第17話 ピエロよ星になれ。痛いよ、熱いよ、飛んでいけ!

 俺はグラウンドの中央に立ちピエロを殴り飛ばした。


【次の回復競技を行いますので、出場選手と対象選手はその場にとどまって下さい!】


 しまった……ピエロが不在だ。


 次の競技者を遥か彼方に消してしまった。


「お兄ちゃん……」


 美咲ちゃんが心配そうな声で俺に語り掛けてくる。


「あいつはとんでもないことをしたんだ。しょうがない」


 まぁ、やってしまったものはしょうがない。後悔後先に立たず。


「遅かれ早かれこうなる運命だったんだ」


 それに不幸な櫻井が悪いんだ。


 俺は妹の頭を軽くなでていた。


 いずれ殺すと宣言したのが今になって果たされたのだ。


 これぞ、宿命でしかない。


「櫻井君どこいっちゃんたんだろう?」


 そしたら回復巨乳が走ってきた。辺りをキョロキョロ見渡たしている。


「……いないから、強ちゃん代打お願い!!」

「えっ?」


 何を言ってるのこいつは? 俺ダメージ受けてないんだけど……。


「涼宮さん、こっちに!」「あっ……ちょっと」


 美咲ちゃんもクラスメートに連れていかれた。涼宮兄妹は無傷なのである。ノーダメージブラザー&シスター。最強の一族と言っても過言ではない。


「じゃあ、強ちゃんはリラックスしててね」

「いつでも俺はリラックスしとる」

「そうだね! 堕落の強ちゃんだもんね♪」

「そうだぞ、玉藻」


 櫻井不在のまま回復競技は行われる。


 全回復した状態の人間に注がれる回復魔法。


 俺は寝そべり温かい光を浴びている。


「どう強ちゃん?」

「以外と悪くないな。肩こりが治った気がする」


 血行が良くなっていくのを感じる。なんか体がいい感じにほぐれていく。


「よかった~」

「玉藻、いいぞ。そこらへん重点的に」

「はい♪」


 玉藻のにこやかな笑顔で白い光を両手から浮き上がらせ発した光は俺の体を包んでいく。不思議と肩こりが治ってきた。回復魔法とか受けたことなかったけど、こんな感じなのか。


 うむ、悪くない。温かいお湯に使っているような感覚だ。


 おまけにちょっとだけ肌寒いこの秋の気候には持って来いだ。


「どこか痛い所はありませんか?」

「ちょっと首筋が凝ってるかもな」

「ここらへん」

「そうだ、良くわかってるな玉藻」

「エヘヘ」


 無料でマッサージを受けてるような感じ。おまけにちょっとオッパイの位置が顔に近いのもグッドです、玉藻さん。巨大な二つの山を見ながら温泉気分でマッサージ。


 最高ですね。


「他にはある?」

「背中かな」

「ここですか?」

「おう…………イイ感じだ」

「全部直すから遠慮なくどんどん言ってね♪」


 玉藻さん、たまにいい感じじゃない。


 優しくて注文にめずらしく的確に答えてる。


 回復魔法とオッパイが相乗効果をもたらしている。


 今日の玉藻はなかなかにグッドです。


【それでは時間です! それまで!!】


 そして競技は終わりを告げる。


「えぇー」

「………………?」


 なんでやっている玉藻さんが残念がるのか分からない。俺が気持ちよさそうにしているのを見てうふふと笑っていたけども回復大好きなのか?


 だが、それも無意味なこと。


 回復量に応じて点数が入るので、もちろん俺のクラスは0点。


 俺は温泉に入ったようなリフレッシュ感を満喫し、


 お肌も何かピチピチツヤツヤになった気分。


 俺の気分的には満点だ。


「まぁ、終わりだ玉藻。気持ちよかったぞ」

「もうちょっと……やってたかったのに……」


 そうか……玉藻はあれだけやってゼロ点だったのが納得いかなかったのか。



 

 俺の競技もアンパンを食うだけなので、


 あっさり終わりお昼ごはんタイムになる。


「いっぱい作ってきましたからみんなで食べましょう!」


 美咲ちゃんとちんちくりんが弁当箱を広げ、


 俺は天然巨乳とビニールシートを広げ、


 お昼ご飯の用意をしていた。


「ありがとう! 美咲ちゃんの料理久々だね」


 巨乳が豪勢ごうせいな重箱を出しビニールシートの真ん中に置く。


「うちもお弁当たくさん持ってきたから、食べてね♪」


 あっちは一流シェフがつくっている。


 しかし、こっちはエンジェルが作っている。


 人間ごときに負けるわけがないッ!


