第8話 海戦勃発


 「あいつ等、勝手に『異界の門』を潜って行きましたよ。団長だけで良いんでしょうか」

 「爺さんに許可を貰わないと動けないんだから。それに王国が強引に通過した事実を使って、上手くこの世界で立ち回らないと、こっちに団長が帰って来ても居場所がなくなりかねない」


 「国際法を破った奴が好き放題して、国際法を守ってる我々だけ足踏みなんて、それじゃあ法律を守る意味がないじゃないですか」

 「そりゃあそうだが。だからこそ長老達も『団長だけなら』と言う事で通してくれたんだ。それに向こうには比叡殿がいる。ま、こんな事態になるなんて、今頃『妖精の里』は大騒ぎだろう」


 皇国の警備船団は『召喚の砦』の前に放射状に船を展開、船首に取り付けられた巨大砲台の狙いを、砂浜に乗り上げた王国の船団へ向けており、何時でも攻撃可能となっている。


 何時ぞやの異邦者の船の様な勢いで、しかも沢山の船が何の断りもなしに砂浜に乗り上げたと思ったら、抗議する暇もなく王国の兵隊が巫女を囲んだ状態で「門を開けた貰いたい」と要求したのだ。


 当然、長老達は「駄目だ」と断言したのだが、巫女達へ何度も目線を投げ掛けている態度からは「巫女の無事を願いたいなら開けろ」と、言われている様な気がして気分が悪かった。


 何度も巫女を開放しろ、と要求した長老達だったが「人質ではない」と言ったっきり、長老達と睨み合ってばかりで話が進展しない。神官としては不安で仕方がないのだが、長老に「お前達は下がって居ろ」と言われているので、前に出る事が出来ないでいる。


 「な、何でこんな事に…」

「 大丈夫、大丈夫よ。きっと助けが来るから」


 泣き出す巫女を先輩巫女が慰める。彼女は慰めながら、警備船団を見つめる。


 「奴らは手出しできんよ。決まり事に縛られていては、何もできないと教えてやっているのに、一向に動きもしない。目の前でお前達が怯えているのになぁ。ふっはははは!」


 「み、巫女から手を離せ!」

 「少し黙ってろ!」


 不安で一杯の巫女の顎を、隊長が摩る。それを見た長老が激怒するが、次の瞬間には彼の声は聞こえなくなっていた。吹っ飛んだからだ。


 「奴ら、長老に魔法を!?」

 「正気じゃない。副団長、奴ら正気じゃありません!」

 「巫女や長老の命を守る為にも、此処は一気に接近して王国軍を排除すべきです!」


 「砲撃要員と、船を機能させる為の人員を残し、全ての船から戦闘員を出す。これより警備船団は、総戦力で上陸する。全船、全速前進。王国の船へ砲撃し、上陸に必要なスペースを確保しながら、砂浜に乗り上げるぞ。戦闘員は各所降り口にて待機」


 長老に魔法で攻撃した所を見ていた船員が、望遠鏡を仲間に渡して状況を確認させる事で、事態は一気に進む。長老への攻撃と言う暴挙の中の暴挙に出た事で、警備船団の怒りは最高潮に達し、怒った副団長が怒りを声にして指示を出す。


 「王国の兵士よ、今の暴挙は見ていたぞ。これより貴様らの逮捕を実施する!」

 「漸く動くか。総員、戦闘態勢だ!」


 拡声魔法で怒鳴る副団長に、王国の隊長は余裕の表情で戦闘態勢を指示する。


 「敵船団、一斉射です!」

 「足止めのつもりか。防御障壁を展開して持ち堪えろ!」


  王国の船に内蔵された『魔道防御機構』が作動し、直撃コースの砲弾がバリアの表面で爆発する。その性能故、高等魔法が得意なハイエルフさえ一目置いて居る魔法先進国が相手である為、警備船団も一撃では有効打にはならないと思って第二射を開始、最大船速で砂浜に接近しながら砲弾を撃ち込む。


 「反撃だ、撃て!」


 バリアのお陰で悠々と大砲が並んでいる側面を向けられる王国軍は、やや強引な動きで射角を確保し、反撃の射撃を開始するが、警備船団も魔法で対処する。


 船に内蔵された機能を持つ王国軍と違い、此方は船員の魔法での迎撃。防御と違って難易度が高い対処法ではあるが、魔導士部隊の的確な風魔法の射撃で、中々直撃しない事に驚いた王国軍が接近を開始した事で、警備船団もぶつかる様にして乱戦に突入せざる得なくなる。


