第7話 新たな騒ぎ
――これは異世界から帰って来たジンのお話――
大雨の中、俺は電車で通勤していた。
ヒューン、ガタンゴトン。ガタンゴトンとリズムカルに音を鳴らしながら揺れる電車の乗り心地は、ゆっくり座っていれば眠気を誘うのだろうが、生憎とあらゆる意味で余裕がない車内で、乗客の乗り過ぎでミンチになりそうになる。
「くっそ。普段なら余裕の自転車通勤だってのに…!!」
「お、おじさんも大雨で道路が使えない人ですか?」
「紗代ちゃん、毎日鮨詰めかよ…」
会話相手の紗代ちゃんはセーラー服を着た学生だ。幼い見た目の少女だが、制服は自宅近くの高校の物。中学生と間違われる背の低さを気にしている彼女だが、俺の質問に「違いますよ」と答える。
「私も自転車です!!」
言った直後、カーブに差し掛かった電車の遠心力で「あわわ」と俺に向かって紗代ちゃんが倒れ込むので、咄嗟にドアの横にある座席のポールに腕を掛け、自分を支えながら両手で紗代ちゃんも庇う。
「うぅ、もうすぐ解放されるのは分かってるんだけどなぁ…」
「一駅か。俺は二駅で乗り継ぎ。会社が水浸しだって言うんで、主要人材は近くの支社に臨時異動ってよ」
何で俺がこんな疲れる事をやらなけならんのだ、と沙耶ちゃんと会話しながら悪態付くが、野郎共は沙耶ちゃんが目的の駅に降りるのと一緒に、ぞろぞろと電車を降りて行く。
「一気に空いたな。この辺りは高いビルが密集してるから、オフィス街なんだろうなぁ…。…あれ、俺の会社ってオフィス街にないのか?」
そのまま疑問を感じつつ、目的の駅へ到着すると出口で女性が「おーい」と手を振って走って来る。俺以外は周囲には居ないし、俺をロックオンしているのは何となく分かるんだが、だからって女の知り合いは…。
「おや、あの時の若造。例の船はどうだ」
「はっ!? ―――例の…何で知ってるんです!?」
あの魔女、まさか変身魔法でも使ったんだろうか。そう思った俺の目の前で女性が呪文を唱えると、若々しい顔が見覚えのある、年老いた老婆の顔に変身した。
「これは若い頃の姿でね。戻すと性格とかも若い頃に戻っちゃう訳よ」
「は、はあ…。えーっと、魔女さん…って事ですか」
もう一度若返り魔法を使う魔女は「魔女さんじゃなくてヒナって呼んで」とウィンクした。老婆のウィンクなんて想像しても萌えないが、この姿なら多少可愛げが有る様に思う。その正体を知らなければ、もうちょっとマシな印象だったかも。
初対面の時は仕事仲間になるとは思ってなくて、ヒナさんに敬語を使っている今の俺は、そんな自分に対して戸惑っている。この状況もそうだが、お婆さんモードの時はローブで隠れていた耳が、ショートヘアの横からチラチラ見えている。
エルフ耳と言うには短い気がするが、そもそも尖ってる時点で突っ込むだけだ。とは言え『小人のトンネル』を販売して居たり、トンネル購入後のサービスとして妖精である比叡を寄越したり、謎の多い人だ。妖精と絡んでいる以上、異世界の関係者である事は多分間違いないとして、その出生は如何にも気になる。
「ヒナさん。あのトンネルってどうやって作るんですか?」
「あー『小人のトンネル』の事?」
確認を取るヒナさんに俺が頷くと、歩きながら暫く考え出した。素人に教えると拙い秘密でもあるのだろうか、と俺が考えていると「色々複雑なんだよね」と呟いた。
「ま、君に教えて損する訳じゃないかな。自分で作ったんじゃなくて、魔法具市場って所があるの。職人さんが作って市場に出して、それを私みたいに魔法具店をやってる人が売る訳」
「魔法具?」
「魔法を込めた道具、或いは魔法を使ったり儀式する為の奴。君が買った『小人のトンネル』は時空魔法を複数組み込んだ、時空間変換用術式を組み込んでるの」
「あー、そんな事言ってましたね」
廊下を歩きながら会話する内容は、魔法具の事や仕入れ方。他にも転売関連の取り決めや違反者への罰則、聴くだけで色々な事を知りながら、会議室に到着する。
「あれ、会議って始まってたんですか!?」
「気にするな。今日は色々な所からの出勤だし、先日の大雨でダイヤの乱れもあるらしい。真面に予定通りは知れる電車は皆無だし、洪水被害で復旧作業に追われてる連中も多くてな。誰がいつ来るのか予想できないんだ」
