第32話 異世界魔王と現代魔王

 獣は握っている右拳から体の内側に熱が溢れ出すような感覚に身を預ける。踏み込むと同時に速度を上げ先程までの歩行速度が嘘のような緩急をみせた。


 鬼は間抜けにも視線を動かせずにいる。


 距離を詰められたことにすら気づかない。


「——ッ!」


 見えた時には自分の懐で揺れる黒髪があった。


「オラッ!」


 獣は鬼の懐に入り身を屈めて下から抉るように腹を思いっきりブチ上げる。


「ぐほぉ、おほっ――」


 相手の足を宙にあげるほどの一撃。


 鬼が腹を起点に体をくの字に曲げ苦しそうにむせた。それは決定打に近かった。


 相手に反応をさせない強烈な一撃は相手の動きを止めている。


「なに、やってるのよ……?」


 ミカクロスフォードの前で獣は鬼へ追撃をしなかった。どこから見てもまだ攻撃を続けられる。いま弱っている状態なら鬼への連撃へと繋げられる。


 ——なぜ、動かないの……?


 しかし、一歩も動かずに冷めた眼で見ている。


 よろめき後ろに下がる鬼を見下ろしている。


 苦しそうに腹を両手で抑えくの字に身を屈めた。苦悶の表情の鬼の低くなった顔が獣の顔の位置と重なった。獣は口元を緩めイヤらしい笑みを浮かべ顔を近づける。


「どうした……」


 自分の顔面、


 左頬に指をチョンチョンと当てて


「早くかかってこいよ?」

 

 挑発し攻撃を誘導する。


 を殴ってみろと。


「この――」


 小ばかにされた動作に鬼の顔の血管が浮かび上がる。この挑発行為は許しがたい。自分を見下す目線。俺の方が上だと言わんばかりの余裕――許されざる行為だ。


 ——頭にキタわ……


 鬼がダメージから回復して上体を上げる。


 ——人間風情がッ!


 体格が違うが故に上から涼宮強を見下ろす。だが怒りの視線を受けても下にいる者はまだ頬をペチペチと叩き続けている。この体格差を前にしても動じる様子が一切ない人間。


 筋肉が凝縮された丸太の様な太い腕へと変わる。


「クソッ」


 獣の遥か上空に拳を構え、攻撃力を存分に高めて大きく振りかぶり、


「チビがぁあああああああああ!!」


 指定された場所を殴りつけた。


 無防備な顔に撃ち込まれた。ゴッと鈍い音が獣の体内から聞こえる。周りで見ていた勇者達もその光景に瞼を強く閉じる。


「モロだッ……」


 無防備な状態での強烈な一撃を受けた。鈍い音ともに衝撃で首が横に持っていかれている。


「ハハッ」


 その状況に鬼は嗤う。


 アタリが良かった。拳に感触は残っている。首の位置が殴られた場所から戻せないのか動いていない。ただ声が聞こえた。


「そうか……」


 獣はすぐには戻さずに何かを確かめているだけだった。


 ——


 広がっていく痛みを、


 ――


 その痛みを噛み締めるように味わっている。


 ――こうやってやったんだな……


 だからこそソコを選んだ。


 だからこそ指で場所を示した。


 自戒の意味も込められていたのだろう。それよりも獣が探していたのは殺す理由だった。鬼がどれほどの罪を犯したのかと。攻撃を受けたのは獣の右手が優しく触れた場所。


 首が元にゆっくり戻っていく。


 ――テメェは、


 殴られ横にそれた顔を元の位置にゆっくり戻していく。


 鬼はその獣が返す表情に目を見開く。


 ——さっきの一発じゃ……


 ダメージとは違う。歪んでいる。


 怒りに憎悪に。


「足りねぇ、足りねぇな……」


 悪魔のように顔を歪めた獣が身を屈める。意志が体を動かすままに力を込め一歩前に踏み出し、鬼の腹を殴り返す。


 ――全然、足りねぇなぁあああ!


