1.裏エピソード後編 被害者:手越君

 ダメでクズ男は、僕を誰もいない校舎裏に連れ出した。


「ここらへんでいいだろう、離れろビジュアル系」 


 僕は肩を押され距離を開けた。人気のないところでみっともなく土下座でもして許しを請うのかと予想していたが、何か違うようだ。この男……気だるそうに尻を掻き、欠伸をしている始末。


「君がいるから玉藻ちゃんが僕と付き合えない! 邪魔な存在だ、君は!!」

「うん?」


 何をとぼけた顔をしているんだ。貴様みたいなクズに玉藻ちゃんがあれだけ優しく包み込むような好意を向けているのに……彼女の想いを踏みにじるのか! お灸が必要だな!!


「決着をつけよう――」


 僕は聖剣レイヴァテインを召喚した。


「ここで君を倒すよ!」

「だぁああああああああ!! めんどくせぇぇえええ!!」


 めんどくせぇえと来たもんだ。雑魚キャラだけど、君には慈悲は存在しない。性根から叩き直してやるよ! 最強のこの僕が!!


魔装まそうぉおおおおおおお!」


 僕の体にアルテミスの鎧が装着されていく。これらは彼女との絆の証。いくつもの旅を経て、二人で素材を集め作り上げた最強の聖剣と鎧。僕と玉藻ちゃんの愛の結晶たち。聖剣と魔装が僕と彼女の愛の強さを証明してくれる!!


「これで君も終わりだ! 僕の聖剣レイヴァテインは世界をまるごと焼き尽くすという究極の武器!! そして、この鎧は勇者だけに許された、全ての魔法攻撃、物理攻撃を無効にするアルテミスの鎧!!」


 ふふふ、キマッタ。


 口上を伝え終え、相手も驚いた表情を見せている。


 もっとビビらせてやる!


「僕が本気になったんだ、君の体は五体満足ではいられないだろうね。一瞬で勝負をつけさしてもらうよ!!」


 クズは眉を顰めてとてもイヤそうな表情を浮かべた。


 わかるよ、君はとても弱いんだものね。玉藻ちゃんからよく聞いているよ。


『強ちゃんはね。昔、泣き虫さんでね、暴力とかだーいの嫌いだから、とても弱くて私が守ってあげなきゃいけないの。だから、早く強ちゃんのところに帰ってあげないと♪』


 女に守ってもらうようなクズ男に明日を生きる価値はないッ!!


 ダメ男はいっちょ前に右こぶしを腰に据えた。てんで構えがなってない。


 素人まるだしだ。さては戦闘経験が少ないな。


 構えが隙だらけだよ!! 


 僕は最速で移動をする。クズに積年の恨みをぶち込むために。


 これからヒーヒー言わしてやるよ、涼宮強!!


「喰らえ―――――」


 やはり、雑魚だな。まるで僕の動きに反応できてない。死んだ魚の目で諦めているようにも見える。僕の最強の技を食らうがいい!! 少しだけ手加減はしてやるよ、死なない程度にね!!


 二人の愛の力の前にひれ伏せ、クズ男!!


聖剣究極破斬せいけんきゅうきょくはざんスラッシュクルセイダー!!」


 説明しよう。聖剣究極破斬スラッシュクルセイダーとは、異世界ガーネットスクゥディーアで僕が身に着けた最強剣技。初撃が決まった瞬間にそこから24連撃へと繋がる異世界最高峰の連撃。威力は山を砕き、海を割き、決まれば必死確定の大技。これで魔王も倒した――僕の最強の必殺舞踏剣舞!!


「なっ――!!」


 確かに奴の無防備な首筋に一撃目をぶちこんだのに……間抜けな声を上げたのは僕の方だった……剣が弾かれただと!? 何が起きた!? 山も砕く僕の剣技が弾かれただとぉお!?


 次の瞬間――


 ヤツの死んだ魚の眼が――


 漆黒の黒髪を持つ獣のような鋭い双眸そうぼうへと変化する。


 悪寒が走った。極寒の地にいるような寒気。


 両手が震え、身震いが止まらない。


「死ねぇぇええええボケカスゥウウウウウウウ!!」

「ほぅッ――!」



 凄まじい音が耳まで響き、衝撃が突き抜ける。僕の腹部にミサイルでも撃ち込まれたような衝撃が駆け抜けた。後ろの木々が騒めく音がする。


 一体何をされたんだ……?