「めっちゃうまそう!! 早く食べたいよ美咲!!」


 赤髪のちんちくりんは二つの弁当箱に目を輝かせてよだれを垂らしている。


 ――コイツは敵か?


 俺は美咲ちゃんの弁当箱だけを凝視して時を待つ。


「じゃあ、食べようか」


 美咲ちゃんの声を合図に俺たちは弁当の料理を仲良く取り分けながら食べていく。平和な日常だった。笑いながら俺たちは食卓を囲んでいた。周りには紅葉。


「おいしいー!」「お兄ちゃん、あんまり急いで食べると詰まるよ」「美咲の料理は天下一!」「昴ちゃん、言いすぎだよ」「本当においしいよ、美咲ちゃん」「ありがとう、おねいちゃん」


 体操服と魔道着と鎧。平和な日常だ。


 安らかなひと時だ。


 ――しかし、何か物足りない。はて?


「強……痛いんですけど。加減をしてくれ!」


 ――そうか、これだ! 足りないのは!


 新しい洋服に身を包んだ傷だらけの元変質者が帰ってきた。


 学校指定のジャージなどではなくどこぞのトレーニングジャージ。


 櫻井が座ると玉藻に回復魔法をかけてもらい、


「あんなに強く殴ることないだろう……」


 少し両手を組みプンプンし不貞腐れたご様子。


「お前のが一番効いたわッ!」

「すまん、すまん。おびにいいものをやるよ」

「いい……もの?」


 俺は櫻井にお詫びの品をポケットから取り出しそっと差し出す。


「強ちゃん、これなぁに?」


 櫻井はそれを見て首をかしげながら答える。


「……アンパン?」


 俺は笑顔で友にオウムの様に答えを返す。


「アンパン♪」


 正解だ。紛れもなくアンパンだ。


 競争で勝ち取ったもの。


 歩きながら食べるのがめんどくさくなって高速で見えないようにポケットにしまっていたものだ。


「しょうがない。まぁ昼飯売ってないし、これで我慢するか」


 櫻井は渋々アンパンを受け取る。


「櫻井先輩、ごはん持ってこなかったんですか?」

「ん………あっん!」


 美咲ちゃんが櫻井に尋ねアンパンを一口かじって飲み込んだ。


 そして、美咲ちゃんと先程までのことを気にしない素振りで話し始めた。


「いつもの買い食いしてる癖で忘れちゃったんだ。弁当作ってくればよかったな~。購買が休みってことをクッキーづくりに忙しくてスッカリ忘れてたよ」

「そうなんですね、あの~……」


  クッキー作るのって忙しいのか。それとも、それほど大量に作っているのだろうか。パティシエの夢は断たねばイカン。ちょっと指でも折っておくか。


「これぐらいしかないですけど」


 美咲ちゃんは恥ずかしそうにお弁当を櫻井に差し出していた。


「もしお口に合えばですけど、食べてください!」

「あっ!?」


 ――それ俺が次に食おうとしてヤツ!


 俺の食料が美咲ちゃんの手から櫻井に差し出される。


「ありがとう、それじゃあ」


 俺は櫻井を睨む。なのに、爽やかイケメンスマイルの櫻井。


「お言葉に甘えて頂くよ」


 櫻井は何食わぬ顔で箸でアスパラベーコンを口に運んだ。


 俺を無視して、俺の食糧がピエロの胃袋へ消えていく。


「ん……んん……ん!」


 もぐもぐと何か味を確かめる様にして訝し気な表情をしている。それを美咲ちゃんが不安そうな顔で見ている。不味いなんて言おうものならコロス。


「めちゃくちゃ美味い!! なにこれ!?」


 当たり前だ。エンジェルが作ったんだ。


 不味いわけがないだろう。そんな感想を述べた瞬間、


 お前の首と胴はお別れすることになるがな――。


「そ、それは……良かったです」「マジめっちゃうまい!!」「エヘヘ」


 なぜか美咲ちゃんが赤くなって照れくさそうに頬をポリポリと掻いている。


 なんだろう……料理をめられると照れるのか?


 毎日褒めているのだが妹のこの機能は見たことがない。


 気づかぬうちに新機能が実装されたのかもしれないし、


 ものは試しという。俺も褒めてみよう!


