第30話 お前らの行き先は決まってる、デットエンドだ!!

 玉藻ちゃんが戦場に走り出したので私は思わず見に行ってしまった。そこでおねいちゃんが白い光の魔法を使い鬼を攻撃した。雷撃の如き威力は申し分なかった。


 確実に鬼の肌を焼きつけ、黒ずみへと相手を変えたのだから――


 凄まじい熱量を残した体は回りの雨を蒸発させ水蒸気の白い煙を上げていた。


 しかし、


 鬼の傷はみるみるうちに修復していき、何事もなかったように近づき、おねいちゃんの顔面を殴打した。


「玉藻ちゃん――!!」


 私は咄嗟に叫んだ。衝撃で吹き飛ぶおねいちゃんを目で追った先には、戦いで壊れた瓦礫からするどく尖った鉄骨が剥き出しになっている。


 意識を失った状態で、


 無防備なままあそこにぶつかったら……!


 最悪の想像が私を掻き立てる。



◆ ◆ ◆ ◆



「キョウ――!」


 それは友の横から忽然こつぜんと姿を消した。


 ——間に合えッ!


 嵐の中、新たな強風をぶつけるように作り、地面の水滴を巻きあげる。


 撒きあがった水は円を描きトンネルを幾重にも連ねていく。


 それは少女の元へと向かっていく。


「くぅっ!」


 そして吹き飛ぶ少女を宙で受け止める。


 衝撃に体が持ってかれながら、地に足を付けサンダルが地面と擦れる。衝撃に耐えきれずボロボロとサンダルが削れていく。足を止めている部分が引きちぎれてサンダルは原形を無くす。

 

 男の体が浮く――。


 ——マズイ……ッ!


 男は歯を食いしばり足を踏ん張る。


 浮きそうな体を無理やり上体を倒して抑え込む。


 体が飛ばされない様に素足で地面を掴み電車道を作りながら、


「――っ!」


 殺しきった。


 疾風のごとく現れ衝撃で吹き飛ぶ少女を体で受け止めた男。


 ——アレは……。


 前線で戦っているものを除いた、


 ——なんで……。


 最後尾にいた勇者たちは戦場に現れた、


 ——此処にいるの?


 そのな者に目を奪われた。


 その視線を無視するように男は抱えた少女を見る。受け止めた衝撃が彼女にいっていないか心配してのことだ。彼女の呼吸で膨らむ肺で確認した男は、気を失った少女の背中を左手で支え、両膝下に右手を通し持ち上げた。


 騎士がお姫様を抱えるように。


 ――どこだ……どこにいる……


 少女を抱きかかえゆっくり顔を左右に動かした。誰かを探すように。


 ――いた。


 首の動きを止め、目的の人物を見つけた不吉は男の元へ歩き始める。


 気を失っている少女を気遣ってゆっくりと揺らさないように歩いていく。


 眼があった男はただ黙ってソレを待っていた。


 その男が少女を自分の元に持ってくることを。


 そして、その男を前にして静かに彼女を預ける様に声を出した。


「玉藻を頼むよ……」


 大事そうに抱えた少女を男の前にそっと差し出した。


 あるべき場所にあるようにと願って。


 少女がココに居るべきじゃないと思って。




「手越」




 自分のところにいるべきではないと思って。


「……涼宮さん」


 別れを告げるように渡した。


「なにやってんだよ……」


 不吉な者は、悲し気な表情で手越が抱える少女の殴られ赤くれた左ほほを右手でやさしくでる様にさする。あざから男の手には熱が伝わった。雨で打ち付けられた肌がわずかに温かい。


 けど、それは自然のものとは違う。


「だから――」


 少女が微かに流した涙の跡だ。


「やめとけって、」


 男が絞り出した声はそれは優しく泣きそうな声だった。脱力したように肩を下げ優しく触れた手は力なく下ろされた。男は両目を静かに閉じ天を仰ぎ見る。


「言ったんだ……」


 ――なんでこんなことになった。なんでこうなった。なんでこうなる。


 天に向けた顔に雨粒が激しく打ち付ける。


 男が犯した罪を断罪するようにを雨が強く顔に打ち付けられ浴びせられてる。


 それは男の懺悔にも似た姿だった。


 ――なんで、俺は行かせちまったんだ。


 男は自分の愚かな選択を悔い自虐じぎょくの念に駆られ、


 ――なんで、もっとちゃんと俺は止めなかったんだ。


 歯を喰いしばりに頬の筋肉を硬直させた。


 ――なんでだ、なんでだ、なんでだなんでだなんでだ、俺はなんでッ!


