10.デットエンドは意識が途切れるほどブチギレて、くだらないことで大笑いして、告白する

第31話 万死に値する……オマエは。一万回殺してやるよ

 試合開始の一撃が放たれた――。


 荒廃した大地に轟音が引き渡る。


 衝撃が大気と瓦礫を動かす。


 不吉の前に舞い散る緑の液体と赤いモノ。


 轟音ごうおんと共に無数の肉片や緑色の体液が飛び散りバラバラに散らばっていく。それは首という接合部が衝撃に耐えられなくなるよりも、


 早く衝撃を頭部に伝えて砕いた証。


 不吉な獣はハンマーの様に右拳の外側を


 蛙の振り向く顔面側頭部へ打ち付けた。


 それが轟音の正体だった。


 蛙の頭部は電車に引かれたかのようにグチャグチャに霧散した。


「いてぇ――」


 不吉は痛みを声に出した。目の前に飛ぶ無数の肉片を前に表情一つ変えず無表情のまま下を向いたまま。表情は濡れた髪が垂れて見えない。


 その横で蛙の躯は頭という司令を失い地に伏す。


 たった一撃だった――。


 その一撃はいとも容易く命を奪い刈り取る一撃。


 先程までの戦闘がなんだったのかと問うような一撃。蛙の仲間は固まっていた。起こっている状況の把握が遅れていた。


 何が起こったのかと。


 自分たちの戦場が


 狂っていく様に面を喰らっている。


 ——仲間が死んだ……


 セミは無惨な光景に一瞬固まっていたが、


 ——殺された……


 仲間の死を認識し怒り狂い体を震わせる。


 ——ヤツにッ!!




貴様キサマァアアアアアアアアアアア!!」




 翅と腹を揺らして音を出す。


 「うっ――!」と、


 耳を塞ぎその場にしゃがみ込む勇者たち。


 振動で建物は崩れ落ちていく。


 塞ぎ込む勇者たちに目もくれず、置いてけぼりにするように棒立ちしている強だけを狙って動き出す。仲間の無念を背負い恨みを乗せる様に獣に激しく羽をはためかせ飛びかかっていく。


 引き絞られた拳は仲間の死を力に変え、


 力一杯振り下ろされる。


「――ッ!」


 打撃を与えた。


 獣の顔が殴られ歪む。


 蝉の拳が強烈な音を上げる。獣は歯を食いしばっている。それは間違いなく無防備な顔に綺麗にきまった。攻撃により不吉の顔が横に跳ね衝撃を殺しきれずに片足が浮くほどに。


 獣の体は半身をひねられ


「イッテェ――っっ」


 ダメージを受けたように見えるほどに。


 だが――


 獣が絞り出す様に声を出す。


「ナァアアアアアアアアアアアアアッッ!」

 

 浮いた片足が地面につくと同時に強く踏み込まれる。


 まるで衝撃を与えた振り子が戻るように。


 殴られた反動を引き金トリガー


 利用するように、


 セミの胴体を――穿うがつ。

 

 その激しい衝撃と共に後ろにあった瓦礫は舞い上がる。衝撃は大気を揺らし蝉の体の遥か後ろにまで突き抜け、蝉の出した振動より激しく建物が音を立てて倒壊していく。


 蝉の体から後ろの景色が見える。


 ぽっかりと大きな穴が空いている。


 それは穴。衝撃を受けた結果の出来事。


 獣が拳を打ち付け蝉の胴体を打ち抜き風穴をあけた。


 意識のない体は宙から地に落ちて


 鈍いボトッとという音を立てた。


 蝉は物言わぬ屍となった。


 それを最後に蝉の音は完全に止んだ。


 勇者たちはその光景に目を見開き固まっていた。勇者からすれば敵対していた、先程まで命がけで戦っていたはずの近くにある二つのむくろ。敵は強かったはずだ。


 それでも届かない次元にいる不吉。


 勇者は傍観者と成り果てる。


 アレはこの戦いに終わりを告げに来た、


 不吉な獣だ――


 死という不吉を纏う災悪サイアクだ。


 不吉は凄惨な二つの死体を意にも介さず


 次の目標に向かって歩き出す。


 死の匂いを纏いながらも標的に向かってゆっくり歩を進めていく。ふらふらと揺れる様に気だるそうに向かっていく。濡れた黒髪を揺らしながら。表情がはっきりと見えないから不気味でしょうがない。