「おいしいよ! 美咲ちゃんッ!!」

「うん、っそ」


 あれ反応が違う。素っ気ない。


 なんだろう、この敗北感は。俺は兄妹なのに。


 ピエロをもう一発殴っておくか……。


 俺がピエロを殴ろうか必死に悩んでいるのを良いことに、


 ピエロが俺の食料をどんどん頬張っていく。


「どれもこれもうまい!!」「食いすぎだ、櫻井!!」「櫻井先輩、お世辞でもうれしいです。どんどん遠慮せずに食べてくださいね♪」「なっ!」「いやいや、本当にうまいよ!」「そうだよ♪ 美咲ちゃんの手料理はおいしいよね♪」「料理に必要なのは愛……愛こそ万能調味料なのですよ」


 照れる我が妹。褒めるエセ姉。食べるピエロ。そして、楽しそうに目を輝かせている赤髪は何かわけのわからんことを呟いている。俺のあげたアンパンは一口食べただけで放置をされている。


 扱いが違いすぎるぜ。不遇すぎる。


 主に俺が!!


「唐揚げがうますぎる!!」「えへへ」「櫻井ーー!」「強ちゃん、こっちにも唐揚げあるよ。はーい、あ~ん」「俺は美咲ちゃんの唐揚げがいいんだ!」「強ちゃん、こっちも食べてよーー!!」「卵焼きも半端ない!!」「櫻井食いすぎだーー!!」「愛によって料理は革命を起こすのです」「さっきから何言ってるの? すばるちゃん?」


 騒がしく昼ごはんを囲む俺達。


 紅葉がひらひらとビニールシートに落ちてきていた。


 水筒のコップの中にも入りぷかぷか浮かんで揺れていて――



 秋を感じさせる。


「食い過ぎだぁああああああああああああ!!」


 たまにはこういうのも悪くないかと叫びながらも俺は思った。






「みどり組こっちに集合!!」「いよいよ、最終決戦だな!」「気合が入るでふよ!」「みんなこっちだよー!」「装備忘れ無いようになー!」


 最終種目となる聖剣倒しが行われるため、クラスが集まって結束を固めている。


「櫻井くん、秋なのに熱いね。どうもああいうのは好かん」

「わかるよ、強くん。俺もどうも好かん。いけ好かんとさえいえるレベルだ」


 俺と櫻井をのぞいて。


 クラスメイトが円陣を組んでいる外で俺たち二人はその光景を眺めている。


 せっかく涼しい季節になってきたのに何をそんなに暑苦しくなるのか理解できない。これから疑似的な戦争をおっぱじめるっていうのに集団統率で知能を低下させるとは愚の骨頂。


 一種の集団催眠だ。


「強ちゃん、櫻井君!」


 そんな俺らの元に玉藻が怒った様子で現れ、


「うぅーん、ダメだよ、」

「な、なにすんだよ!! 玉藻!!」

「鈴木さん、俺もなの!?」

「円陣はみんなでやんないと!」


 俺達二人は玉藻に手を引かれ、


「強ちゃん達も強制参加だよー!!」


 なすがままにイヤイヤ後ろをついて歩いてく。


 無邪気で無鉄砲は周りに甚大な被害をもたらす。


 無理やり円陣の中に放り入れられた結果、


 周りのクラスメートは困惑した表情を見せている。


 当たり前だ。


 俺たち二人は異分子が揃うクラスの異分子なのだから。


 異分子の中でも頂点を極めた二人なのだから。


 それを円陣にぶち込むというのは空気を読めない玉藻だからこそできる荒業。どうせ逃げられないと覚悟を決め円陣の枠に無言で入り渋々両隣の肩に手をぶら下げる。


「あんだよ……」「スイマセン……っ」


 隣のやつがカタカタと震えている。一応、余計なことを喋るなよと威圧の眼光で睨みつけて黙らせる。喋りかけようものなら遊んでやると。


 ヤツの顔の前で拳を握ったり握り直したりして見せつける。脅しだ。


 円陣などというものを俺は仕方なくやっているだけだ。


 ――玉藻のせいで。


 全員が揃ったのを確認して眼鏡優等生美女が、


「…………う」


 モスキート音をかます。


 もう一文字しか聞き取れねよ!! 何を言ってるんだコイツは!?


