1.デットエンドって、何ですか?
第1話 妹がヒロインだ
幼かった頃は何にでも成れると思っていた。
不可能なことなんて何一つないと思っていた。
幼くてまだ何者でもなくて何も出来なかったけど、それでも自分は世界にとって特別な存在になれると信じ込んでいた。
心の底から嘘一つも無く信じられていたと思う。
まだ何も知らない世界で、その中心には自分がいて、
自分と云う存在が他人とは違うものに思えていて、
未来は夢や希望に溢れていた。
だから、心から俺は皆と笑っていられた。
きっと、いつか自分は物語に出てくる『勇者』や『英雄』にだってなれると夢を持って笑っていられた。俺が世界の中心で主人公なのだから。俺から見える景色は誰のものでもなく俺だけのものなのだから。
まだ見ぬ希望ってやつに満ち溢れていたのだ。
でも――それは年をとる度に剥がされていく。
剥がれ落ちていく。希望が見えなくなる。
夢が無くなる――。
それが大人になることだと思い知らされる。それでも俺は、まだ大人になったわけじゃない。高校生が主人公の物語。大抵の場合、最初にこういうのが決まり文句だろう。
『俺はどこにでもいる普通の高校生――』
そうだ、主人公の出だしって言うのはこれが一般的で、『普通』って名乗るくせして『普通』じゃなくて元から特別な存在なのだ。ソイツだけしか持ってない能力や何か秘められた力があって、ヒドイ時には『普通』って言ってるくせに始めから自覚して何らかの能力を持ってる有様だ。
それでもキザに俺は『普通』なんていいやがる。
だから、ひねくれた俺はこういう。
『この世界で俺、
年を重ねてあることに俺は気づいてしまった。
普通ってのにすげぇ憧れる。
普通ってだけでみんな優しくしてくれる。普通のやつは世間で叩かれることはない。普通ってだけでまともに見られる。なぜなら出る杭が無く頭ひとつも抜け出さないから。普通ってだけで集団に溶け込めて異物として扱われない。
右も左も同じ顔で、
同じ体系で、同じ肌の色で、
国境や国籍などなく、
同じ考えに近ければ区別など生まれない。
差別など生まれない。
幼い頃はそんなもの気にもしなかったのに下手に知識が増えたせいで、俺達は他人と自分を区別する。相手がどういう顔をしているか、眼つきが悪いか一重だ、二重だの、太っているのか痩せているのかだの、肌が綺麗か汚いかだの。
何かにつけて区別して、
区別され尽した結果が
見事に俺はその普通から零れ落ちたのだった。
要は普通のレッテルからズレてしまったのだ。見た目が悪いとかではない。区別の結果がそうなのだ。人と俺は違う。普通っていうのは同等数が多い多数派を表す。多数決で決まる世界の秩序で普通っていうのは一番得をする。
だからこそ普通の人生っていうのが一番楽だし迷いがなくて、
普通じゃない俺はすごく羨ましい。
正しいこととして、
自信と自身を持って言えるのだから。
無能力な俺は普通になりたい。
普通であることを熱望する。
俺も普通になって、
愛されてチヤホヤされたいッ!!