 彼女を戦場に行かせてしまったが故に起きた悲劇に他ならない。突き放すような言葉でちゃんと止められなかった。彼女が危険な戦いであっても、そうしてしまう女性であることもわかっていながらも止められなかった。


 何度も間違えてしまう。その末に辿り着いた一つの答えだ。


 ――いつもそうだ。全然うまくいかねぇ、


 上手くいかないことばかりが普通ではない彼につきまとう。


 ――何も上手くいかねぇ……わかってる。


 体の硬直を取ろうと深呼吸の動作に入る。


 ――やることは祈ることじゃない。謝ることでもない。


 強に出来ることは多くはない。


 ――やることはたったひとつだけ。


 息を大きく吸い込み長くゆっくり吐き出す。


 ――だから、ひとつだけでいい。


 筋肉の緊張がとけた。やることがわかったから。


 ——玉藻、これは俺の問題だ。


 顔がそれに合わせて下に戻ってくる。

 

 ——俺が悪いんだ。


 一見、冷静さを取り戻す動作に見えた――。


 ——だから……。

 

 だが、吐かれる長い息は段々と震えを帯び、


 ——あとは俺がやるからッ……。


 手は音を立てギリギリと力強く握りしめられていき拳となる。


 ――俺がやることは。


 表情が強張っていく。


 ——この腐って腐臭がするような状況に……。


「――ッ!」


 獣が力強く目を見開いた姿に近くにいた手越は思わず硬直した。





 ――デットエンド終わりを告げることだッ!





 いつもやる気のないだらけた目とは違う。それは鋭く獰猛でギラついている。


 いつも知る人物とは別人のようだった。

 

 それは一匹の獣だ――。


 濡れた黒髪の隙間から獣のようなギラついた目が真っすぐに自分ではない何かを捉えている。纏う空気が一変し張り詰めた緊張感があたりに充満する。不吉な空気を纏い始める。


 強の目が開き、静かな気迫に手越は気圧されていた。


 ただ目を開いただけなのに異世界を経験してきた勇者は圧倒された。


 雰囲気が変わったのを肌で空気で感じてしまった。


 その獣に、身がすくんで、


 身震いを覚えてしまった。


 その空気が身を刺すような感覚が手越を襲い先の言葉を奪ったのだ。


「…………」


 強が深呼吸をしたのは冷静になるためではない。


 自分の内にある感情を動く理由に変えるため。


 感情の切り替えをするためだった。


 悲しみから怒りへの。


 その獣は素早く体の向きを変え戦場にまっすぐ歩き出す。


 力強く握りしめた怒りの拳を振るう先を求めるように。


 ——涼宮さん……


 それを見届けた手越は後ろの回復隊の方に向かって走り出す。


 ——俺は俺に出来ることをやりますから、


 託されたのだ――その少女を頼むと、男に。


 ——あとの事ははお任せしますッ!


 獣の向かう先、戦場では眩い光の衝突、


 赤く燃え上がる爆炎、氷山の塊が見える。


 先頭では変わらずに四体の化け物相手に武器を振るい戦う猛者たち。


 その後方に、中距離射撃をする魔法部隊と弓兵。


 その後方から近づく一体の獣――


「お兄ちゃん……」


 その獣は兄を見て立ち尽くす妹に目もくれずに横を通り抜けた。ただ静かに物言わず通り過ぎていく。裸足で水を弾き止まることなどないと。いつもとは違う。妹を見ることなどしていない。一瞥たりとも反応を見せない。

 