 相方のロボが間髪入れずにしゃべりだす。


「カチマショウ。クラスイチガントナッテ」


 こっちの方がまだ聞き取れる、片言だが。


 とりあえず皆は言葉はどうでもよく、『おう!』と掛け声だけはうまくやった。こんなんで一丸になれるわけがない。櫻井と俺は声を出さず動きっぽいものだけを合わせている。


 お互い目が死んでいる。


 プラズマクラスターにぶち込まれた細菌の気分だ。


 これから始まる、聖剣倒しはマカダミアキャッツ高校の一大イベント。


 クラスごとに自陣の聖剣を守りながら敵陣の聖剣を引っこ抜く。ただ、それだけの、至極単純なルール。ちょっと自衛隊の棒倒しのパクリじゃないですかーと言われればそうですけど何か?と答えたくなる代物。


 だが忘れてはいけない。ここは普通の学校じゃない。


 関東随一の能力者たちの通う学校――


 マカダミアキャッツ高校。


 要はそんなやつらが能力使いたい放題、魔法打ち放題、攻撃し放題、回復もあるよといった感じでやる。自衛隊どころの騒ぎではない。肉体ではなく銃弾級の攻撃が飛び交う超弩級のエンターテインメントショーであり、


 恐るべき戦術的・戦力ゲームなのである!


 自衛隊の棒倒しなど比ではない!!


 それゆえめんどくさいことこの上ない。


【聖剣は真の覇者の手に! 最終種目、聖剣倒し!】


 俺は自陣の聖剣の近くで座り込むことにした。


【いざ――】


 放送担当が気合を入れると法螺貝の音が鳴り響いた。


【合戦の時!】


 ウォオオオオオオオオオオオ!


 と――。


 開戦の合図に合わて武装集団が戦国時代の足軽たちのように一斉に駆け出す。頑張れ農夫ども。足軽のほとんどは農民だったいう説がある。要は農民と農民が戦場で殺し合うのが日本の戦争なのだ。


 なんと誠にげに恐ろしきかな。


「強、むさ苦しい試合が始まったな」

「そうだな、櫻井」


 戦場では将軍クラスは高みの見物を決め込むもの。


「そこをどけ!」「どけと言われてどく訳にはいかないねェー」


 みんな一様に相手の聖剣を倒そうと三クラスが入り乱れ激しい戦いを繰り広げている、俺と櫻井を残して。俺達はポジション的に緑組のストッパーということになる 将軍は本陣でドカッと座って待ち構えるもの。


「やぁーやぁーあ、我こそは」「喋ってるうちに倒せ!」「キタねぇぞ!」「合戦に汚いなどあるか!」「わが剣の錆にしてくれるわ!」「我が威光の前にひざまずけ!」


 俺と櫻井は自陣の一番奥である聖剣の近くで待機中だ。


 目の前で激しく魔法などが飛び交う。土埃が舞う中、あちらこちらで爆発音や金属音が奏でられている。戦士たちの咆哮が戦場に血気を注ぐ。誰もが己の特性を生かそうと躍起になり連携をとるための声を張り上げている。


「行かすか、ボケ!」「ちょこざいなッ!」「小賢しいわ!」「ここが手薄じゃなくって」「それは勘違いよ」「やるじゃない」「貴方もね」「あら、私も混ぜて貰えますこと」「お邪魔するわよ!」


 3クラスが入り乱れるのでグラウンド中央で三すくみの状態。


 どちらかひとクラスに構いすぎれば暇なクラスに聖剣と取られてしまう。


 漁夫の利である。


 だからこそ迂闊に聖剣までたどり着けないのだろう。


「強ちゃん、お茶持ってきたんだけど飲む?」

「頂くよ。さすが櫻井」


 戦場ですら老夫婦のようなコンビネーションを見せる、それが俺と櫻井。櫻井が水筒からお茶を出し二人で聖剣の近くに座り込んでティータイムをたしなんでいた。


「ちょっと側面が手薄になってるわよ!」「陣形を立て直せ」「回復隊は散らばれ!」「いまの動いたところが回復隊だ!」「野郎ッ!」「紅組の進行を止めろ!」「俺が行くッ!」


 他の生徒はドンパチやっている。


「どこが勝つと思うよ、強ちゃん?」

「う~ん。紅組かな~」


 俺たちは激しい戦いが行われているのをティータイム中の余興としてお茶を片手に見て楽しむ。


「なら、うちは緑組だから負けるかもな~」

「じゃあ緑以外が勝ってほしいな。早く取りに来ないかな。聖剣差し出すのに」


 俺と櫻井の回りには人が来ない。まるでバリアが張られたように誰もこなかった。時間が経って一人や二人抜けられそうなやつがいたが、目が合うと違う方に進んでいく。


 どうした? 何が怖いの?


