8.―学園対抗戦―デットエンドでも女帝の有無を言わさぬ発言には、無で返す。
第23話 演説をしているソイツは鈴木です。
学園祭も終わり、2学期も終わりを迎えようとしていた。
秋風の中に寒さが入り、みな学校指定の薄手のセーターをブレザーの下に着こんでいる。寒空という暗雲が立ち込める中でオロチによる独裁ホームルームが開かれている。
「あー、これから大晦日に行われる学園対抗戦について、選手を発表する」
俺は頬杖をつきながら、隻眼の独裁者の言葉に耳を傾ける。
「これは去年最下位となったマカダミアキャッツ学園の名誉を取り戻す戦いだ」
そういえば、去年マカダミアは最下位だった。
「選ばれた者は学園の誇りを持って戦うように」
学園に誇りなどない。
俺は机の脚の
「ぐぎぎぎぎぃい」
教室では奇怪な声が響く。
奇怪なラップ音がホームルームより前からずっと聞こえている。
「じゃあ選手を発表する」
オロチが手に持った書類を広げてクラスを見渡す。
「俺のクラス、緑組で三名全ての選手が選出された」
三分の一の確率が偏ってしまったようだ。三クラスもあるのにどうしてそうなるのかね。学校の采配が良くないのが分かるよー。雇用機会均等法っていうのを無視している気がするよー。
内容は良く知らんけどー。
「名前を読みあげる。小泉」
「ハイ!!」
「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぃい」
髪型を中わけにした淡白な顔だちの男が立ち上がった。
あんな奴クラスにいたっけ? 真面目そうな塩顔って感じだな。
まぁ、どうでもいいか。
「次、田中」
「ハイでふ!!」
「ぐげげげげげげえげげぇええ」
――嘘だろ………アイツなの?
奇怪なラップ音がずっと聞こえている中でキモオタが席を立ちあがり、取り巻きの女子たちが「田中さーん」と黄色の声援を送っていた。キモオタが選出か。
見る目がない。
オロチは片目腐ってるからしょうがない。
「最後に――」
俺はそっと両耳に手を当てて耳を塞いだ。
何も聞こえない無音の世界を作るために。
あー、涼宮強はただ静かに暮らしたいだけ。
「スズミヤァアアアアアアアアアアアア!!」
「ふんもぉおおおおおおおおおおお!」
うるせぇ……。
教室全体に叫び声が二つ響き渡った。オロチが耳を塞いだ俺に向かって力強く吠えたので嫌でも耳に聞こえてしまう。手では防げる限界があるのか。
俺は耳から手を離し、だるさを醸し出してオロチを見返す。
「………」
――やりやがったな……オロチ。
この前、却下するってハッキリと伝えてあるだろうに。
まぁその上で無理くり出すような発言をされていることはいるが、
学校でそういうことするかね?
嫌だって言ってるのに、ヤレとか。
人権侵害ではないのだろうか?
「それは――」
抗議しようとしたところで、後ろの席で誰かが立ち上がる音がした。
――おっ、俺以外にも涼宮という苗字がいたのか。
――じゃあ、オレじゃないな。
と、ほっとひと安心していたが――
「待ってください! 異議ありです!! 強ちゃんとかありえないです!!」
ソイツは涼宮ではなかった。
「だって、強ちゃん無能なんですよぉおおお!!」
強ちゃんって呼んでるけど知らない振りをしたい。
「言いたいことは良くわかる。だが落ち着け」
「落ち着けません!」
「ぐぎょおおおおおおおおおおおお――」
お前は涼宮じゃないだろう……
気の抜けた張った声に違う名字の奴が立ち上がったことを悟ってはいたが、
そいつは鈴木だ。
そして、無能って……
俺は一応視線をその対象に移す。
「強ちゃんがバトルとか無理ですよ! 絶対むりぃー!!」
ホント考え直してください。絶対むりぃー!
「ケガしちゃいまーすぅ!! 考え直してください~!!」
ケガする気はしないのですけど、考え直してください!
「無能なんです、強ちゃんは無能!!」
ちょっと……?
「ホント無能で、どうしようもないくらい手が付けられないダメな無能なんです! 友達も一人しかいないどうしようない子なんですぅぅう!」
その強ちゃんを援護してるようで怒ってる感じ、
誠に頂けないです。ちょっと言いすぎじゃないですか……
強ちゃんが可哀そうですよッ!
