第5話 帰還


 「クロヴィス船団の旗だ、クロヴィス様が帰って来たぞぉおおおおおお!!!」


 その日の昼、魔王城では昼食の準備をする時間帯であった。港に怒声が轟き、誰も彼も船団の入港の為、準備に勤しんでいた。


 魔王国の第1王子クロヴィスが率いる『クロヴィス船団』は最新技術により、水中抵抗を従来の船より減らした特殊設計で、大きな帆を使って通常の船舶以上に効率的に推進する為、他の船なら数日かかる船旅を1日半で戻って来た。


 「総員、入港準備。荷物と資料を海に落とすな」

「ッハ、何事も抜かりなく行います」

「宜しい」


 船首部分に立ったクロヴィスが頷きながら、港へ振り向く。どうやら一通りの事は大丈夫な様だな。そう思って港を見つめていると、港に近づくに連れて大衆の声が鮮明になり始める。


 「クロヴィス様ぁア!!」

「王子ぃいい、ご帰還おめでとうございます!!」


「きゃー、クロヴィス様!」

「こっち向いてください!」


 おっさんもおばさんも、ご婦人方も揃ってクロヴィスに手を振る。アイドル扱いするご婦人も居れば、英雄扱いするお婆さんも居るし、単に親しみ易い近所のお兄さんが帰って来た時の様に、喜ぶ子供達も沢山いる。


 クロヴィスの乗る第1号を先頭に、両側を2号と3号が後ろから守り、それに続く戦闘部隊の船が同じ様にして、陸戦で使われる『突撃の陣形』の様な配置で入港すると、一番にクロヴィスが船首から飛び降りて、御婦人達の前に着地した。


 「クロヴィス様、何があるか分かりませんよ!?」

「迂闊です、大衆の前にその様に近づいてはなりません!!」

「馬鹿共が。俺を殺せるテロリストが何処に居る!」


 クロヴィスが反論するとご婦人方も「手出ししたら私達が許さないわ!」と大勢で言い返し初め、横に居た夫や両親も「そうだそうだ」と言い出す。未婚だったり若い女性は兎も角、それ以外の人達は実はノリを良くしよう、と別の事を考えている者も多い。


 「う、む。…しかしなぁ」


 兵士からすると不安なのだが、この状況では無理矢理に王子様を引っ張り戻す訳にはいかない。と言うよりも、軟弱な王子様なら兎も角、父である魔王の血を引くクロヴィスは、若かりし頃の父の様な行動ばかりで、それを知る先輩兵士が新兵達に「諦めろ」と首を横に振りながらアドバイスするだけだ。


 そうこうしている内に、諦めた表情で親衛隊の女騎士が翼をはためかせて、クロヴィスを追い掛ける。


 「クロヴィス、よぉく戻った!」

「父上、来てくれたんですね!」


 両者、魔族の自慢である翼をパタパタ動かしながら、再会を喜び合う。その姿を見て民が熱狂し、お祭りムードが周囲の街をも飲み込んだ。


 「して成果は」

「っは、海底に父上が仰っていた鉱石がありました。言われた通り、見るだけにしておいたのですが、その調査結果を纏めた物が」


 馬車の中で任務を離しをする親子。クロヴィスが懐から取り出した資料を受け取った魔王は「うーむ」と豊かな髭を触りながら考え事を開始した。


 「予想より発見された量が少ないな」

「露出している分だけを記録しました。地中に埋まっている分は不確定なので、正確に量が分かる部分だけを計算した所、やっぱり予想より少なくなってしまいます。しかし調査採掘が出来れば、意外ともっとあるかも知れませんよ」


 「問題は何故、急に鉱石が増えたのか…だな」

「膨大な魔力の不自然な膨張、大陸中心部の次々と発生する廃都市、土地の出現による周囲の地形被害は甚大です。時空魔法が何処かしらで暴走しているとすれば、鉱石出現と内陸部での異常現象、二つ纏めて説明がつきます」

「時空魔法は発動、維持が困難。暴走させれば魔法現象自体が消失して、魔法陣が崩壊する筈だ。暴走ではなく意図的な魔法攻撃と考えるべきだろう」


 魔王国が統べるマナ大陸では、大問題が発生している。謎のワープ現象が立て続けに発生しており、多くの民が正体不明の発光現象の後、地形の明らかな変化を目撃しているのだ。


 農村や泉の消失から、運河のど真ん中に出現する山。水の流れが書き換えられる為に、何処の村や町が被害を受けるのか、予想が困難なのだ。それ以前に謎のワープ現象自体が理解不能の領域である。


 「もしかすると、今回の調査海域も地形が変化しているのかも知れません。地上にあった鉱山が海底にワープしてしまったが為に、海面の発光現象が生じているやもしれません。攻撃だとすれば即刻術者を排除しなければ」

「しかし時空魔法は魔力消費量、範囲の致命的な狭さ、ワープ先の計算。挙げればキリがない手間の塊だ。これだけ連続発動させるとなると、魔族とは言え無理があるだろうし、かと言って他種族の仕業だとしても…」


