2.デットエンドは死亡遊戯に興じる

第5話 絶望ピエロタイム

 俺はいつものように行きたくない学校への支度をしていた。国民の義務は終えているのになぜ高校生は学校を強いられるのか。それは暗黙の了解というやつだ。いかなきゃダメ人間という烙印が押される。


「曇ってる……」


 窓の外の曇天模様どんてんもようを見ていた。


 あの雲行きは俺の未来のようだ。


 ——俺の……みらい?


「もしお兄ちゃんが不登校になって」


 ふと頭をよぎる未来へのいいアイディアを思いついたので、


「無職のニートになったら、」


 勇気を振り絞って


「美咲ちゃんが生活保護して介護までしてくれるっていうのが、」


 愛する美咲ちゃんに提案してみる。


「お兄ちゃんは本当の兄妹愛だと思うんだけど……」


 これこそが兄妹愛ではなかろうか。


「美咲ちゃんそこらへんのビジョンって固まってる?」


 兄と妹はいつでも二人でひとつ!


「働け、学校へいけ……」


 妹の声援は受けとった。


「ダメ兄貴!」


 美咲ちゃんの為にお兄ちゃん今日も行きたくない学校に行って頑張るからね!


 だから、ご飯作って!!


 食卓に並ぶ朝食は卵焼きとみそ汁と焼き鮭。和食による朝食の王道中の王道。


「いや~、これぞ日本人の証」


 キング オブ キング ジャパンニーズ モーニング ハッピーセット。


 これを食べずに日本を語るなど言語道断。


 ぜひ、海外からお越しの方は寿司や天ぷらよりコチラを食べて欲しい!!


「最高の食事だ!」

「どうでもいいけど、早く食べ終えてね……食器洗いがあるんだから、もー」


 本当に良く出来た家政婦いもうとだ。


「は~い」


 美咲ちゃんのお料理レパートリーは底を見せることはない。毎食毎食色鮮やかな食事が提供される。千変万化の食卓。世界各国のあらゆる料理が妹の脳内のうないディクショナリーに記録されている。


 料理の国連本部長。


 それが我が至高の妹――美咲ちゃんである。


 そして妹の作る食事とは兄のかけがえのない楽しみのひとつ。


「ごちそうさまでした」

「おそまつさまでした」


 だがその時間もあっという間に終わるのは悲しい。


 数少ない1日の楽しみである朝食が終わり、


 学校という地獄に行こうと


 玄関開けたら――1秒で白いご飯ではなく、


「おはよう~、美咲ちゃん、強ちゃん」

「……」


 白肌で頭の悪い無邪気な巨乳が待ち構えていた。


 ある事に気づいた。玄関開けたらそこは地獄だ。


「玉藻ちゃん、おはよう」

「玉藻、お前は張り込みとか向いてそうだな。将来、刑事けいじになったらいいんじゃないか?」


 俺の適当な言葉にやる気満々のバカそうな巨乳が、


「強ちゃんがそういうなら、刑事になろうかな!!」


 両手を握りしめガッツポーズをしている。


「ふんす!」


 バカそうではなかった……本物の馬鹿だった。頭が痛い。


 自分の人生を人にゆだねる奴は至って愚かである。


 この無邪気な馬鹿のように。


「やめとけ……」


 ため息まじりに前言撤回しておこう。


「お前はすぐ二階級特進してしまうから……」

「出世コース!!」


 そういう意味じゃねぇッ!! 殉職すんぞ!!


 皮肉が伝わらず、上を見上げ目を輝かせている馬鹿にいきどおりを覚える。


 会話が通じねぇッ! 異世界に行っていた影響か?


 日本語を忘れたの??


「お前にそんな才能ねぇから、やめとけって言ってんだよ!!」


 違う――バカだからだ!!


