第12話 強襲

 レイアの居ない警備船団は、本国への帰還命令に渋々従い、帰路についていた。

無論、全員が納得している訳ではないが、命令が出た以上は帰らねばならない。それにレイアが死んだ訳ではなく、異世界に飛び込んだのだ。必要以上に悲観する事はないし、誰もが彼女の生存を信じている。


 それに加え、残った船員も被害を受けているのだ。特に警備船団の副団長は、目に見えて酷い怪我をしており、船医としても本格的な検査を勧めたかった。



 ともあれ、警備船団は長らく留守にしていた国許へ舵を切った。


 「周囲に不審な船舶無し」

 「進路上、異常なし」

 「天候は安定。風速、風向き良し」

 「船団の航行陣形、各船の乱れ無し」


 それぞれの観測班や見張り役が仕事に付き、船団の周囲を監視して居るので、周囲で何かがあれば即座に報告出来る。この体制は警備船団に限らず、どの国の海兵も行っている。


 尤も、魔王国では索敵魔法を使用し、王国も索敵用の魔道装置を使用する。やる事は同じでも方法や精度は異なる。


 「現状、全ての確認項目で異常なしです。我が船団は正常に航海中。母港到着も予定通りと思われます」

 「ああ、御苦労。船団長不在の警備船団だ。何か派閥争いに巻き込まれないとも限らない、これからも入念に監視してくれ」

 

「っは!」


 副団長が返答すると、船員が確認項目書を渡して、敬礼と共に立ち去った。その確認項目書を手に取り、航海日記に内容を記す。


 一通り書き記した一日の航海記録。海軍の全ての船舶に義務付けられた、報告を円滑にする為、情報を文章化する事で、他の船団や軍港の人間にも、どの船がどの程度損傷しているのかが分かるし、上層部への報告も言葉で説明するより楽である。


 一体誰が考えたのか。それとも皇国海軍創設時から続いているのか。新米の頃に考えた事があるが、面倒な事だと思っていても毎日していれば、自然と日課になる。


 「さて。就寝時間は…間があるな」


 ふと窓を見ると、夜の闇に染まる暗黒の海面が広がる景色が見えた。とは言え、日付が変わるのは数時間後。現在、警備船団は深夜の大海原を進んでいる。見える景色は楽しい物では無い。


 (団長は御無事だろうか。…心配されるほど、軟じゃないのは知ってるが。だからと言って無関心になれる程、恩が少ない訳じゃないしな)


 船団規模での話もあるが、個人的に助けられた事も沢山ある。警備船団の船団員にとって、レイアは特別な存在なのだ。警備船団の船員なら、全ての船乗りがレイアを愛していると言っても、嘘偽りない。


 女神――と言うと大袈裟かもしれない。信仰している訳ではない。だが、その感情は他とは全く異なる色をしているのは確かだ。不思議な気持ちになるが、レイアの事を考えて気分が悪くなった事は、警備船団には誰も無い。



 この時間帯、特別な報告でもない限りは、規則上寝ていても問題ない。眠ろうとしないのは、偏にレイアが心配で眠気が強くないからである。


 このまま、就寝時間を待つのも悪くないか。そう思い、眠気と相談しながらベッドに腰かけようとした時だった。


 カーン、カーン、カーン!!


 「何だ!?」

 「報告ッ!」

 「構わん、入れ。何があった!」

 「魔王国です、魔王国の国旗を掲げた大船団が、警備船団の後方に!!」


 その言葉を聞いた瞬間、副団長が「何だと!?」と声を出す代わりに、目を丸くして驚愕の色合いを顔に出し、そんな表情の変化を部下が認識した時には、既に甲板を全力疾走していた。


