第11話 大事な忘れ物

 小人が自宅に居る事に気づいた、その日の夜。時刻は7時頃だったろうか。時計を見ていなかったので、正確な時刻は分からないが、何気なく見ていたテレビ番組からして、そんな時刻の筈だ。


 「…ジン殿、布団の事は」

 「ああ。母さんが来てくれるって。…唯、血だらけになったって言ったら『自分も初夜の出血は酷かった』とか、明らかに勘違いしてたけどな」

 「しょ、しょしょ初夜!?」


 まあ、こうなるわな。予想通り、レイアが顔を真っ赤にして動揺する。怪我を気にしてか、派手な態度ではないとは言え、驚き方は充分だ。


 「一度思い込むと説明が大変でな。それに怪我人とか言うと、そっちで追及されかねんのだ。悪いが今回は話を合わせてくれ。…つってもお前、包帯だらけだし見た目で分かるだろうな」


 「…う、うぅ。しょ、初夜…。だ、大丈夫…ではないが、この世界に来たのは勝手な判断だったし、布団を汚した責任もあるし」


 「初夜って何ですかー!?」

 「はぅうっ!?」


 子供の様な無邪気な質問だが、今のレイアへの追及は阻止した方が良い。


 「何て言うか、小人って無邪気だよな。妖精と立場逆じゃねぇか?」

 「んー。妖精は個人差が激しいから、一概には言えないんだよね。その点、小人は自由気ままな種族だし、性格も殆ど統一されてるに等しいから、それが謎の一つでもあるんだけど」


 テレパシーを使えるからと言って、思考が統一されている訳ではない。そんな特徴を持つ妖精だからこそ、自分達ですら『個性』を持っているのに、どうしてテレパシーの使えない小人の性格が全員一緒なのか、極めて不明瞭だと比叡が言葉を付け加える。


 (全く個性がない訳じゃないんだが、それにしたって…うーむ)


 リーダー格のベルは二番手のマシューに比べると、礼儀正しく真面目だが、他の小人と一緒に段ボール船のブリッジで、仲間と一緒に寛ぐ姿を見ていると、比叡の言葉に同意せざる得ない。



 「…ジン殿。ジン殿は……想い人は居るのだろうか」

 「まあな。色々あって遠く離れちゃったけど、でも…『居ない』って言うと嘘になるし、正直今は寂しい」

 「…」


 初夜と言う言葉で乙女モードに入ったのだろうが、俺の答えを聞くや否や撃沈されたとばかりに、表情を暗くした。だが、俺だって嘘は言いたくない。特に自分の想いに関しては。


 ――そっか。アンタ、吹っ切れたんだね――

 ――それは…。………はあ――

 ――何よ、新しい彼女さん出来たってのに、未だに引き摺ってるの!?――

 ――家の事情って言えば、何でも出来るんだもん。もう滅茶苦茶だよ――


 母には女々しいと言われたが、どうしても感情のしこりを処理できないでいる。それは確かに女々しいだろうし、情けないだろう。しかし、今の俺の人格を形成する大事な思い出が詰まった想いを、捨てろとは言わずとも、諦めろと言うのは酷いじゃないか。


 ずっと、そんな事を考えながら、俺は時間の流れに身を任せていた。そんな俺にレイアと言う恋人ができたとして、果たして彼女を愛せるのか。…母親の勘違いから変な妄想を続ける俺は、溜息交じりに顔を伏せつつ、レイアの方を見つめながら、終わる事のない話をヘタレな顔のまま、グダグダと考えていた。


 「恋…マジ面倒だわ」


 今日の記憶は、そんな呟きが最後だった。


 



翌日の事だった。


 「やー、11月でもこっち雪積もるモンなのねぇ。途中の宿で一泊したけど渋滞が続いて、大変だったわよぉ~」

 「ふうん」

 「で?」

 「は?」

 「ほら」


 行き成りレイアの方を見て、ほれほれと言わんばかりの目線を俺にぶつけて来る。暫く考えて、何を言おうとしているのか察しの付いた俺は「ああ」と、溜息交じりに湯呑を置いた。