 前に見ているものを強くとらえている兄の眼光に妹は口元を緩めた。


 兄は変わってしまった。


 自分に眼もくれないその姿に、


 妹は確かに感じたのだ、堕落した兄の変化を。


「本気でやっちゃっていいからね! あとのことは美咲にまかせて!!」


 期待を感じ取り妹は兄に声を贈る。


 無言で通り過ぎる兄に激しい怒りを言葉に込め託した。ただ、その叱咤激励しったげきれいが届いているのかは不明だった。何も返事を返さず前を見て進んでいる。


 それでも少女は笑顔で兄を見送った。


 一歩一歩踏みしめ静かに前の戦場を目指していく。


 戦場の一番先にいる四体の化け物を目指して。


 不吉な者が戦場に足音を響かせる。


「おい、待てよ!」


 親友は慌てて前進する彼の肩を掴み、共闘きょうとうを申し入れようとした。百人が戦っている中に何の考えも無しに飛び込むのは危険だと。


「強一人でやって――っ……」


 だが、親友の手は彼が前に進むと同時に引きがされた。


 ——強……オマエ……


 その申し入れは途中で遮られ親友もそれ以上を口にしなかった。


 呆けた顔でただその背中を見つめていた親友は、


 ——そんなに……


 少しため息を漏らしお手上げと言った感じで、首を左右に振って両手を上げた。


 ——大事だったのかよ……


 親友は能力ゆえに触れた瞬間に知ってしまった。


「ああなったら、止められん……」


 触ってしまったが故に、


 持っている能力が故に、




 ――行ってこい。




 只々黙ってその背中を見送るしかないと分かってしまった。


 親友を背に残し不吉は物静かに戦闘が激しい戦場をただ目指していく。


 進むほどに戦闘は熾烈になり爆風や衝撃で濡れた髪がなびく。濡れた髪が揺らされ水滴が舞い飛ぶ。それでも細かくなった瓦礫を踏みつけ行進していく。何があろうとも揺るがない意志と拳を持って前に進んでいく。


 闘いに集中する前線の者たちの後ろから静かに視界に現れる。


「おい、なに攻撃の手を休めてんだ!!」「あれ……見ろ」「何があるっ――!」


 見た者は言葉を失う。異質である。異常である。漆黒の髪を持ち,獣のような鋭い双眸で戦場を睨み、強大な力を持つ不吉な者の行進は。戦場が不吉な影に染まっていく。


「なんでここに……」「……あぁ」「どうして……」


 見ているものは息を飲み目を奪われる続ける。


 分からないからこそ信じられない。どうしてソコにいるのか。


 戦場に現れてはいけない者が混じっているのか。


「三番小隊ハナテェエエエエエ! 第一小隊すぐに準備を!!」

「み、ミカさん!! ストップ、ストップ!」


 戦場に慌てた声が響く。


「サエ、どうしたんですの――!?」


 慌てる三つ編みの少女の声に反応して指さす先に視界を移すミカクロフォード。


「な、なんで……一般人がッ!」


 その不吉なものは何も装備していない。武器も持たず防具もつけていない。だからこそ遠目で見ると普通の人間にしか見えない。戦場に似つかわしくない姿にパニックになる二人。


