第13話 協力要請


 警備船団の団員は地獄を味わっていた。消費した物資と損傷した個所と程度の報告書に始まり、負傷者や戦死者の遺族への問い合わせ、治療費の請求書の添付、上部組織への報告会、修理や補給の重労働。


 特に大変だったのは団長を務めるレイアが帰って来なかった事だ。単純な戦力的欠如だけに留まらず、彼女の実家さえも巻き込んでしまう政治的要因を孕んでいる。


 「やはり片親が異種族では、考え方に差異があるのでは」

 「家庭的問題の有無も否定できませぬな」

 「それより、こう言う事になる事も『副団長の立場』なら理解すべきだろう、スファーシャス卿。貴方も思いの他、軽率な人間だった訳ですな」


 「待って下さい。報告書にだってあるでしょう。王国軍兵士が死に際、謎の文章を書いていたと。内容もきちんと記載しています。王国軍の行動は最初から異世界への侵入が目的だったと、そう判断すべきだった。だから団長だって――」

 「――それが問題と言っているんだよ。独断で動かれては困る。君達『警備船団』は飽く迄『警備』が目的の船団なのだ。レイア嬢の行動は、調査船団の仕事。


 それとも、他人の仕事を奪わなければ、自分の地位が失墜する。…そう言う事ですかねぇ、オルヴェロ・スファーシャス卿」


 (な、何と言う言い掛かり…!!大体、其処に居もしなかった調査船団に、帰還後に報告、調査して間に合う筈がない)


 それならば、今此処で状況を把握した情報を基に調査船団が出動し、既に異世界で行動しているレイアと協力し、事に当たるべきだ。…この言葉は我慢の限界を超えたオルヴェロの口から怒声として飛び出した。


 台詞の前半こそ理性を保っていたオルヴェロだったが、後半は我慢がならず声に出してしまい、ハッと気づいて「拙いだろうか」と一瞬考えるが、徐々にその思考も怒りの強まりを感じて、感情の処理に思考を割く事になる。


 「ほう。愛しの団長殿と調査船団が協力?」

 「何か可笑しい点でも?」

 「ああ。調査船団は我が一族が代々法皇様に、その管理を任されている。警備船団を預かるケェイル一族とクォーレスヴァー一族は、長年因縁の仲ではありませんか」


 「…それは皇国の国内事情であって、我々が話し合っている議題は『異世界』の事ではありませんか。確かに調査船団と警備船団の協力と言うのは、私自身も些か気分が悪いのは事実です。しかしながら、任務より感情を優先する気は毛頭ありません」

 「国内事情ならば、事はより重大では。次回の議題として、此処で提案する事も私は吝かではないぞ」


 「…正気の沙汰ではありませんな。少なくとも私は『兵士』であり『軍人』です。我々――少なくとも私以下、警備船団に異世界へ皇国の事情を持ち込む様な野暮な事をする者は居りません」


 「その辺にしておけ、クォーレスヴァー調査船団長。スファーシャス卿の言葉は興奮で感情的になってはいるが、全体としては彼の言葉の方が合理性のある発言だ」

 「ッハ、申し訳ありません」


  何人かの将軍がオルヴェロを責め、その姿勢に乗っかったクォーレスヴァー。そんな彼の言動を止めに入ったのは、元老院議員のリヴェル公爵だった。


 元軍人の言葉と言う事もあり、現役が集まる軍事会議の場に於いて、只の元老院議員の言葉であれば、こうも彼らを押さえる重みは無かっただろうが、リヴェル公爵の若かりし頃の伝説は数多く、国内外を問わない魔物退治の活躍劇は、子供達に語る童話として人気を博している。


 中には誇張された逸話も多いが、下地となる功績は軍の記録からして、間違いない事実である。英雄の言葉の重みは、眼光の鋭さに磨きをかける物である。



 リヴェル公爵の一声で静まり返った会議は、同じく彼の一声で再開した。だが、オルヴェロを責め立てる声は勢いを失い、クォーレスヴァーに賛同していた将軍達は居心地が悪かったのか、会議が終わると誰かに話しかけられる事を嫌うかの様に、そそくさと会議場を離れた。


