第24話 世界の狭い俺は拒否権のない圧力には無で返す。
「お兄ちゃん!?」
「強ちゃん、大丈夫だった? 変なことされなかった? ちゃんと辞退した?」
俺が校門に差し掛かると、美咲ちゃんと玉藻が待っていた。
質問攻めという弾丸。この巨乳は相変らずマシンガントークが得意だ。
一度の会話で三個も質問を投げかけてくるとは。
所構わずぶっ放してくる。会話を返す間もない。
答えるのもメンドクサイ俺は言葉少なく返す。
「大丈夫。何もねぇよ」
「お兄ちゃん、本当に?」
「マジで何もない」
そう、その日は何も起こるはずがないのだ。俺は風邪をひいて寝込むだけなのだから。それは固く心に決められているし妥協の余地も無い。これを変えるには地球が滅びるような天変地異でもなければ不可能なこと。
だから、俺は余裕を保ち
「さぁ、帰ろうぜ」
帰ることを
登校してきた道を戻り俺たちは帰った。少しづつ寒さが肌に染みるようになってきた。帰り道で櫻井の学園祭でのメイド服について言及する話を少ししたが、『あれはアイツの趣味だ』という俺の一言ですべての議論が片付いた。
ピエロは、派手なカッコに目がないはずなので間違いない。
そうこうして、2学期も例年通り二十六日で終わり、
俺は相も変わらずボーナス査定で低いランクを申し渡される。
少ない小遣いを消費しないよう、
家で休みを満喫するべく堕落した生活を送っていたのだった。
――あの日までは。
その日は突然に訪れる。
――節分で鬼は外というが、元来鬼は外からくるもの。
何の前触れもなく脈絡もなく出し抜けに。
――その鬼は俺では到底倒せない。
――その鬼こそが最恐にして最凶だから。
「今、帰ったぞ!! 愛する美咲ちゃん!! パパだよ~♪」
何の音沙汰もなく玄関のドアが開き、どこでもドアによりエジプトからオロチと逆側の目に眼帯をした髭ぼうぼうの中年が帰還。実際はどこでもドアなどはなく、普通に帰ってきたのだが。
「お帰りなさい! お父さん!!」
我が妹は変態中年に抱き着いた。美咲ちゃんが父親に小さい身を預け抱きかかえられている。あぁ、見たくない光景が前に。俺は腕を組みながら冷たい目でその中年をみつめる。
その中年の名は――
「オイ、ゴミ息子。父上のお帰りだ!
「お断りする。クソ親父殿」
俺はため息まじりにふざけた質問に返す。
そこで俺は早く気付くべきだった。
そこに隠れた存在がいることに。
「強ちゃん――」
女性の声がした。
「お父さんになんて口をきくのかしら、私はどこかで教育を間違えたかしら?」
「えっ――?」
目を向けると上品な口ぶりでひざ下まであるのでないかという長い黒髪。そして日本人離れしたナイスバディ。明らかにお嬢様というSMよりな気配を放つ我が母上がご帰還していた。
「強ちゃん、募る話はあとでね。今、帰ったわよ」
「ガっ!!」
俺の顎が外れかけた。女帝も一緒に帰ってきていることを失念していた。
父親が帰ってくるのであれば一緒に母親が帰ってくることを。
本当の『最恐』で『最凶』がいることを。
俺は慌てて、女王に敬礼をする。
「お、お、お帰りなさいませ!! マム!!」
「よろしい。美咲も大きくなったわね」
「お帰りなさい、お母さん!」
玄関で妹の頭を優しく撫でるマム。そう、涼宮家のパワーバランスは女帝家族である。全ての権限を女性が握っており男はゴミとして扱われる。
全てマムの
そして、リビングに家族の一家団欒が始まった。女王から家来に指示が飛ぶ。
「晴夫、お茶」
「はい、美麗さん!!」
ゴミ親父はへこへこしながらお茶の用意をした。美咲ちゃんはニコニコしながら母の近くにいる。ソファーでくつろぐ母の膝上に猫のように甘えて乗っている。俺はというと、緊張感のせいか自衛隊のように直立不動でリビングにつっ立っていた。
「美麗ちゃん、お茶です!」
「晴夫、足がつかれたー」
親父から出されたお茶を貰い甘えるように声を出す女帝。
「足!」
そしてたった漢字一文字を唱えると、
「ハイ!」
親父が勢いよく返事をしトランスフォームする。
ソファーの前でスフィンクスのようなポーズを取り、
「準備できましたよ、美麗ちゃん!」
「ありがとう」
背中にマムの足がどっかと置かれた。
これが涼宮家のパワーバランスである。
一度家族でパワーバランスが出来てしまうと覆すことは不可能。
そしてゴミ親父がゴミたる理由である。
親父は足掛けになり、
俺は銅像の様に直立不動。
これが涼宮家の一家団欒!