「ウガワァッ!」


 打音に合わせて体が衝撃を吸収しきれずに抜け出て漏れ出たもので後ろの瓦礫が舞う。そのインパクトは鬼の出した音の比ではない。そのあまりに小さく握られた拳が出す範疇を超えている。


「なんなのよ……」


 ミカクロスフォードの顔が歪んでいく。理解できない想いが募っていく。先程まで異世界での最高の武器を持った勇者たちの攻撃とは違う。何も持たず、何も装備せずに、生身でソレをいともたやすく超えている。


「どうした? 早くしろよ」


 常套句のように鬼に告げられる言葉。侮蔑と怒りを込めた挑発。


「調子に――」


 見下すような視線がダメージで顔を下げている自分に注がれている。


「のるなァアアアアアアアアアアアアッ!!」


 だからこそ、鬼の怒りが爆発する。


 獣の頭部が大きく揺れる。またもや勇者の顔が歪む。


 ――アイツの痛みはこんなもんじゃねだろう。


「足りねぇな……足りねぇんだよ……」


 静かな声が返ってくる。鬼の顔が歪む。どこか異常な感じを受ける。


 ——なんだ……コイツ?


 闘っているはずなのに何かがオカシイ。完璧な攻撃を加えているのに他の人間たちとは違う。恐怖の色がない。痛みに関する色がない。獣のような瞳がギラつきを増して見てくる。


「こっちの番だな……ッ!」


 右の拳で殴られたら、右の拳で殴り返すだけ。


「ウボァアッ!」


 鬼がダメージでよろけているところに獣は何度となく同じセリフを吐く、


「テメェの番だ……来いよ」


 挑発しつづける。挑発に反応し、鬼の顔の血管が皮膚を突き破りそうな勢いで肥大していく。鬼は怒りを拳に込め筋肉を隆起させ顔面を殴りつける。


 相手が憎いと言わんばかりに。


 俺の方が強いと誇示するように。


 そこから一発と一発の打ち合いだった。


 響き続ける打撃の爆音。常軌を逸した硬さのものがぶつかり合う衝撃音。


 見ている勇者たちの前で繰り広げられる獣と鬼の我慢比べ。


 順番に一撃づつ撃ち合うだけの行為を繰り返す。


 それの規模が違うというだけだ。瓦礫が衝撃で舞う中で最強の力を撃ち合う。


 異世界で『最強』だった鬼と――


 マカダミアキャッツ『最強』の暴君。


 お互いの鈍い骨の音が鳴り響く。


 あとは繰り返しだった――、


 殴られた腕と対角線上の腕を使い獣は腹をブッ叩く。再度繰り返す。挑発しながら回復を待つ間に挑発する。殴られたら殴り返す。挑発する。獣はそれを何度も続けた。


 何度も何度も何度も何度も何度も――


 挑発の語気を強めながら。


「これは……なに」


 ミカクロスフォードは呆気に取られた。戦闘と言うには華やかさのかけらもない。これは原始的なオスの戦いでしかない。まるでどちらがより上位の存在なのかを示すための儀式にしか見えない。野生の戦いに近いものだ。


 それを魔物と高校生がやっているのが信じられない。


 彼女が知っているボス戦とはあまりに違う。


 パーティを組んで強大な敵に挑むのが本来のラストバトルだ。そこにあるのは仲間の絆だ。そこにあるの冒険の全てが集約されたものであるはずだ。


 ——これが人間の戦いなわけがない……。


 それが一対一でおまけにここまで原始的な肉弾戦を行っている。


 ——アイツも……化け物よ。


 あまりに力が違いすぎる。


 であるのに自分達があれだけ苦戦を強いられていた魔物と対等。


 いや、それ以上の存在だと誇示している。


 ――アイツは俺より全然弱いんだ。


 そして獣の表情も同様に続けることに変わり続けていた。


 ——どれぐらいだ……。


 頬を殴られる度に怒りが増していく。


 ——何倍痛い……何十倍痛かった……。


 獣は鬼の面を見ても同情の念は一切抱かなかった。少女の痛みを想像する度に言葉に出来ない感情が込み上げてくるから。ずっと殴られながら考え続けていた。少女が受けた傷はどういったものだったのかと。


 ――頬が大きく腫れあがるほどに。


 獣の想像を絶する。いくら攻撃を受けようともイメージにダメージが追い付かない。自分が強すぎるから。それでも少女の気持ちを考えると獣は怒りで歯と歯が鈍い音を出し、怒りに顔の筋肉が持ってかれる。


 ――どれぐらい、苦しかった?


 ――どれだけ、悔しかった?


 触れた先に伝わった右手の熱が消えないから考える。


 その頬に触れた時にわかったから。


 ――涙をながすほどにッ!!