 「っふー。団長が居ないだけで、この有様か。酷い物だな、これは」


 警備船団の兵舎にある、何時もはレイアの座っている、執務室の椅子に座ったオルヴェロは、手に取った数々の書類や報告書に唸っていた。


 「これが今回の議事録です。…ま、向こうからすればチャンスだったんじゃないですかね。レイア様の魔法は人間一人で使える魔力を大幅に超えています。クォーレスヴァー一族とは魔法研究の利権で長年拗れたままですし」


 「何にしても―――うっわぁ~…」


 突然、オルヴェロの表情が嫌そうに歪む。不服そうな声に、部下が首を傾げて「どうしました」と尋ねると「お前、内容は見たのか」とオルヴェロが質問しながら、表情を変えた原因の文章を読ませる。


 「ああ、此方は警備船団へ挙げられた報告書――えっ!?」


 色々と長ったらしい説明で、様々な事を伝えようとしている文章だが、その7割程がどうでも良い話だ。問題は残り3割の中にレイアに関する事が書いてある事だ。


 「ケェイル家長女レイアに婚約の意志アリ。相手は連日に事件により、異邦者の通例となっている『国家巡礼の儀』を妨害されている異邦者と思われる。国家巡礼の儀を妨害する者を独自追跡し、この度の遠征でこれを捕縛する事を宣言…!?」


 「そんな事、我々ちっとも聞いておりません!!」

 「私も知らんぞ!?」


 報告書はリヴェル公爵の名義で提出されている。この事を一刻も早く確認するべきだと判断したオルヴェロは「お前は後の始末をしておけ」と言い残し、廊下を全力疾走する。


 「この量、私だけじゃ今日中に終わりませ…嘘だろぉ…」


 慌てて廊下に飛び出た部下が左右を確認するが、一方的に仕事を押し付けるオルヴェロの大声が聞こえるだけで、姿はない。声が遠い事からして、もう間に合わないだろう。


 諦めの境地で悲しみに身を任せて窓に凭れ掛かると、馬に乗って大慌てで兵舎を飛び出すオルヴェロの姿が見えた。その際、ぶつかりそうになった警備船団の団員が文句を言いながら廊下を歩いていると、仕事を押し付けられて疲労困憊のオルヴェロの直属の部下を発見。一時的に大騒ぎとなったのは、その日の深夜の事である。


 「公爵様!!リヴェル公爵様、その家紋はリヴェル家の家紋ですよね!?」

 「な、何だ無礼者!?か、閣下の乗る馬車と並走しながら、閣下に話しかけるなんて士官学校で何を習ったんだ!?」

 「その閣下が我々警備船団すら全く知らない事を、一番に我らが知るべき事を知っていたんだ。だから、だから公爵閣下と話が、お話がしたいんだ!!」


 馬の手綱を握る男は、オルヴェロの話に「は、はあ!?」と声を荒げてドン引きするが、オルヴェロの気迫に押されて上手く回答できないでいる。


 「私は急いで屋敷に戻らねばならん。夜なら話ができる。したいのならば、そのまま後ろについて来て、仕事を手伝ってくれ」

 「か、閣下危ない!」


 運転手が回答に困っていると、突然窓から顔を出したリヴェル公爵がそんな事を言い出した。そのリヴェル公爵が身を乗り出している事に気づき、運転手が手を使って戻る様に催促し、次いでオルヴェロに「閣下のご厚意に感謝しろ」と、親指で後ろを示す。


 「ああ、アンタにも感謝する。…閣下、何を手伝わされるか知りませんが、私にかかれば、どの様な厄介も払拭致しましょう。だから団長の――レイア様の身に何かあれば即座にお知らせ願いたい!!」


 レイアの事を本気で心配するオルヴェロの怒声。対するリヴェル閣下は車内で手を振る事で答えた。その動きは窓越しにオルヴェロを納得させる回答だった。






 兵舎に残された団員は「副団長が飛び出した」と聞いて、真っ青になった。やる事が山の様に残っている状態で、司令官に逃げられると、全体の指示が停滞し、仕事が六に進まなくなるからだ。


 「おいおいおいおい、唯でさえ団長が居ねぇんだぞ。副団長も居なくなるって意味不明だわ!!」

 「ふざけるな、何があったんだ」

 「兎に角、早く見つけないと。仕事が終わらないよ」

 「僕、限界です」


 兵舎は予想通り怒声に次ぐ怒声で、祭りや戦にも並ぶ騒ぎになりつつある。事務職特有の書類関係は勿論、船に積み込む物資も倉庫を圧迫している。船の修復も始まったばかりで、最悪のタイミングで予定が狂ってしまった。


