第10話 不思議な出来事


 アパートを一部破壊し、警官を複数人怪我させた事で、異世界の兵士は重罪人として、マスコミに取り上げられた。我が家の周辺は取材陣しか見えず、復旧作業のおじさん達が記者と揉み合いになりながら、やっとの思いで修理を始める。その間、家のない俺は近くのカプセルホテルを利用している。


 怪我人のレイアには、一時的に異世界に帰って貰った。警察やマスコミに剣を見られたら、相当拙い事になる。


 最大の懸念は『異邦者ジン』の肩書。奴らがこれを口にした瞬間、俺が狙われている事が発覚するだろう。護って貰えるだけではないのは、確実だ。



 「比叡。王国兵士の事だけどさ。俺の事を喋ったりしないかな」

 「手紙には『王国は妖精の監視下の下、発動する種族保護魔法の効果対象から除外する』って書いてたから、私が近くに居ないと駄目。


 ジンが私やレイア達と会話できるのは、妖精の種族保護魔法のお陰なの。色々な効果のある支援魔法の遠い親戚みたいな秘術で、維持するには膨大な魔力が必要だから、世界中の国と種族で賄おうって事になったの」

 「そりゃ壮大な話だ」


 「これは『妖精条約』って言うんだけどね。妖精条約には国家、種族の間で発生する領土問題、経済問題、その他諸々を妖精を中心に解決しようって事になったの。勿論それだけだと、妖精って言う一つの種族だけが強権を握る事になるから、それと引き換えに種族保護魔法を展開しようって話になったんだよ」


 妖精と言う全体で行動する種族的特徴、そして全体が言わばテレパシーで繋がっている事もあり、多数の勢力の間を取り持つには、実に効率的で都合が良い。



 俺とレイアが会話している間、そして食べ終わった今も喋り続けているが、王国軍の兵士の話題が始まってから、俺達の前で比叡は食事していない。


 「妖精はご飯を食べる量が少ないの。正直、ジンと一緒に船で食べたご飯で満腹中なんだよね。最近マシになったけど、この世界に戻った直後、実は吐きそうだった」

「おま、余裕で一か月以上…マジでか!?」


 レイアに「何故気づかないんだ」と呆れられながら、俺は驚いた。


 「まあ、比叡殿に限らず妖精は、驚く程に食事量が…と言うより、生きる為に必要な生活物資が殆ど必要ない。排泄すると言う事も聞いた事がないし、妖精の身体的特徴は学会でも注目されている。ま、証明された試しがないが」


 つまり、謎が多いと。そう確認するとレイアが「ああ」と頷いた。


 「まあ困った事には違いない。警備船団としては、奴らを『妖精裁判所』に連行したかった。此方の警備組織に何と説明すれば良いやら」

 「まあ『異世界のごたごたです』つっても普通、誰も相手にしないからなぁ」


 カップ麺を片付け、畳に染み付いた血を何とか取ろうと、濡れ雑巾で拭き続けながら、一体どうした物かと思案する。


 「あー、無理。血ぃ取れない」

 「すまないジン殿。ワープ先が不確定だった物だから」


 「……そう言えば、その『ワープ先』だけど。俺、この部屋に戻って来れるのはどうしてなんだ?」

 「『異界の門』は妖精が管理してるの。その管理法を知らない人が制御できてないだけであって、妖精や神官は制御する術を知ってる。だから私はジンの事、ちゃんとワープさせてあげられるって訳」


 レイアの謝罪で、ふと思い出す。薄々感じていた疑問だ。


 「神官も妖精なのか?」

 「あれは妖精教団と言って、様々な種族から選出された、選りすぐりの信者によって構成されている。私にも教団の勧誘が来たが、その頃には警備船団の団長としての立場が固まりつつあったからな、断ったよ」


 続けて投げ掛けた質問に、今度はレイアが答えた。聞き慣れない『妖精教団』なる単語が、レイアの口から飛び出す。


 「妖精教団ねぇ…」


 王国軍の暴挙から、妖精の持つ権限が色々飛び出し、会話に疲労を感じつつあった俺は「妖精だけに強権を持たせすぎだ」と感じていた。妖精と言う種族は決め事を破らない種族かも知れないが、傍に居る比叡だけを見て『妖精』と言う種族を判断する気にはなれない。妖精にも一人ずつ個性があるのなら当然だ。



 「…ジン殿、先程から気になっていたのだが。あれはジン殿が乗っていた船のレプリカなのだろうか」

 「うん?」


 チラチラと視線を断続的に向けるレイアが、やや遠慮がちに質問したので、彼女の目線を追い掛けてみると、その先に段ボールの船があった。切り出した段ボールや角材をボンドでくっ付けたり、コーティングしたり…見る程に不格好だが、どうもレイアは船が気になるらしい。