 俺は心の芯からイラつきの言葉を伝える。


「お前の席ねぇーから!! 警察署に!!」

「そーかー。ざんねん……」

「そんな言い方ないでしょ! お兄ちゃん怒るよ、美咲怒るよ!!」


 しょんぼりする玉藻の横で美咲ちゃんにスゴイ剣幕けんまくで怒られた。美咲ちゃんがオコだと俺の生活が破綻はたんしてしまう。家の雑用から生活費の管理から、一番重要な俺のお小遣いの管理まで全てこなす我が家の総務経理美咲ちゃん。


 おそらく解雇権限まで持っている気がする。


 家族間でそれをすると絶縁又は勘当という。


「ごめん、美咲ちゃん。お兄ちゃんが悪かった。ホント悪かった。玉藻忘れろ。美咲ちゃん、一生に百度目のお願いだ。どうか機嫌を直して、ホントごめん美咲ちゃん!」


 俺は平身低頭へいしんていとう玉藻に一回と美咲ちゃんに三回渾身で謝り、リストラ危機をなんとか逃れた。


 先日同様に仲の良い姉妹みたいに雑談をしながら闊歩する二人のあとを、紫陽花が咲く住宅街を眺めながら登校していく。


「朝からバカな兄がすみません」

「強ちゃんがバカなのは病気だから♪」


 玉藻さん……さらっとヒドイことを笑顔で!


「本当に病気だと思います……」


 美咲ちゃん、そこは怒るところでしょ!?


 それにしても前を歩く二人の会話は終わりを見せることはない。にこやかに笑いながら他愛もない話が永遠と続いていく。女子だからというわけでもなく、本当に仲がいい。


 昔から涼宮家と鈴木家は交流が深い。


 家がご近所で子供が同い年ということもあり


 『何か困ったことがあったら、鈴木さんを頼りなさい』と


 親からしつけをされて育ってきた。


 そして鈴木家は官僚の一族でセレブだ。


 おじいちゃんがここ日本国のトップを務めている。それと比べて俺の両親は何をやっているかというと、『放浪者ほうろうしゃ』と呼ばれる人には誇れない職業。



 その放浪者はいま


 何をしているかというと……



 



 エジプトへ火竜狩りサラマンダーハントに出かけています。


 『放浪者の子 VS 総理大臣の孫』


 試合開始の前にコールドゲームされてそうな生まれ持った環境。人生の始まりからの圧倒的ステータスの違いに打ちひしがれていると、エセ姉妹の会話の一端が鼓膜をついてきた。


「高校にデットエンドとかいう魔王がいるみたいだね。美咲ちゃんも気をつけてね。なんかされるらしいよ!!」


 レイク??


「レイクですか? なんですか、それ?」

「多分酷いことだよ! よくわからないけど!」


 レイクって、言い出したお前がわからんのかいっ!?


「気を付けますね……」


 玉藻の適当な発言に愛想が尽きたのか


 美咲ちゃんは悲しい顔をして


 遠い空にため息を吐いた。


「そのとかいう、」


 俺が想像するに、デットエンドはお金を貸してくれそうなやつだな。


「ダメなアホに……っっ」


 なんか、悔しそうな表情してる??


 借りたら最後、デットエンドってことかもしれない。


 借金など無くほのぼのして過ごしたいものだなとか考えていたら、


「強ちゃんはあたしが守ってあげるからね!! デットエンドから!!」


 天然馬鹿が俺の方を振り返って、目力を強くし決意のまなざしを向けてきた。


「……………」


 無言のまま無視。


 困ったら、鈴木家へと両親から教わっているからな。レイク行くよりお前の家からレイクするから安心してくれ。


 際は頼らせて貰うよ。


 その横で美咲ちゃんは心ここにあらずといった感じで黙り、


 遠い曇り空のところに目線を向けている。


 傘は持ってきたからいいとして……


 洗濯ものでも干したのかな?





「おはよう……きょう……」


 憂鬱な教室につくと、いつもの様にテンションの低い声でピエロが笑かしに来てくれる。櫻井の表情は絶望に染まっている。僥倖ぎょうこう僥倖ぎょうこう、ヒャハッハッハッと嗤いたくなる顔だ。


「なぁ、きょう……なんで……なんでっっ、オレ以外」


 ふらふらと体を揺らしてまるでゾンビ映画の様に歩いてきて、机につくと倒れるこむように寄りかかり同時にやつは俺を見上げて口を開く。


「……みんな幸せそうなんだ?」


 さすが一流のピエロだ、櫻井。


「そうだな……くッ!」


 朝っぱらの初っ端からかましてきやがる!