「呆れるほどに無能で……」
鈴木さんったら……
「異世界に行ったことすらもない悲しい無能なんですっ……」
そんな悔し悲しそうに無能と連呼しないでください。
異世界に行ったことないけど、行きたいとは思ってるんですよ、
無能力な強ちゃんはッ!
「家で年がら年中寝ることしかしないダメな男の子で………」
寝るのってそんなにダメなことですかッ!!
「極めつけに頭もものすごく悪いんですッ……」
泣きそうな、鈴木さん……
あなたって本当に極めてヒドイ天然ですね! 泣きたいのはコッチですッ!!
あまりに酷すぎると思いませんか! 近くにいるんですよ、強ちゃんは!?
「強ちゃんは無能を通り越して」
ちょっと玉藻さん、無能無能……連呼しすぎですよ。
「無能すぎるが故に超絶無能なんですぅううー!!
超絶とかやめて欲しいです。
途中から援護射撃でめっちゃ撃たれまくってますよ。
主に俺の心が。
泣きそうですよ……。
しかし、手を振り上げたり振り下ろしたり、白熱した答弁をするのはさすが首相の孫娘。立派な演説。もう撃たれ過ぎて感覚がマヒしてるからその調子で押し切ってくれ。
なんなら首相であるおじいさまの名前を出して、
一介の公僕であるオロチを
もう撃たれ過ぎて感覚もマヒしているから俺ごとで構わんッ!
さぁ行け、玉藻砲ぉおおおおおお!!
ぬぉおおおおおおおおおおおおおおお!
周りの生徒は口を閉じ目を逸らしている。
オロチも頭を搔きどこか困った様子。
そして、奇怪音が加速していく。
「にょうぎゃっやああああああああああああああああああああああ!!」
あまりの五月蠅さに皆の視線がそいつに移る。
精神崩壊して目に光が無い狂気の演技をこなす男が注目の的となった。
奇怪な不快音を出す新しい芸。
「話の最中にお前はいつもうるせぇえ、」
加速し絶叫に近いものになった瞬間オロチがソイツを怒号する。
「櫻井ッ!!」
「ぎゃぁあああああああああああああああああッ!!」
オロチが吠えると櫻井の顔がホラー漫画のような絶叫に変わった。
櫻井は毎度のごとくオロチにどこかへと連れていかれる。
中分けとキモオタは立ち尽くし、俺は着席したままだった。
全てが水に流された。よくやったピエロ。
選手決めは有耶無耶のまま二時限目の終わりにピエロが帰ってきてが、
ヤツは何事もなく席についた。
――俺のところにこないだと?
心配でめずらしく俺は席を立ちあがり櫻井に駆け寄っていく。
「おーい」
近づいても、まるで反応がないので、
「大丈夫か? 櫻井?」
視界の前で広げた手を上下に動かしてみる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛」
眼球に動きがない。奇怪音しか発さない。壊れたラジオみたいになってる。
どうしよう、一発殴っておくか。
「う~む」
斜め四十五度に殴れば大体機械は元通りになるか――もっと壊れる。
俺が櫻井の頭部の位置を確認しながら拳を作っていると、
「櫻井くん、ホームルーム中うるさかったけど、どうしたの?」
玉藻さんがちょいとディスりながら間に割って入ってきた。
今日のコイツは天然に人をディスる性質なのだろうか?
「学園祭で恐ろしいことをしていたから、その後遺症かもしれん」
「学園祭で櫻井くん何かやってたの?」
「占いをちょいとな」
「櫻井君って占いもできるの?」
「まぁなんでも出来るぞ」
「すごいんだね、櫻井君って!」
「ばぁああああ」
玉藻が褒めるが反応が返ってこない。屍に話しかけている気分だ。
懲罰房で何が繰り広げられたのかは闇の中。
今回は現行犯逮捕なので処罰が重かったのかもしれん。
目に明かりがない友が心配だ。
さすがに玉藻もこちらをちらりと心配そうに見る。
「ちょっと回復魔法かけてみるね」
「頼む」
玉藻の手から白い光が現れ櫻井を温めていく。しばらく見ていると櫻井の目の色に光が少しずつ戻っていく。どうやら回復魔法は精神的にも有効らしい。目に色が戻った櫻井は、異世界に飛ばされた男の様に辺りの見慣れた景色を始めてみる様に不思議そうに見回している。
「ここは……どこだ?」
「監獄だ。櫻井」
地獄へようこそだ。そして、俺は確信をつくことにした。
「オロチに何されたんだ?」
「オロチ―—」
櫻井は名前を呟くと狂いそうに頭を両手で抱え苦悩の表情を見せる。
「オロ………アァアアアアアアア!」
また精神が崩壊し始めた。
櫻井の目から光が消えていくのが何よりの証拠だ。
一体何をしたんだッ、オロチ!!