 母が来たのは翌日の朝4時頃だった。こんな時間に誰が、と思った瞬間見慣れた顔があったので、驚いてしまった。


 「彼女さん、何で怪我してるのよ」

 「いっ!?」

 「母さん、――ぁ」


 やばい、鎌をかけられた。そう気づいた俺は途中で言葉を切るが、レイアは明らかに動揺している。


 「別にね『今二人でいる』とは電話で言ってなかったし、居る事は吃驚だけど。

…なーんで怪我してるのよ。まさか血で汚れたってのも、アンタ何かしたんじゃないでしょうね」

 「してないしてない。これに関してはマジしてない!!」


 何で昔から変な所には鋭いかなぁ~、と思いながら「どうしよう」と焦る。


 「…まあ、確かにジンが傷つけたんなら、疑問の残る怪我の仕方ではあるわね。包帯の巻き方からして、凶器は剣。包丁で傷つけたにしては、何か違和感あるし」

 「は、母上殿。服の上から見えない包帯を…傷の事も如何してわかるのです」

 「みりゃ分かるっしょ、そんな派手な怪我」


 思わず「分からないから動揺してるんだよ」と呟いた俺は悪くない。


 「ねえ、ジンの部屋ってさ。いつから妖怪屋敷になったのよ」

 「はあ?」

 「だって気配が多すぎるし、あっちもこっちも。隠れる気ないのかしら、息遣いが聞こえて来るのよね」


 母がそうやって周囲を見渡すと、微かだが動揺したかの様な、乱れた呼吸音が複数聴こえた。


 「…。これなんだけど」


 これ以上は拙い。そう思って無理矢理本題に入る為、血で汚れた布団を見せる。


 「あのさ、こう云うのって血が乾くと大変なのよ。鼻血とかなら兎も角、どんなプレイしたらこうなるのよ。傷開いてるんじゃないの?」

 「プレイも何もヤってねぇっつの!!」


 怪我人相手に、って俺はどれだけ鬼畜なんだ。そう母に抗議する俺の横で、レイアが顔を真っ赤にして「プレイ、プレイ…」と魘される様なか細い声で呟く。


 「ああああのっ、おおおお母様!?」

 「あらヤだ。ジン聞いた?『お母様』だって」

 「母さんが困惑させまくったからだろ!?」


 「こ、この血は怪我した私を手当てしてくれた時に、その…そう、どうしても出血が抑えられなくて。だ、だから私は…私は――処女なんです!!」

「えっ!?」


 本気で驚く母。正直、この人が本気で驚く所を俺は始めて見た。


 「じゃあ怪我してた時の血?ジン、救急車呼ばなかったの!?」

 「あー…それは…」


 異世界人だから面倒があるかと思った。そんな言い訳を言いそうになるが、何とか踏み止まる。幾ら外国人だからって、そんな所で問題が起こる国はないし、不自然極まりない釈明だ。


 (でも異世界人です、とは言えないし…)


 パスポートや身分証明書を持っている筈はない。持っていたとしても、皇国との外交以前に、そんな国が存在している事を知っている人は、この世界では逮捕された王国軍兵士だけだ。それに犯罪者の証言を信じる人は居ないし、彼らとしても敵対関係にある警備船団の船団長を助けたくはない筈だ。


 「ねえ。流石に外国人でも銃刀法は知ってると思うんだけどな」

 「いっ!?」


 ギョッとする俺とレイア。母の指差す俺の背後には、レイアの愛用する剣が、壁に立て掛けられていた。それを母が手に取る。


 「やっぱり。コスプレ用の素人が作った、レプリカって感じがしない。遠目でも完成度が高かったし、何よりこの重さ。…何よこれ、殺傷力充分じゃないのよ」


 手に取るだけでなく、鞘から抜いてしまう母。お陰で手入れの行き届いた刃が、アニメの登場シーンの様に輝く。レプリカを丹念に研く人は居ないだろうし、何より重さを確認された時点で、本物の剣である事は明らかとなってしまった。


 「ふーん。で、この宝石は…うわ、魔法陣!?」

 「こ、こんな機能初めて知りましたよ!?」

 「嘘ォ!?」


 剣に埋め込まれた宝石を母が触った瞬間、刀身を幾つもの魔方陣が囲い、徐々に回転速度を速める。放電現象も激しくなり、拙いと判断。困惑する母から剣を引っ手繰り、大急ぎでベランダに出た俺が雲行きの怪しい空に、輝く切っ先を向けると―――


 ―――ズッ…ッギュゥウウウウウウンッッッ!!!


 「あー、あーあ。や~っちまったぁ~…。どーすんの、大騒ぎ確定じゃねぇか」


 悪の大魔王が軍勢を引き連れて来たのか、そう思う程に分厚い雲を大きな光線が貫き、さながら勇者が魔王軍を打ち破ったかの様に、大穴から太陽光が差し込み、その光景を目の当たりにした俺は困り果て、母は唖然として動かず、レイアは諦めの境地に達したかの様な顔で硬直した。


 「…あの、私異世界人なんです」

 「うん、それで救急車呼べなかった訳ね」


 おずおずと挙手したレイアの言葉は、普通なら信じられない物だが、分厚い雲を貫く程の、強力な攻撃機能を発動させてしまった本人である為か、母は元気のない声で返事をした。信じられようが、信じられまいが、大空の大穴を見れば嫌でも異常事態が発生した事を思い知らされる。


 魔法陣が出現すると同時に、謎の装置が剣と合体し、剣と言うよりライフルに近い形になっていたが、俺が布団の事を相談しながら、鞘に納めようとした時に、魔法陣が消えて、元の普通の剣の姿に戻った。その一連の変化を全員、唖然としながら見つめていた。