 指を折って欠点を数える魔王だが、五本しかない手の指では足りず、両手でも直ぐに超えてしまうだけの数の欠点がある。それを乱用するとなると、相当の負荷がある筈だが、一体どうやって耐えているのか、何故実行するのか何も分からない。


 「このタイミングで異邦者がやって来たと言うのも、な~んか匂うんだよなぁ」

「何ッ、異邦者だと!?」

「あ、言ってませんでした。実は調査の為、船団を動かしている時に、珍妙な姿をした船を監視役が見つけまして、異邦者の旗を掲げていたんですよ」


 クロヴィスの「やらかしたぁ~っ」と言う強烈な後悔の念が現れた表情を、魔王が物凄く驚いた顔で睨みながら「何故早く言わんのだ!?」と怒鳴ってしまう。普段温厚な魔王だけあって、怒った時の声の大きさは体格に比例して、非常に低く大きな声なので、一瞬馬車が酷く揺れてしまうが、その揺れを気にせずにクロヴィスが「申し訳ありません」と謝罪した。


 「異邦者は別の馬車に乗っているのか?」

「いえ。最初は皇国に挨拶に行くと言って、別れました」

「連れて来んか、馬鹿者…」


 何をやってるんだ、と言いたげに呆れの表情を見せた魔王が落胆する。異邦者を確保できれば、他者へ非常に高い優位性を発揮できるのだ。異邦者を逃した事は魔王にとって落胆すべき話だ。しかも行き先が寄りによって皇国と言うのだから、泣きたくなる。


 「それで日を跨いで調査していたんですが、何故か異邦者の船が警備船団と一緒に戻って来たんです。流石に変だと思い確認すると、皇国で異邦者殺しの未遂事件が発生して、安全の為に故郷に戻る途中だったとか」

「それこそ我が国は安全だ、とでも言えば良かろう」

「我が身の未熟さ故の過ちです」


 これ以上言っても同じ事しか言わんだろう、と諦めた魔王は資料を確認しながら魔王城への到着を、大人しく待つ事にするのであった。







 一方『召喚の砦』に向かったジンの船は、島の近くに辿り着いていた。



 ジン目線――


 「異邦者様、錨は何処にあるんですか?」

「ない」

「ないんですか!?」


 砂浜に突撃しよう、と言った俺に警備船団の船員が「はあ!?」と揃って声を上げたので「錨は無い」と理由を説明する。


 「何で未完成のまま出向するんですか!?」

「比叡に急かされてさぁ」

「人のせいにするなあ!」


 パタパタと羽を動かしながら、宙に浮いた比叡が頭をポコポコ叩くので、腕で払い除けながら「進路はこのまま。全員何処かにしがみ付いて居ろ」と指示を出す。


 「そら、振り落とされるぞ」

「えええ…」


 嫌々ながら仕方なし、と船員が麻紐に手を伸ばす。幸いな事に掴まる所は幾らでもあるので、対ショック姿勢を取れと言われれば即座に取れるのが、この船の長所であるが、その効果はこれから試されるのだ。


 「出迎えの巫女ォッ、どいてろぉおおおおおおおおおおお!!!!!!!」


 そう叫びながら、俺はボンドコーティング天井のブリッジから飛び出し、横の通路にある手摺用に配置した麻紐に両手で掴まりながら、姿勢を低くした。




 船員A目線――


 この異邦者は滅茶苦茶だ。そう思ったのは二度目である。田舎から出稼ぎに来た僕は、自分の才能を見出してくれたレイアさんの為に、必死に剣術を磨いて警備船団の一員として日々頑張って来た。


 でも、この任務は過去のどれと比べても酷い。『難しい任務』は何度もやって来てはいるが『酷い任務』は初めてだ。異邦者様の護衛と言う名誉ある仕事を貰って、最初は嬉しかったんだけど、今はもう最悪な気分だ。


 「出迎えの巫女、どいてろおおおおお!!」


 この船の船長、異邦者ジンが出迎えの巫女に対して、船から怒鳴りつける。大凡巫女に対しての言葉使いではないが、彼が異世界人である事を考えれば多少マナーに疎くても仕方がないし、この船が猛スピードで突っ込んでいる現状を鑑みれば、ジンさんも意外と安全を気遣って必死かも知れない。「だったら錨つけろや」とは思うが。


 「きゃあああ!?」

「嘘だろぉお!?」


 神官や巫女が大凡予想通りの反応で大慌てしながら、船の進路から退避する。比叡様の方を見ると、顔が諦めの境地だったので、助けてくれないだろう。そう覚悟を決めた僕らが乗った船は、船長のジンさんの指示通りに砂浜へ派手に乗り上げた。



 神官目線――


 「出迎えの巫女、どいてろぉおおおおおおおおおおお!!!!!!!」


 そんな非常識な怒声を張り上げながら船を突撃させる船長。帰って来るのが予定より随分早いが、見張り役が「間違いなく異邦者の旗です」と言うので、取り合えず巫女達に指示して『異界の門』を開放させておく。