 「お前ら落ち着け。一先ず最初に処理しなきゃいけないのは何だ!?」


 警備船団第1号船に所属するリベッツェルが仲間を落ち着かせる。船団の中では新参者の彼だが、冷静沈着で何かがあれば「落ち着け」が口癖のリベッツェルの言葉で落ち着きを取り戻した団員だが、納得出来ていないのか表情が曇っている。


 「副団長の所在は後回しだ。僕達の班で書類仕事をやる。事務職の得意な奴が多いからね」

「なら俺とラディッツァノも使ってくれ。第7整備班が担当する修復個所は完了間地かだ。残りの奴らだけでも今日中に終わるだろうから、二人抜けても問題ない」


 「第3号船の修復が終わってない。7号を引っ張ってる最中に被弾し過ぎたらしくて、破棄するか検討中だ。報告書を纏めようにも、3号と7号の要修復個所が多すぎて、報告書を纏め切れない」


 リベッツェルのお陰で落ち着きを取り戻した警備船団だったが、飽く迄落ち着きを取り戻しただけで、問題が解決した訳ではない。状況把握だけで数時間を要しながらも、次々と優先順位を決定したお陰で、翌日の昼前には仕事が安定し出した。


 「っぐ、っはぁ。つ、疲れた」

 「これ団長達の仕事量、どうなってんだ!?」


 自分達の班や船の報告書を提出した後、普段自分達がやる事と言えば、船の修復や補給物資の搬入、使用できなくなった備品の破棄、及び戦死者に関する報告書の編集と提出。


 だが、今回やったのは警備船団の船全ての業務だ。仲間と連携して分担したとは言え、凄まじい仕事量である事は誰も否定できない。事実、報告書だけでも執務室が白い山脈だらけになったが、何時もはこれが団長のレイア、若しくは補佐を務めるオルヴェロのどちらか、又は二人に提出される訳だ。


 「団長達って凄いな。俺達15人でこの有様だし、良く何時も首が回ってるよ」

 「って言うか何処行ったんだ、あのおっさんは。有能な分、居なくなったら即大問題に発展するし、団長も心配だし。…ああ、だから仕事が進まないのかな」

 「あー、集中してるつもりが、意外とそうでもない感じ?」

 「そうやって喋ってるからだろうが」


 あれだこれだと言っている間に、徐々に手付かずの書類が減る。代わりにサインを入れたり、判子を押した書類が増え、それを次々に運び出す団員達は、終わりの見え始めた事務仕事に喜びながら、一層頑張る。


 最初は運び込まれてばかりの書類だったが、何時の間にか運び出される方が多くなり、部屋全体を埋め尽くしていた書類の山脈が、確実に切り崩されていくのを目撃しながら、仕事を進めた。


 「終わったぁ」


 誰かが呟く。すると伝染病が広がる様に「終わった、終わった」とあちこちから同じ様な呟きが聞こえ出す。


 これで終わったんだ、と実感すると全員が「忘れていた」と言わんばかりに、全身の疲労を感知し、床や机に突っ伏す。


 「飯を食う気力もない」

 「それ以前に動きたくない」

 「ぐおー、ぐかー」


 喋る事もせずに机に突っ伏したまま、誰かが爆睡している。その寝息は団員達を夢の世界へと誘うのであった。






 ――団員達が仕事に追われ、その疲労で爆睡している頃、オルヴェロはリヴェル公爵と『レイアの過去』について話していた。


 「彼女の産まれは貴族街ではない。母上殿はレイアをエルフとして育てると、里から中々出さずにいたが、ケェイル家の跡取りは魔物退治に失敗し、既に死亡。今となっては先代殿…つまりレイアの父親も他界し、その負担は凄まじいだろう」


 「それは…。事実、レイア様にはいついかなる時も求婚やら結婚の話やらが。実際に私も耳に入れては居りますが、レイア様はどれも無視しています。その理由がジン殿だとすると、理解出来ないと言うか、繋がりが分かりません」