 ——どういうことだ…………


 歩いて来るのを勇者達と同じように化け物達も何が起きたのかを受け止めらず、呆然と見ていた。先程まで百近い数の勇者達――同じ形の者を相手にしてきたはずなのに、それが数分の間に戦況が変わり二体がこの世から消えた。


 ——何をされた…………


 あれほど強かった仲間が何もできずに屍となった。


 ——何が起きている………


 百対四で拮抗していた戦いが四対一になっている。


 たった一人に注がれる戦場の無数の視線。


 ——なぜ……仲間が死んだ……。


 仲間が死んだことなど今迄なかった。


 仲間が負けることなどなかった、別の世界では。


 ここではない異世界では。


 たった一匹の見たことも無い獣の参入によって二体がほふられ、気づけば二対一になっていることに理解が追いつかない。


 硬直して見つめることしかできない。


 戦況が、戦場が、異物によって狂っていく、


 空気が支配されていく――。

 

 それは迷い込んだように突如現れたのだ。


 気づいたときにその存在は大きくなっていたのだ。


 誰にも気づかれずに狂わしていく。


 少しずつ世界を、目の前の景色を、戦場を。


 世界を終わらせるほどの


 狂いバグを生むほどに。


 ただ少しずつ近づいてくる。


 終わりを告げる相手に向けて。


 その不吉な者は変化のきざしを見せ始める。


「だぁああああ――めんどくせぇえええ」


 違う音を出し始めた。


 ダルそうな言葉を誰に向けているのかもわからない。表情は依然隠れたままで何を考えてるのかもわからない。なぜここに来たのか、どこを目指して歩いているのかすら。


「お前らが先にやったんだ……」


 ただ、どこか苦しそうだった。


傷つけたんだ……許さねぇぞッ」


 少しずつの変化。


 心の内を目的を明かす様に口にされていく。


「イテェんだ、イテェんだよ……」


 段々ボリューム上げ表情を歪めていき怒りをあらわにする。右手で心臓がある胸のあたりを苦しそうに強く抑え始めた。シャツをクシャクシャにするように左胸だけ強く掴み上げる。




