11.-学園対抗戦-デットエンドは笑われたら冷たく微笑み返す。そしてピエロは場外乱闘し、その後命がつきかける。

第30話 お口の形が変わっちゃうなんて、あぁ~怖い~♪

 入場口に帰ると傷だらけの豚が豚足を上げタッチしたそうにしている。


 いや足ではないから手なのか。けど四つ足動物だからやっぱ足だな。


 あれは豚足だ!


「涼宮、ありがとうでふ!!」


 別にお前の為にやったわけじゃない。


「別にお前の為じゃない……」


 これは俺の為とピエロの為だ。勘違いするなこの豚が。


「えっ?」


 驚く豚。俺は呆れながらも言葉を続けた。


「それと今後は一人一勝でいい。最後の一人になったら回せ、俺に」

「わかったでふ!」


 俺は手を上げる豚の横を通り過ぎ、選手控室に行かず外に向かった。




◆ ◆ ◆ ◆



 観客席のどよめきは時間が経つごとに大きくなっていく。それもそうだろう。昨年の覇者が一撃で沈んだんだ。周りからしてみれば何が起きたかすら分からない状況でマカダミアの勝利が告げられたのだ。


「おい……なんでマカダミア勝ってんだよ?」「自爆したのか……」「あり得るのか……そういうことって」「バァアアって奴でビビり過ぎたとか?」「そうなのか……?」「まぁ……マカダミアだぞ」「良くわかんねぇ奴らだからな」


 ざわめきを大きくするのもしょうがないこと。


 まぁ俺にしては予想通りだが。


 強相手に1分持てばSランクは保証される。


 俺も生身でやったら五分持つかどうか……。


「櫻井先輩やりましたね!!」


 美咲ちゃんが嬉しそうに声をかけてきた。さっきまで居たたまれない空気の中にいたのだから無理もない。兄が謎の勝利を遂げただけでも多少は浮かばれるというもの。


「まぁ、当然の結果だよ」


 彼女がにこやかに笑う姿に俺は安心を覚えた。


 話が終わったと言わんばかりに美咲ちゃんが席を立ち上がる。


「次の対戦まで時間があるので、何か買ってきますね」

「美咲、私も行く~!!」

「私も行くよ、美咲ちゃん。ココに居たらわたし息が詰まって、詰まって」


 違いますよね、鈴木さん。


「……死にそうだよ」


 試合中に息が詰まって死にそうだったのは俺ですよ。


 あなたが首を絞めてたせいでねッ!


「先輩はどうします?」

「あっ……俺はちょっと気になることがあるから」


 まだ情報収集が終わってない部分もある。


「ここに残って見ていくよ」


 今、できるうちにしときたい。


「そうですか……何か買ってきましょうか?」


 お使いしてくれるの?


「じゃあ、ホットドックでもお願いするよ」

「わかりました!」


 本当にアイツの妹か怪しい……


 どうしたら、こうもできた妹が生まれるのか。


 やはりダメな奴と出来る奴はコンビなのだろうか?


「それじゃあ、先輩行ってきますね!」


 そう考えてる間にサクランボをつけた後輩は、


 観客席から外に向かって歩き出した。俺はそれを目で見送る。


 本当にアレは強の妹なのだろうか。黒髪で黒目以外何一つ似てるように思えねぇけど。アイツにもあのぐらいの可愛さを分けて欲しいものだ。


「おい、ちょっとツラかせや」


 そして、可愛い後輩を見ていたのは――




「ハイ?」




 俺だけではなかったようだ。俺は座ったまま声がした方へと顔を後ろに倒す。


 俺の回りには先ほど愚痴をいってたやつらが集まってきていた。


 パッと見たところ七人ってところか。


「はぁ~、ほんと……」


 怒っている表情を見てるとため息が出る。やり方が狡い。


 美咲ちゃんたちがいなくなって、


 俺が一人になるタイミングを見計らっていたようだ。


「世界を救ってきた方々なのか怪しいっすね。貴方たちの正義感は迷子ですか~、チンピラまがいの所業しょぎょうの次は弱い者イジメ?」


 俺が挑発すると奴らの顔が一段と歪んだ。まぁ異世界救ってきたやつが全部が全部善人だったら誰も苦労はしない。日本人全員が善人であるかなんて問いが出たら間違いなくNOだ。