 「ケェイル家の跡取りは死んだ。だが、死んだのは飽く迄も『跡取りとして決定した長男』であって、次男は生きている。まあ、そもそも実在するか分からんが、長男の死後、普通なら養子を受け入れようが、何であろうが家を存続させたがるのが貴族だからな」


 「飽く迄養子については噂だが」と、リヴェル公爵は困り顔で天井を仰ぐ。


 「我が息子は難しい事が分からん、世間で言う馬鹿息子でな。それだけなら可愛げがあるのだが、何を言っても『レイアは俺の嫁だ』と言って聞かん」


 「ちょっ、そんな事になったら婿入りでもない限り、ケェイル家が――!!」

 「だから言っただろ、馬鹿だと」


 馬鹿息子(名前を知らないので、分かるまでは心の中の仮称とするしかない)は男性である自分には『貴族の存続方法』の重要性が、全く理解できていない様だ。


 「…ケェイル家には、家を存続させられる男児は居ないのですか」

 「……ああ、多分な。無論、切り札を隠す為の隠し子も、有り得ない訳ではないが、そうなると血縁の証明が必要となって、非常に手間がかかる。何より、そんな切り札は、既に切っているべきだった。…消去法の様な推論だが、手札が潤沢なら動きも大きいだろう」


 或いは馬鹿息子を演じて、事情が分からないふりをしつつ、ケェイル家の断絶を目論んでいるのだろうか。その様に感じたオルヴェロは、自分の表情の酷さを自覚しても尚、憤慨する事を隠せずにいた。


 「レイア嬢が異邦者殿にどんな感情を持っているかは知らんが、恋心にしろ仕事上の理由にしろ、この手の催促にウンザリしている事は有名だ。そう言う顔、彼女は隠そうともせずに、露骨に嫌そうにする物だから、彼女との多くを話さぬ私ですら、家族が頭を抱えている事は、良く知っている」


 「ですがレイア様は公私混同はしません」

 「それは理解者の見解だ。…公私混同、納得済みの否定が出来るのなら、急いだ方が良いだろう」

 「そ、それは…。いえ、言いたい事は理解しました。理解、したつもり、です」


 「どうした、歯切れが悪いな。…まあ、王国軍の話もあるからな。最早、内陸の帰属にも、その様なレイア嬢の個人的な話はどうでも良い」


 レイアが『異界の門』を通過した、と言う話を聞いたのはケェイル家に仕える家臣筋の家からの報告が騒ぎになった事で、警備船団は漸く事の一端を知れたのだ。それを自らが把握した時、オルヴェロは「現時点でどれだけ時が流れているか」と大焦りで情報を掻き集めようとしたのだが、度重なる仕事の処理に追われていて、今に至って尚、多くは知らないままである。


 「元老院での見解としては、条約を無視した王国に対する鉄拳制裁と言う話が、主流派となりつつある。しかし、制裁自体には一定の賛成を示してはいるが、ハト派は慎重論を唱え、王国側に事に事情の説明を求めてから動くべき、と言うのだ」


 「言い分は理解できますが、それだと色々と、その…。一言で言って遅いのでは」

 「遅すぎる。百歩譲って、これが他の事案であるなら兎も角、事の次第では異世界との戦争すら現実的な物になる。或いは、そう言う焦りをレイア嬢が抱いたが故に異世界へと足を踏み入れた、とも推測できるが」


 自身の息子が無軌道な恋で自分を振り回す事に対する、明らかな疲れの表情を見せたリヴェル侯爵は、皴の多い顔に更に皴を作る表情を浮かべ、困り果てる。


 対するオルヴェロはリヴェル侯爵、引いてはリヴェル一族に対し、内心一定の距離を取り続けていた。それを表には出さないまでも、単純にレイアに迷惑を掛けているのが、侯爵の息子ともなれば、それだけで侯爵に対する悪感情が沸くのだ。


 「兎も角、私としても馬鹿息子の制止ができるなら、最大限の協力を約束する。いや、と言うよりは協力を頼む立場なのだが」

 「まあ、良いでしょう。そう言う事であれば、情報の共有を約束しましょう。『異界の門』に関係する王国対策も詰めないといけませんからね」

 「頼む」


 ……今は胸中の悪感情を胸に仕舞い、レイアの追跡を優先するべき。――そう判断したオルヴェロは、それ以上、自分の感情を考えない様にするのだった。

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