第9話 王国軍
自宅に戻ると、何故かレイアに出迎えられた。
一体どうして、と驚いた俺に事情を説明してくれた訳だが、何でも王国軍が強引に船団を『異邦者の砦』に向かわせて、大騒ぎになったらしい。動ける軍隊の内、身軽な部隊として指名された警備船団は、国連軍の様な物に参加し、乱戦に突入。
怪我をしながら『異界の門』を無理矢理通過したレイアは、俺の部屋にワープしてしまい、名無しでは困ると考えた俺が貼った『異邦者の船』と言う札を掲げた船で昼寝していた比叡を驚かせ、更に大怪我している姿で二度驚かせたとの事だ。
「ああ、それで部屋中、凄い事に」
救急箱を探していた事は、机の上の救急箱を見れば分かる。普段押し入れの中に眠っている救急箱が出ている以上「誰かが出した」筈だ。そして「誰か」は相当焦っていたのだろう、部屋中を引っ搔き回して泥棒でも入ったかの様だ。
それに傷だらけのレイアが歩いたせいか、畳に赤い染みがある。もし警察に見られでもしたら、俺が逮捕されるだろう。
「…ジン殿、本当に申し訳ない。部屋をこんな風にして」
「今回は仕方ないだろ。ワープの先も予測不能じゃ、どうにもならん」
妖精の比叡だけでは、これだけ部屋を散らかす事は無理に感じる。普通の人間の背丈であるレイアも、大怪我をして動けないとなると、部屋を散らかすだけの元気はない筈だ。そう思って良く話を聞いてみると、ワープ時は衝撃も伴うそうだ。そのお陰で救急箱も押し入れから飛び出したらしい。
部屋にワープしたのだとしても、衝撃があったとは言え、この散らかり具合は酷いが、比叡曰く「押し入れの襖がドッカーンってなった!」らしく、レイアも「最初は真っ暗で狭い所に出た。独特な匂いと柔らかい感触もあった」と言っていたので、まさかと思って押し入れを見ると、布団が血と泥で盛大に汚れていた。
「全く動けなかった訳ではないから、取り付け直す事は出来たんだ」
「こ、これも状況的には不可抗力だけどさぁ。今日、何処で寝れば良いんだよ!」
思わず項垂れる俺。それにレイアのご飯も考えないと。そう思って台所の収納棚に手を伸ばすと、カップ焼き蕎麦が二つあった。とは言え、怪我人にカップ麺を出すのはどうなんだろう、と思って食料の事を考えていると「うわ!」と比叡が横で引っ繰り返った。
落下したバナナの上で目を回す比叡を見て「あ、バナナなって栄養価高かったよな」と思い出し、回収する。手元に林檎も落ちていたので、怪我人が食すものとしては上出来だろうと思う。しかし、果物をメインにするのは気が引ける。
ぐぅうう~~~。
「ッ!?」
「すまない、出発してから何も食べていないんだ」
(レイアだったのか)
一瞬、自分の腹が鳴ったと本気で焦った俺は、レイアの告白に安堵した。美人の端で安堵するのは、男として最低である気がするが、感情の制御はし辛い者だ。
「カップ麺あるけど…食べ…えっと、って言うか食べられる?」
「空腹だから何でも良い。大抵の物は食べられるし、サバイバル訓練もしているから問題ない。何より家にある物で、そんなに変な食べ物は無かろう」
「…そ、そうか。なら良いんだ」
冷蔵庫を確認するとドアのポケットに2リットルのお茶のペットボトルが数本あるだけで、食材と言える食材らしい物はない。空っぽと言っても差し支えない。
カップ焼きそばは昔、大失敗した事がある。お湯とソースと同時に投入してしまった事があり、一緒に捨てる羽目になった。お陰で味が乏しくて悲しい食事になった事があるが、カップ麺に頼ってる時点で悲しい人生の様な気がするので、注意する事以上は気にしない様にしていた。
不意にそんな思い出を思い出し「ああはならないぞ」と、カップの蓋に書いてある説明を確認しながら、半分だけ開ける。其処に給湯ポットのお湯を注ぎ、時計で時間を確認する。
この後、お湯を捨てるのだが、最近のカップ焼きそばは工夫が施されており、蓋の一部を剥がすと穴の開いた、網目状の部分が露出するので、其処からお湯を捨てる事で麵が零れないのだ。
俺の作業を見ていた比叡が、レイアに一通りカップ麺の説明をし終えた頃、一定時間が経過、お湯を捨ててソースを掛け、お箸で混ぜようとする。が、俺は「レイアってお箸使えるか?」と疑問に思い、確認する。