 こういう馬鹿な輩がいるのだから。


「お前……あんま調子に乗るなよ。アイツのせいで俺たちがどれだけ去年恥をかいたか!!」


 二人が俺に威嚇するようによってきたが、オロチに比べれば屁でもない。


「知ってますよ」


 ただ、こいつ等の言う通り去年は本当に酷かった。


 昨年の試合はマカダミアキャッツの誇るオカマ集団が戦闘中逃げ回って出来の悪いゲイバーのショーさながらの映像をお茶の間に届けていた。子供がいるご家庭は思わずチャンネルを変えたくなるほどのショッキング映像。


 もういやよ~、といいながら両手を顔の前でくねくね可愛く曲げて走る変態共……思い出しただけでもおぞましい試合だった。


 コメディとしておもしろく見れたけど。


 ちなみに俺は大爆笑。


「お前……ちょっと表出ろ」


 それにしても俺を睨みつけても何の解決にもならんのに、こいつらと来たら――憎しみに心を掴まれた奴っていうのはみにくい。こうも人のせいにして、自分の実力を認められないのだから。


 俺はメンドクサイ感じを前面に出して席を立ちあがる。


 買い出しに行かず残ったのにも理由があるのにまさか連れ出されるとは。


「次の試合、興味があるんで手短にお願いしますよ」

「そのへらず口をへし折ってやるよ……」


 そんなことをする気なのか……恐ろしい。


「お口の形が変わっちゃうなんて」


 俺はオカマ風に怯えを表す。




「まぁ~怖い~」




「テ、テメェ!」


 これだけバカにされて、それでもいきなり殴りかかっては来ないみたいだ。


 自陣の学園の応援席で乱闘しようものならいい笑い者だからな。


「時間ないんで早く行きましょう。オカマさん達」


 一通りからかい終えた俺は三年生と遊ぶために会場の外へと出かけた。


 俺を逃がさないように囲みながら人気や人通りが少ない場所を物色するように三年達は歩き回っている。俺には時間がないってのに呑気に付き合ってるわけにもいかない。







「先輩方、もし人が来ない場所お探しなら弓道場とかいいと思いますよ。今日は閉館してますから」

「随分な自信だな、テメェは……」

「だから、そんなに睨んでも俺には無意味ですって」


 年上の男達に睨まれながら囲まれても俺はヘラヘラと過ごす。こんなも奴らの威嚇など殺気すら感じない。痛めつけてやろうとしか思ってない程度の狂気を向けられたところで怖いなんて感じるわけがない。


「俺はデスゲーム出身なんですよ」


 命の取り合いの緊張感に比べたら遊びにもならない。


 そして――


 場所を移動を終えると嬉しそうに奴らは武器を手に取りだした。


 俺はポケットに手を突っ込んだまま講釈を聞き流す。


「テメェはちょっと痛い想いしたほうがいいわ」「調子に乗りすぎだ」「強い者の陰に隠れて強がるだけしか能のないクズが」「俺らに勝てると思ってんのか?」


 取り囲んでる状態から俺の前面に整列している馬鹿共。あのまま囲んでおきゃいいいのになぜ整列し直したし。本当に単純な戦闘しかしてこなかっただろうことが伺える。


 普通は背を向けて歩いているところを不意打ちだろうがぁ?