「ミカさん、不味いですよ! アッ――!」


 私服で戦場をゆっくり闊歩している。遠めであるが故に気づけなかった。


 それは見ただけでは判別ができないものだから。


「ヤバ――!」「バカッ! 何やってんだ、アイツ!」「当たるぞッ!!」


 魔法が放たれた軌道上に何食わぬように進んでいくのだから。


「あぁ……」


 宝玉が付いた杖を握りしめ、やってしまったという後悔の念に襲われる。


 把握しきれなかった。大人数の戦闘のさなか突如現れた点に。


 百人規模の戦いのど真ん中を突っ切っていく、たった一人に。


 いくつもの魔法の玉が不吉なもの目掛けて飛んでいく――眩い光の球が獣の背後から。


 迫る攻撃に気づいてない。ひょうの様に地面に降り注ぐ弾撃。無防備な背後へ直撃して爆発が砂塵を巻き上げる。大地が嘶く。


 それは一分近く戦場の大地を揺らす――無数の魔法弾。


「やっちまった……」


 魔法使いは怯える。自分が仕出かしたことに。


 無防備な人間に向けて背後から攻撃してしまったことに。


 その人間がどうなるかという未来に恐怖しかない。


「殺しちまった……」「待てッ!」


 近くにいた仲間が砂塵の不自然な動きに気づく。煙の中をかき分けるようにして、その物体が動いている。砂塵を切り裂くように姿を見せる。


 不吉を纏い姿を現す。未知への恐怖を植え付ける。


 魔法使いは地べたにへたりと力なく座り込み、目を丸くした。


「生きて――る?」

「あれは……」


 何もしていない。ただ歩いている。それだけだった。


 何が起きても目指す先を変えない。慌てるでもなく静かに標的を目指しているだけ。何が起きても動じず。全身で強い意志を纏い存在を誇示するように。


 ミカクロフォードはその姿にそれが一般人でないことも誰であるかも理解した。


「なんで……アイツがココに!」


 それは現れるはずがないものだった。そこにあるべきものでもない。その男は勇者でもない。絶望に抗うのではない。どこまでも暴力的で忌み嫌われている者。


 それは絶望を与える者だ――

 

 見つけたものは、口からその者の字名あざなが漏れる。


 絶望を与える者と。


 恐怖を与える者と。


 終わりをもたらす者と。


 それを体現する不吉な字名あざなが口をついてでる。


『――デットエンド――』と。


 いやおうにも目に入ってしまう。


 なぜなら、その男はマカダミアキャッツ高校において、


 もっとも学園で恐れられている、『最恐さいきょう』の存在であり――


 関わってしまえば不吉を見舞う、『最凶さいきょう』の存在でもある――


 そして――


 誰一人勝つことができない、『最強さいきょう』。


 学園でそれを知らぬのは玉藻だけただ一人


 それが現れてしまえば狂ってしまう。


 それは歯車として扱えない代物で、それは周りを狂わすほどに異常で、


 たった一人で、戦場を別物に変えてしまうほど異質な者。


 先頭で戦っている者たちはまだそれに気づいていない。


 後方から近づいてくる不吉に。戦場を歩くごとに塗りつぶしていく新たな恐怖に。現に見てしまったものは魔物よりもその男の動きに注視して止まっている。


 この戦場で何をするのかが気掛かりで動けない。


「全員、邪魔だ――」


 その不吉は一番先頭につくと勇者たちに向かって振り向き。


「巻き込まれたくなかったら」


 威嚇ではなく警告を発した。


「——どいてろ」


 前線に立っていた勇者たちが視線を突如現れた不吉に移し動きが止まる。いてはいけない異質で異常なものに目が奪われる。動きが止まって見つめていた者たちの横で足音が鳴り続ける。


 その恐怖を知らぬものが駆け抜ける。


 勇者たちの前を強大な体躯たいくが瓦礫をかき分けて疾走する。


 勢いそのままに飛びあがり、


「ヒャッホォオオオオオオオオ、ケロォオオ!!」


 蛙が不吉を払うように顔面側頭部がんめんそくとうぶに蹴りを放つ。


 巨大な体躯と加速、超人的な跳躍力を合わせた衝撃。


 それにより無防備に構えていなかった不吉の体が吹き飛ぶ。


 無数の瓦礫を弾きながら遠くへ飛ばされ、


 戦場から不吉は遥か彼方へと姿を消した――



◆ ◆ ◆ ◆



 俺は鼻歌を口ずさみながら前に向かって歩き始める。


「そ……そんな……」「嘘だろ……」「デットエンドが……」


 力ない勇者共の声を最後に戦場は静かになっていた。デットエンドが消えたことによって、地に膝を付きこうべを垂れ落胆の色をあらわす者もいた。


 アイツは救世主でも何でもないのに。


 どいつもこいつも辛気しんき臭いつらになってやがる。


 考えてることはわかる。デットエンドでもダメだったかって。


 それ以上に相手は強いのかって士気を失っている。


 絶望に染まっていく勇者たち。


 勘違いもはなはだしい――


 まだ絶望は始まってすらいない。ようやっと入り口にたっただけだ。


「さぁ、次に死にたい奴はどいつでケロ!」


 蛙が楽しそうに挑発をする。


「「「「ハッハッハッ――!」」」」


 他の化け物も意気消沈いきしょうちんした勇者たちを前に高笑いをしている。


 ハッハッハッ、誠にアホだな。


 俺も前に進みながらついつい高笑いを心で合わせてしてしまう。目立つようにお立ち台みたいな瓦礫がれきの上に軽く飛び乗り高いところにあがる。


 俺は化け物たちの真似まねし、


「カァッカッカッカッ!!」


 笑い声を塗りつぶし、存在を露わにするようにさらに張り上げる。


 俺の笑いに気付き化け物達改め馬鹿者達は、なんだと?視線を集中させた。まぁ、嗤っているところに大笑いしているやつがいればそうなるだろう。おまけにソレが自分たちが劣勢にある立場のものだと思ってればなおのこと。