「強、学校の方はどうなんだい?」
「順調であります! 勉学も生活態度も真面目そのものであります!!」
「そう……」
完璧な回答をしたのになぜかそっけない。
自分の息子が学校で頑張っていれば普通喜ぶのではないのですか、マム?
「自信満々ね。イイ度胸だわ………」
度胸など貴方の前では皆無です。
風の前の塵に等しいです。
「ハ……イ?」
何を仰ってるのですか?
呆ける俺にマムはニコッと笑った。すでにヤバイ空気を感じる。この時にマムの質問の意図を考えずに俺は答えてしまったのがまずかった。
よもや久々のご帰還であれば優しくしていただけると思ったのが大間違い。
これは罠だった――
マムは氷の微笑を浮かべ、
美咲ちゃんはアチャ~って、
ジェスチャーと顔をしている。
鈍い俺でも不穏な空気に冷や汗が流れ出る。
――あれ? なにか仕出かしました?
「じゃあ通知表をもってこい」
通知表……?
「へっ……?」
すかさず証拠提示を要求され、気の抜けた声を返してしまった……。
「通知表だよ、通知表。リビングの棚のそこの引き出しに入ってるだろ」
――なぁ、なぜ、それを知っているのですか、マム!!
マムの声はドスがきいていて、俺は汗が止まらなくなる。
小さな嘘が大事になりそうな予感がする。それにアレを持ってきたら俺が嘘ついた確固たる証拠になってしまうじゃないですか……だってボーナス査定低かったんですよ!!
「通知表がみたいなー」
焦る俺を前にマムはニコッと笑って長い髪を床につけるように、首を傾げながら、表面上は優しく詰め寄る。
「もしや、あたしに嘘ついたわけじゃないよね? きょーうちゃん?」
責め苦は続くが何も言葉が出てこない。下手に喋れば殺られるッ!
これは喉元に死神の鎌をつけられているようなもの!?
「強! 美麗ちゃんが持ってこいって言ってんだから、早くしろや!」
「オメェはその姿勢で言ってても説得力ねぇからなぁッ!」
足掛けの人間家具が調子に乗って俺を追い詰めるのが腹立つッ!
「強ちゃん……またお父さんにそんな汚い口をきいて」
「いや……これは!?」
「何度もいってもダメなのかしら?」
普通のご家庭であれば嫁の足置きを喜んでやるヤツに尊敬の念は抱きませんよ、マムッ!
「少し見ない間に何か嫌なことでもあったのかい?」
今のこの空気がもの凄く嫌なんですッ!
といいたいが言えるはずもない。
重圧が半端ない。雫が床にぼたぼたと落ちて池を作りそうな勢い。俺はごくっと喉を鳴らす。美咲ちゃんはマムに頭を撫でられながらゴロゴロ気持ちよさそうにしていて助け舟は無さそうな空気。
美咲ちゃん、お兄ちゃんのピンチだよ!?
「強ちゃん、通知表早くしてくれないかなー」
「……」
間違いない……
マムは俺を殺す気だ……。
「どうしたの?」
どうも出来ないのです……。
「持ってこられない、見せられない、理由が何かあるのかなー?」
アーメン……。
「よもや、嘘をついてるって、ことなんて、」
笑ってるが目がマジだ。殺意を感じる。
「あるわけない、よねー」
区切られてる場所がおかしい。
出会ってしまったが最後の最凶。
俺の精神をやすりで削るようにゴリゴリ削ってくる。
俺の体は悪寒から震えている。
「嘘をつくなって教えたよね……」
マムの眼つきが変わり始めている。
あれは獲物を見つけた鷹の目だ。激しく爪を食い込ませる気だ。
「……嘘つきは泥棒の始まりって教えたよなッ」
口調が段々変わっている。
もはやべんらんめぇ口調だ。
氷の微笑が温かい微笑に変わりより複雑さを増している。
これは地雷を踏んでしまったかもしれない……。
少しでも身動きすれば死ぬ。動かなくても時間制限で死ぬ。
「どうした、強ちゃん?」
「いや……あの~……」
どうしたではなく、どうしようもないのです。
この世とお別れの時が近づいている。
酸素が薄くなってく気がする。
呼吸がまともにできない。
「どうした、早くしろ……」
死神の鎌が首に食い込んで締めてくる!?