「くはッ――!!」


 僕はあまりの苦しさに悶絶し、その場に崩れて両手でお腹を抑えた。先程と同じ追撃が来たら、死んでしまう。早く戦闘態勢を取らなければ……しかし呼吸がままならない。開けっ放しの口からは唾液が漏れ地に糸を引いていく。


「おほっ……ぐぇっ……カッハァ、ハァ――」


 アルテミスの鎧が破壊されているだと、バカな……物理攻撃は無効なはずなのに。魔王の攻撃ですら無効化していたのに。玉藻ちゃんとの愛の結晶がいともたやすく!!


 異世界の魔王の攻撃などが生易しいほどの一撃。


 内臓の位置がおかしくなっているように感じる苦痛。何をされたんだ……早すぎて何も見えなかった。ただ、苦痛だけが何かをされたことを如実に訴えていた。


 バカな、コイツ無能力で弱かったんじゃ……。


『強ちゃんはね、とっても弱いーの』


 両手を振るい力説する玉藻ちゃんの顔が浮かんだ。


 どこが……だ?


「おなか痛そうだけど……大丈夫?」

「うーうー」


 苦しむ僕の方に手がそっと置かれた。


「殴って悪かったな……」


 えっ? ……そうか、そいえば玉藻ちゃんが言っていた。


『強ちゃんはね、暴力嫌いなのー。とっても大っ嫌いなの♪』


 そうか、僕は誤解をしていたのかもしれない。彼と言う男を。玉藻ちゃんが惚れるぐらいの男だ。異世界で強かった僕は調子に乗っていたようだ。


 彼という人間をしっかりみていなかったんだ。


「戦いは終わりだ……」


 涼宮君は僕にやさしい微笑みを見せていた。


 なんて安らぎを与えるような微笑みなんだ。


『強ちゃんはね、とっても優しいんだよ~。笑顔がかわいいの♪』


 そっか。玉藻ちゃん、そういうことなんだね。


「……涼宮くん……」


 君を誤解していたよ。


「俺様に金輪際こんりんざい二度と……」

「へっ……?」


 俺様……? 聞き間違いかな?


 僕は混乱したが、次の一言を聞き、


 それが優しい笑顔でなかったことを確信する。


「逆らうなよ、カス野郎。次は命の保証はねぇからな」


 僕は誤解していた。これは満面の笑顔で脅しているんだ。間違いなく。


 逆らったら殺すぞということだ。


 一筋の涙が僕の頬を伝う。なんも言えねぇ……。


 暴力的なまでに優しいよ彼は。怖い優しさっていうのもあると僕は知った。


「ハ……イ……承知いたしました」


 圧倒的存在に対して敗北を受け入れ、失意を抱いたままクラスに帰った。


 その僕の元に、クラスメート達が慌てて駆け寄ってきた。


 とても心配そうな表情を浮かべていた。


「てて、手越君。噂になってたけど、デットエンドに喧嘩を売ちゃったの!?」

「デットエンド?」


 何のことだ?


「涼宮君のことだよ!」

「あぁ、一撃で粉砕されたよ……何もかも。異世界で経験した全ても愛の結晶も。プライド含めて、粉々にされてきたよ」


 あれは強いなんてものじゃない。未だに腹痛が続いてる。


 トイレに行ったら血便が出る予感すらあるよ。


「何言ってるんだい!! 喧嘩売って、無事に帰ってきただけでも奇跡だよ!」


 奇跡……?


「えっ……そうなの?」

「そうだよ。惨劇のクリスマスでは、上級生含め数百名の勇者たちが半殺しにされたんだから」

「はっはっ」


 乾いた笑いしかでなかった。数百だって。このエリート学園の勇者たちが束になっても適わない相手に挑発行為をするなんて、僕はどうかしてるぜぇい!


「二度と彼には近づかないほうがいいよ!!」

「忠告されなくても、痛いほどわかってるよ」


 なぜか話を理解している僕にそのクラスメートは嬉しそうだった。


「彼はそんじょそこらの魔王より圧倒的な魔王――デットエンドだから!」

「そうだね」


 デットエンドか……関わったら死亡ってことね。はっはっはっ。


「「はっはっはっ」」


 この時、僕は現世に帰ってきたことをハッキリ認識した。異世界では戦えば負けなしだった僕だが、現実はそう甘くはない。上には上がいるんだ。この世界には。圧倒的に勝てない存在がいてもおかしくない。


 涼宮強という人間は僕の甘えた認識をぶち壊した男。


 そして、玉藻ちゃんの話を鵜呑みにしてはいけないと教えてくれた男。


 その後、夏の戦いで僕の考え方は180度変わる。


 彼は彼女に釣り合う男だった。


 ダメ男な部分もあるけど、たまに優しいの意味がわかった。


 最初っから、二人の間に僕の入り込む余地などなかったのだと。



《つづく》

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