高校二年生の六月――
「うぅーん……うるせぇ……」
俺はジリジリと元気に鳴る目覚ましを叩き壊さないように、布団から腕を伸ばしてやさしくスリープさせる。ストップではなく一時的に眠りにつかせるスリープモード。五分か十分したらまた騒ぎ出すであろう。
それまでの間に顔を布団に潜らせる。
――あぁ、この瞬間が一番幸せだ。
暖かい日だまりの中にいるような本能に逆らわない感覚。
二度寝は最高だ。三度でも四度でも
気持ちがいい……堪らねぇ。
これが地上の楽園ってところ。寝ぼけながら布団の中に包まれているだけでこの世界に生まれてきた意味が分かるというもの。これを作ったやつを天国を作ったやつと同じ名で呼ぶことにしよう。
「
「お兄ちゃん、起きろぉぉおお!!」
天国に割り込むノイズ。それにしても女の声というのはどうして高音なのか。狩猟民族であった男を狩りの時間だと叩き起こす為ではないのだろうか。勘弁してほしい、天国から地獄だ。
俺の体の上に重いものが飛び乗り跨っている重量を感じる。
「猿蟹合戦の猿の気持ちだ……お兄ちゃんは」
俺の至福の時間を邪魔する
「やめてくれ、臼」
「誰が臼なのよぉぉおお! 美咲は怒るよ!!」
俺は臼に向かって会話を試みたが失敗した。
ただ、布団からは降りてくれたようだ。
今、臼を演じているのは
美咲ちゃんは俺の愛するプリティキュートな妹である。けしてブスではない。ブスと呼んだ奴はその無意味で機能していない眼球を二つとも
なので、発言には気を付けたまえ諸君――口は災いの元だ。両目を失明したくなければ心に刻んどけ。
妹の紹介に話を戻すと、
美咲ちゃんは家事全般をハイクオリティにこなす嫁に出してはいけない存在(この俺の為に)。身内びいきということもなく見た目は良い。綺麗で歩けば揺れる黒髪のショートカット透き通った黒目。頭の
しかし、俺にだけちょい厳しい時もある。
他は……、
かわいい口元がいま――
臼と言ったが太くなどなく、むしろ同世代では痩せていて小柄。整列するとだいたい最前列に配置されるハイパーエリート。悲しいことだが小柄な体に同調するように中学生の時から胸の成長は止まっている。
俺の視界に入る垂直直下。制服姿で怒り顔の妹の胸部。
「おぅ……」
またの名を『悲しき
「早く起きてよ、お兄ちゃん!」
妹が開けたカーテンから日差しが差し込んで光が布団にいる俺を包み込む。優しい太陽光を浴び目を閉じ布団に寝ころんだまま、天に両手をいっぱいに広げ掲げ、祈りを捧げる。
「おぉ頼む、神よ。今日こそ俺を異世界に連れっていってくれ、お願いだ」
俺は異世界に行きたい。この幸せな気持ちのまま異世界に行けないものか?
「お兄ちゃん朝っぱらから何やってんの……」
祈っても異世界に行けない俺に妹の冷たい視線が降り注ぐ。
「早くしてくれないと朝食が冷めちゃうでしょ!! 学校にも遅刻しちゃうし、
俺のテンションは一気に激落ちした。祈っていた手を下げて顔をガクッとうな垂れた。アイツが来るのか……。
「玉藻が……来るのか……」
「そうだよ、だから早く起きて!!」
ざばーと我が妹に掛け布団をはぎ取られた。妹が腰に手を当てて怒る姿はさながらどこかのヒロインの様だ。綺麗な二等辺三角形。分度器があったらぜひ角度を測ってみたい。その綺麗な両腕の三角形の隙間は選ばれたヒロインのみが作れるはずなのに。
違ったな、正確にいうと。
「いい加減起きなさい!!」
美咲ちゃんは――ヒロインだ。
布団を剥がされ妹に怒られ仕方なく学生服に着替え支度を始める。着替え終えて洗面台の前に立つ。
「ふーむ……」
歯磨きをしながら鏡に映る美顔を前に今日こそ異世界にいけるのかなと考える。現代では異世界転生というものが流行っている。一種のブームと言っても差し支えない。誰もが早く異世界転生してぇ―と零すくらいだ。俺も類に漏れず。
俺も早く異世界にいって普通になりたい。
「分かってねぇな……俺を選ばないなんて……」
どうして俺みたいなやつを異世界に連れて行かないのか。さぞ平和のために働くだろうに。まったく、わかってないやつが天にもいやがる。神は非常に困ったやつだ。
そして、俺が住んでいる家は世田谷区駒沢にある洋式二階建ての一軒家。
ドラエモ〇より時代が進んでいる家。のび太くんの時代よりで、けしてネコ型のほうではない。あんな空飛ぶ車や奇妙奇天烈な二足歩行ロボが何度も地球を滅ぼせる秘密道具がある世界であってたまるものか。アホな奴が道具を使った瞬間に地球は木っ端みじんに吹き飛ぶだろう。
地球消滅の不安を毎日抱えて生きるディストピアな世界では断じてない!