「コンチクショォガァアアアアアアアア!」




 震えた声は静謐せいひつな戦場に響く。


 意味も分からない声に、言葉に、


 誰もが動向を見ていることしか出来なかった。


 分からな過ぎて動けなかった。


 理解とは程遠い存在に何をしていいか分からない。どういう対応をすれば助かるのかも分からない。ただ、アレは関わってはいけないということだけが胸の警鐘で分かる。


 獣のそれはダメージのたぐいではなかった。その場所には一撃すら撃ち込まれていない。だが確かに獣の胸が痛む。


 ズキズキと獣を苦しめる痛みがある。


「毎回そう……テメェらは……」


 愛するものを傷つけられた悲しみが、痛みが、何もしなかった自分をイヤになる気持ちが、治らない傷の様に心を苦しめる続ける。


 その耐えきれない心の痛みに、


 獣は空気を深く吸い込み、


 前傾姿勢を取り、体を震わせ怒りを表す。


「異世界……」


 憎悪を帯びた声を出す。力が入りすぎて、


 口元が小刻みに揺れている。


「異世界……」


 何度も同じ言葉を繰り返した。


 それが自分の全部を狂わせたのだと。


「異世界……ッ!」


 双眼を血走らせぎらつかせて、憎むように。


 怒りの対象を口にする。


 それは涼宮強がずっと溜め込んできた思い。


 『異世界』にいけず仲間外れにされ、好きな幼馴染のパートナーという地位を『異世界』に奪われ、その大事な人が『異世界』からきた魔物に傷つけられた。


 そういう溜め込んだ怒りを抑え込んでいたタガが


 外れ表に溢れ出た。


 これは少年にとって私怨の戦いだ。


 英雄になろうなどという名誉を求めていない。誰からも愛されるヒーローになろうなどと思ってもいない。誰かに理解されようなどとも思わない。


 勝って何かを得ようとも思わない。


 名誉も賞賛も二の次だ。


 それでもいいと諦めた。


 誰から認められることなどなくていいと。


 もう彼女の一番傍に居ることは諦めた。


 彼女の主人公であることも諦めた。


 それでもいいと悲しくても認めた。


 この力に理由など無くてもいいと諦めた。


 諦め続けた果てに残った空虚な胸の痛み。


 ただ、この苦しみをぶつけたい。ただ、この世界が憎くてしょうがない。変わらない自分が嫌で嫌で仕方なくて、世界をぶち壊したい。


 そういう自分勝手な怒りの矛先を


 探しているだけに過ぎない。


「異世界、異世界、異世界、異世界って、」


 だから、その怒りをぶつける先を――


「ソレばかりでドイツもコイツも――」


 探し求めるように狂ったように


 連呼して力を込めていく。


「ウザッテェエエエン、」


 両拳を力いっぱい握りしめ、





「ダヨォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」




 獣が叩きつける様にそれを解放する。


 髪に着いた水滴が剥がれ落ちるように宙に舞い言葉に弾き飛ばされる。肺を全開に膨らませた声は荒れ果てた市街地の中で怒号どごうとして響き渡る。


 大気を揺らす様に、景色を歪めるように、


 どこまでも届く。


「おうおう、吠える吠えるね」


 威嚇するような咆哮ほうこう


「強ちゃん♪」


 ピエロはその姿に嗤った。


「それでいい――溜め込むな」


 意味ありげに何かを隠す様に嗤った。




「全部吐き出しちまえ」




 異様なその姿は、楽し気なピエロをのぞく、


 全ての者に恐怖を植え付けた。


 獣のそれはあまりに純粋な怒りだった。


 心の底から出た叫びだった。願いにも似たものだった。子供の様に純粋で善悪などなくて心から感情のままに絞り出した叫びだったから――イヤというほど伝わる。


 皆の心音が一層激しく警鐘を鳴らす。


 これから起こる事態を危険性を。


 その不吉な獣の異常性――


 圧倒的な暴力の力を。


 自分たちの生命を脅かす危機を伝える様に。生命の危機に他ならない。死体は二つも出来上がっている。恐怖を植え付けられた者達は心の中でその男が纏う空気を心の中で言葉に変えた。


「全員戦線離脱ッッ!」


 あれは――『殺気』だと。


「すぐに持ち場を離れなさいッ! 巻き込まれるわよォ!」


 ミカクロスフォードは急いで指揮をとる。遠くにいる仲間にも聞こえるように声をいっぱいに張りあげる。理解したことはひとつだけだ。デットエンドの一撃は自分たちの初撃をたやすく超えているということ。


 逃げなければ巻き込まれるということ。


「退避だ、一刻も早く離れろ!!」「急げ、急げー、後方部隊に合流!!」


 声を目いっぱい張り上げて異常事態を近くに伝えるように、


「デットエンドから出来るだけ離れろッ!!」「ここにいたら、巻き込まれて死ぬぞぉおお!」「ここはもう俺らの知ってる戦場じゃねぇ!」「死にたくなきゃ逃げろぉお!」


 全員で認識を合わせる勇者たち。その言葉や声は命の危機から来ている。


「…………」

「なにやってんだ、田中!」


 誰もが異常事態に騒ぐなかで太った竜騎士田中は、一瞬だけデットエンドを見ていた。他の者たちとは違う視点で彼を見ていた。その獣が何を考えているのかと読み取るように。


 だが、そんな状況ではない。


「早くしねぇと、死ぬぞッ!」

「わかったでふよ!」


 仲間に呼ばれて、獣を残して走り出した。


 前線の部隊にいた勇者たちは声を皮切りに蜘蛛の子を散らす様に一目散で散っていく。武具が慌ただしく音を鳴らす。水飛沫を巻き上げ後方の回復隊まで一人を残して全員が移動する。