 確かに部屋に置くには変な物だが、それ以上にレイアは自分の乗った事がある船の同じに見える代物だからか、どうも気になる様子。


 「知り合いから買った品で、不思議な品があるんだ。あれに乗れるのは『小人のトンネル』のお陰なんだよ」


 「そ、その『小人のトンネル』は何処に!?」

 「ど、どうした?」

 「妖精族の魔法具は、世界を引っ繰り返す代物。もし王国が『小人のトンネル』に目を付け、此度の騒動を起こしたとすれば――」


 「大丈夫」と一言。えっ、とレイアが振り向くと比叡が船に降り立ちながら、魔法具の事を説明する。


 「『小人のトンネル』を売ってた人は『外部世界遠征隊』の子孫なんだよ。今も妖精と連絡を取り合ってる一族の人で、妖精族の許可も取ってあるし、魔法具は妖精族の監視下にあるから、ジンが『小人のトンネル』を使って、何をしてるのかも妖精族は把握してるよ」


 …どうやら、知らない間に監視されていた様だ。確かに『小人のトンネル』は色々使える。犯罪に使えば戦闘の女湯は覗き放題だろうし、泥棒だってし放題。監視網を強化しようが、小人になれば、廊下の角や警備員の足元に素早く移動して、気付かれない内に移動して、金庫を抉じ開ける苦労も少ないかも知れない。



 「ジン殿。私が此方に来たのは、妖精の魔法具を王国が秘密裏に入手したという情報を掴んだ、妖精からの調査以来の為だ。法皇様は我らに指名をお与え下さった。それに報い、そして世界の秩序の為に、時には人知を容易に超える可能性も秘めた魔法具の現状を調べる為に、異世界に来たのだ」


 「お、応」


 事の重要性からか、レイアの声音と表情は不安で満ちていた。段ボール船を気にしているのも『小人のトンネル』が気がかりなのだろう。


 「お、王国軍が『小人のトンネル』を盗んだ…とか、そう言うのを警戒してるんなら、腕っぷしには自信あるし大丈夫だ」


 「本当か。一応『小人のトンネル』は何処にあるか確認しようと思って」


 確認も何も、あんなに目立つ異質な見た目のインテリア、部屋に入れば一瞬で気づくだろうに。そう思って北西に振り向いて部屋の隅を確認した瞬間、レイアが首を傾げた。


 「指を差す方には壁しかないが。あ、異世界の技術で姿を隠しているんだな!?」

 (光学迷彩なんて高等技術、民間転用される訳ねぇだろぉお!!!?)


 成程、と頷くレイアだが彼女の位置では、後頭部しか見えない。俺が「やべえ」と顔色を青くして居る様は、比叡にしか見えない筈だ。


 「えっと…」


 困った様な声を出したのは比叡が先だった。聞いた瞬間、俺は作戦会議と叫びながら比叡の首根っこを掴み、玄関へすっ飛んだ。


 「お前『小人のトンネル』がなくなったの気付いたか!?」

 「実は私も今迄気づいてなくて…。如何しよう!?」

 「どうもこうもねぇよ、あんな目立つアイテムが姿を消す筈ないだろ!?」


 やばい、やばい。俺の頭の中で「マジどうしよう」と言う自分の声が、繰り返し発せられる。俺の中の天使と悪魔は、余りの事態に混乱の境地に達しており、判断を司る大脳と言う指令室に勤務する、頭の中で働くオペレーター達が、あちこちを走り回って、ああでもないし、こうでもないと騒いでいる。


 「取り合えず一旦落ち着こう。…深呼吸、深呼吸すれば――」

 「――明らかに何かあっただろう」

 「ひい!?」


 何時の間にか背後に忍び寄っていたレイアが、俺の肩に手を置く。美人の困り顔は今日に限って、とても恐ろしく思えた。


 「べ、べべべ――別に!?」

 「な、何もないってば!」


 「…子供じゃないんだから。つまり盗まれた、と」


 触った覚えのないアイテムが消えた以上、自分以外の誰かが動かしたに違いない。しかし俺は近づいた記憶もないし、そもそも比叡では持ち上げる事も出来ない。敢えてレイアを疑うにしても、怪我人では実行能力に欠ける。


 「ぬう。一体何処に消えたんだ」

 「わっかんないよぅ。だって…」


 腕を組む俺を見て、比叡が真似しようとする。しかし、腕の組み方が分からないのか、何度も腕を組もうとしている。




 ―――うひゃあ!?

――おい、それ以上動かすと拙いって!

――でも、この船だろ。異邦者の乗ってた船って!