 「ぶ、ぶつかります!」

 「それで良い、ぶつけろ!」

 「は、はい!」


 警備船団の船と王国軍の船が激突する。衝撃によろけながら王国軍の隊長が状況を確認しようとしている中、警備船団の副団長がぶつけた衝撃で怯んでいる隙に、部下を率いて乗り込んで来た。


 「貴様が指揮官だな。まずお前からだ!」

 「ふ、船に乗り込んで来るとは!」


 乱戦に持ち込んだのは王国軍の方だが、乱戦の激しさは王国軍の予想以上。退所が若干遅れた事で、数隻の船が乱戦から抜け出そうとしている事もあり、王国軍は必死に警備船団へ攻撃を仕掛けようとする。


 「主砲発射しますよ!」

 「マストを狙うんだ!」


 副団長の指示を聞いて、王国軍の隊長が拙いと叫びながら、マストの前に向かって走り出す。翳した手には防御魔法の魔方陣が輝いており、それを投げながら呪文を唱えた。


 「マジックガード!―――うわああ!!」


 魔法は発動したが、副団長が乗っていた1号の船首に取り付けられた、大型砲台が隊長を吹き飛ばす。バリアに干渉して防御壁の内側に入り込んだだけあって、威力は絶大。高々一人の防御魔法では防ぎきれない、と考えていた副団長達も強烈な爆風から身を守る為に、王国軍の隊長とは逆の方向に走って、壁に隠れていたのだが、それでも強烈な衝撃だった。


 マジックガードは僅かな残存魔力以外、跡形もなく消し飛んでいた。隊長は辛うじて生きていたが、無事とは程遠い怪我を負った。鎧が熱と圧力で変形し、その下にある肌が火傷を負ったのだ。


 溶鉱炉に突っ込まれた鉄の塊を着込んでいるに等しい状態で、壮絶な苦痛により気絶している。近くに転がっている剣も、最早『剣』としての機能を果たせない程、熱で変形しており、此方も溶鉱炉に突っ込んだかの様な状態になっている。


 何より王国軍の乗組員は、見える限り殆どの人間が怪我をしており、立ち上がれるのは数人だけ。副団長達も数秒間、気絶していた。



 「お前達の指揮官は倒れた。降伏しろ、王国の兵士達!」

 「そ、そんな。あの人が…嘘だろ!?」

 「た、隊長が本当に倒れた筈が…」


 拡声魔法による副団長の宣言と降伏勧告。王国軍の指揮を一気に低下させ、警備船団の勢いを加速させた事で、兵士の大方は逮捕された。


 「副団長、こいつはどうしましょう」

 「水をぶっかけて熱を取れ。このまま死なれては敵わん」

 「っは」


 幸い海上である事もあって、ぶっ掛けるだけなら水は幾らでもある。


 「うぁっ…ぁッ…」


 海水が気付けになったのか、ジュウジュウと音を立てて白煙を吐き出す鎧の中から、隊長の呻き声が聞こえた。呻くだけの気力はあるが、それ以上は何もできないのか、言葉にならない声を出すばかりだが、何かを言おうとしている事は分かった。


 っはっは、と荒い呼吸の中、指先に魔力を集中させて、火属性の魔法を発動させる隊長だったが「攻撃される」と身構えた警備船団の船員には魔法を飛ばさず、熱源を床に押し付けて、何かを書き出した。


 攻撃になるだけの火力もない火属性魔法。恐らくはライトフレアだろう、と考えた副団長が部下に距離を取る様に指示を出し、文字を書き込む隊長を見守る。



 ――お前達の様な脆弱な肉体が哀れでならない。お前達がか弱き肉体に拘っている理由が分からない。


 私は天に昇り、天上の肉を以て新たな子となる。天界に通ずる道を制圧した時、永久神話が始まるのだ。


 我らの偉大なる王に真実の喝采を――


 それ以降も何かを書き続けようとはしたらしいが、途中で力尽きたらしくライトフレアの魔法核が崩壊し、火属性の魔法が周囲に拡散して魔法現象が終息した。


 「永久神話って何だ?」

 「永久に語り継がれる、って事ですかね」

 「良く分からん奴だな。…っと」


 床板を引っぺがして原文を回収する様に命じた副団長は、文章をメモに書き記した後、懐に仕舞って後始末を開始した。


 死んでしまった敵指揮官の遺体をどうすべきか、と悩みながらも上陸する副団長達に巫女達が「助かりました」と感謝する。中には小さな少女としか思えない巫女が泣きながら引っ付いて来るので「巫女には幼い奴もいるのか」と思わず呟いてしまう。


 「この中で元々巫女を目指していた者は私の様な年食いばかりです。幼い者は全て国が戦争で焼かれたり、両親を飢餓や病気で亡くした者です」

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