 誰もが一瞬で理解をした。そこに居てはダメだと。


 もはや戦場は自分たちものでないと。


 ここは戦場ではなく一匹の獣の狩場になったのだと。


 理由は簡単だった。見たことがなかったのだ。


 不吉な者の本気を。


 そのギラついた瞳を、怒りに満ちた表情を、声を。いつも気の抜けた顔をしている男が出した『殺気』を。自分たちを玩具にしている時とは違う。恐らくここからは見たことも無い次元の本気なのだろうと。


 人間たちが逃げていく姿に魔物は立ち尽くしてソレを見ていた。この状況を引き起こした存在が残されている。この異常がナニを告げているのか、分からずに困惑していた。


 同じ、人間なのに何が起こっているのかと。


 ――次はお前だッ!


 獣の鋭き怒りの眼光が次の標的をキッと睨らみつける。「ヒィッ!!」と蜘蛛は脅える。その鋭い眼光は捕食者だ。狩る側の者。命を食い散らかす獰猛な獣。


 状況を即座に理解する。次は自分だと。


 二匹の仲間が殺され、次の標的だということを。


「チェィアアアア!」


 情けない声を出し脅えた蜘蛛は恐れ急ぎ強固な結界の中にその獣を閉じ込める。勇者達の初撃をガードした結界である。細くきめ細かいの見た目とは裏腹によりも強靭な糸。蜘蛛の糸が何重にも絡み合い、立方体のおりに閉じ込められる猛獣。


 檻とは脅威を封じ込めるもの。


 幾重の戦闘を重ねても破られなかった結界を檻としたのだ。


「脅しやが――」


 獣を檻に閉じ込めたことに安心する蜘蛛。


 破られるわけがないと、出れるわけがないとタカを踏む。


「そんな程度のおりで収まるわけねぇだろうがぁ。ばぁーか」


 ピエロは嘲笑する。それでおとなしくなるはずがないと。


 むしろ、それは火に油を注ぐが如く、火薬に火を近づける行為だ。


 檻に閉じ込めた獣はその結界の硬さを確かめる様にヒタヒタと左手を付けた。そして右の拳が力を込めて引かれていく。


「シャラァアア――」


 閉じ込められたことが気に食わないかのように、猛獣はたけり狂い




「クセェエエエエエエエエエエエ!!」




 叫びながら檻の四方八方をひたすら殴りつける。蜘蛛の眼に恐怖が戻る。獣の怒りは収まることがない。癇癪玉のように所かまわず弾け飛ぶようにぶつけてくる。


 あたりには爆音が響き続ける。


 だが、蜘蛛たちには爆音しか聞こえない。動きが早すぎて追いきれない。


 結界に徐々に亀裂が入っていくのが目に見えてわかった。


 小さなヒビが拡大していく。


 蜘蛛の望みが次元の違う強大な力によって引き裂かれていく――。


 ガラスが砕けるような音があたりに響き渡る。檻は獣の力によって内側から食い破られる。勇者たちの一斉攻撃を防いだ結界が持ったのは抑えられたのは一秒にも満たない。


「ば、バカなっ!!」


 想像を超える力を前に驚くしかない。


 あまりに乱暴な壊し方だった。ただの力によって全てを壊された。どれだけの強度があるかは自分が良く知っている。それをわずか一秒。おまけに動きが見えない。


 檻から飛び出した獣の本人でさえ、制御しきれていない。


 解放された勢いと共に足がもつれて体勢を崩している。

 

 だが、その激しい勢いのままに獣は攻撃態勢を整えていた。


「何を――ッ」


 拳を作り、勢いを殺さずにして、遠くから全力で拳を振るう。


「オラッァアアアアアアアアア!!」


 それは鋭く風を裂くような一撃、旋回して空間を削るように殴った攻撃。


 あまりにも距離が遠く拳が届くはずもない距離だった。


 直後――


「プギュッ――!」


 蜘蛛の足元に大量の鮮血が流れ落ちる。


 何も見えずに何も気づかなかった。気が付けば蜘蛛の上半身を円形にけずれ跡形もなく消し飛んでいる。球体の見えない何かに削り取れたように下半身だけがそこに残されたまま立ったいる。