 我が家で聞こえる筈のない声。まさか、と比叡をレイアに預けてリビングを確認すると、段ボールの船に小さな人影があった。数えると3人は居るらしい。だが、聞こえて来る声の数はもう少し多い。


 「何してるーー!?」

 「う、うぎゃああああああああ!?」

 「死ぬ、落ちる、見つかってたぁああ!?」

 「ひっ、ひぃいい!?」


 船を持ち上げると小人達が手短な所にあった麻紐を握り締め、落ちない様に必死になっているのが見えた。皆が俺の顔を絶望一色の表情で見上げる。


 「小人族か。妖精の亜種とされているが、妖精族にも分からない事の多い、謎多き種族だ。一体どうやって…」


 フラッとレイアが立ち眩みに襲われ、俺の両肩に掴まる。


 「お前、寝てろ。そっちに和室あるから」

かたじけない、感謝する」


 「ありゃ、騎士様が帰ってったぞ」

 「俺達、捕まらない!?」


 日常的な動きも負担になるらしく、かなり疲れた顔をしていたので和室に布団を引こうとするが「ああ」と思わず落胆してしまう。レイアの齎した血と泥で布団が汚れていた事を思い出し、困り果てる。


 「今日、マジで何処に寝れば良いんだ…」

 「何かお困りですかー!?」

 「応。布団がこの様だ」

 「わー、きったなーい!」


 何時の間にか俺の肩に小人が乗っていた。これが不思議な物で、肩に6センチはある生物が乗っている筈なのに、全く重くないのだ。比叡然り小人然り、異世界の連中は不思議な奴ばかりだ。


 「おい、マシュー。人間様に馴れ馴れしくするなよ。怒ったら殺されるかも知れないぞ」

「だーいじょうぶ。君らが臆病すぎるだけだって!」


 マシューと呼ばれたこの小人。見た目は幼稚園の年中さん程だが、かなり度胸があるらしい。


 「マシューとやら。お前、この汚れをどうにかできるか」

 「人手があればできない事も無いですがー」

 「『ですが』?」

 「お時間掛かります。何分ちっちゃいので」

 「成程。道理だ」


 魔法で何とかなると思ったが、彼らには無理な様だ。単に魔法が使えないのか、使えても問題があるのか。人手が足りないと言う辺り、大人数で魔力をブーストして大魔法を使う方式だとすると、納得だ。それか、普通に洗うのだとしたら、余計に数を要する。


 「君らはどうやってこの世界に来たの?」

 「はいっ。僕達は探検してました。そしたら不思議な所……。…あれ、妖精さん?」


 ――何で妖精さんが…。

 ――ここは妖精の森だった?

 ――妖精様がいらっしゃるって事は…。


 ――――大変だーーー!?―――


 何が大変なのか全く理解できない、俺と比叡は「はあ?」と顔を見合わせながら首を傾げる。が、お気楽に見えたマシューですら、目の前の比叡が妖精だと気付き、急に緊張し始めた。


 「せ、せせっ、聖域を侵犯してたとは、おお、思いも寄らず!!」

 「精液?」

 「比叡、絶対違う」


 馬鹿な聞き間違いをした比叡が、暢気に首を傾げる。が、彼女を眼前にしているマシューは…と言うより、小人達が顔色を青くして動揺している。


 「マシュー、お願いだから降りて来て!」

 「わ、分かった!」


 最初の間延びした語尾は何処へやら。大慌てで肩から飛び降りるマシューを「ふもうっ!」と、良く分からない掛け声で数人の小人が受け止める。その後、距離を取った小人が「命だけはどうか勘弁して」と命乞いを始めた。


 「何で比叡にビビってるんだ。つーか、お前ら何しに来たんだよ」

 「ぼ、僕達は探検家です。知らない所を冒険してたら、見た事のない変な扉を発見したんです。それを潜ったら、この聖域に繋がってたんです」

 「別に聖域じゃない…ってか、『変な扉』って何だよ」

 「透明です。それも、近づくだけで勝手に開きました」


 それ、良くある自動ドアじゃねぇか。思わず突っ込みそうになるが、余り大声を出すと小人を怯えさせるだろう。


 「に、人間さんはどうして聖域に居るんですかー!?」

 「聖域じゃねぇ、俺の部屋だ。只のアパートが『聖域』なんて大それた物になるんなら、世の中聖域だらけだろうよ!」


 「せ、聖域じゃない!?」

 「妖精さん、聖域から出られない筈では!?」

 「大妖精様の事ね。下っ端の私達が出られないんじゃ、妖精教団なんて結成出来ないわよ」


 頭痛の激しくなる事を小人が言うせいか、比叡は頭を抱えながら小人の前に降り立った。こうして見ると比叡の方が一回り大きいが、単に比叡の方がお姉さんに見えるだけだ。と言うより、この場に居る小人は全て子供にしか見えない。


 しいて言うなら小人は羽が無く、妖精にだけ羽がある。種族的特徴を挙げるとすれば、その程度の差しかない。


 「…まあ良い。取り合えず布団はクリーニングに出すしかないな」

 「洗うのですかー?」

 「そりゃお前、これで寝たいか?」

 「…気分が悪くなりそうです」


 血を見せた途端、マシューがフラフラと腰を抜かす。周りの小人がマシューを助け起こそうとするが、マシュー以外の小人も気分が悪くなったのか、顔色が悪くなる。


 「やばい、私もがっつりは見てなかったからキッツいわぁ。…と言うよりも、これを放置してご飯食べてたのが…うっ…信じら――うえっ」

 「吐くなよ、比叡」


 何かを忘れてる気がするが、一体何を忘れたんだろうか。気持ち悪そうな比叡を見ながら、そんな事を考える俺だったが、その前に布団の惨状を思い出して、クリーニングを優先する事にした。

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