「アタシは待つのが大嫌いなんだ。強、知ってるでしょ」
確かにラーメン屋に並ぶことすら拒否しますよね、マムは。ファミレスで名前を書いて待つのすら嫌がりますよね。それに、その眼つきだけで人を殺せそうな勢いですよ!
「え~と~……」
恐怖に負けて俺は口を開く。
「そのですね……」
答えなど何も出てこない空を切るような言葉。
「さっきから何をごちゃごちゃと」
歯切れの悪い俺に向けて
「あと五秒以内に!!」
鬼のような声に変わり大気を震わせる。
ドンという世界が終わる音。
「ココに持ってこォオオオイイイ!!」
机と、俺の心と、未来と、
三つ同時に真っ二つに引き裂さかれた。
「イエス、マァム!!」
俺は泣きながら通知表を取りに向かう。
母上怖すぎます。
机をそんなに強く叩かないでください。
彼は何もしていないんだ。
机さんがかわいそうだよ……。
無惨な机さんは美咲ちゃんが元に戻すことになる。俺は死を感じ取りながらも命令に逆らえず証拠提出をした。虚偽の証拠提出を。
恐る恐る証拠を提示したが手に取った母上の顔は鬼そのものだった。
鬼は1と2という数字がお嫌いだったみたいだ。
俺は虚偽罪により母親から拷問を受けることになる。あの時安易に嘘をついたのが間違いだった。嘘は泥棒の始まりではない。
処刑の始まりだ。
この時すでに全ての情報は美咲ちゃんから母上に報告済みであり、俺は試されていたのである。
拷問の内容は明かされることはないだろう。
涼宮家には地下室があり、
そこは地獄を現世にもってきたような部屋。
全てマムの趣味。
涼宮美麗とはそういう人物。
拷問だけでは終わらなかったのが俺の運の尽き。
「へぇー、あの大晦日の学園対抗戦のメンバーなのかい」
通知表に余計なコメントが載せられておりマムはそれを見つけてしまった。
「じゃあ学園対抗戦で挽回しな! それで
「えっ!?」
オロチの野郎、余計なことを書きやがってッ!!
「アタシに何か文句があるのかい……強?」
「滅相も……ございません」
何も御座いません。女帝の有無を言わさない発言に無で返す。
そう。何事も受け入れるとき人は無となる。
絶対的強者を前に思考を停止して従うのだ。
青春とは儚いものである。
二度と取り返しのつかない儚いものである。
一筋の涙が俺の目から流れた。
そうして、俺の大晦日の風邪の予定は上書きされデリートされた。
マムの存在は俺にとって、天変地異よりも上位ランクである。
そして、悲しいことに大晦日の日を迎えた。
他の家は大掃除も終わりあとは年が越すのを待つばかり。
そんな日中に行われる迷惑極まりない、どこのバカが考えたのかもわからない企画。
それが――『学園対抗選抜』
選手として早めに会場入りすることになっていた。
このままどこか遠くに逃げ出したい。
「ちゃんと見に行くからね♪ 頑張りなよ、強!」
家を出るときに女帝から監視発言が飛び出す。
サボるコマンドは封印された。
「……ハイ、マム。ボク頑張ります」
俺は仕方なく家を出て会場に向かう。
寒さが厳しくなる中、制服の上にマフラーとコートを着用し会場を目指す。
場所は駒沢オリンピック公園。
各地方から集められた選手たちが、いつの間にかできているコロシアムの様な会場に集められていた。平和のためのオリンピック公園が学生の血で血を争う場所に選定されるのは、ぜひ抗議をした頂きたい。
住民よ立ち上がれ! 猛反発しろッ!!
けど、もう時すでに遅し。
対応が遅めなのが日本人の特徴だ。そして年を取った者が若い子を守ってくれない国。俺達の若い頃なんかなーとか言って遠回しにもっと苦しめと言ってくる連中である。
利権などが絡まないと動いてくれない政治。
自分の得にならないと動かない大人。
どうして若いものを見殺しにするの?
この国は腐っているッ!! こんな社会は間違っているッ!!