「どうしたァアアアアアア! 早くしろぉおお!!」


 許せないのだと思えるから心から吠える。獣の相貌が獲物を射殺す。


 ――許さねぇ。泣こうがわめこうが許さねぇ。


 ——お前は万死に値するって言ったからな。


「グガッ――ァアーー」


 完全に格付けがつく。


 鬼の口から唾液が飛び出す。鬼の表情が徐々に変化していくのが映っていた。


 ミカクロスフォードの前で痛みに負けていく様がわかっていた。当初は激昂の表情だった。それが繰り返すごとに悲愴ひそうな面持ちに近くなっていくのが見て取れていたのだから。


 反応が返ってこない。


 鬼が攻撃を返すのに遅くなっていくことにイラついた獣は声を荒げる。


「早くしろっつってんだろうガァアアッ!!」


 不吉な獣の威嚇の声に鬼の動きが止まった。立場を弁えさせるには十分だった。自分の怒りが消され、獣の怒りが膨れ上がっていくことで分かる。気迫の差が違いすぎる。


「…………っ」


 ——なんなんだ……コイツは?


 これは自分を超えた存在かもしれないと鬼は察する。


「早くかかって、」


 だが、そんな事情など獣にとってはどうでもよかった。


 ――お前がアイツを殴ったんだろう……俺はちゃんとしっかり見たぞ……


 体を曲げて動こうとしない鬼に、額と額を付けて催促するように、


「コイヤァアアアアアアアアア!」


 ――お前が殴ったところォオオオオオ!!


「イィッ!」


 努声を荒げて叫ぶ。怒りに染まった表情で睨む。鬼は何かに怯えるような顔をした。泣き顔に歪む。完全に負けた。格の違いはもうすでに決着をつけていた。その恐ろしい存在が怒りをむき出しにした顔をこれでもかと自分の瞳へ映し出してくる。


「お前は……何なんだ……一体?」


 おびえた声が獣に問い掛けた。獣はその声を聴き


「喋れるくらいには回復したみてぇだな……」


 相手の一撃を待たず、力強く踏み込む。拳を引き絞る。


「ツギ――」


 獣の拳に気持ち悪い感触がこびり付いた。


 肉を殴った感触が。鬼の顔面の真ん中をぶち抜く。




「イクゾォオオオオオォオオオオオオ!!」




 それでもその拳は感触を気にせずに強く振りぬかれた。

 

 巨体がその衝撃に負けて体ごと吹き飛ばされていく。


 ――俺の怒りは収まることはねぇ……。


 それを鬼の形相で獣が追いかける。



 もはや、その怒りは頂点に達しようとしていた。


 ――テメェに対してはぁあああああああああああ!!


 強大な力は怒りのままに振るわれる。





◆ ◆ ◆ ◆




 兄は鬼の顔を鷲掴わしづかみにして


 駆けずりまわして――


 そして瓦礫の山にぶん投げました……。


 戦闘とはこんなに野蛮なものなのかと思わせるほどに悲惨な光景。私も勇者たちもただ見つめているしかできない。ワンマンショーもいいところ。あの戦いに割って入っていける者などいない。


 割って入ろうものなら命の保証などない。


 それでも私の方が状況を周りの人たちより理解している。


 兄と鬼の一撃では破格な差がありました。


 兄の顔を動かすだけの一撃と衝撃が鬼の体を突き抜け、


 後ろの建物まで倒壊するような一撃。


【ソレは攻撃というには生易なまやさしく――撃鉄げきてつ


 鉄砲と大砲。一を百にして返してるようなものです。


 鬼の回復速度は大したものですが、攻撃の痛みには顔が歪んでいます。


 ざまぁーみろです!!


「寝てんジャネェェゾオォオオオオオ!」


 瓦礫の山で倒れてたところから起き上がろうとする鬼の顔面に叫びながらの蹴り。さすがの鬼もひとたまりも無さそうです。ビルをボーリングのストライクのようになぎ倒して吹っ飛んでいる。


【アレは怒りというには生易しく――激昂げっこう


 兄は本気で怒ってます。あんなに怒った兄は生まれてから初めてみました。


 どちらが鬼だかわからないくらい暴れています。


 私の兄は鬼神きしんのごとき暴れっぷり。


 兄が動くたびに建物の残骸が空へ浮かび上がります!!