 ズッザーンとド派手に船が砂浜に乗り上げて、待ち構えていた者を唖然とさせる異邦者の船は、乗り上げる直前に何かが動いた様に感じたが、兎に角結構な距離を進んだので、満潮になっても波が届かないであろう所で停止した。


 「皆の者、無事であろうな」

「私は無事です、大長老様」


 この場に居る誰よりも長生きのお爺さん、通称『大長老様』が腰が抜けた巫女を引っ張り上げながら、全員に声を掛ける。


 他にも「長老」の資格を持つ人は居るが、此処に居ない人を含めて、取得条件の第1事項が『高齢である事』である為、原則的に「長老」と呼ばれる人は全員がお爺さんなのだが、その中でも『大長老』の資格は知識が大海原の様に広く、光の届かない深海の様に深くある必要があり、他の長老を纏めるリーダー役である事から『どの長老よりも年上』である必要がある。


 「先代や先先代様も、この様な異邦者だったとは聞いておらなんだ。儂も滅茶苦茶な異邦者には初めて出会ったのでな、取り扱いには困る奴じゃよ」

「ですが大長老様、ジン殿が帰って来るには早すぎます」

「皇国で何かがあったんじゃろうて」


 異邦者が各勢力へ挨拶回りを行うのは通例とされており、その為に案内役の妖精族が一人同行する事になっている。妖精族は異邦者と共に生きる存在で、異邦者が中立である限り、案内役を務める妖精も中立な者として扱わなければならない。


 「此度の異邦者、今迄の異世界人と違って随分無茶のある人物の様じゃ」


 そう言って大長老様は、ガコーンと音を響かせながら開いた『異界の門』に振り返るのだった。





  ジン視点


 異世界から帰って来た俺は、やるべき事を整理した。船の名前を決めないと会話がし辛いと感じたので、第一に名前を考える。


 「ドリーム号…は安直だな。段ボール号も酷い名前だし、何と名付ければ…」

「ん、どうかした?」


 ポップコーンを一粒、抱き抱えながら食べている比叡を見て「いっそ戦艦の名前にしてやろうか」とも考えたが、段ボールや角材で作った船に「長門」や「金剛」なんて名前は主張が強すぎる。


 そもそも妖精に「比叡」って…。


 「実はな、船の名前を何にしようか決めてるんだ」

「カイラムはどう?」

「カイラム…ああ、そう云う事か」


 テレビに映っているのはロボットアニメの劇場版。巨大隕石の地球落下阻止の為に奮闘する主人公達と、彼らの母艦が映っており、丁度司令官が「母艦で体当たりして隕石を止めよう」と正気の沙汰とは思えない事を言い出すシーンだった。


 「船で体当たりして止められるのかなぁ」

「無理だろ。正面から核ミサイルで止めようとする辺り、頭の悪さが窺えるな。俺が司令官だったら、横から攻撃して軌道を逸らすのに」

「内部進入して隕石を崩壊させるって言うのは?」

「後ろ側に集中的に爆弾を設置して、ドカンと一発強烈に加速させてやれば、地球の周回軌道に復帰するんじゃないか?」


 比叡と会話しながら、砂浜に突撃して壊れたスクリューを修理する。作業中、主人公とラスボスのロボットが絡み合う様な銃撃戦の末、ラスボス機の脱出装置を捕まえて、それを隕石に叩き込みつつ、機体の動力部分を艦隊の総火力で攻撃して、大爆発させる事で隕石を破壊する事に成功、エンディングとなった。


 エンディングテーマが終わる直前にスクリューの修理が終了し、他のメンテも終わった俺は、空腹を感じて時計を見た。12時を回った時計を見て「ああ、そんな時間なんだ」と思いながら、外を見る。


 6月もそろそろ終わろうと言った時期だが、お婆さんとあった頃から雨が降りっぱなしだ。数日後に降り出した雨は一向に止む気配が無く、何度も雨脚は穏やかにはなるのだが、雨雲が消える事は無いのだ。


 「すっごい大雨だったね」

「そうだなぁ、今のは何だったんだろうな」


 3分間待ってね、と書かれたカップ麺をズズ~っと啜りながら、もし自分の船で大雨の時に出向したら…と段ボールと麻紐の塊を見ていると、すぐに転覆しそうに思えて来る。


 「そう言えば昨日テレビでね『最近の大雨は一時間毎に百キロのバーベルが落ちて来る様な感じだ』って専門家が言ってたよ」

「俺も職場で見た。1平方メートル当たりだろ」


 想像しただけで恐ろしい。頭に当たれば即死、家の屋根もぶち抜かれ、人々はシェルターでの生活を余儀なくされる事だろう。まあ、シェルター自体が雨が原因の洪水で酷い事になりそうだけど。


 そんな事を考えていると、不意に携帯電話がブルブルと震え出したので「何だろう」と確認してみると、自治体から大雨警報が発令されたらしく、山の中腹へ避難して下さいと案内メールが届いた。っげと思いながらカップ麺を大急ぎで食べて、比叡に事情を説明しながら戸締りを確認しつつ、傘を持ってアパートを出ると…道路じゃなくて川が出迎えてくれました。

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