 俺は戦場で笑みを浮かべ自分の存在を誇示する。


 ここにいる俺の話を聞けと。俺はエンターティナーだから。


「どうも、」


 アイツがいなくなったのだから俺がやらなきゃいけない。


 視線が注がれているので紳士的な挨拶を一発かます。


わたくし、ピエロでございまーす!」


 だが、無反応で痛いやつを見る目が注がれている。


 声を張り上げたのに冷たい空気だ、化け物はノリが悪い。


 それをぶち壊す様に俺は両手を大きく広げ、熱を伝えるように


「さぁ、ここからはピエロタイムの始まりでェース!」


 アメリカのテレビ番組の司会者の様に声を張り上げる。


「みな様、とくとご覧あれ!!」


 ここからは俺が主役だ、


イッツゥIT‘s――」


 ド派手にかましてやるぜッ!!




ショォオーSHOW タイムゥゥウウウTIME!!」




 俺は態度を一変させて身を倒す。




「お前ら本当にアタマ悪いのなー、ビックリするわ、マジで!」


 馬鹿者達に向けて小ばかにして挑発するように本当に驚いた声を作る。


 演技も出来てこそのピエロ。皮肉たっぷり百パーセントで演出を盛り上げる。


 相手がなるべく苛立つように。本当に手に負えない程バカなんじゃないのと。


「ナニ食って育ったら、そんなに呑気のんきになれんのかねぇー?」


 自分のこめかみを数回にわたって指でこつく


「オタクら、脳みそ詰まってますかああー?」


 大げさなジェスチャーを入れて分かりやすいように、


 魔物相手でも伝わるように皮肉をぶつける。


「俺には到底理解不能だわ、ホントその滑稽な様が可笑おかしくて笑いがマジ止まんねぇよ!! カァッカッカッカッ!!」


 腹を押さえて大笑いをする。様々な表情と声色を使いこなし舞台を盛り上げていくピエロこと俺。だって、まだ本当のショーは何も始まっていないだから。


 ショーの前に観客を温めて置く前座もピエロの仕事。


「なんですってッ――!」


 どうやら人語を理解してくれたようでありがたい。皮肉が超効いたみたいで鬼がアホみたいににらんで怒りを俺にぶつけている。


 乗っかっときとる。乗っかっときとる。


 恐怖の観客一体型アトラクションだからそう来てくれないと俺は困る。


「アンタから死にたいらしいわねぇ~…………」


 ぷぷっ、笑いが止まんねぇよ。ノリノリじゃーん。


 この鬼がオカマ口調なのもウケるぜ、まったく……


 だが威圧などデスゲームを生き残った俺には無意味だ。


 俺をビビらせることが出来たら相当なもんだ。


 ピエロは脅えないものだ。ピエロはおちゃらけて泣きながら笑っているものだ。


 ピエロの真意を測ろうなどと観客にあるまじき行為。


 それに役者がお前とピエロの俺じゃ違いすぎるんだ。


 ピエロってのは舞台を引っ掻き回して面白可笑しくしちまうんだ。


「死ぬのはお前だ、バァーカ!」


 俺は睨むバカに向かって指を指し火に油を注ぐように中傷を返す。


「俺を殺せなくて残念だったな!」

「なんですってぇぇええええ!?」


 わかります、激おこですね。その愉快な様に本当は呆れ果てて言葉を捻りだすのもひと苦労だ。可哀そうだから言ってやるか。頭が悪い奴にはハッキリ言わねぇとわかんねぇからな。