 「方位150から230、30隻規模の船団を確認。方位300、20隻規模が急 速接近中。あっ、包囲160に14隻確認!」

 「監視役、距離は!?」

 「30隻規模は17キロ以上距離がありますが、方位300から急速接近中。距離は900m前後です」


 頭上から聞こえた声に振り向き、怒声を張り上げて詳細を尋ねると、何とも酷い回答をされてしまう。


 余りの内容に「そんな馬鹿な」と言われた方向を凝視する副団長だが、彼の視界には確かにぼやけた船の影が見える。


 「やはり魔族。この数の船の姿を霧と屈折の魔法で隠すとは…!!」


 気づけない筈のない程、近すぎる距離。だが、相手の船は不自然な程、局所的に発生した霧の向こう側に、その影を見せている。しかも包囲されつつある状況だ。本当に包囲されてしまえば、警備船団は霧に包まれてしまう。


 (だが何故だ。姿を隠している筈の国旗を何故…――あれは!?)


 振り向いた、と言っても「声を其方に向ける」程度だった副団長が、確認の為に今度は完全に振り返る。すると夜の闇に紛れて、陰しか見えないものの、それが人の陰とは思えぬ大きさだった為、即座に剣を抜く。


 すると監視役――に化けていたハイ・ゴブリンが、警備船団の所属を示すジャケットを投げ捨てながら、右手に魔方陣を、左手にナイフを持った状態で飛び降りて来たので、即座に魔術返しの呪文を唱えて、剣に乗せる。


 切っ先をハイ・ゴブリンに向け、刀身の上に呪文の効果を表す光を、剣に乗せた状態で副団長が、気合いの籠った声と共に駆け出す。


 魔法陣から解放された魔法現象、電撃の塊を剣に乗せた魔術返しを、野球のバットを振る様な降り方で飛ばし、見事にハイ・ゴブリンに空中で感電させる。


 自分の魔法に直撃した衝撃で、マストに叩き付けられたハイ・ゴブリンが小声で短く悲鳴を投げながらも、突き刺し攻撃をナイフで弾く技量に「ほう」と、副団長も感心する。


 だが、如何に腕利きとは言え魔術返しは大きな魔方陣と伴う。派手な光を見て周囲の船員達も剣を抜いてハイ・ゴブリンを攻撃する。


 「僕達の中に敵を紛れ込ませるとは」

 「こいつ、最初からスパイだったのか?それとも、いつの間にか、俺達の仲間を殺すなり、捕まえるなりしたのか?」

 「その全てを含めて、こいつ自身に聞けば良い。聞けるなら、だがな」


 副団長が自分の後ろを指差すので、船員がその方向を確認すると、仲間の船で既に騒ぎが起きていた。しかも複数の船で乗り込みが発生している様子だ。


 (だが妙だ。こいつはスパイ、つまり敵の筈。何故自分の仲間の接近を、敵である我らに知らせる。しかも、向こうが知れば裏切りだと言って、仮に戻る事が出来たとしても軍法会議…悪ければ、その場で処刑だ)


 部下の困惑の言葉の一つに有る様に「知らぬ間に潜入し、警備船団の船員を暗殺つして、入れ替わっていた」としても、入れ替わったのなら噓の報告でもすれば、警備船団の被害を大きくできる筈だ。



 「各位伝令、敵船団の乗り込みにより我が船団は、船内戦闘に移行した船が多数。砲撃による対処は困難と思われます。全ての船に乗り込まれている訳ではない様ですが、今の内に対処せねば船団崩壊も有り得ます」

 「動ける船は味方の船に取り付いた敵を砲撃しろ。仲間に当てるな、良く狙え。陣形信号弾、密集陣形だ」

 「っは。陣形信号弾、密集陣形。発射用意!」


 見れば既に緊急事態を意味する信号弾が発射されている。専用の小さな大砲に装填された、大きな矢の様な形をした、長細い砲弾の中にある色の付いた煙を出す、特殊粉末剤で、周囲の仲間に状況や指示を知らせる信号弾は、皇国の船団に於いては標準装備となっており、どんな嵐の中だろうと見える様に、粉末剤の量は一発数キロ。


 当然、それだけ沢山の粉末剤が詰まった砲弾は、砲弾自体の重量も相まって通常弾より重たいのだが、その分発射装置である大砲も、発射される信号弾も飛距離に関しては、長年の工夫がなされている。