会議室に座っている支社の社長は困り顔で苦笑しながら、俺達の席を指定する。ヒナさんは右隣りで社長とは離れた所だった。座ると目の前に俺の名前が書いてある名札が机の上に置いてある。
「ま、ゆったり今日の議題について会議しようか」
そう言って彼が机に無造作に置かれたボタンを、拳でドンと叩く様に押すと、ベロンと音を立てて大きな旗が現れた。驚きながら文字を読むと「ラジコン制作会議」と書かれており、今日の議題が分かる内容だった。
「ラジコンって遠隔操作する玩具って言うか…ですよね」
「ああ、本社の連中が色々な所から人が集まるんなら、面白いラジコンでも考えて見ろと、酷い無茶ぶりをして来てな」
「うぁ…」
確認したヒナさんに社長が答えた内容は、思わず俺が手で顔を覆い隠したくなる様な、社長の言葉通り無茶な話であった。面白いとは言っても、方向性を決めないとならないし、どうにもならない。
「手っ取り早くラジコンカーにしようと思うんだけど、それじゃ面白みに欠ける」
「商品に面白さが必要なのは分かりますけど、だからって行き成りですよ」
「ラジコンカーってだけじゃ、確かに。かと言って航空機系統は難しいし…」
うーんと考える俺達三人。此処で誰かが「やあ」と入室して、助け船を出してくれれば良いのだが、世の中そう甘くは――――
「夢があるじゃないですか、飛行機のラジコン。カメラがあれば視界を確保できますしねぇ」
「うぉお!?」
「な、中谷さん!?」
突然、真上から声がしたので慌てて振り向くと、其処には褐色美女の『中谷さん』なる女性が『浮いて』居た。そして、そのままふわりと俺の横に着地し、席に着く。
「初めましてジン君。リーラだよー、っと」
「は、はあふぇ!?」
「中谷リーラ。ダークエルフと日本人のハーフ。君の行った世界とは違う、他の異世界の住民と異邦者…つまり日本人が結婚してできた子」
「ああ、そう言う…。って言うかヒナさん、日本人限定なんですか?」
「余り体内の魔力が多すぎるとねぇ。質の良い魂を持ち、魔力が少ない。これって殆ど矛盾レベルの希少な人でね。この世界から連れて行くとなると、日本人しか適合者が居ないんだよね」
小声で説明してくれるヒナさんに向かって、リーラさんが「おっひさ~ヒナ~」と親しげに手を振る。二人に挟まれて俺は「何だこの状況」と思わず呟いてしまった。
「んっ、んんっ。で、ラジコン飛行機となると高出力なモーターを使う事になるけども、その当てって何かあるのかな」
「はい。母の世界から面白い手紙が届いたんですよ」
「異世界からの手紙?」
咳払いで話を元に戻してくれた社長に、リーラさんが嬉しそうに頷きながら、男なら誰でも一度はガン見してしまうであろう…その、何だ。お、おっぱいの…た、谷間から封筒を取り出す。
「童貞なのか?」
「誰だってこうなるから!」
顔を真っ赤にして俯いている俺を、横から楽しそうにヒナさんが小声でからかってくるので、同じく小声で抗議しながら会話が進むのを待つ。
封筒が紫色に輝き、ふわふわと頼りない空中移動を見せながら、ポトリと社長の目の前に落ちる。机の上に落ちた封筒の中身を取り出し、読む前にアイサインで許可を確認し、リーラさんが頷いたのを確認してから読み始め……る前に溜息と共に手紙を放置し始めた。
「日本語じゃないから読めねぇよ」
「えっとですね。要約すると『レライド鉱石が格安で手に入るルートを見つけたよ』って話です。仕事に使えるかも知れないから、商人をキープしてるんだとか」
「因みにこの世界では何処で取れる鉱石かな」
「5万光年以上遠出しないとないみたいです」
「手の出しようがねぇ…」
「中谷さん、その功績って一体何なんですか」
「んーっとねぇ。簡単に説明すると電気を大量に保有してて『電池石』って渾名が付けられる位に、電力を沢山取り出せるのよ。東京みたいな大都市だと、一週間で使い切っちゃうけど、地方の電力を賄う位なら何年だって使えるよ。鉱石の採掘量によるけど」
思わず「へー」と感心してしまう俺を尻目に、社長が「魔道式超電磁砲を一発ぶっ放すだけで、数万トンの電気石が空になるけどね」とボソッと言い、手紙を封筒の中に戻してリーラさんに向けて軽く投げる。