「なかなか来ませんね。櫻井さん」


 そんなに。


「強ちゃん、いるからかな~」


 うん? 俺がいるとどうして来ないんだ?


「ズズー………………」


 まぁ、お茶がうまい。


 俺はひたすらに休憩を満喫した。


【聖剣が緑組の田中選手によって抜かれたぁあああああああ!】


 激しい戦闘ずっと続いていた。


【あぁーと! 白組が脱落だッ!】


 願いとは裏腹に白組の聖剣が抜かれ残りは紅組と緑組だけになった。


 豚め……余計なことを。


【残るは緑組と紅組の一騎打ち!】


 残り二つになるが中央でぶつかり合い、


 戦力が拮抗していて中々抜け出してこない。


「ハァハァ……」「そっち行ったぞ!」「抑えてくれ!」「回復はまだか!」「魔力が残ってない……ごめん」「コッチも限界が近いわ!」「耐えろォオオオ!」


 どちらも疲弊してきたようだ。農民共の動きが悪くなっておる。


 わずかに対応がお互い遅れて戦場が散り散りに広がっている。


「んっ?」


 そこからヨロヨロと誰かが近づいてくる。


「強ちゃん、誰か抜け出してきたな」


 一人の農夫が勇気を出してこちらに近づいてきた。


 俺の顔見知りの農民。


 これは出迎えてやるか。千載一遇のチャンス。


 立ち上がって精一杯笑って出迎えよう。


 ――笑って、笑顔で、笑うんだ。嗤って、嗤え。



「手越………ィイイ」




 近くに手越がきたので必死に作り笑いをして手越にゆっくりと手を差し伸べる。


「涼宮さん!?」


 良く来たなと。早くこんな訳の分からんものを終わりにしたい。


「聖剣が……」


 聖剣なんぞくれてやると声に出す。





「欲しいの、カァイィ?」





 必死な作り笑いだったので声が上擦うわずってしまった。

 

 いかん、いかん。と直すと目に力が籠ってしまう。


「ちょ調子こいて、す、スイマセンしたッ!」

「えっ………………」


 手越に手柄てがらを渡そうとしたのに………


「ひいっ!!」と悲鳴を漏らして血相けっそうを変えて、


 中央に帰っていってしまった。


「強ちゃん……もっと優しくよ……」


 チャンスを失い立ち尽くす俺の横で櫻井が嫌そうに声を上げた。


「それじゃあビビって誰も来ない。セリフと顔がヤバイ。あと動きとかも!」

「ちょっと声が上擦っただけだ……」


 いきなり声出したから、緊張で変な感じになっただけなのに!