「どうした構えろよ」「始めようぜ」「俺達三年がお前に戦い方を教えてやるよ」「お前どうせまともに戦ったことないんだろう?」「お前って噂じゃアレだもんな!」


 確かにまともに戦ったことなどない。異世界でも戦闘経験はなかったし。


 奴らが調子に乗っているところで俺はポケットから白い球を取り出す。


「なんだ、そのちゃっちい武器は!」「お前それで戦おうってのかよ!!」「マジウケるわー!」「なんだよそれ!」


 まぁこれが武器に見えたのならしょぼいだろう。というか、その思考能力の低さがしょぼい。俺は無言でそれにマッチで火をつけ、


「こうやって使うんですよ」


 地面に叩きつけた。武器と問われれば攻撃力などはない。


 ただ辺り一面に白い煙を出すだけの代物。




 これはケムリ玉だ。




◆ ◆ ◆ ◆



 弓道場の中が白煙に包まれる。視界は完全にふさがれている中で三年達は身構える。どんどん濃くなる白。それは段々とお互いの存在を消していく。


 しかし、声だけは届く。


「野郎、なめた真似しやがって!」

「こんなケムリかき消してやるよ!!」


 仲間が見えない中で武器を振るう。風圧で煙を切り裂く算段だった。


「なんだ……消えねぇ!」


 だが風圧で消し飛ぶどころかなぜか段々と濃くなっていき、視界に映るのは白い靄だけ。どういう原理なのかわからずに混乱する三年達にピエロが語る。


「あっ、これなんですけどー」


 バカにするような声が視界の無いなかでこだまする。


「逃走用に使う奴なんで風とかに強いんっすよ。おまけに時間が経つごとに細かく分散するように設計してあるんでドンドン視界見えなくなりますよー」


 その櫻井が出すとぼけた声に三年の怒りがこみ上げる。


「テメェただじゃおかねぇぞ!」

「霧が晴れた後で捕まえてやるから覚悟しとけよ!」

「そうですか」 


 三年がいくら威圧を出そうがお構いなしのピエロは飄々と語る。


「あと十分もすれば消えますよ。だから十分は生き残ってくださいねー」


 ピエロが語る時間に三年達が眉を顰める。自分から時間をいう意味が分からない。しかも生き残って下さいとはどういうことなのか。


「まさか毒霧かッ!」

「違います」

「はぁ……?」

「毒なんか入れたら俺も喰らうじゃないっすか。もっと頭使ってくださいよ」


 ピエロはうすら笑うように挑発を繰り返す。


「駆け引きが出来てないっすね、ほんと。だからオカマショーなんか披露しちゃうんですよー、おたくらは」


 もはや三年の怒りは頂点に達し始めていた。櫻井を捕まえて二度とその舐めた口を聞けないようにしてやると心に誓う。


 ただ静かに時間が過ぎるを待ち敵が姿をさらすのを待つ。


「どうしたんすかー、ここにいますよー!」


 櫻井の言葉に耳をかさずに霧が晴れる瞬間を待つ。姿さえ見えればヤツなどどうということはないと思っている。だからこそ挑発に反応せずに機会を待ち望む。


 だがそれすらも嘲笑うように、ピエロは語る。


「はーい、タイムオーバーです」


 五分近く経過しただろう時に語られる。


「待ってたぜ……」


 誰かが合流したような口ぶりを匂わせる。櫻井に協力者が到着したような雰囲気を出している。櫻井がその答えを聞こえるように口に出す。





「――デットエンド」




 その一言に三年全員の目が見開く。全てがこのための作戦だったのかと。弓道場という狭いエリアを選びそこを白煙で見えなくして時間を稼いでいた。


 何の為に――


 涼宮強を呼ぶ時間を稼ぐために。


 三年達に緊張が走る。しかし視界は白で埋め尽くされて仲間の位置すら把握できない。ここから動こうにも出口の位置すら分からない。だがそれはデットエンドとて同じこと。


 だが、待てばヤツが姿を現してしまう。


 そう思った、瞬間だった――


「ギャアアアアアアアアアア!」


 白い煙の中で仲間の悲鳴が上がる。見えていないはずなのに。なぜ仲間がやられているのか。理解できないが、この白煙の中で何かが起き始めていることがわかる。


「うわぁあああああ!」


 次々と上がっていく悲鳴。確実に一人一人やられていっている。視界が塞がれた状況で何が起きているかもわからない。ただ恐らく戦闘の音からして一撃でやられていっていることは間違いない。


 悲鳴は毎回一つだけ、そして攻撃音も一度だけ。


「くそぉおおお!」


 威嚇するように吠える。それを嗤うものがいた。


「自分から声を出してバカじゃねぇの、位置を教えてるようなもんだぜ」


 それはピエロの声だった。その直後にまた一つ悲鳴が上がる。確実に狩られていく。段々と減っていく仲間の気配。何か得体のしれないものに襲われていく恐怖。


 逃げようにも逃走経路が分からないから動けない。


 一手一手封じられていくようなやり辛い戦い方。


 終わらない悲鳴。いつのまにか六人の悲鳴がなった。


「きたねぇぞ……きたねぇぞ……」


 三年の言葉に返すのはいつも決まって、


「俺一人を七人がかりでやろうとしたのに卑怯はねぇだろう」


 ピエロだった。


 最後の一人が見た光景。それは白煙を切り裂き伸びてくる拳。顔面に衝撃を受ける一撃は確かに学生の領域を超えている。一撃で意識を刈り取るに足る殺意。


 わずかに記憶に残る最後の瞬間。


 その手は白い煙の中で――


 金色こんじきの光に覆われていた。




◆ ◆ ◆ ◆




 俺が外に出ると雪が降り出していた。吐く吐息は白くなり俺が出した手に落ちてくる小さな雪はすぐに溶けて姿を消す。形あるものはいずれ消える運命であるかのように大いなる自然は俺達に語っているのだな。


「あれ、お兄ちゃん!?」

「この声は……?」


 最愛の妹の声がする。俺は優しく微笑み挨拶を返す。


「美咲ちゃん久々だね。朝会えなかったから、俺のこごえる心身が空に伝わり、空が寂しくて涙をながすように深々と雪が降ってきてしまったよ………」

「何を言ってるの……お兄ちゃん? 寒くて頭いかれたの?」


 ダメだ、詩的なかっこいい表現が通じない! キマッタと思ったのに!!