 その見えない攻撃は、


 後ろの建造物にも巨大な球体の跡を生々なまなましく残す。


空弾エアブラストか……」


 ピエロは漏らす。


 空気の塊、空気の砲弾によるもの。不可視の打撃。デットエンドの見えない攻撃の正体でもある。あまりにも一瞬の出来事に、理解が追いつかない状況に、鬼は仲間が肉塊にくかいに成り果てるのを見ていることしかできなかった。


 ——いったい…………。


 おまけに何も見えない遠くで建物が崩れていくことに眉を顰めていた。


 獣が即座に顔を回し、その鋭い眼光は最後の標的を捉える。


 また一瞬の出来事だった。鬼が不吉と目があった瞬間の出来事。


 怒りを込めた目と視線があった瞬間。


 身を屈めアンダ―スローのフォームのように大きく足を開げる。


「アレ――」


 鬼は異変を感じなかった。だが何かが起こった。右手でゆっくり左腕のあたりを触るが宙をかくだけ。鬼の思考が働く。何が起きたかは理解の範疇を超える。


 ——斬るような動作……。


 遠い位置にいる獣が片腕を手刀の様に鋭く振り上げるのを見た。


 ——アレはなに……?



 視界の隅では黒い何かが液体をまき散らして宙を舞っている。


 そうか、アレはと、認識して疑いながらも自分の体にもう一度触れる。


 ――ない


「ウォオオオオオオォオオオオオ!!」


 悲鳴とともに状況を理解する。鮮血が地面に滴り片腕が切断されてその腕が宙を舞っているとうことを。時間差で激しい音ともに後ろのビルに一文字いちもんじけ目が入る。


 不可視の斬撃。


 不可視の空気の刃が鬼の腕を切り飛ばした。


 デットエンドの噂が一つ。


【見えない打撃・斬撃を放つ。気が付けば八つ裂きになっている】


 不可視の空気による攻撃。見えずに気づいた時にはもう攻撃が届いている。衝撃波とは違う。それは一直線で放射線に威力を失うことも無い。


 音すらも置き去りに、事象すらも置き去りにしているほどの速度。


「アタシの腕が……」


 鬼は無き腕の痕をペタペタ触り、叫ぶ。遅れて痛みを露わにする。


「腕がぁあああああああッ!!」


 苦しそうに身悶え、失った腕を抑えていたが、


「よくもぉおおお!」


 失った部分が盛り上がり、勢いよく体液をまき散らし新しい腕が生えてくる。すぐにその腕は再生をする。ただ痛みが消えたわけではない様子で呼吸を粗くしながら、


「ハァッ……」


 不吉なものを睨みつける。


「ハァァアアッ――――ッ!」


 鬼の能力――≪超再生ちょうさいせい≫。


 だからこそ、勇者との戦いで傷を一つとして残さずにいた。


 即座にダメージが回復するほどの超回復。ただその姿や能力を見ても獣は動じなかった。鬼に向かって獣は殺気を目に宿し淡々たんたんと歩を進める。


 静かに距離を詰めていく。


 ——お前が先に俺を傷つけたんだ。やっちゃいけないことをしたんだ。


 どうしてもソイツだけは許さないと思い込めて、


 ――コイツを前にすると怒りが抑えられねぇ。


 不吉を見舞いに行く。


 ——テメェが……テメェが……


 それはたった一匹の化け物に向けられた憎悪。


 ――先に俺のに手を出したんだ。


 全ての鬱憤がその鬼に集中していた。


 ――お前だけは……お前だけは……


 そして、瓦礫の上に立ち鬼を見下ろすようにして、


万死ばんしに値する……オマエは」


 ——簡単には許さねぇ。


 冷たい視線を送りながら殺気を込めた静かな言葉を告げる。





「一万回殺してやるよ……」





 不吉をまとった獣は最後の標的を前にする。



《つづく》

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