「心臓のあたりに手を出して握る様な動作をして!」


 だがピエロの罵倒は止まらなかった。


「聖剣の代わりに命をよこせと言ってるようにも聞こえる!」

「えぇ~。何がだめなの? 必死に笑ったのに……」


 俺だって一生懸命頑張ったのだから、褒めて欲しい。


「強ちゃんが必死過ぎたのかもしれん……」


 頑張りすぎたのがいけなかったか。それは分からんでもない。


 頑張っても碌なことにならないから。


「必ず死ぬような恐怖を与える魔力を感じた」

「魔力とかねぇし……」


 中央での戦が終わらず俺と櫻井は飽き始めていた。


 水筒のお茶もつきかけている。


 ティータイムも終了になるのであればここからは軟禁状態に近い。


 いやいや付き合う感じだ。これがサービス残業か。


「なげぇな……どうするよ、強ちゃん?」

「どうすっかな……あれ?」


 俺はふと気づく。あちらの守りが手薄なことに。


 中央での戦闘が激しくなり、聖剣の回りから人がいなくなっている。


 守り手が誰もいない。俺は妙案を思いついた。


「櫻井、ちょっとアッチ行って来て」

「ハイ?」

「だからアッチに行って聖剣抜いて来て」

「はぁ? 俺、弱いって知ってるでしょ。弱い奴が本気でやってるあんな戦場に行ったら危ないじゃん。下手したら死んじゃうじゃんよ」

「大丈夫、あそこ一瞬しか通らないから。通過駅みたいなもんだから」

「一瞬だと……何を言ってやがる――ッ!?」



 櫻井が遅れて、


「お前まさか!? ちょっと待って!」


 ようやく俺の作戦に気づいてくれたようだ。


 さすが俺の親友。


「櫻井、重要な話をしよう」


 ただあまり乗り気では無さそうだから説得を試みよう。


「このままでは俺達は貴重な時間を無為に消費してしまうんだ」

「無駄な時間って、お前は最初青春の一時とか言っていただろ!」

「櫻井、かの先人は言いました」

「なんと?」

「タイムイズマネー」

「英語ワカリマセンー」


 学年一位が英語がわからないなどとふざけた嘘を抜かしよる。


「日本語で言うと、時は金なりだ」


 櫻井の胸倉を片手で掴んで、


「この方角でこれくらいか――」


 持ち上げ打ち上げ角度を決める。


「ちょ、ちょっと、強ちゃん!?」


 空が青く澄んでいて気持ちよさそうだ。


 死亡遊戯のひとつを発動。


「痛いよ~」

「待て!!」


 野球のピッチャーのように左足を高く上げ


 友をもって腕を振りかぶり、


「熱いよ~」

「待て待て、待てってェエエエ!!」


 聖剣に向かってまっすぐブン投げるのである。


 これは俺たちの貴重な時間を無為に過ごさないためのことだ。これは俺の為でもありピエロの為でもある。自分の為でもなく貴方の為でもない。俺たち双方の目的は両立している。


 正に一心同体。



「飛んで、」


「このッ――」



「イケェエエエエエエェエエエエエイ!!」


「人でなしガァアァアアアアアアアッ!」



 言い換えると俺は櫻井を放り投げた。



「ギャァアアアアアアア――」


 死亡遊戯のひとつ


『痛いの、痛いの、飛んでいけ』ではなく、


『痛いよ、熱いよ、飛んでいけ』である。


 人間魚雷と化したピエロは俺の狙い通り、


 相手の聖剣までまっすぐ飛んでいく。


「くふぅううううう――」


 戦場を一筋のピエロという弾丸が横切っていく。風に頬が引きずられブルブルいいながら、眼圧検査さながらの風圧に目をやられ涙を流し魚雷は飛んでいく。


「何か来てるぞ!?」「見えん!」


 誰もが気づいたときには横を通り過ぎていく謎の人間魚雷。


「なに!?」「魔法!?」「魔獣かしら!」


 中央で幾人かは気づくが対応が間に合っていない。


 早すぎて追いついていない。魔法を撃とうとしても間に合わない。


 剣を振るおうとしても届かない。絶妙なコース。


 敵か味方かも判別不能! 正にピエロ!


 誰もが「あ――ッ!」と漏らした瞬間には聖剣まで一秒以内。


「アバレナァアアアァアアアア!」


 謎の呪文を唱えて、見事に聖剣に体当たりでぶつかりストライク! 


「イタタタ、アツイアツイ、アツアツ――」


 そのあとは地面に勢いよくこすり付けられ着地して、


 何度かバウンドしながらもボロボロになりながらも、


 ヤツは役目を果たす。


「………………………………」


 聖剣を抱きかかえたままボロボロのピエロが倒れている。


 誰もが口を開けて固まった。


 何が起きたかわかっているが一瞬過ぎて判別が着いていない。


 アナウンサーが気合を入れて事態を告げる。


【勝者――緑組!!】


 試合の終了を告げるアナウンスが流れた。


 クラスメート一同がことの顛末てんまつに気付かず、


「うぉおおおお、櫻井ぃいいいいい!!」「よくやったーー!!」「すごいぜ、櫻井!!」「いつの間にそんなところに!?」「櫻井の動き全然見えなかったんだけど!」「櫻井が瞬間移動しやがったぁああ!」


 何も返さぬ気絶した櫻井を皆が持ち上げた。櫻井の元へ駆け寄って胴上げをしている。ピエロは白目を向いている。


 そうして、


 櫻井は人知れず俺のおかげで、


 この日のとして試合を終えたのだった。


 一件落着。


「スゴイですよ、櫻井先輩は!! いきなり飛び出して忍者のように聖剣を引き抜いていったんですから!!」


 帰り際、美咲ちゃんが興奮気味に櫻井のことを良く話していた。


「それにダメージ耐久も一位ですし、今日大活躍でしたよね♪」

「そうだね! 櫻井君は大活躍だったね。今日一番のだよ♪」


 スターって……玉藻。


「イヤ、櫻井はピエロだよ……」

「先輩はヒーローですッ!!」


 こうして――


 ピエロの人気が少し高まって、


「まぁ、いっか」


 マカダミアの体育祭は幕を閉じたのだった。



≪つづく≫

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る