おまけ サイドエピソード(被害者の会)

1.裏エピソード前編 被害者:手越君

 僕は異世界で素敵な少女と出会った。


 その子の名は鈴木玉藻さん。


 とても清楚で純情可憐な人。西に困っている人がいると知れば駆け付け、東で魔物が暴れると知れば討伐に出かける。怪我人を見ればほっておけず、回復行為を行う。


 正に女神のような女性だった。


 触れれば上質な糸のように指先から零れ落ちる、藍がかった黒髪は気高く高貴な彼女にピッタリだった。


 この世界で知り合った二人は結ばれるのが運命で決められている。


 男女二人で世界を救ってくるのだ。勇者とヒロインの関係はとても強い絆として結ばれていくのが通例。数々の冒険を一緒にこなしていくのだ。


 情がわかないほうがオカシイ。


 但し、これはただの通例だった――


 彼女と食事を共に取ると聞こえてくる耳障りな言葉。


「強ちゃんっていう幼馴染がいてね、とてもやる気がなくてグダグダしてるんだけどね、たまに優しくてね」

「はっはっは……」

「でね、強ちゃんが――」


 彼女が目を輝かせ楽し気に語る言葉に僕は乾いた笑いを返す。それは日常のように繰り返されていた。


 毎度毎度、話に出てくる涼宮強という幼馴染。


 彼女からの話を纏めると実にヒドイ男だった。


 涼宮強という男は、


 日々堕落を貪り、ひどく暴力的な言葉を吐き、


 目が死んだ魚のような感じで、気に食わないことがあると不貞腐れ、


 とても弱く、時たま優しい。


 この、『時たま優しい』というのが彼女にとって魅力的らしい。


 僕が判断するに完全なダメ男の典型である。


 さらに言えばDV男に近い。その男が傷つけそこに優しさという甘さを見せるのが魅力的だと? ふざけている。なぜ、彼女のような聡明な女性が騙されているのか……涼宮強という男は、彼女の優しさに付け込んでいる。


 幼馴染という立場を最大限に利用して――


 許すまじ、涼宮強!


「やったね! 手越君!」

「あぁ……やっと魔王を倒したよ……」


 幾度とない苦難を乗り越え僕と玉藻ちゃんは異世界を救った。そして、現世に戻った。異世界で得た能力が認められ、僕らはエリート学園マカダミアキャッツ高校に入学することが認められた。


 そこであの男と出会うことになる。


 最悪な男に――


 入学と同時にその存在がこの学園にいることを知った。


 僕の恋路を邪魔する最低最悪な糞やろう涼宮。僕が聞いていた情報とは明らかに違う。なぜなら、そいつは弱く異世界経験ゼロ。


 そんなやつがエリート学園にいる? どこまでもふざけた話だ。


「ねぇ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「どうしたんだい、手越君?」

「涼宮強という人物について」

「えっ?」

「彼はどんなやつなんだい?」

「……どうって」


 僕がクラスメートに彼の内情を探ろうと質問をすると、みなが目を泳がせていた。


「あまり近づかないほうがいいよ……彼ちょっと普通じゃないから」


 まぁ、普通なわけはない。話を幾日も聞いてれば分かる。


 異常な男だ。


「そうだよね。彼は異世界経験がないんだもんね」

「そうだね……おまけに無能力だし……」


 弱い癖に……人を垂らし込むのだけはうまいのかッ!


「本当にふざけた男だ!」

「あっ、手越君!!」


 本当にふざけている。エリート学園にいて、異世界救済の経験もなければ能力もないだと。何を持ってあの男がこの学園にいるんだ。


 僕を邪魔するためだけの存在のような男だ!!


 苛立つ僕は隣のクラスにいるそのDV野郎を拝みにいった。


 机に突っ伏して、ダルそうな目をしている。


 本当に死んだ魚のような目をしている……これの何処がいい!?


 追い打ちをかけるように僕の彼女が、その男に笑顔で近づいていく。


 そして、笑顔で微笑みかけ、


 相手は涙を流してる。


 泣き落としに入っているのか、あの糞やろうは。断じて、許せん。


 これ以上、彼女が弄ばれるのは見てられない!!


「玉藻ちゃん、今日こそいいかな?」

「えっ?」

「僕の彼女になるOKの返事を聞かせて欲しいんだけれど」

「それはあの~、えっと……」


 気が付いたら僕は行動に出ていた。


 姫の目を覚ますのは王子である僕の役目だ!!


「玉藻ちゃん!!」


 彼女に追い打ちをかけるように僕は詰め寄った。


「いや……えっと……」


 なぜ、僕ではダメなんだ……玉藻ちゃん!?


「強ちゃん、どうしよう!?」


 衝撃的だった。


 なぜだ……なぜ……そんな死んだ魚の目をしているやつを選ぶんだ。ダメ男に惹かれてしまうのか……君は。君に釣り合うのはそんな男ではない。ほら見てみろ、彼は何も答えずに目を逸らしているではないか!!


「強ちゃん……」


 何も答えない男に不安げな彼女の言葉。


 少し涙ぐんでいるようにも見えた。


 許せん――涼宮強!!


「涼宮君、ちょっとあっちでいいかな~?」

「ハァ~……」


 ここまですれば、せめてこの男も何かしてくるだろう。


「イヤだ!!」


 !? なんだと!?


 こいつここまで来てさらにしらばっくれるのか……。


「玉藻ちゃん! こんな魔法も使えない、世界も救えない男と付き合うのはやめた方がいい! そもそも、なぜこの男がこの学校にいるのかも不明だ!」


 僕の中で何かが吹っ切れてしまった。この男に対して何もいいイメージがない。というか悪いイメージしかなかった。毎日話を聞かされるたびに想像してうなされていたのだから。


 それら全てが言葉となり口から出た。


「不審者みたいな男だ。凶悪な面をしているし、おまけに息も臭い!!」

「なっ!?」


 やっと、クズ男にも言葉が響いたらしく、


 彼はめんどくさそうに席を立ちあがった。


「玉藻、ちょっと彼と連れションに行ってくる。何か誤解しているみたいだ、彼は」

「うん♪ 仲直り頑張って強ちゃん!」


 ——誤解も何もあるかッ!!


 彼は静かに僕の肩に手を巻き付け、語り掛けてくる。


「行こうかビジュアル系。あっ!? 近くで話すと口臭いからごめんね~。あとで、薬用石鹸せっけんミューズで歯磨きするから許して……ね!!」


 おもしろい。


 弱いくせに調子に乗った罰は受けてもらうよ――涼宮強!!



《つづく》

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