 「取り合えず、布団を新しい奴に取り換えたいんだけど。洗うにしても、乾かす間は代わりの布団がないと拙いし」


 動揺を隠しきれない俺は、強引に話題を変えて意識を反らす事にした。ハッと思い出したのか、レイアも「そう言えば」と俯く。


 「取り替えねぇ。まあお父さんに相談するからさ。それで持って来て貰って、こっちの汚い方を車に積んで帰るわ」


 「すみません。私のせいで」

 「別に良いわよ。ジンが激し過ぎるんだから」

 「違うから!」


 母は未だに俺とレイアが性行為に及んだと思っている様だ。困った人だが、この思い込みは今に始まった事ではない。


 確かにレイアは美人だが、だから好きになるのかと言われれば「必ずしもそうではない」と答えるしかない。見た目は美人だし、敢えて下種な目で見れば身体的な魅力も理想的だと評価できる。


 …だからと言って、何故エッチな方向に持って行こうとするのかは、理解も共感も出来ない思い込みの激しさだが。結婚ですら父曰く「好きなんでしょ、私の事好きだよね、大好きだよね。…そう言われ続けた」との事らしく、ヤンデレなる属性が実在した事に驚愕したそうだ。


 その病んだ部分が過去に大暴走したお陰で、盛大な失恋歴を作ってしまった為、母親とは顔を合わせたくない。この人に対しての不信感と不安感は簡単には拭えない。



 「父さんか。久しぶりだな」

 「お父上はどの様な?」

 「あー、まあ良くも悪くも良い人だよ」

 「それは『良くも悪くも』とは言わないだろう」

 「普通は言わないけど、まあ…な」


 人の好さは好感を持つ人も多いかも知れないが、実際に家族として付き合っていると、訪問販売の業者の押しに弱くてじれったいので、一緒に暮らしていた頃は業者が来る度に俺が父さんの後ろから業者を睨みつけていた。


 相手も睨み返す事があったが、向こうは飽く迄も仕事でやっている身。派手に対抗し辛い身分なので、多少言葉で煽っていると「大人の話だから」と逃げに転じる。


 逃げに転じた業者は無言の圧力に弱い。黙って睨んで居れば、勝手に帰っていくので、忍耐力のある奴が勝てる。犬に吠えられたら、小型犬が相手でも長居したくないと言う心理と一緒だ。形はどうあれ、攻め立てる事が出来ればいい。それが出来ないから、俺は父さんにモヤッとしてしまう訳だ。


 「父さんの何処が悪いのよ」

 「そう言う話じゃなくて。で、布団は大丈夫?」

 「うん、任せなさい」


 尤も、そんな「人が良すぎる」と言っても良い程の父さんだから、思い込みの激しい母さんも信頼して結婚したのだろう。それ以上、息子として口出しすべきではないと感じているのも事実だ。




 「おいジン、無事なのか!?」

 「無事だよ。はーい」


 一時間が経過した頃、父が慌てた様子でやって来た。


 「何だか凄い事になってるそうじゃないか!!」

 「ああ。魔法の誤爆」

 「はふぇ?…ま、魔法!?」


 スマホにニュース画面を表示させ、それを見せる父の顔は「心配で仕方がない」と言った顔色の悪い表情である。しかも画面を見ると光線が放たれた瞬間を、何と外国の旅行者が撮影しているのだ。


 「偶然のタイミングって事かよ」


 大はしゃぎするカップルの自撮り写真。その背景には遠い空に一線の光。撮影後に写真を確認した際、驚愕の写真になっていた為、驚いた旅行者がSNSに投稿、瞬時に全世界で話題になった…と言うのが、事の経緯である様だ。


 しかも日本列島をバイクで横断する動画シリーズを投稿している、有名な日本人も動画撮影中に光線を目撃。普段喋らず、字幕だけで説明するスタイルの筈が、この時ばかりは「何だよあれ!?」と連呼気味に叫んでしまっている。


 コメント欄には「初めて声を聞いた」「マジであのビーム何なの」「世界の終わりじゃん」「世界崩壊待ったなし」と言った声や米軍や自衛隊が開発した秘密兵器の存在を疑う人も居て、大変な騒ぎになっている。


 「ジン、お父さん。テレビテレビ!」

 「な~に、どうしたよ」


 リビングから母の急かす声。父が首を傾げながら、俺と一緒にテレビを見ると、総理大臣や防衛大臣の人が緊急の記者会見を開いており、番組内容を急遽変更して、画面右上のテロップには『謎のビーム 緊急記者会見』の文字が表示されている。


 マスコミが引っ切り無しに質問し続ける映像を見て、レイアの顔が完全に「やらかした」と言う風な、引き攣った顔になっているのを見て、思わず俺も似た様な顔になる。


 「…えっ。特撮!?―――てか、あの…誰?」

 「あ」


 父さんとレイアの出会いは、そんな感じだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る