 ドドォンと通常の大砲より、若干甲高い発射音と、妙に目立つ発射時の炎。これは信号弾の発射に気付かせる為の、数多く考案された工夫の一つだ。


 粉末剤のタンクに繋がった導火線が、大砲から貰った発射用炸薬の火を伝え、信号弾がゴウゴウと爆音を撒き散らしながら、ド派手な光と煙を警備船団の仲間に見せ付ける。


 「船長、信号弾です。密集陣形、赤の信号弾!」

 「この状態で陣形なんて余裕、ある訳ないだろ!」


 警備船団は、各海域に展開して皇国の領海を護る、海上警察と海軍の性質を併せ持つ船団なので、他と比べると船の数が多い。それ故に練度も若干の広がりがあり、対応能力に差があるのも、警備船団の長年の悩みだ。


 「撃て撃て。どんどん撃て。撃てる船は砲撃し続けろ。魔王国の船を蹴散らせ」

 「陣形、整いました」

 「このまま弾幕の密度を維持し、敵船を引き剝がせ。方位100、距離400に位置する味方の船3隻、これに密集する敵船群を引き剥がすのだ!」


 「各位砲撃目標伝達ッ、陣形砲撃準備ィ!」

 「伝達、距離400の方位100。目標、味方の船に群がる敵の船!」

 「装填班、第1から第6班、装填完了」

 「砲撃班、第1門から第6門、照準良し」


 近距離伝達は簡易的な魔道装置を用いて、極低出力の雷属性の魔法を、パターン化して断続的に仲間の伝達装置へ発信する。やっている事は異世界の近代的な軍隊のそれと左程変わらず、通信設備で言えば近距離用の伝達装置と、広域伝達に使用される信号弾の存在を考慮すれば、近代的な海軍と言える。


 「8号より伝達。砲撃目標は距離400、方位100。味方から敵を引き剥がせとの事です」

 「砲撃班、目標は味方に群がる輩だ。距離400、方位100。敵と味方の見分け方は分かるだろ。誤射なんて見っとも無い真似、一発でもしたら敵前逃亡より恥ずかしい恥晒しだぞ!」


 随分手厳しい船長が乗っているのが警備船団第4号。ディープヴァッハ船長の家系は皇国で知られた家柄で、ワリディオ・ディープヴァッハと言えば第4号の象徴的存在である。



 「味方より砲撃!」

 「裏切られたのか!?」

 「状況不明、周囲の敵に至近弾多数!」


 急に味方が近くに砲弾をぶっ放せば、周囲を水柱で囲まれた者は、如何に警備船団と言えど、恐怖である。だが、自分達よりも敵の周囲に着弾している割合が多い事に気づき、敵と違って直撃が全くない事に気づく余裕を保つ辺り、警備船団としての練度が発揮されている様子だ。


 一方、魔王国船団側は味方に当てかねない危険な砲撃に動揺しており、対応しようにも初動が遅れ、次々と被弾してしまう。


 「火を消せ。このままでは沈むぞ」

 「やってるよ。でも、火災が酷くて」

 「駄目だ、船を破棄しろ」


 敵船に取り付いて居た筈が、何時の間にか周囲を警備船団の船に囲まれる魔王国船団。気づいた時には包囲されつつある状態で、全方位から砲弾が飛んで来る。


 下級種族のゴブリン系やオーク系は、力自慢でこそあるものの、力以外に自慢出来る事が少なく、乗り込めた者は大暴れ出来るが、そうでなければ砲弾を大砲に詰めるのが精々で、それだけなら図体の大きくないゴブリンでも出来る事だ。


 一応、突然変異した個体が繁栄したハイ・ゴブリン種は、低級魔法が使える。乗り込んだ仲間を遠くから回復させる事も出来るし、制御能力を問わなければ、炎属性の魔法で広域炎上を狙える。束になったハイ・ゴブリンの放つ炎魔法は、木造船を多く採用している警備船団には脅威だ。