戦闘は多少だけど街中であるのだが……とても平穏な世界だ。
住んでいる地区には国道
それが俺の住んでいる街、
学校への支度を終え、白いカーテンから日光が差し込むリビングで美咲ちゃんと向かい合いながらテーブルにつく。何もせずとも目の前に広がる朝食はサイコー。
「お兄ちゃん、高校生なんだからいつまでも堕落してないで少しはしっかりしてよ! 髪の毛も寝ぐせのままだし目も半開き、もっとヤル気出して生きてよ!!」
妹の手料理を前にすると開口一番で愛の鞭が放たれた。生き方を問う妹。お兄ちゃんは高校二年生なのにやる気のある生き方とか分からないよ。高校一年生の妹に生き方を説かれるとはこれは恐れ入る。
「いや、堕落を辞めたら自分が自分でなくなってしまう気がして……俺の存在意義が無くなるというか……アイデンティティが崩壊する……自我と世界が崩壊する的な?」
やる気とか出したら大変なのは目に見えてる。俺が本当にやる気なんて出そうものなら碌なことにはならないだろうことはわかりきっている。普通に生きられないのだから堕落するのだ。俺みたいな奴がいるおかげで世界の皆様は安心して暮らしていけるのである。
俺のおかげで世界は回っていると言っても過言ではない。
「いいよ、ゴミみたいな自分を辞めてイチから崩壊してシャキッとして!!」
「じゃあ、シャキッとしてご飯を頂きまする」
「……まったく」
呆れる妹を前に俺は食事をとる。今日の朝食はピザトースト。ケチャップの赤とチーズの黄色が混じり合っている。その上に半月型の玉ねぎ、ピーマン、ハムがトッピングされ、口に入れるとチーズが程よく溶けて糸を引く。
それをハフハフしながら頬張る。自然と半開きの眼が驚いて全開になる。
「――美味い!!」
ピザトーストのあまりのおいしさに感激しテンションが上がる。やはり食事というのは人生の楽しみのひとつ。三大欲求のうちのひとつ、食欲と言われるぐらいのことはある!
「美咲ちゃんの手料理はホントにおいしいね! コレが無ければお兄ちゃん死んじゃうよ。美咲ちゃんを嫁にもらいにくるヤツがいたら、お兄ちゃんがブッ殺すから、ぜひ家に即刻連れてきてね!!」
妹がジト目で嬉しそうな兄を見る。
「お兄ちゃん……殺しは犯罪だよ」
ある意味、我々お兄ちゃん業界ではご褒美ですよ、ソレは。しかし、ここは兄として重要なことだ。生き方に関わることだから妹にしっかり兄として教えてあげねば。
「妹を奪うということは俺を殺しに来てるのだから、俺がぶっ殺しても全くもって問題はないよ。だって正当防衛だもの。法律上問題はない!」
「過剰防衛って……言葉を知ってる?」
「何それ、知らない! 聞いたこともない!」
「……」
「お兄ちゃんは美咲ちゃんを世界一愛してるからァッ!」
「ハァ……」
嘆息をついて黙る妹。真剣に答えたのに伝わってないか。態度を改め俺は真剣な想いを伝えるべく両肘をテーブルについて手を組み、重厚な雰囲気を出して力を込めた
「彼氏を我が家に連れてきてくれた暁には……」
それは未来の予言に近い。これは彼氏へのお兄ちゃんからご褒美。
「小憎たらしいソイツを真っ赤で綺麗な
俺は冗談抜きの本気で音を立てて拳を握り妹に伝えている。
「さらに貴重なドキドキ臨死体験ツアーのお土産として
臨死体験ツアーのご褒美タイム間違いなし!
「川を渡って二度とこの世に帰ってこないようにな……」
このおいしい朝食が世界からなくなるというのであれば、殺しも止む無しだ。三大欲求のひとつを俺から奪いにくるのであれば、それと同等の生存欲求を差し出して貰えねば釣り合いがとれんッ!
「お兄ちゃんには」
妹は顔を下げ大きく深いため息をついてから、
「会わせないよっ……」
肩を震わせ、顔を真っ赤にして声を震わせた。
「ゼッタイィイイイイ!!」
美咲ちゃんは照れ屋さんだな……
こういうところが……
まったくもって、かわいいぜ!
お兄ちゃんに好きな男子を紹介するのが恥ずかしいなんておませさん。おまけに世界一愛してると言われて照れているのね。
お兄ちゃんはいつでも美咲ちゃんの彼氏を、
全力全開で殺すつもりで大歓迎してあげるよ!!
おっと未来を想像しただけで口元が自然と緩んじまう。妹との朝の会話が楽しくてお兄ちゃん嬉しくて口角が吊り上がっちゃうよ。堪えなければ。
妹とはかけがえのない家政婦的存在だ。
全世界の妹は等しく兄を愛している。これは世界の法則であり鉄則だ。鉄の掟を破れるものなどいない。その兄を倒せなければ人様の妹を愛する資格などない。
命がけで来いということだ――文字通り貴様の命はないがなッ!
《つづく》
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