「強ちゃんんんんんん!!」「師匠ぉおおおおおお!!」


 妹の冷たい視線を浴びていると


「うぶっ……!」


 横から2つの衝撃が襲った。


 脇腹の右と左からサンドイッチするように何かがタックルしてきた。


 でっかいのと小さいのが俺に飛びついている。


「強ちゃん大丈夫? ケガとかしてない? すぐ回復しようか?」

「大丈夫だ……」


 本当に玉藻は俺の何を見ているのだろう。まぁコイツに見える速度動いてはいないのでしょうがないところもあるけども。ジャージに一つとして傷はないのに。返り血も浴びない様にちゃんとバックステップで回避している。


「師匠ぉおおおおお!! あの見えないキックはどうやって打つんですか!?」

「知らん……」


 この赤髪の目は腐っている。何をもってキック。


 いつ俺が足を使ったというのだろう。


 さっきのはワンパンだよ。ワンパン。

 

「昴ちゃん……さっきのはパンチだよ……」


 さすが美咲ちゃん! お兄ちゃんの全てがわかっているのねッ!

 

 妹の深き愛を噛みしめている俺を邪魔するように、


「ちょっと強ちゃんにくっつかないで!!」「師匠はみんなのものです!!」「強ちゃんはその……わにゅのものッ!」「なんて言ってるのか、聞き取れませんね!」「ぬぬう!」


 チッコイのとデカイのがなぜか俺を挟んで腕をつかみにらみ合っている。左右に横に激しく揺らされる。あぁー、めんどくさい。


 ちなみにデカいとかはおっぱいの大きさの事で身長のことではない。


 そして手を握って左右に振られている。


 おっぱいに挟まれてるわけではないからして、


 右手をブンと振り、左手をブンと振る。


「俺は腹が減ったから何か食べに来たんだ……ちょっと先に食わせてくれ」


 俺は二人を振りほどき外に出てきた目的を告げた。小腹を満たそうと思って屋台のほうに出て来たのに思わぬ奴らに捕まってしまった。あと控室の空気が嫌いってのもあるけど。


「お兄ちゃんも食べもの買いに来たんだね」


 さすがだよ……美咲ちゃん。


「美咲ちゃんは良くおにいたんのことがわかってる!」


 やはり長年連れ添った妹は兄のことを良く知って熟知している!


 お腹がすいた俺の為に食べ物を買いに来てくれたんだね!


 これぞ妹マジック! 妹こそが兄の最大の理解者だ!!




「何を言ってるの……おにいたんって?」



「小っちゃい時はそう呼んでくれたのにッ!?」



 そして外の屋台を目指して四人で歩き始めた。あちらこちらの出店は大盛況。大晦日にこうも人が集まるものなのか。俺達四人ははぐれないように固まって進んでいく。


 築地市場みたいな込み具合だ。いったこと無いけどそんな感じだと思う。


「強ちゃん、こっちにこんなのあるよ!」

「師匠、どうやったら強くなれるんですか!」

「お兄ちゃんちょっとアッチ見てみようよ!」


 女子三人のテンションは軒並み高い。美咲ちゃんに微笑み返し。


 玉藻にはまず飯だと返す。赤髪には食ってよく寝てろと助言。


 会話がせわしない。これがハーレムってやつなのだろうか。


 いや違うか。いつものにわけのわからない物が混ざってるだけか。


 とりあえず美咲ちゃんの好感度だけがお兄ちゃん気になりますッ!


「わぁー、お兄ちゃんマカダミアのにゃんこ校長ストラップだって!」


 出店の中には各学校の応援グッズや校長グッズが販売されており女子に大人気のようだ。ご当地キャラみたいな感じが受けてるようだ。それを手にするうちの妹の笑顔が眩しい。


 うわー……可愛くてついつい買いたくなっちゃうけど。


 経理担当ですよ。俺の小遣いを激下げしたのは。


 でも買ってあげたい……守りたい、


 この大切な笑顔と兄の威厳!!


「強ちゃん、クマとかどう?」

「なぜに熊?」

「クマは冬眠するから♪」


 この幼馴染は満面の笑顔で何を言ってるの?


