いている。


「えっ?」


 塩顔センターもこっちをビックリした目で見ている。


「はぁわわわ……」


 そして、豚の顔が嘗てないほどに青ざめている。


「……こ、これは……乱入者……」


 アナウンスが流れる。


 ――うん? 何が起きたん?


 状況を確認する為あたりを見渡す。豚が青ざめている。


 センターも青ざめている。視線が豚に集まっている。


 観客席から声が聞こえた。


「な、なにやってんだぁあああ!! マカダミア!!」「アホかぁああアアアアア!!」「一度に二人リングに上がっちゃいけないこともしらないのかッ!」「反則だぁああ!!」


 ――反則? あれ、なんかやらかした感じ?


『闘技場に他の選手が試合中に入ったら小泉が不戦敗になってしまうでふよ!』


 ――戦闘中でなくても……だったの?


「なんだよぉおおおお!」「マジで、マカダミアだぁあ!」「あり得ないんですけど、マジあり得ないんですけど!」「ルールすら知らねぇのかよ!」「毎回毎回なんなんだよ、マカダミアは!」


 会場全体が揺れるように怒号が鳴っている。これは不味い。


「ああああぁー!」


 俺は視線が集められている豚を指さし、口を開けてもう片方の手で覆い隠す。


 言葉にうまく出来ないように体を小刻みに震わせる。


 ちょっと大げさに演技も入ってるが本心だ。


「なんてことを……ッ!」


 やっちまったなって感じを前面に出す。実際やっちまったのだから。


「すす、涼宮!?」


 豚が俺の名を呼び驚いて見ていたが俺は演技を全力で続ける。俺は何も悪くない。会場の皆が怒っているのは乱入者のせい。俺はヤツの背中を叩いただけであって、乱入させたわけではない。


 アイツがフラフラと、自分の足で、


 闘技場に上がってしまったのだ。


 強いて言うならあいつの弱い足腰が悪い。


「しょ、勝者、らっかせい熊のぼり学園!!」


 こうして、誰かさんのせいでセンターの次の戦いは不戦敗となった。


 反則豚野郎のせいである――


 誠に遺憾だッ。



≪つづく≫

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