「レイア、お箸使える?」
「オハシ?」
「これの事」
「…棒…が2本?」
最近は外国人にも馴染みのあるお箸だが、異世界人には知る由がない。予想通りにレイアが首を傾げたので、大人しくフォークを差し出す。ソースと麺を絡めて食べるんだぞ、と言うと「ほほー」と目を輝かせていた。
即席ラーメンを啜りながらレイアを観察する。初めての食べ物に「何処の遠征先でも食べた事のない味だ」と言っていたので、警備船団が様々な任務に就いている事が窺い知れる。
「皇国の南部で食される料理に似ているが、味は…帝国の郷土料理に多い感じだな。見た目と味が全然違って面白い」
「レイアって結構あちこちに行った事があるんだな」
「警備船団の任務は多岐に亘るが、基本的には皇国の領海防衛が任務だ。王国軍は昔から領海侵犯を繰り返して来たが、それでも『異邦者の砦』近海は『異邦者条約』で決められた通りだった。条約参加国は人間の国だけでなく、他種族間条約でもある」
「だから敵を多く作らない為に、王国も弁える所は弁えてた…ってか」
「王国が横暴を始めたのは、一月前。ジンと出会ったのは、もうちょっと後」
不意に比叡が喋り出す。
「私達『妖精』はある程度、群として意識が繋がってるの。思考を共有しつつ個性を確立する事で、生存戦略の立案に多様性を持たせてるの。でも今は、違う世界に居るから共有出来ないの」
「それって拙いのか?」
「妖精には階級と役割があるの。私は異邦者のお世話役だから、異世界に居る事自体は問題ないんだけど、如何しても妖精の特性上、リンクしてないと落ち着かないの」
「リンクしてると王国の事が分かるのか」
「正確には分からないけど、外交部の担当者と意識共有が出来れば」
「国家間、種族間の問題は妖精が取り扱っている。私達の世界では、そうして種族毎にある程度、役割や活動領域に線引きする事で、無用なトラブルを避けているのだが、中には王国の様な不届き者も大勢いる。世界は秩序を保とうとする者、壊そうとする者、両者の均衡を維持する事で保たれている」
「じゃあ、秩序を維持する方が過度に強いと?」
「縛り事に縛られて、天災に対応できずに滅んだ国が、歴史から沢山消えている。文献や遺跡の欠片が今でも、沢山発見されている。何分沢山の種族が、一つの世界に収まっているからな。戦争は勿論、戦いの余波で経済が駄目になる事も多い」
「だが」と不意に表情を硬くしたレイアに、比叡が頷く。続く言葉は王国への避難だった。
「私達、妖精の主権を奪う行為だよ。全世界を敵に回しかねない危険な事をしてる自覚、あの人達にあるのかな」
可愛らしい容姿からは想像もできない、冷徹で何処か虚ろな瞳は、此方の世界に伝わる妖精の特徴の一つ『不気味さ』を象徴するかの様な、普段の比叡とは全く違う姿だった。
「王国の目的は何だろうな」
「これを見れば比叡殿なら分かるかも知れない」
そう言ってカップ麺を食べ終えたレイアが、懐から手紙を取り出す。妖精の王族が使う紋章が刻まれた蜜蝋に、比叡があからさまに驚きながら手紙を読みだすので、思わず箸が止まってしまった。
「い、異世界への本格的侵攻。その足掛かりとして、魔王国の土地の地下で秘術の実験を敢行…って、どういう気なの!?」
「他国の土地で、無断の秘術行使。実際、魔王国では異常現象が相次いで発生していて、関係の深いドラゴン族へ魔王が助けを求めた。そんな未確認情報もある」
「この世界に軍隊を送り込むつもりか!?」
「此方の世界の国々に警告しようにも、何処にワープするのか誰も予想できないから困った話だ。ワープ場所が分散してしまうと、各地で問題が同時発生する可能性も高い」
現代兵器が相手なら、此方の世界は後れを取る事はないだろう。しかし、もしテロの多発している中東にワープしたら、周辺の過激派組織を刺激する可能性もあり、大惨事になる可能性も考慮しないと拙いだろう。
それに魔法使いの力は未知数だ。場合によっては、現地軍では対処できない可能性もある。その『現地』にしたって、何処が現場になるのか予想できないのでは、全く以て話にならない。