「バカなお前らは、もう最低・最悪・最強なもんに遭遇そうぐうしちまったんだよ……」


 これから始まるショーの解説を始めてやるか。


「逃げ出すコマンドも通じないような巨悪なラスボスに先制攻撃しちまって戦闘に入ったんだよ……」


 可哀そうにと俺は頭を抱えて教えてやる。


 ――お前らは選択を誤った。


「死神も顔面真っ青になって逃げだすくらいのやつに……死亡フラグどころの騒ぎじゃないやつを噛ましちまったなッ!」


 まぁやっちまったもんはしょうがないのだ。あとは受け入れるしかない。


 お前らが創り上げた死亡フラグが何かってことを…………。 


 冷静に戻り俺は決め顔でピストル型に右手を作り、


「そんな、お前らの行き先なんてたったひとつしか残ってねぇ」


 高く上げる。


 いつのまにか雨がやんでいた。嵐の合間。舞台は整った。


 相手もやる気満々、そしてアイツもる気満々。


 今日は嵐で廃墟の市街地が舞台であります。


 それではご参加いただく観客の鬼と蝉と蜘蛛と蛙さん。


 調子に乗って参加してしまったことを後悔してください――


 お前らはやっちゃいけない最悪の選択をしたんだから、死ぬほど後悔しろ。


 人生はいくつもの分岐で出来ているんだ。その場その場で無数の選択肢が存在する。いま俺がピエロを演じるように人はいついかなる時でも選択を迫られている。


 そして、人生のどこかで必ず選んじゃいけない選択肢っていうのは、


 存在する。


 それひとつをミスってしまうだけで最高のハッピーエンドではなくなるもの。


 そこの分岐ルートに入ってしまったら必ず迎えてしまうものってのがある。


 台風の目ともいうのか、温かい光が俺の指を照らし始めている。


「お前らの行き先は――」


 目標の方向に右手をゆっくりと振り降ろしていく。


 こいつ等はその選択肢を選んでしまった。


 俺にはもう見えてる。どう抗っても抜け出せない程に迷い込んでる愚かな道が。誰にでもそれは存在するんだ。それは終わりをもたらす。どんな物語であろうとそれは存在する。ギリギリの綱渡り状態のラインから外れてしまう時にそれは起きる。


 これはテメェらの愚かな選択の結果だ――


 さぁ、舞台の開演だ。


 俺は投げかける言葉を引き金にして、


 ——主役、ご登場の時間だ。


 やつらが選んでしまった未来を宣言するように、銃口を動かす。





だ!!」





 ――死んで後悔しろ。今日のアイツはやばいってもんじゃない。俺は触れちまったから分かってる。あんなアイツを俺は見たこともないから、俺もこの先どうなるかわからねぇぞ。


 ただ分かってることは、


 ――この銃弾はものスゲェ音で破裂して誰にも止められないくらいにメチャクチャ暴れてやばい威力があるぞ。精々振り落とされないように気を付けろよ。


 ——命を落とさないようにしがみつけよ。もう逃げられねぇからな。


 俺は知ってる。


 ——お前らが怒りと言う火薬をヤバいモンにコレでもかってくらいに、


 触った瞬間に伝わってきたアイツの心のあの熱量を。


 ――つめ込んじまったんだから、自業自得だよなぁあああ!!


 雲の隙間すきまから漏れた光は、その銃弾をスッポトライトの様に照ら出した。俺が指さした先に風が吹いた。


 舞台の幕があがったように照らされていた。


「イテェ――」


 風だけが行方を告げていた、音もなく気配もなく。


 その声を聞き化け物四匹がやっと破裂しかけの銃弾に気がつく。化け物全員が慌てて音の主に急ぎ視線を移そうとする。誰に気づかれるでもなく蛙に飛ばされたいつのまにか蛙の横に戻り立っている。蛙のところに視線が集中する。


 ただそこにいるのが当たり前のように不吉は彼らの傍に居た。


 だからこそ、化物達も意表をつかれた。


 無表情で静かな空気をまとった、不吉に。


 指名するかのように不吉から二回肩をポンポンと叩かれた


 蛙が顔向きかけると同時に、魔物が獣に視線を向けようとした瞬間――


「ケッ――?」


 轟音ごうおんが響き渡る。


 それが死合しあいのゴングとなった。



≪つづく≫

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