と心で嘆いても何も変わらない。
今、俺は見世物とされる。
出場選手は大きな会議室に集められ諸注意や回復場所などの説明を聞かなければいけない。デカい会議室に集められた選手たちはメモを片手にみな身構えている。俺はそんなことをする気も起きないので後ろの席で欠伸をしていた。
「涼宮、おはようでふ」
「おはよう、涼宮」
「あ……ん?」
気安く声を掛けてくる相手に俺は睨みをきかす。するとそいつ等は目を逸らして離れた席に座った。友達でもなんでもないただ学校が同じというだけの他人。何を気安く話しかけてんだよ、キモオタと塩顔は。
ただでさえ、今日は機嫌がわりぃのに。
「それでは、各自席にあるプリントを見てくれ。それを元に学園対抗戦の諸説明をさしてもらう」
俺も仕方なく会場内で説明を一通り聞かざる得なかった。
一.場所の説明(闘技場や選手控室など)
おおまかにドーム型の闘技場に沿って関係者用の内部通路が設けられている。ドーナツ型の外側に各学校の控室ならびに救護室がひとつだけある。あとお手洗いももちろんのこと。
なお、ここに入れるのは出場選手だけに限らず学校関係者であれば誰でもいいらしい。毎試合終わったあとの回復行為なども認められているので回復要員の出入りは可能とのこと。
二.闘技場への出入りについて
試合開始三十分前を目安として扉は開かれている。そして試合開始と同時に門が閉められるとのこと。遅れる場合や参加しない場合は事前に連絡をすること。さらに試合中の出入りについては原則禁止となっている。
三.能力制限について。
全ての能力を使用可能とする。闘技場には結界が施されているので力の限り出して貰っても構わない。なおリングも特殊な材質を使用しているため破壊されることはまずないらしい。
要は気兼ねなく本気で戦えということらしい。
四.その他
不戦勝・不戦敗になるケースで試合中に出場選手以外が介入した場合。試合中のギブアップの仕方。武器・防具の使用に際しての事前登録申請。試合中の回復行為の禁止。
「これは……使える!」
一段と目を引く項目がある。ひとつの項目に焦点を当てることにした。
「それでは各自まだ開催時刻まで時間があるので解散とする。申請などがある選手は申請書を配布する」
どうやら説明は簡単にこれぐらいのようだ。いやに説明資料が分厚いのが気になるが俺には関係のないこと。解散と言われたからには解散だ。説明が終わり俺が立ち上がると
「涼宮。頑張ろうでふ!」
「涼宮くん!」
近くにいたキモオタが手を挙げると同時にセンターセパレートも手を挙げた。
おそらくハイタッチ的なものを求めたのだろうが、
「……」「……」「……」
俺は二人の間を無言で素通りする。
なぜなら、頑張るつもりなどは毛頭ない。
「さて、どうやって時間を潰すか」
まだ準備時間まで待機とのことだったから外に出て適当に気が休まりそうな場所を探した。公園内を一通りぐるりと回ってみると良くわかるがだだっ広い公園。体育館や陸上競技場、弓道場や野球場。テニスコート、ジョギングコースなどなど、あげれば施設の数は限りない。
出店の準備も始まっている。
今日一日で荒稼ぎしようと公園内の通路両脇を埋めるように一列に並ぶテントの数々。
「あそこらへんでいいか」
公園のはずれにある静かな場所。
そこに生えてる芝生の上で俺は時間まで一人で寝ころぶことにした。
「あぁ……なんで俺が出なきゃいけないんだ……」
横になってるとイライラしてくる。
なぜ、こんな師匠も走る師走にめんどうなイベントを持ってくるのか。
考えたやつの発想を疑う。
あぁ、大雪とか降って中止になればいいのに!!
「対抗戦だな。まさかお前がちゃんと来るとはちょいと以外だったぜ」
「ん?」
どこからともなくピエロが颯爽登場。俺は不貞腐れながら返した。
「櫻井か……本音言えば出たくない」
「よくソレでお前が来たな。美咲ちゃんに行けって言われたのか?」
「ちげぇよ! そんなかわいい妹じゃなくて、」
美咲ちゃんだったらカワイイけど、
「もっと強くて
マムはこえぇんだよ! 最恐なんだよッ!
声を荒げて本気の意思を告げる俺を前に櫻井は目を丸くして、
「……お前を縛れる奴なんてのが存在すんのか」
そう言いながら、寝転んでいる俺の横に座った。
「……世界は広いな」
世界は広いか。異世界ってのもあるしな。
連れてくなら今だぞと神に向かって心中で呟いてみた。
しかし、何も起こらない。
「世界は広くなんてねぇよ」
だって、俺の世界は狭いから。
「超絶せまい」
≪つづく≫
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