「待てよ。足掛かりとして、秘術の実験を敢行してる…って事は、王国はワープ先の固定を目的に実験してるんじゃないのか?」
「有り得るな。魔王国では土地の不自然な大規模転移が多発しているらしい。転移魔法自体、早々に手を出せる技じゃない筈だし、これは…」
ふむ、とレイアが顎を摩って思考の海に沈もうとする。が、突然の怒声が俺達の推理を遮った。
「人質確保ォオッッ!!」
「現行犯逮捕だ、大人しくしろ!」
「近づくなッ、近づくと建物諸共、お前達を吹き飛ばしてやる!!」
聞き慣れない機械の駆動音らしき、不思議な音が響き渡る。多分、廊下で王国の兵士と警察が対峙しているのだろう。
「この魔力、こんな所で広域破壊魔法の魔方陣を展開するなんて、正気じゃない」
「アパートふっ飛ばす気かよ!?」
慌ててドア付近に近づく。外に飛び出そうかとも思ったが、危険と判断。室内で待機する事にする。レイアが剣を抜こうとしたが、警察に見られると銃刀法に引っ掛かって大変な事になる。幸い、アパートのドアは鉄製で分厚いので、余程の威力でもないとぶっ飛ばない筈だ。
「ッ!?ジン、離れて!」
「お、応!?」
比叡に服を引っ張られ、慌てて後退する俺。玄関から入って洗面台を左手の所に後退した瞬間「エクスプロージョン!!」と呪文を高らかに叫ぶ声が聞こえたので、両手で頭を抱えて防御態勢に入る。
ドッカーンとド派手な爆音が轟く。爆音で何かを唱えたレイアの声が聞き取れなかったが、目の前に障壁が展開されており、その先は黒焦げになっていたので、爆発から守って貰った事は理解出来た。
「サンダー・ボルト!!」
広域破壊魔法『エクスプロージョン』を使用し、アパートの一部とは言え、ふっ飛ばした王国の兵士へ、レイアが電撃の塊を右腕に纏わせ、投げる様な動きで高速射出する。爆発の煙を穿ち、直撃した兵士の鎧を破壊した、雷属性の魔力の塊が弾けながら、兵士を通路から落っことす。
「レイア、隠れてろ。この国で剣を見られるのは拙い。比叡、一緒に来い」
「うん」
咄嗟の判断でレイアの腰に差したままの剣を指差し、指示を出す。レイアの方も得に文句を言わなかった。或いは言う暇が無かっただけかも知れないが。
「お巡りさん、大丈夫…じゃねぇ。きゅ、救急車を――」
「その前にこっち!」
比叡の精霊魔法で王国の兵士達が倒れる。全員ではなく、睡眠状態に陥った仲間を見て、俺が魔法を使ったのかと困惑している。
「異邦者ジ――」
「鉄拳制裁ッッ、正拳突き!」
「ぐおあっ!?」
「アパートぶっ壊して、無事なままにするかよ!」
「ぐおっ!?」
異邦者ジン。そんな肩書で呼ばれたら、倒れた同僚を助けようとしてる警官に聞かれるだろうが、と思いつつ一人目を殴り飛ばす。勢いを利用して二人目も撃破、三人目も回し蹴りで撃破し、残る一人は逃げながら魔法を使おうとしているので、姿勢を低くして急接近を試みる。
「マナ・ボルト、マナ・ボルト、マナ――う、うわああ!?」
「せぇえいっ!!」
低い姿勢で走りながら、両手を使って重心移動し、最低限の動きで回避しながら接近、アッパーを食らわして意識が朦朧とした所を、足払いで転倒させながら、走った勢いを利用して、顔面に膝蹴りを叩き込む。
転倒中とは言え、完全に倒れるまでがタイムリミット。このコンボの最後の一撃はまだ残っている。今、こいつは連続攻撃されて、本格的に気絶しかけている。その状態に加える『最後の一撃』は蹴りだ。
膝蹴りの段階で、こいつの顔はかなり足を持ち上げなければならない高さ。膝蹴りを受けて、転倒に僅かな減速が生じている内に、助走の勢いが消える前に、片足を軸に一回転し、その回転によって生じた運動エネルギーを、足を真っ直ぐ伸ばす事で蹴り技として、理想的な結果が産まれる。
狙いは顔。慌てて飛び出たので、裸足のままだ。お陰で感じたくもない、知らないおっさんの顔の感触を、じっくりと味わう羽目になった。最後の蹴りで触れている時間は、恐らく0,01秒と言った所だが、感覚の鋭い家系の生まれなので、感触を確かめるには充分な時間だ。――確かめたくねぇ…。
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