 「ぜ、全船離脱。離脱せよっ」

 「離脱だ、白煙を焚けぇえっ!」





 「魔王国船団の旗艦より白煙を確認。敵船団、離脱する模様」

 「周囲の敵が進路を変え、離脱します」


 「船内の敵を一掃しつつ、船速最大で1号と合流する。伝達、我に続き1号と合流せよ」


 警備船団の方も敵が離脱したとなれば、これ以上戦い続ける事は避けたい。船内戦闘が続く状態では、長引けば船体の損傷が酷くなる一方だからだ。


 「お、おい。船が!」

 「ま、待て。置いていくな、此処に居るぞ!――ぐあっ!」


 取り残された下級魔族達が母船の離脱に気づき、声を張り上げる。だが、彼らの悲痛な叫びは味方に届かず、遂には隊長の胸を槍が突き刺してしまう。


 「貴様ら、此処で果てろぉお!」

 「隊長!?――お前、お前が!!」


 飛び掛かるゴブリンのサーベルを槍使いが弾き、突きを放つ。これをサーベルの刀身で受け止めたゴブリンが「うっ」と呻きながら、空中で弾かれるも、態勢を立て直そうとするが、背後から魔法使いが水属性の広域魔法で襲う。


 「ウォーター・ウェーブ!」

 「ああっ!?―――うぐうう!?」


 吹き飛ぶ方向が変わる程、強烈な水流が大空を舞い、ゴブリンを飲み込む。そのまま魔法の解除に伴い、霧になったのでゴブリンがそのまま海に落ちるのを、船員が見届けて、もう一度船内に敵が居ないか探し始める。




 戦闘が終わり、状況報告を受けた副団長が報告書を書き直した頃には、警備船団は皇国の領海に近づいていた。日は昇り、規定された起床時間は既に数時間前の事である為、完全に寝るタイミングを逃した副団長は「奴らが居なければ、こうならなかった筈なのに…」と、魔王国船団の襲撃を恨めしく思っていた。


 そんな彼の小言が船員の耳に零れ落ち出した頃、彼らの前に出迎えの船が複数接近している事を、見張り役が報告した。間違いなく報告の国旗を掲げた、皇国直営防衛船団であり、税金ではなく皇室からの直接資金で運営しているだけあり、その豪華絢爛っぽりは警備船団の遥か上である。


 「防衛船団の副長、ケルディフ・ガレイディオである!」

 「警備船団副団長、オルヴェロ・スファーシャスです!」


 同じ第1号の船でありながら、横に並ぶと警備船団の船が日陰に入ってしまう程の大きさを誇る防衛船団の第1号船『アスタルス・ヴェーアン号』の大きさは、恐ろしいと思える程。そして、横に並んだ大砲は、その数を誇示するかの様に、磨き抜かれている。


 ジンの世界では、強度低下を理由に廃止された『側面砲』も、強靭な装甲の外側に砲列室を設ける事で、本体の防御力を損なう事無く、火力の投射量を増やしている。


 当初より肥大化してしまった要因は、側面砲だけではない。これでも装飾を9割減らして再設計したのだが、建造計画に際し「皇国の名誉ある船団の誇りを現す為に装飾は必要不可欠だ」と主張する内陸の貴族と、他国との国境沿いに領地を持って居たり、海軍戦力の必要性を感じる海域に面した領地を持つ貴族は、魔王国と事を構えている事もあり「兵器として必要な水準を満たす事こそ、皇国の栄えある名誉を傷つける事無く、任務が遂行できる」と、飽く迄任務遂行の為『兵器としての性能』に拘る意見を主張した。


 お陰で防衛船団のアスタルクス・ヴェーアン号は建造が遅れに遅れ、4年半の月日が流れた事に皇室が激怒。超大手スポンサーの怒りの意向により、必要最低限の装飾だけに留められ、建造が始まった。


 だが、この時期になると既に魔王国船団とジンが海上で接触しており、数日もしない内にジンが帰ってしまった事で、皇国側は貴族も一般庶民も困惑と混乱を極めた。

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