先程と違い、淡く白い輝きで安定した空中移動を見せる封筒。ポトリと落ちる訳ではなく、リーラさんの両手の中に奇麗に着地したのを見て、ヒナさんが「社長の術は安定してるなぁ」と感心する。
「そんな訳でして、高出力モーターを容易に大量生産する準備として、材料が揃ってる感じです」
「しかし異世界の品物を大量輸入するとなると、ちょっとなぁ」
「何か問題でも?」
「だって、もし危険物扱いで警察が首突っ込んで来たら、異世界の物ですって言って納得して貰える筈がないしなぁ」
確かに問題だ。説明できない物を大量使用するのは、考え次第では危険な話だ。情報も少なく、説明する方も情報が少ない。
「まあ問題になる事をしなけりゃ問題ないでしょ。大まかな設計図があれば、それを基礎にして足りない物を追加していけば、基本的には大丈夫だと思いますよ」
「うーむ。そう簡単な世の中なら良いんだけどな」
結局、この会議では人が集まらないまま「ラジコン飛行機を作る」と云う事で決定した。
問題は午後。極端な話をすると暇という訳だ。「ならば煮詰めでもして、どんな風にラジコン商品を開発していけば良いのか」と云う事を会議すれば良いのではないか。そんな風に考える事も出来るかも知れないが、実際にはそう簡単な事ではない。
商品の大量生産となれば、各地の工場に連絡しなければならず、ライン構築には費用が掛かる。何より本社の合意を得ない事には、前にも後ろにも進められないのだ。
復旧作業を手伝おうにも、被害地域が滅茶苦茶になっていて、素人が手出しするには危険な為、当面はお偉い様と自衛隊に丸投げするしかない。
結局の所、この日は半日で帰された。
帰りの電車は誰も乗っていなかった。午後3時と言う平日にしては中途半端な時間帯なので、当然と言えば当然だろう。しかし無駄骨でしかない出勤は嫌な気分でしかない。色々緩い会社ではあるが、もう少し気を引き締めて欲しい物だ。
そんな事を考えながら電車を降りると、駅から出た瞬間に見知らぬ騎士達に包囲されてしまった。何で日本に騎士が、と思う暇もなく一人が口を開く。
「異邦者ジン、その身柄を預からせて貰う」
「っち、ややこしい事になりそうだな」
サッと周囲を見渡すが、人は居ない。偶然誰も居ないのか、そんな時間帯をこいつらが知っているのか、或いはそう言う魔法を使っているのか。理由は分からないが誘拐されそうになっている事は何となく把握した。
「何処の誰なのか、ハッキリ言え!」
「全員、掛かれ!」
返事もなく隊長らしき奴の号令で、全員が動き出す。騎士道も減ったくれもない態度だが、訳の分からん奴に掴まりたくはない。法皇の面会の時も、使いの人が襲われた後、入って来た不審者が「着いて来い」と一言言うだけ。あの時は比叡の魔法で助かったが、今は比叡が近くに居ない。
「剣は使うな。怪我をさせるなよ」
「分かっていま――ごは!」
腕を伸ばして近づこうとする騎士。その腕を掴み、足を払って姿勢を崩せば、走って来た勢いを利用する事は容易い。中学時代、体育の授業で色々やっていたので、投げ技程度なら簡単に出来る。
受け身をしないでアスファルトの上に叩き付けられる騎士を見て、柔道を知らないのかと一瞬呆れてしまった。異世界に柔道が無くても、他の体術の投げ技なんて、幾らでもありそうな物だが、意外と騎士ってのは剣以外は何も知らないかも知れない。
そんな事を考えながら距離を取り、伸ばして来た腕を払いながら、兜の正面を狙って顔面に拳を叩き込み、腹を蹴り飛ばして騎士同士でぶつける。その隙に全力で走り出した俺を、十数名が追い掛けて来る。
「拙い、逃げられる!」
「追え、追うんだ」
「逃がすか!」
慌てて走り出した騎士。が、この辺りは俺の方が知っているらしく、次々と曲がり角を曲がる俺を相手に、先回りする事も出来ないらしく、住宅街の公園にあるゾウの形をした遊具の中に隠れて、窓から外の様子を窺う俺を、当てもなく疲れ切った騎士が探し回っていた。
「ぜえ、ぜえ、ぜえ。ど、何処に行ったんだ…!!」
「道が広いだけで曲がり角の多さは、スラム街と大差ないじゃないか…ぜえ」
「って言うか、あの速さは人間なのか?」
「知らん。エルフの血かドワーフの血でも流れてるんじゃないか?」