 学生たちは規格外の戦闘に目を丸くして口があんぐりと開いたままでした。戦闘も途切れ途切れにしか見えてないからどこで何が起きてるか認識が出来ていないご様子。


 兄の戦闘はあまりに早すぎるのです。常人では視認すら不可能です。


 先程までの戦闘とはもはや別物。勇者の方々は戦ったからこそ鬼の強さが分かっている。それを前にしてあの兄の暴虐。これほど分かりやすい構図はないのでしょう。


 私はうんうんと一人頷く。


 それもそうでしょ、


 モノが違いすぎますからね。


 兄は生まれついての異常者だ。


 普通とは無縁の存在。


 常軌を逸しているのが当たり前。


 私の『人生のお荷物』はそんなに軽くないのです!


 ヤツは歩く核弾頭なのですよ!!


 そして、私は目を緩やかに細めた。


【コレは戦闘というには生易しく――蹂躙じゅうりん


 もう決着はついているがひたすらに痛めつけている感じです。もう戦いでないのです。あれは遊びです。遊ばれているのです。命をもてあそばれているのです。怒りの矛先として無惨に扱われているのです。相変わらず、どうしようもなく暴力的です。


 ただ相手が悪かっただけです。


 残虐非道、鬼畜外道、跳梁跋扈ちょうりょうばっこ


 歩く迷惑をカタチにした存在。


 口が悪い、頭が悪い、性格悪い、やる気無い、


 努力しない、彼女いない、友達ピエロ一人だけ。


 主人公に向かない男で、さらに手が付けられないほどのダメ男。


 私はそんなダメダメな兄でも微笑んでみる。


「まったく、私のお兄ちゃんは」


 それであっても、私の世界にたった一人の兄です。


 根っからの悪人じゃなくて、兄はやる時はやる人です。


 ただ動き出すまで遅くてとろくて……呆れた思いが口をでる。


「本当にグズなんだから……」


 あれだけ兄が怒る理由はたったひとつです。


 誰の為にその拳を振るっているのか。


 間違うことも多々あるけど今回は、


 兄は間違いじゃないと私は思う。


 だって、それは――


「自分の気持ちに気づかないなんて」


 ただ一人の為に振るわれているのだから。


「ホント、鈍感でニブチンなんだから……」


 安堵あんどの言葉が漏れる。どうしようもないからどこか愛おしくて、


「なんだかんだ言っても」


 不器用で何もできないからほっとけなくて、まるで子供のような兄。




「——好きなんでしょ」





 私は笑いながら遠くの兄に答えを送る。



 それに傍から見れば二人ともバレバレなのに。


「——ん?」


 風を切るような凄い音が近づいてくる。兄の戦闘風景を子を見守る母のようにふふと笑顔を浮かべ気を抜いてみつめていると――衝撃で私の方に大きめの瓦礫が飛んできました!? 視界を塞ぐように壁が目の前に迫ってくるですぅうう!?


 脳天直撃コース!!


 びっくりした私は思わず目をつぶって頭に手を覆いかぶさり、


「うきゅッ!?」


 変な声を出してしまいました。私の力では岩を砕くこともできない。


 一般人に特殊な能力がついただけの存在。兄とは比べもようもないくらい弱いから、瓦礫が上手く小さい体を通り過ぎることを願う。


 ――やっと、小さい体が役に立つときが来た! 


 ――秘技、ロリキャラしゃがみ回避ッ!!


 そんな願う私の耳に瓦礫が砕けるような鈍い音が響き、


「おっと――」


 の声が聞こえた。


 私が恐る恐るゆっくり目を開けると、そこには左手をポケットにつっこんだまま右足を振り上げている得意げな男の姿が。そして男はこっちを振り向いて優しく語り掛けてきた。


「大丈夫、美咲ちゃん?」


 私は驚きました。明らかに私より大きい瓦礫が来たのに、この人はどうやって。しかも、涼しい顔して距離も大分離れた場所にいたはずなのに一瞬でここまで。驚く私を他所よそに「大丈夫そうだね」と言い、その人は兄の戦闘を見ながらぼそぼそとしゃべり続けた。


「……周りが見えなくなってるな、ありゃ止められん。わざと防御ガードも全然してねぇし……キレすぎだぜ、強ちゃん」


 兄と鬼の戦いが見えてる……?