 櫻井のあまりにテンションが低い呻くような声芸こえげいに、俺はとっさに左腕で反対側の肩を強く掴み腕を口に当て、必死に震えと笑いを堪えた。


 本当におもしろいやつだ、コイツは。


 というフレーズが


 コイツがいうとパワーワード過ぎる!!


「強……幸せそうなやつを見ていると殺したくなるんだよ……」


 教室ではカップルや友達と楽しそうに談笑しているクラスメート。


「これはデスゲームの後遺症だろうか?」


 見ていると吐き気がしてくるぜ。


「いや、俺もそうなるから人間の真理に近いものがあると思う。他人の不幸は甘い蜜で他人の幸せは苦い毒だからな」


 どいつもこいつも、ついこの間まで自害しそうな暗い顔をしていたくせに。そっちの方が楽しかった。今の教室には不快感しか存在しない。


「そうか……なら、俺がアイツらを殺してきていいかな……?」

「出来るなら、どうぞだ」


 櫻井がキリっとした顔で殺しの眼をクラスメートに向けるのに痺れる。この腐ったようなごみ溜めのようなやりとが楽しい。櫻井がいなきゃ俺の学校生活は監獄生活と一緒だ。


 サーカスピエロの重要性がわかるぜ、櫻井!!


 そんな楽しいひと時の会話を邪魔する様に、


「強ちゃん、ここ教えて~」


 ブチ壊す様に――


 空気を読まないイタイ女が現れた。


 気の抜けた巨乳が乳を揺らしながら数学Vの教科書を開いてペンギンの様にたどたどしく俺のところに近づいてきている。


「強ちゃん、ここの微分がわからないよ~」


 巨乳おばけは頭にコツンとゲンコツを当て舌を出す。わざとらしいやつだ。


 それより、なぜコイツは俺のところに来るのか?


 病気扱いした癖にッ!


「手越に教えてもらえばいいだろう?」

「手越君も帰ってきたばっかりだから、強ちゃんが教えてよ~」


 唇を尖らして不満そうにしているが真っ当な意見だ。そう言われればそうだ。手越も高校に来て日が浅い。俺にdisかまして、喧嘩うりかかってくるぐらいだからほぼ初日だろう。


 仕方ない。


「しょうがねぇ、見して見ろよ……」

「わぁー、ありがとう!」


 机に置かれた教科書に目をやり問題をおしえてやることにしよう。分かる範囲で。俺と玉藻が会話をしているとピエロが雄鶏のように唇を尖らしている。


「う、う、う、うぅ――」


 雄鶏のモノマネ。


「う、う、う、うぅ――」


 長いな……オスのくせに何か生まれそうなのかしら。


 それよりも玉藻だ。


 やれやれ、まった――




「裏切り者ォオオオオオオオー!」




 ”く”と思った瞬間、


 櫻井が大粒の涙を流して叫びながら


「強のバカ……うわぁああああんんんんん!!」

「なんだ!?」


 廊下の方へと消えていった。


 裏切り者? 誰の事を言ってるんだ……。


「どうしたんだろう……カレ大泣きしてたよ……」


 とぼけた顔をする残虐ざんぎゃくな無邪気。


「たぶん、お前のせいだと思う……」

「んっ?」


 コイツは天然に人を騙す。おそらく櫻井も餌食になったのか。もし《無邪気むじゃき》という能力があるなら、それは対人防御貫通、無効および周りへ被害を出す全体攻撃という激強なものだろう。


 現に俺がいま被害を受けているので間違いない。


 あぁ絶望ピエロタイムが……


 玉藻いい加減空気読んでくれよ。


 高校で唯一の俺の楽しみなんだ、


 櫻井の絶望タイムは……。


≪つづく≫

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