誰も彼もが肩で息をしながら会話している。やや距離はあるが耳を澄ませば会話内容を聞き取る事は出来るので、相手の目的を探る為にも俺は会話に聞き耳を立てていた。
「隊長は何処だ?」
「完全に逸れたな。どうすりゃ良いんだか」
「おい、この赤い箱は何だ?」
疲れ切って公園のベンチに騎士が座る。そんな中、仲間の一人が自動販売機に興味を示した。飲み物を販売する機械だとは知らないので、振り向いた騎士も自販機の前に立って、これは何だと首を傾げる。
「魔道装置…にしては置き場所が不自然だ。盗んで下さいと言ってる様な所だぞ」
「うーん、この筒の様な物が並んでいるのは、何を意味するんだ?」
「ボタンが沢山あるから、何かしら連動してるとは思うが…」
うーむ、と六人前後の騎士が頭を悩ませているのを見て、俺は何だかワクワクしていた。どんな結論に至るのか、過程を見ていて楽しくなる。
「あれ、これって缶じゃ無くないか?」
「あ、確かに。硬い何かの素材で見本を作ったのかな」
「と、なるとボタンを押すと本物が…出て来ないな」
物は試しとボタンを押してみるが、お金を入れてないので無反応だ。遠くから見ている俺からすれば「何やってんだよ」と思ってしまうが、彼らはそもそも飲み物を販売する機械だと知らないので、お金を入れると言う発想が無い。あったとしても異世界の金貨や銅貨を入れた所で、故障するだけだ。
「おい、そろそろ時空結界魔術が崩壊するぞ。のんびりしてる場合じゃない」
「困ったな。結局、ジンって奴を捕まえられなかったじゃないか」
「ほ、崩壊する…!!」
何か懐から取り出したと思えば、謎のアイテムが輝き出し――弾けると同時に騎士達の目の前に警察官が数人出現した。
「早く戻らないとヤバいって」
「缶コーヒーの一本買わせろ…って、オタクら何者ぉ!?」
「あ」
この隙を突いて公園から飛び出す俺を、騎士達が指差して「あいつ、あいつ」と騒ぐが、警官は此方を見る事もせずに職務質問を始めた。一人抜け出して、俺の方へ走って来るが警官の尋常ならざる自転車漕ぎで追い付かれた騎士は、目の前でドリフト停車した警官を相手に何か吠えまくる。
「はあ、はあ」
「あ、帰って来た」
玄関のドアの鍵を内側から閉め、凭れ掛かる。そんな俺の前に現れたのは比叡とレイアだった。比叡と違って普通サイズのレイアだが、その姿は普通とはかけ離れており、全身包帯だらけである。
「ジン殿。申し訳なく思う。近くで騒ぎ声が聞こえたので、もしや私達が取り逃がした不届き者では、と心配していたのだが…」
「取り逃がすって…警備船団が犯罪者を?」
俺が質問しながら床に座ると、レイアも「失態だ」と頷きながら詫びる様に項垂れた。彼女曰く「使いの者を襲った犯人は王国のスパイだった」そうで、俺を王国に連れ込んで無理矢理契約儀式を終わらせるつもりだったらしい。
「契約儀式ってのは…異邦者の所属が云々って話か」
「それとは違う。あれは単に誰かに肩入れすると言う話で合って、連中の儀式は言ってみれば使い魔や奴隷に対する物。言いたくないが、ジン殿を人として見るつもりが無いらしく、人間の尊厳も異邦者の尊厳も無視する。過去、王国は我が国以外からも異邦者を誘拐し、強引なやり方で他国から反発を受けていた」
「多分、クロヴィス達が若干焦ってたのも、強引に引き込まれる前に自分達に肩入れ宣言して貰えれば、異邦者を護る口実が出来るからだと思う。国としては力が欲しいんだろうけど、国際的な…って言うより、人としての倫理観ってのはあるから。王国以外は」
「半分口実、半分本音って事か」
「多分ね。結果として脅迫っぽくなってるから、焦り過ぎだとは思うけど」
レイアの話を比叡が補足説明する事で、クロヴィスの心情も何となく理解出来た。
それにしても王国ってのは相当糞ったれの国の様だ。そう思いながら先程、謎の騎士団に襲われた事をレイアに報告すると「ではすぐに」と立ち上がろうとする。
「『召喚の砦』にある『異界の門』を通してしまった責任がある。警備船団、報告の為に――あっ」
「傷が開くから駄目だって!」
痛みで動きが止まるレイア。俺と比叡が制止するが「しかし」と食い下がる。
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