「戻ってきて、櫻井君!!」
すかさず玉藻が回復をかける。
「ここは……?」「監獄だ。オロチに何されたんだ?」「あ゛あ゛あ゛あ゛」「戻ってきて櫻井くん――!」「ここは……?」
この無意味なやりとりが十回ほど続いた。
「では、今年の学園対抗戦を君たちに頼むだにゃん」
放課後、俺は校長室に呼ばれる。どうやら有耶無耶に出来なかったようだ。センターセパレートとキモオタが立っておりオロチが端に立っているなかでネコが喋り始める。
「大いに期待しておりますにゃん」
俺も期待してるぜ、校長。
俺は校長に会うであろうことから秘密アイテムを持参している。
それを左右に振るう。
「去年は……大変……残念な結果に終わったにゃん…」
猫は本能に逆らい立場を継続しようとしゃべり続ける。
猫の目が左右に動くのがおもしろい。目を左右に泳がせながら。
「マカダミアキャッツ学園始まって以来、初めての最下位という……」
それでも欲しがった顔から分かる。欲望には勝てないのだろう。
これが欲しいんやろ?
「屈辱的にゃんんんんん!!」
食いついた!!
「ほれ、ほれ、こっちだにゃんこ♪」
「にゃん♪ にゃん♪」
俺の持っている猫じゃらしにネコが飛びつき食いついた。ゴロゴロと戯れている姿に癒される。俺はそのまま左右に猫を遊ばせる。気持ちよさそうににゃんと鳴き猫じゃらしと戯れている校長。
微笑ましい光景だ。
やはりネコとはこうあるべきである。
「オイ、涼宮!! やめろ、没収だ!!」
「あっ!!」
猫じゃらしが!!
オロチに猫じゃらしを取り上げられた。
せっかく楽しくなってきたのに。
「おほにゃん」
猫は机に戻り身を正して説明を再開する。
「今年は昨年の不名誉な結果を挽回すべく君たちに期待しているにゃん! ぜひ我が学園の名誉を取り戻してきて欲しいにゃん!!」
「ハイ!!」と二名は元気よく答え、俺はあくびをした。
そもそもやる気どころか出る気がない。
その日は風邪をひく予定だ。
「オイ、涼宮……去年の結果はお前のせいでもあるんだからな。実地研修から帰ってきた二年と三年で結成された勇者連合がお前が悪事を働いてるのを止めようとして、ボコボコにされて神経を衰弱させられた……その結果が大晦日に響いたんだ」
油断している俺にオロチから
「違うだろう、あっちが勝手にかかってきたんだろう?」
俺は嫌そうに正直に答えた。
去年のクリスマスに勇者連合なるものが俺と相対した。驚くことに一方的に俺を悪者と決めつけて集団で武装して殴りかかってきたのだ。俺はその火の粉を振り払っただけだ。何も悪いことはしていない。
やられそうだったからやり返しただけだ。
真っ当な正当防衛である。
むしろ加減して半殺し程度に遊んでやっただけ。
「それとお前の空気を使った攻撃は禁止とする。あれは殺傷能力が高すぎる。下手な奴に使うと相手の命を取りかねん。わかったな、涼宮!!」
その日に俺は休む。
「別に構わん」
風邪をひいて戦える状況にないのだから、しょうがないことだ。
「じゃあ、失礼します」
俺は話は聞き終わったので校長室を後にした。
◆ ◆ ◆ ◆
校長室から一人が退席した後で話合いが行われる。担任教師は不良生徒の素行の悪さにぼやくことしかできなかった。
「実力的にはアレですが……学園の代表を本当に任せて正解なのでしょうか?」
もしマカダミアが本気で優勝を狙いに行くには涼宮強を選ばざるえない。それも昨年の結果があるが故に今年は去年の二の舞になることをさけるとなれば苦渋の決断であった。
「俺は不安で仕方ありません」
「生徒を信じるのも教師の役割にゃん♪」
「それは……」
校長に当然のことを言われオロチは何も言い返せなくなってしまった。猫は続けて、残っている生徒二人を見やる。
「仲間を信じるのは生徒の役割にゃん♪」
「は……い」
残された二人は不安そうに答えた。
ニコニコしている校長と不安の色を露わにする三人が取り残されていた。
≪つづく≫
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