 その驚愕の事実に驚いた私は男に問いかける。


「櫻井さんって、いったい……?」


 「ん?」と優しい笑顔を浮かべ、


 何も答えない不思議なピエロが目の前にいました。



◆ ◆ ◆ ◆



 ひたすら鬼を再生させ痛めつける。殴られた腕を掴み、腹を蹴り上げ体を浮かせ、浮いた体を掴んだ腕で引き寄せて、もう片方の手で方向を変え、


 一本背負いの要領で、


「うらぁああああああああああああ!!」


 激しく地面に叩き落とす!!


 地面に落ちた鬼の手が逆関節の変な方向に曲がったが、すぐに元に戻っていく。その姿を立って見下ろし俺は回復するのを待ち望んだ。しばらくしても、相手は地に膝をつき頭を垂れている。


 ――足りねぇ――全然足りねぇ


「さっきまでの威勢はどうした……」


 飽くなき乾きにも似た衝動が自分を包み込んでいくのがわかる。


 声にして押し出ていく。


「早くしろぉおおつってんだろうぉおおおが!!」


 何やってんだ、コイツは!? 腕はもとに戻っている。呼吸も整っている。


 なのになぜか立ち上がらない! 俺を見上げ目を見開いている。


「どうした……もう回復は終わってんだろう……」

「お前は一体ドコから来た……その力をどうやって手に入れた?」

「何言ってやがんだ、お前がこっちの世界に来たんだろうが」

「貴方がこの世界で一番強いのかしら…?」


 悔しそうに問いかけるその言葉に疑問を呈す。それを知ってコイツどうすんだ。


 それより体の内側の熱が冷めない。


「だったらどうした。オマエとはお喋りするつもりはねぇ……」


 雨に濡れた衣服があっても、もっと奥底から何かが焚き付ける。


「早く殴らせろッ!」

「ならば貴方の勝ちでいい……私は服従するわ。参ったわ」


 ヤツは両手を上げて白旗を上げる。


 俺は怒りが途切れそうになり冷めた目でしゃがみ込んで両手を上げている敵を見下した。


「ハッ?」


 何言ってやがんだ、コイツ? 


「服従だと……」

「そうだ、お前の方がワタシより強い。世界では強さこそが全て」


 確かにもう実力差は分かっている。いつでも俺はコイツを殺せる。


「ならば弱い者が強い者に従うのは必然、自然の摂理よ」


 ——自然の摂理か……。


 鬼の発言をはんと鼻で笑う。


 コイツ、面白れぇことを言いやがる。


「オマエ、面白れぇこと言うじゃねぇか」


 突拍子しもないことに少しだけ自分の内側から熱が消えかけていた。


「確かに弱いヤツに権利なんてねぇからな」


 鬼のいうことももっともだ。


 だが忘れたわけではない。コイツがしたことを。


「だったら、俺のいうことは絶対だよな」


 鬼は降伏をしたことで何か終わったように満足げな顔をしているのが気に食わない。まいったと言ったら終わりなんて考えが甘すぎる。


 すぐにその顔を歪めてやるよ。


「それじゃあ、お前に選ばしてやるよ」


 元より見逃がすつもりなんて一ミリもねぇんだ。白旗を振らせる暇をやるつもりもねぇ。殺すつもりならもう出来てる。だけど許せねぇから、今まで殺さないぐらいに加減してやってたんだ。


「……最後のチャンスだ」


 俺の口角が上がった。いい提案を思いついたからだ。降伏なんて曖昧な選択肢など選べないようにしてやるよ。俺はまだ終わってないぞと眼で訴える。


「服従するなら選べ、今ココで――」


 それは至極簡単な選択だ。ただの二択でしかない。


「自害するか」


 俺に従えるものなら従ってみろよと。


「1分間猶予を持ってから死ぬか」


 俺に逆らうなら逆らってみろと。


「好きな方をお前に選ばしてやる」

「なっ――!」


 試す様に問いかけた。勘違いしている。


 服従しようが何しようがお前の命運は俺が握っているのだと。


「カウントを始める。一分間は攻撃しないから安心しろ」


 鬼の顔が俺の次の言葉に慌てふためく。


「待てッ!」


 慌てふためく鬼を前に遊戯開始のカウントを始める。


 俺は鬼を見てにやけた。それでいい。この状況でお前は試される。考えろ、足掻け、もがけ、生にしがみ付いて、命に縋りついて、苦し身悶えて、生き抜いてから、


「いーち、――」


 地獄でのたうち回って死ねェッ! 殺してやるからッ!


《つづく》

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