 お前寝すぎだという抗議だろうか、この前もそう言ってたし。


 寝ることを取ったら俺には何も残らないのに……。


「師匠、私はどれがいいですかね!」

「お前はネズミだな」

「わかりました! ネズミにします!!」


 動物園や水族館でスターに慣れない感じが赤髪にぴったし。ペットとしてもハムスター以下の代物。それがネズミである。小さい存在で人の家の隅に勝手に住んでる感じもネズミっぽい。


 ハーレム状態に困っている俺の体にドンと音なった。


「いってぇな。ガキ、どこに目つけてんだ?」


 俺が人混みを眺めて歩いて居たら肩に走った衝撃。よそ見しててぶつかった様だが意外とカテェ奴だな。ちょっとだけ肩がジンジンしている。


「気を付けろや! 燃やすぞ!!」

「あん?」


 ぶつかった男は柄が悪くグラサンをかけた現代版ヤンキーって感じのやつだった。というか、オマエからぶつかってきたんだろうが。しかも燃やすってなんだよ。


「お前こそ気を付けろよ、中年グラサン」


 俺は態度の悪い男に悪態で返す。


「あん!?……テメェは……」


 今にも殴りかかってきそうな雰囲気でガンをつけて来た男の動きが止まった。


 俺の顔を念入りに確認するように固まって見ている。


 なんだ、このグラサン野郎は……人の顔まじまじ見やがって。


「てめぇは……チッ。手を出すとあとがうるせぇからな」

「あん?」


 何を言ってるのだろう、このグラサンはまるで俺を知ってるみたいな口ぶり。それにあとがうるせぇってなんだよ。まぁ、学園対抗戦の出場選手を怪我させたとなればニュースになるかもしれんが。


 さっきの試合で俺を見ていた奴か。


 中年ってのは、ホントにタチが悪い奴が多い。親父もオロチもコイツもだ。


「今日は勘弁してやる」


 こっちのセリフだ。次、会ったら容赦しねぇぞ。


 そいつは道路に唾を吐き捨てその場を立ち去って行った。


 その姿を悲しい目で俺は見る。


 ――年取って、あぁなったら終わりだ……。


 ――おそらく無職だな、アイツ。




◆ ◆ ◆ ◆




「やれやれ……どうにか間に合った」


 俺は掃除を終え座席に戻る。やっぱりあいつらは地力も実力もない。


 さほど時間がかからなかった。ってところか。


「去年の成績は妥当だな」


 そして俺は闘技場の試合に目を向ける。お目当てのものが出ている。


 パンフレットで選手一覧を確認したが俺の手元にデータがないやつが一人。


 昨晩出場選手の能力とステータスは一通り確認をしていたがどうしてもコイツだけはなかった。おそらくつい最近異世界から帰ってきたことによるデータ更新の遅れによるものだろうと推測している。


 金髪のジャージ男。


 スマートだが、どこかいけ好かない感じがあるな。


 イケメン同士の同族嫌悪ってものあったのかもしれない。


 関西カシューナッツドッグ高校二年――如月隼人きさらぎ はやと


 もうすでに大将戦のようだ。あっという間に二人を倒したってことか。


「それでは大将戦始めぇええええええええええええええ!!」


 試合開始と同時に金髪が指を上に上げてキザにパチンと鳴らす。


「まただ一方的に相手選手が傷だらけになっていく! 如月選手強い!」


 能力戦において相手の能力を先に知るということは勝敗を分ける一つの要素ファクターとなる。相手の出方がわかれば対処のひとつも考え着く。大体初動で能力が分かる。派手だったり、何かしらの変化が見て取れるのだから。


「なんだ、ありゃ??」


 試合は一方的な展開を見していた。相手方だけがボロボロになっていく。


 だが、こいつは能力の片鱗すら見せなかった。


 


 金髪が指をパチンと鳴らすと相手がダンスでも踊っているのかの様に血を噴出し体を揺さぶられている。傷だらけになった相手の男は崩れ落ち地に触れ伏す、一方的な展開。




「勝者、関西カシューナッツドッグ学園!!」




 その男は服にちり一つすら付いていない。


「な……なんだッ!?」


 気が付くと試合が終わる光景に俺は思わず席を立ちあがった。相手方は文字通り何もさせてもらえなかったというのが正しいのだろう。会場全体は新たなスターの誕生を予感していた。


 その男は金の髪をかき上げて揺らしながら、腕を高く上げ勝利を誇る。


 ――己が圧勝を。


 歓声が雨の様にその男に降り注がれる。それも当然のことのように思える。


 なぜなら、ソイツは三人対戦の学園対抗戦において、




 ――ただ一人で挑んでいたのだから。




 

≪つづく≫

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